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013 誰も留まれない時間軸で

 sasakure.UK, 土岐麻子 『深海のリトルクライ』

*-*




 アナザンたちの旅は幾多の戦いを伴ったにも関わらず、彼女たちの感覚的には起伏の少ないものだった。

 その原因は、部分的にしか力を持ち出せていないワルドだけでなく、龍脈解放のため自身の世界を駆け回り続けたアナザンにとっても、どの世界も十分に成熟仕切っていなかったからである。

 それゆえ違和感を覚えたのはドラグラシルだけだった。


「ねぇ、行く先々で強者に絡まれてる気がするのはボクだけかな?」

「え、そうかな?」

「そうだよ。適当に設置した扉が、毎回たまたまそれらしい所に通じてるなんて不自然だと思うな。」

「うーん?」


 ワルドによる "扉" の創造は黒い世界が取り込んだ者達の魔法を応用しているが、機能は異世界に繋げることのみである。異世界の観測は扉を創造して初めて可能になるため、開く場所の指定まではできない。

 しかしドラグラシルの気付きが正しいとしても彼女たちには大した問題ではなく、むしろ手間が省けるとさえアナザンは思っていた。


 そして彼らの考えはともかく、結局、その後ドラグラシルの気付きは正しいことが裏付けられた。


 とある世界で悪政を極めた王が、別の世界で道ゆく修験者が、さらに別の世界では異世界人が、口を揃えてワルドの異質を指摘したからだ。


 王が言う。『あなたほどの闇がなぜ人の世を跋扈しているのだ? 誰もが無意識に気付いている。人でない命すら!』

 修験者が呟く。『大地の鼓動を遮るほどに強烈な虚無・・・そうか、私はお前に呼ばれたのだな。』

 異世界人が吐き捨てる。『いや流石におかしいでしょ、あんた。どう考えたって無理ゲー。負けイベにしてもクソすぎる───』


 王は当然倒され、修験者は愚かな挑戦に沈み、異世界人はワルドに敵意が無いと知ると去って行った。


 あまりにも大きすぎる力は扉の先の世界に受け入れられず、世界そのものがワルドを排除する方向に働きかけた結果、当然力ある者たちが引き合わされ、アナザンたちの旅路に戦いをもたらしていた。

 "失敗" の未来がありうる世界でワルドが力を引き寄せるのは、微妙なバランスの上に保たれた世界の慣性と相反するワルドの存在を考えれば必然だったのだ。



 しかし世界の側が拒もうと、力そのものであるワルドは意に介すること無く世界をこじ開ける。そして無難に、当然の如く、或いは淡々とネルの "リトライ" が関わる世界を渡り歩き、失敗の芽を摘んでいった。


 一度の旅は次第に長くなり、ワルドは世界の多様な形に小さな驚きを重ねていった。

 重なりゆく気付きは次第に複雑化し、ワルドに芽生えた "人間らしさ" を自覚する心は、些細な発見により少しずつ掘り起こされてゆくのだった───




「魔王ワルド。手掛かりは見つかるのか?」


 防衛戦を重ね、城に随分と馴染んだ勇者アーカードが問う。


「分からん。しかし私の存在が魔剣ワルドと分離する気配は感じ始めている。」

「根拠は?」

「・・・魔剣の力に距離を感じることがある。魔剣に拒絶されるかのように。」

「はっきりしないな。あんたはどう思うんだ? アナザン。」


 黒い力を殆ど習得したアナザンとて、ワルドの内なる戦いまでは見ることができない。ただ、何も分からないわけでもない。


「扉をくぐる度に、旅の時間が伸びているでしょう。拒絶かどうかはともかく、ワルドの力が扉の向こうの世界に溶けやすくなってるのは確かだと思うわ。」

「それが、この世界の解体とどう繋がると?」

「そこまでは分からない。けれど、ワルドの力は変化しつつあるのよ。」


 アーカードは二人の答えをもどかしく感じ、苛立たしげに玉座の手摺りを叩きつけた。


「っく! 結局俺は、そんなことでは・・・!」


 押し殺した嘆きは、あまりにも静寂に過ぎる城の広間に拡散する。


「・・・アーカード、もしやお前───」

「いや、まだ大丈夫だ。俺は俺の使命を果たす。俺のため、俺達のため・・・。」



 ・・・アーカードの悲痛が漏れ、ワルドは悠長にしていられない現状を改めて認識することになった。

 魔王ワルドに、魔剣ワルドに変化があれば、当然同一存在たる黒い城やそこから分離したアーカードにも影響が及ぶ。

 そんな当たり前にワルドが気付かなかったのは、次々と飛び込む未知の世界の新鮮さに意識を奪われていただけでなく、アーカードの勇者としての矜持がワルドたちに弱みを晒させなかったためだった。


