009 自己分析
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*A*
夏と冬、どちらが好きか聞かれたとする。小中学生の私は夏と、高校生の私は質問を無視して秋と答えたと思う。
大学生になった私は再び夏が好きと答えるけれど、小学生の頃のように積極的な意味ではなくて、耐え難いほど寒く乾燥した冬よりはマシだから、という消極的な理由による。
自発的に、積極的に、主体的に。とても魅力的で、反面、同じくらい忌避感を覚える "正しい行動"。
いつからか私は真正面から物事に応答することを躊躇うようになり、好き嫌いですら本心に近い感覚的な理由ではなく、取捨選択した状況証拠的無難さを取り繕って言葉にする場面が増えた。
私の代わりなんていないのだから、私は私を大いに主張して、誰に対しても恥じる必要なんてない私なりの日常を生きればいいはずだ。
けれど私は知っている。私と云う存在を "そのまま" 代われる人がいないとしても、私に付属するほぼ全ての役割は誰かが補えることを。
もちろん家族を蔑ろにしたい訳じゃないし、今ある友人関係をゼロに戻したい訳でもない。
要するに私は満たされたい。
空腹は満たされる。睡眠欲も問題ない。誰かを嫉妬する気持ちはもうずっと湧いていないし、怒りが大抵物事の解決に繋がらないことも覚えた。必要以上を欲しがることも随分前からしていない。後ろ指を刺されない程度には真面目に勉強して、社会にも合わせてきた。
三大欲求や七つの大罪に照らせば、私は自分自身を正しく評価しているつもりになっているだけで実際には "尊大な奢りの塊" でしかない可能性はある。それか、あまり考えたくないけれど、性的な衝動が私の奥底で半眼のまま燻り続けているのかもしれない。
けれど全てが解決されたとしても、私の虚ろは埋まらないように思う。
何があればいい?
全能感、包容力、承認欲求、達成感、解決力・・・それらしく言葉を探しても、そのどれもが答えのようにも、あるいは的外れのようにも思えて、結局考えるだけ無駄に終わる。
もしかすると私がモラトリアム真っ盛りの学生だから、余計な事ばかり考えるのかもしれない。卒業して、就職して、結婚して、子供が産まれて、そうやって日常が私の存在を埋め尽くせば、こんな気持ちとも決別できるんだろうか?
あるいは他のことが考えられないくらい誰かを好きになって、その人と一つになれば、その人との関係性で私の全てが埋め尽くされて悩みが消えるのかもしれない。
私はまだ学生だし、恋焦がれる相手もいないんだけど。
「あーね。分かるなぁ。」
私の部屋で見るともなく映画を見つつ、日本酒を飲み過ぎた酔いに任せてそんなことを話すと、メメが相槌を打った。
あと数分で年が明ける。
メメも随分飲んでいるけれど、意識はしっかりして見える。
「私はいっそ全部、どうにもならないくらいダメになればいいのに、って思う。」
「うん?」
「どうしようもないくらい壊れたら、生きることだけに必死になれると思わない? それか、そのまま終われるかも。」
・・・何を言ってるんだろう?
「どうしたの? もしかして寝てる?」
見た目以上に酔っていて夢現で答えているのかも、と思ってメメの顔を覗き込むけれど、メメはちゃんと起きている。少なくとも両目は開いていて、焦点も合っている。
「あーごめん、ちょっと別の事も考えてたから、それで。」
「そう?」
「うん。」
まぁいいか。私も断片的な言葉でしか伝えていないし、メメに "答え" を求めたわけじゃない。
「でも、茜が私たちとバンドしてることは、きっと茜のためになると思うよ。気休めで言ってるんじゃなくて。」
「・・・そうね。」
メメが言ったから、ではないけれど、メメと柚子先輩と続けているバンドにヒントがあるのかもしれないと思う自分はいる。
音楽にはどうしようもなく嵌まり込んで浸ってしまいたくなる側面がある。
聞いているだけの時以上に、自分で演奏している時、特に誰かと一つの音楽を奏でている時に。
音が私の感覚を研ぎ澄まさせ、そして研ぎ澄まされた感覚は音の向こうの情景をちらつかせる・・・そんな気配を素人なりに感じているから。
「メメは毎日、楽しい?」
「どうだろうねぇ。あ、茜、楽しくしてあげよっか?」
そう言うとメメは手をワキワキさせながらにじり寄って来た。
