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011 旅の始まり

 音速ライン 『ヒトカケ』

*w*




 アナザンの提案が真実であるかどうかなど、本当はどうでもいいのかもしれない。

 ・・・私は少なからず疲れていたのだ。一向に終わりの見えない苦痛に、際限なく繰り返す殲滅戦に、戦闘でしか色を変えない視界に、そして何より日々増大する魔剣の混沌を抑えることに。

 ゆえに私は城を出ることを決めた。躊躇われる要素は、無視した。



 最初のパーティであるアーカードたちが切り拓いたと思われる私の城への道。全ての侵入者を取り込んだ私にとって、この道へ通じる世界を遡ることなど造作もない。


「どれだけの世界がここに繋がっているかも分かるの?」


 創造した扉を前にアナザンが問う。


「そこまで万能な能力には、遭遇できていない。」

「そう。私も心してかからないと・・・。」


 アーカードは精霊レミリアと共に何も言わず私たちを見送るつもりらしいが、私も奴に期待する言葉などない。

 私には私の、彼には彼の目的と方法論がある。存在ごと重複した私たちにとってその差異は小さいからこそ重要であり、しかし所詮瑣末な差に過ぎないことも理解してる。


「・・・任せたぞ、勇者アーカード。」


 小さく頷いたアーカードに背を向け、私たちは扉を開いた。




*-*




 魔王ワルドとアナザン、そしてドラグラシルは扉の先で荒涼とした大地に降り立った。

 遥か先を山々に囲まれた荒野の中、唯一の建造物たる "城" には暗雲が立ち込めている。妙な寒気が降雨の前兆なのか、あるいは城の醸し出す雰囲気によるものなのか、アナザンには判断が付きかねた。


「ねぇアナザン。ボクの勘だけど、あの城には "悪者" が居そうだね?」

「むしろそうじゃない場合を知りたいから、無視するっていう選択肢は無いわね。」


 アナザンは龍脈の力が上手く練れないこと、黒い力はこの世界に適応していることに気付き、黒い力の再現率を手早く確認していく。

 一方で、あらゆる世界の根源が自分自身と信じるワルドは、アナザンを黙って見ている。


「何? 何か面白い発見でもあった?」

「いや、弱者は弱者で苦労があるのだな、と。」


 力の確認を続けながら、アナザンは深い溜息を漏らす。


「はぁぁぁ・・・。それ本気で言ってるの? いや、答えなくていいんだけど。」


 聞かずともアナザンは察した。

 他者との関係性の中で生きたことのない魔王にとって、力は完成された状態が前提であり、そして魔王と敵対した "つもり" の者たちは、魔王に力の寡多を意識させるほどの力を持っていなかったのだ、と。

 弱さを指摘されるのはいつ以来だろう? アナザンは戦いの日々に霞んだ遠い記憶を、決して忘れることのない "何も無かった" 日々を思い出す。


(ねぇアナザン、ホントにこれで上手くいくのかな? アナザンのことは信頼してるけど、それでもワルドの異質さは不安でしかないよ。)


 ドラグラシルがアナザンに思念で伝えるが、アナザンは彼女の中のもう一つの意思が示した道を信じている。


(きっと大丈夫。もしダメだとしたら、そもそもここに来てないわ。)

(そうかなぁ。)


「・・・いいわ、行きましょう。」

「もういいのか?」


 むしろ律儀に待っていたワルドのことが妙に可笑しく思えて、アナザンは微笑みを返した。




 近付くと城はアナザンの目に、良く言えば豪勢に、悪く言えば無駄に飾り立てて見えた。

 城の機能を考えれば意味を成すとは到底思い難い装飾があちこち乱雑に配され、アナザンは気が滅入ってしまう。


「ほう、これが華美と云うやつか? 中々理解し難いものだな。」

「・・・絶対に違うと思う。」

「む、そうなのか?」


 ワルドは言葉とは裏腹に感慨の気配を感じさせない。

 きっとワルドの目的には関係ないことだからだろうとアナザンは考え、彼女自身も城のまとまりのなさを無視することに決めた。



 城の入口付近でアナザンたちが雑談していると、衛兵らしき巨躯の魔人が使命を果たすべく飛来した。

 ドウッ! と轟音を鳴らし降り立ち、侵入者の素性を問う。


「何者だ! 何の用があって城に立ち入った!?」

「うん? あぁ、特に用は無いな。」

「・・・何だと? 貴様、漏れ出すお前の力を、俺が見過ごすとでも思っているのか?!」


「・・・やっぱり見えてたんだ。」

「何のことだアナザン。」


 自身の体と魔剣が許容できるだけの力を城から持ち出した魔王ワルドは、周囲全てが力に満ちていた黒い世界の環境しか知らない。それ故、力を留め制御するなどと云うまどろっこしい方法は思い付きもしなかったのである。