「・・・行くぞ、アナザン。」

「いいの? このままで。」


 扉を創造すべく虚空を凝視していたワルドだったが、アナザンに声をかけられ視線をアーカードに戻した。

 じっと玉座に座るアカードを見つめること数秒、ワルドがおもむろに魔法を発動する。


「"レプリケーション"。」


 魔法はアーカードが生み出した精霊レミリアを捉え───


「・・・アーカード・・・?」


 パッシブな要素の強かったレミリアに、一つの記憶が宿った。

 パチパチと目を瞬いてアーカードを見つめる眼差しには光が宿り、慈愛すら感じられる。


「セ・・・セリナ、か?」

「うん、うんっ! そうだよ、セリナだよ・・・!」


 アーカードの心には戸惑いと哀しみ、そして怒りがない混ぜに込み上げ、それ以上に、かつてパーティメンバーであり同時に恋人でもあった彼女の再生を喜ぶ気持ちが一際強く込み上げた。


 そんな彼らにワルドが声をかける。


「もう少し耐えてくれるか。私とて、今やお前をただの駒とは思い難くなりつつある。」


 これまでのアーカードからは考えられない心境の吐露。

 遣り取りを見ていたアナザンは、明晰で冷静な内なる意識と共に、ワルドの変化の終着点に考えを巡らせていた。




*w*




 一度の旅に要する時間が伸び、アナザンが言うところの普通の旅とやらにも慣れてきた頃、私たちは一人の少年と出会った。

 ラムダと名乗った少年は酷く薄汚れ、これまでの旅でもしばしば見かけた貧困層の民の風貌で、ともすれば景色の一部として見過ごしてしまいそうな姿だった。

 しかし私は彼に妙に惹きつけられた。


「ラララ───」


「おい、お前。名は何という?」


 小都市の寂れた区画。道の脇で座り込み虚空を見つめながら歌を歌う彼に、何故声をかける気になったのかは思い出せない。

 少年は数秒の間を置いて首を動かし、私と視線が交わるとようやく目の焦点が合った。


「・・・え、ぼく?」

「そうだ。」


 キョロキョロと周りを見回しても、私が問うているのは少年以外ではあり得ないと察すると、少年が答えた。


「・・・ラムダ。」


 名前を聞いて、しかし私はそれからどうすればいいのか分からなかった。そもそも何故名を問うたのかすら、理由が分かっていなかった。

 ゆえに、私なりにこの不自然を取り繕うように、言葉を続けた。


「ラムダ。お前は何ができる?」


 アナザンと、それ以上にドラグラシルが好奇の目を向けているのが分かる。


「ぼくは何も・・・。」

「そんなはずはなかろう。」

「本当だよ・・・。」


 旅に慣れたせいで気の迷いを起こしたか? と、考えを切り替えラムダから視線を外そうとしたが、彼はポツリと言った。


「・・・ちょっとだけ、歌える。」


 通りに戻ろうとしていた足を止め、少年を振り返る。


「歌?」

「褒められたことがある。」


 歌・・・。私には縁の無い娯楽だ。

 ただ、確かについさっきまでラムダが歌っていた歌は、妙に私の意識に絡まった気がする。


 アナザンたちは何も言わず、私とラムダの遣り取りを見ている。振り返って何かしらの反応を求めても、ただじっと視線を返すだけ。


 恐れの混じった眼差しで私を見るラムダ。

 観察の目を向けるアナザン。

 私はどんな表情で、"何を" 見ていたのだろう?

 分からないが、ただ事実として、私は言葉を紡いだ。


「ラムダ。私たちと来るか?」


 困惑と少しの驚きを、乏しい表情に混ぜるラムダ。アナザンもドラグラシルも我関せずのまま。


「・・・え?」

「私と、旅をしないか?」


 あまりにも唐突な怪しい勧誘。

 しかしラムダは私の誘いを受け入れた。

 なぜだろう、私はラムダが私と来ることになると、初めから知っていた気がした。




───




 ラムダの話ではラムダは戦争孤児で、両親を失った後孤児院の世話になっていたらしい。しかし周りの子供に比べて積極性に乏しく、その上体も弱かったためできることが少ないせいで、周りの孤児だけでなく施設の大人たちにも積極的な意味で虐げられていたのだとか。

 ラムダの言葉を借りれば『みんな疲れていたから、仕方ないんだと思う』と云うことになるのかもしれないが、その一言はラムダの境遇を端的に表していた。


 アナザンは私の勝手な行動に何も言わず、ただラムダを受け入れた。

 意外ではあるが、アナザンは子供との相性が良いのかもしれない。ラムダがすぐに打ち解けていたから。


「ラムダは何の料理が好き?」

「お母さんのミートパイ。」

「洗濯と掃除はどっちが苦手?」

「掃除かな・・・汚くても別にどうでもいいって、思ってしまうから。」

「歌は誰に教わったの?」

「それも、お母さん。」


 適当に服を見繕って身なりを整えると、私の感覚の範疇で "普通の少年" になったラムダは、アナザンの質問に抵抗無く答えた。



 そしてこの世界での旅の終わりを察した夜、私たちは揺れる焚き火を囲みながらじっくりとラムダの歌を聞いた。



   ラララ ラララ


   この歌を届けよう この声を届けよう』

   あなたが眠るまで 太陽も月も微笑むから───



「ぼくにはこれしか無いから。」


 そう言ったラムダの歌は、何故だか私の心をどうしようもなく射止め、星空の下、私は震える心が確かに私の内にあることを感じた。


 色の付いた世界で初めて、私は本当の私のありかを知った気がした。


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