いやいや、酔ってる時にそれはダメじゃない? 敏感なんだか鈍感なんだかよく分からない体にその刺激はよろしくないから───
「あっ、ちょっ! ダメだってコラ!」
「ふはぁ、いい声ですなぁ茜様〜!」
「やめ! やめなって! アハッ、ハフゥ。ダメだから、もう! あゥっ・・・!」
嫌がる私を無視して脇腹をくすぐるメメ、酔ってうまく抵抗できない私。
こんなことでも、思いっきり笑うと少々の悩みなんかどうでもいい気がしてくる。随分と簡単に心は体に引っ張られるんだな、と。
そう考えると私は案外、私としては不本意だけど、性欲に溺れるタイプなのかもしれないと思ってみたりして。
「お、年が明けたね。」
ひとしきり私で遊んだメメが時計を見て、いつの間にか日を跨いでいたことに気付いた。
「あけましておめでとう、茜。今年もよろしくね。」
「ふぅー、ようやく落ち着いたわ・・・。あけましておめでとう。こちらこそよろしく。」
「とりあえず冬の間にもう一曲作りたいな。」
「一曲目もちゃんと完成してないけど?」
「そうだった。」
それから私たちは初詣のため、凍てつく夜空の下へと繰り出した。
*w*
他者に縋るほど私は弱くないが、そう考えること自体が弱みであり脆さなのかもしれない。
所詮私も大きな流れに揉まれる塵芥の一つに過ぎないとすれば、個の力は過信するに値しない。
魔剣の運命を捻じ曲げ新たな未来を知りたいと自覚した私は、私自身のことを深く知ることから始めた。
「さて、呼び出したは良いが・・・。」
広間には一人の男が立ち、私を見据えている。
「・・・大魔王。なぜ俺はここに?」
「聞かずとも分かるだろう。今やお前は私なのだから。」
「そうか、そうだな。いやしかし・・・。」
困惑の表情を浮かべ、勇者アーカードは剣を構えた。
「大魔王、否、魔王ワルド。お前の目的は何だ?」
「答えを知ることだ。私にとっての答えを。」
魔剣の闇が呑み込んだ全ては魔剣の力となり、表出も可能である。
私は城への道筋を切り拓いた最初の勇者、最も気高く強かった彼、精霊魔法剣士アーカードを召喚した。
アーカードは魔剣によって極限まで擦り潰されただろうアーカード本人の意志を、強靭な精神力で僅かながら保っていたらしい。そうでなければ私に剣を向けることなど有り得ない。
しかしそれは私の意図するところでもある。もしもアーカードが完全に私と同一の存在に成り果てていたならば、私は私を知る手立てを一つ失うことになるからだ。
やはりアーカードを選んだことは正解だった。私を脅かしうる彼にこそ、私を暴く道標となる資格がある。
「その答えが、破滅だとしてもか?!」
声を荒げ、剣に力を込めるアーカード。魔剣の中で変質した力は当時と比較にならない程に増大し、彼の静かな憤りが城を震わせる。
私であり、しかし決して私ではあり得ないアーカードにとって、私の運命を私と同じ次元で理解したことは苦痛でしかないはずだ。
敵と信じて疑わなかった私が、真実はどうあれ "私" 視点では世界を守る立場にあり、にも関わらずひたすら闇へ突き進むだけの運命にあると知ったならば、いっそただの現象に過ぎない私よりも精神への負担は大きいだろう。
「破滅はこの世界の運命であって、私の未来ではない。」
私の言葉の意味を寸分の狂いなく理解し、アーカードは闘気を沈める。
「そうか。そうなのだな。そうか・・・俺は俺の目的を、果たせるのだな。」
「左様。」
アーカードの言う果たされるべき目的。それすなわち黒い世界の魔王討伐による元の世界の救済だ。
しかし倒すべき敵が私と云う大魔王ではなく、この世界の孕む破壊的運命そのものに変わったわけだが、アーカードにとってその違いは些細な違いだったようだ。
彼と共にあった精霊はもはや消滅しているが、アーカードは私の力を行使して新たな精霊を生み出しレミリアと名付けた。
生まれたばかりのレミリアに語りかけるように、アーカードが呟く。
「俺は城の守護者、か。」
「・・・お前の力を、お前の目的のため、世界の救済のため、存分に振るうが良い。」
アーカードには、私が自由に動けるよう城を守ってもらう必要がある。
そういうわけで観測的立場と私の身代わりの二役をアーカードには期待しているが、ひとまず彼の召喚が穏便に済んだことは一つの成果であろう。