 アナザンはそんなワルドの力を認識しつつ、この世界での力の形を知るきっかけになるかもしれないと思い放置していた。


「貴様ら、噂に聞く狼藉者だな?! 身の程を弁えるがいいっ! "ダイナミックフレイム"!」


 瞬時に思考を戦闘モードに切り替え侵入者の排除に移る魔人を、ワルドだけでなくアナザンも悠長に観察していた。ワルドは傲慢にも似た無関心ゆえ、アナザンは身体に染み付いた習性として、敵の力の正確な把握のため。

 一瞬にして周囲の空気を燃やし尽くした火炎が襲いかかる刹那、ワルドは隣に立つアナザンに問う。


「どうするべきか、分からないのだが。」

「決まってるわ、倒して情ほ───」


 ───アナザンが答え切らないうちにワルドは "絶界" を発動し、一瞬のうちに火炎ごと魔人が消滅した。


「・・・。」

「何だ、何か言いたいなら言うがいい。」

「意見を聞く気がないなら、訊ねるべきじゃないわね。」

「倒せと言ったのはお前だろう。」


 アナザンは溜息を吐くべきか、同情の念を言葉にすべきか迷った。


 ワルドがアナザンの言葉を最後まで聞かなかったことは明らかだが、火炎の迫る中状況を優先して行動したと言われればそう思えるし、しかし放たれた魔法の規模を思えばまだ余裕があっただろうから、話を最後まで聞く余裕もあったはずだ。

 そもそも見知らぬ土地で初めて出会った "住人" を躊躇いなく滅するなど、アナザンにとっては情報収集の観点から悪手でしか無かったから。


「まぁいいわ。城主に会いに行きましょう。おそらくそれで合ってる。」

「何を根拠にそう考えるのだ。」


 問われ、アナザンは一瞬答えに詰まる。

 ・・・私の中の私がそう言ってるから、などと言おうものなら、例え根源の魔王であろうと奇異の目を向けられるかもしれないと思ってのことだった。

 アナザンは心に沸いた答えの代わりに、ワルドの無知に漬け込む形で返答する。


「物騒な城は結局陥とすことになるの。そういうものよ。」


 ワルドは怪訝な顔を見せたものの、特に何も言わず、城内へと歩き出したアナザンを追った。




「・・・よく此処までたどり着いたものだ、英雄レドリクスよ。」


 何故か背を向けたまま、いかにも魔人の王といった様相の男が侵入者に告げ、ゆっくりと振り向いた。


「デレクス海戦以来だな、レドリク・・・ん? いや誰だお前らは?!」


 英雄レドリクスなど当然知らないワルドたちは何とも居た堪れない雰囲気を感じ、しかし取り合っても仕方が無いので聞かなかったことにした。


「簡単に聞くが、お前はこの世界にとって何だ?」


 ワルドが問い、アナザンは状況をかき乱しかねないワルドが、会話のタイミングも無視して先に発言したことにもどかしさを覚えた。


「何か、だと? ハハッ! とんだ阿呆が居たものだ!」

「ねぇアナザン、ボクちょっと───」

「しっ! ドラグラシル、静かに聞いてあげよう。」


 魔人の王は構わず続ける。


「俺こそが世界を統べ、アディオを地上に再現する真の英雄である! 人族の英雄など、所詮人族が作り出した虚構に過ぎないと知れっ!!」

「そうか。しかしお前の力は全ての枷になっているようだが?」

「枷だと? 馬鹿め! アディオに必要な機構と力を集積し、まとめ上げた存在それ即ち俺だ。枷ではなく、俺こそが鍵なのだ!」


 高らかに言い放つ王の言葉は "それらしく" も聞こえるが、ワルドたちには判断材料が無い。

 そして見えるままを彼らの感性で解釈するならば、ワルドにとって王は世界を代替するには矮小に過ぎ、アナザンにとっては悪夢に幻想郷を見出した狂人でしかなかった。


 理由はどうあれ、相容れない者との関わり方を魔人の王もワルドも一つしか知らない。


「アディオの糧となれ───"BHF"!」


 衛兵とは比べるべくもない、祝福されたかの如き光を纏った地獄の業火が王を起点に溢れ出し───数瞬後、魔剣を振り抜きつつ静かに唱えられた "絶界" が城ごと王を喰らい尽くした。


 城のうち、ワルドたちの前方は魔剣に呑まれ消滅し、後には地平線まで見通せる雄大な眺望と、吹き抜ける一陣の風が残された。




「・・・中々悪くないな。」


 王が溜め込んだ "機構と力" とやらが解放され大地に還元される様子を見遣りつつ呟いたワルドを、アナザンは何ともやりきれない気持ちで見ていた。

 きっと正しいことのはずなのに何故かそう思えないし、ズルをしているのでは? という不思議な感覚がアナザンの中にふっと沸いたためだった。


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