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015 変わるもの

 Audioslave 『Cochise』

*w*




 私は最強を自負しているが無敵ではない。

 一応理解していたその事実をはっきり認識することになった原因はラムダのパーティ加入にあり、つまり自業自得なのだろう。


「ラムダ!」


 悪魔王の攻撃を受け、瀕死どころか既に死んでいるのでは? とさえ思える容体のラムダにアナザンが駆け寄る。


「ふ・・・ふははッ! 我が "怨嗟の渦" に沈めッ!」


 とこしえの氷河に城を構える悪魔王ウンド。彼は彼我の力量差を無視し、反射する性質を備えている。

 "怨嗟の渦" は力の絶対値の差分を全ての敵に撒き散らす効果らしい。・・・すなわち、私とアナザンの "強さ" がそのままラムダを襲うことになる。


「ラムダ、耐えて!」


 アナザンが蘇生魔法に回復魔法を重ね掛けしているが、ラムダの呼吸は消え入りそうなほど浅く、心音も弱い。


「お前一人なら我とて負けまい。受けてみよ、"獄園剣"!」


 ゴゴゥッ! と、剣の帯びる熱が迸る。

 悪魔王の放つ剣戟は景色が霞むほどに燃え、剣筋だけでなく周囲が灼熱の炎に呑まれていく。


 “悪魔” と呼ばれる者達が、何をもって "悪魔" なのかこれまで一度たりとも知れる機会が無かったが、ようやく分かった気がする。

 ・・・簡単なことだ。弱さを突き、強きを挫く。ただそれだけの事を突き詰めた存在が悪魔なのだろう。

 単純に物理的な力の足りない有様だけでなく、欲望に抗えない弱さ、心理的外傷、不確実な人間同士の関係性・・・そういった意識に登りにくい "弱さ" を曝け出させ、如く抉ってくる存在である。


「ハッハ! 実に良い気分だ!」

「そうか、私は何故か不快だがな。」

「んー? 分からんか? お粗末な力だな、恐れた我が滑稽なほどである!」


 気紛れに連れている少年が、また別の誰かの気紛れで道を断たれる。

 ただそれだけであり、例え少年を連れ出したのが私であろうと、全ては少年の運命なのだ。そもそも私は選択肢を示しただけで選んだのは少年自身とあれば、尚更私が気に病むことではない。

 それに、私が今更人の生き死にに執着するだけの道理など、どこにもないだろう。


 悪魔王の攻撃を剣技で凌ぎつつ、背後に感じる命のことを考える。


「ふっ・・・。」

「何がおかしい、異界の王よ?」


 いやなに、改めて心のうちを言葉に起こしたことで自身の在り方を自覚できただけのこと。


 つまり私は、誰に気を遣うでもなく私の使命を果たせばよいのだ。

 私の使命は私だけのものであり、過程でどれだけ他者の介入があろうと、結局最終的に事を成すのは私以外ではありえない。


「・・・ふふっ。」

「何が、おかしいのだ? 余裕をかましている場合か?!」


 初動にこそ驚かされたものの、こいつの能力にも慣れてきた。エネルギーとしての力が意味を為せないなら、蓄積したスキルを存分に活かせばいい。


「ふふっ、ふははっ!」

「クッ、馬鹿な! 天界すら統一した俺の剣技を、なぜ受けられるのだ!」


 ・・・はっ! 沸々と込み上げるこの笑いは何だ? 自嘲混じりのこれは!?



 悪魔王の言葉を遠くに感じる。逆に、背にした微かな鼓動が、妙に大きく感じられる。


「アナザン!」

「急に何よっ。」


「・・・ラムダは大丈夫だな? 頼むぞ。」

「言われるまでもないわ!」


 私は無敵ではない。しかしその要素は “こんなもの” に付随していたわけではない。


 ・・・少なくとも、そう思っていたのだが。




*a*




 ラムダの歌は不思議とワルドに寄り添っているように聞こえる。

 ラムダの世界で歌われてきたそれらの歌詞は当然、混沌の結晶である魔王ワルドと何の関わりもない。ラムダも取り立ててワルドのために歌っているわけでもない。

 それなのに、私は歌の一つ一つがワルドを癒しているように錯覚してしまう。


 ラムダはきちんと受け応えはするけれど、積極的に話す性格ではない。なぜ私たちに付いて来ようと思ったのか不思議で仕方ないくらい、いつも大人しくしている。

 私はラムダとよく話すけれど、ラムダと話したいからというよりは、相手をしないワルドの代わりにせめて私が、と思う部分が少なからずあると思う。


 意外にもラムダが一番懐いたのは精霊レミリア改めセリナで、黒い世界の城では大抵セリナと一緒にいる。

 何をしているのかと思ったら、大体は小さい声で一緒に歌を歌っていた。


「私これでも聖女だったのよ。当然歌も歌えるし、歌うことは好きよ。・・・けれどこの城に聖歌は似合わないから、ラムダが色んな歌を教えてくれて丁度いいの。」

「セリナの歌、とても綺麗。」


 ・・・とのこと。

 私は歌なんて歌ったこともないから、誘われても一緒に歌うのは遠慮したけれど、私の中の好奇心旺盛な意識は私のお断りに反対している気がした。気のせいかもしれない。




───




 たまに元の世界に戻ると、想定より時間はかかっているけれど連立議会発足に向けた動きは確実に進んでいる。

 私の勘は、議会発足までがワルドの世界を救済できる猶予だと告げているので、あまり時間がない。


「相変わらずお悩みのようですね。」


 アクア=ロージーに声をかけられる。

 黒い世界に関わったことで生じた私の変化を、彼女は何となく察しているらしい。


「そう見えます? もしかして実は結婚を焦っているのが顔に出たんでしょうか。」

「アキ様に結婚願望があったとは知りませんでした。みんなが驚きますよ。」


 軽口を叩いてみても、ロージーさんの澄んだ瞳には心の奥を見透かされている気がして落ち着かない。彼女が水の精霊だから、彼女の姿と相まって余計そう思うのかもしれない。


「以前私の力の質が変わったと言っていたけれど、今も同じように見えます?」


 ロージーさんは私とドラグラシルをじっと見つめて、それから答えた。


「随分と自然に思います。それが何を意味するのか、私には判りかねますが。」

「そうですか。」

「ただ───」

「ただ?」


「アキ様の旅の終わりは近いのかもしれません。」

「それ、どういう・・・。」


 聞き返そうとした私の言葉を遮るように、ロージーさんは透明な笑みを浮かべてから、お辞儀をして行ってしまった。



 ・・・私の旅の終わり?


 龍脈揺蕩うラグノ大陸の調和のために奔走した日々が、黒い世界に関わり始めたことで既に遠く感じられる。まだ区切りの象徴となる連立議会も始まっていないのに。


 黒い世界を起点に繰り返す異世界への転移は、見たこともない風景や生き物との出会いばかりでいつも新鮮な気持ちになるけれど、そのせいでラグノ大陸の記憶が薄れてしまう様に感じられることは寂しい。


「ねぇドラグラシル。」

「何? アナザン。」

「・・・私は今どこに向かってるのかな?」

「さぁね、ボクも教えて欲しいよ。」


 闇に囚われた魔王ワルドを救えば、私の世界やたくさんの異世界が真の意味で救われる───


 それは私や私の中の思慮深い部分が想定しているだけで、本当は何も関係なかったり、余計なことに首を突っ込んでいるだけなのかもしれない。

 絶対の力そのものであるワルドに関わった時点で既に、私の平穏な未来は掻き消えてしまったのかもしれない。


 けれど結局のところ、私は私が信じる私自身───私と、私の中の明瞭な意識が示した道を歩むことしかできない。


『終わらないと始まれないんだよね。』

『そのくせ終わるまで正解も見えない。』


 じゃあもし間違ったまま進んでしまったら?


『仕方ないよ。人は神ではないのだから。』

『イイじゃない少しくらい間違えたって。正しくしか生きられないとしたら、本当に生きているのかすら分からなくなるわ。』


 いつだって私の中の尊大な部分は私を焚き付けるくせに、私の行く末に興味が無いかのような態度でいる。ただ、心の中の天使と悪魔とは少し違うと思うけれど、私に道を示してくれることは有り難く思っている。

 ・・・そうは言っても私の一部でしかないのだから、ともすれば多重人格者と揶揄される事を懸念して、誰にもこのことは話したことがないけれど。



 変わりゆく人の心。

 変わりゆく私の心。

 その中で変わらないままいられる、私の中の冷めた思考。



 何かを思いついたのか、それとも気まぐれなのか、ワルドは少年ラムダを拾い、ラムダとの関わりの中で少しずつ人間らしさとでも言うべきものを垣間見せ始めた。

 端的に言うなら "情" に芽生え始めたんだと思う。


 私は時折ワルドが表情や仕草に滲ませる心情の機微を見るたび、ワルドの変化を喜びながらも、机上の駒の様に相対的な損得や利害関係で彼の変化を測る自分の存在を察してしまい、そもそも私は本当の意味で "喜び" を感じているのかすら疑わしく思えることがある。

 斜に構え過ぎなのかもしれない。あるいは、自分自身を過大評価しているせいなのかもしれない。


 ・・・分からないけれど、私は私の道を信じるしかない。


「ドラグラシルとも、もう少しでお別れなのかな・・・。」


 ドラグラシルは呟いた私を振り向いて答えた。


「ボクは龍脈に還るだけさ。知ってるかい? つまりボクはこの世界そのものなんだよ。」


 ふふん、と誇らしげに鼻を鳴らすドラグラシルが頼もしくて、可愛くて、私はしばらくドラグラシルを撫でていた。


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