【番外編】お正月企画! 新年を楽しもう!
この度もお読み頂きまして誠にありがとうございます。
そして、新年あけましておめでとうございます。本年も私の作品を楽しんで頂ければ幸いです。
新作も投稿できる様に頑張りますので、本年もどうぞよろしくお願いいたします。
なお本日、六章第一話も同時投稿しておりますので合わせてよろしくお願いいたします。
年越しそばを食べ終わり片付けが済んだ後、死神が元気よく言った。
「あけましておめでとうございまーす」
「えっ」
突然放たれた新年の挨拶にネクラが思考を停止する。他の3人も同じだったようで、柴は瞳を瞬かせ、カトレアは怪訝な顔で死神を見つめ、虚無は無言で瞳を閉じていた。
反応が薄いネクラたちを見て、死神が腰に手を当てて不満げな態度を取る。
「ちょっと。せっかく俺が挨拶してるんだよ。無視はひどくない?」
眉間に皺を寄せながら辺りを見回す死神を見て、ようやく思考が動いたネクラが慌てて返事を返す。
「え、えっと……あけましておめでとうございます。死神さん、皆さんも」
「おめでとうございますッス」
「そうそう。現世では新年を迎えたらこうして挨拶するんでしょ」
ネクラに続いて柴も挨拶をする。ようやく返って来た反応に死神は機嫌を良くした様子だったが、また不満そうな態度に戻り未だに無反応な2人を見る。
「君たちは。挨拶しないの。特に虚無くん、君は現世にいたんだから。こういう挨拶をするのがマナーだったんじゃないの」
「……。おめでとうございます」
挨拶をしなければ死神がしつこいと思ったのか、それともマナー違反と言われてしまいそれを反省したのか、虚無は渋々と言った様子で新年の挨拶をする。
そして、唯一挨拶をしていないカトレアにその場にいる皆の視線が集まる。
「え、なに。私もしなきゃいけないの」
皆に見つめられる形となったカトレアが瞳を丸くしてそれぞれと視線を合わせて行く。暫く間を置き、未だに視線から解放されないカトレアは逃げられない事を悟り、仕方がないと言った様子で口を開いた。
「ええっと、なんだったかしら。あけまして、おめでとうございます、でいいの?」
疑問形の挨拶だったが、死神としては十分に満足した様ですっきりとした笑みを浮かべていた。
「よし!これで挨拶は完了」
「どうしていきなり新年の挨拶なんてしようなんて思ったんですか」
ネクラの問いに死神は平然として答えた。
「ん。何となくだよ。さっき年越しそばを食べたし、そのまま現世の行事の真似事してもおもしろいかなっいて思っただけ」
死神はただ面白いと言うだけで新年の挨拶をしてみようと思っていただけと言い切った。特に意味もなく思った事を行動するのは死神らしいと言えばらしいが、突拍子もない行動は勘弁して欲しい。
「と言うか、もう年が明けたんですか。さっき年越しそばを食べたばかりですけど」
時間の流れと言う概念がないこの空間ではどうもその辺りが曖昧で、年越しそばを食べた時も死神から今が年末だと教えてもらった故に年末「らしさ」を味わう事ができたのだ。
ネクラの感覚では年越しそばを食べてから1時間も経ってないと思うが、先ほどまでずっと自分たちと一緒にいたはずの死神が何を根拠に今を年明けと表現するのか。
疑問を持ったネクラが死神に問いかけると、死神はマントから全ての死神と見習いが持つ事を許されている端末を取り出し、画面をネクラに見せる。
「この画面に表示されている時間はね。現世の時間をリアルタイムで表したものなんだ」
「あ、本当ですね。もう年が明けてます」
ネクラの瞳には確かに年明けを示す時刻と日時が表示されていた。ネクラが納得したのを見て死神は端末をマントにしまう。
「まあ、普段は現世の時の流れなんてあんまり気にしないんだけどね。今日は特別確認が必要だから」
「えっ、どうしてですか?」
『今日は特別確認が必要』とは一体どういう意味か気になったネクラがそれを聞こうと思った時、カトレアが小さく手を上げて死神とネクラの会話を停止させた。
「ちょっといいかしら。新年の挨拶を終えて満足でしょ。年越しそばとやらもごちそうになったし、そろそろお暇しようと思うのだけれど」
「えー。もうちょっとここにいたいッス」
柴が幼い子供の様な口調で駄々をこねるが、カトレアは冷静な態度で返す。
「あのね。私たちも暇じゃないでしょ。いつまでも休憩をしているわけにはいかないの。現世は休暇ムードらしいけど、私たちの様な存在にはそんなもの関係ないでしょ」
その言葉を正論だった。死神や死神補佐・見習いは現世で失われる命がある限り、常に働かねばならない。そこに休みはおろか一時の休憩すらない事もあると言う、ブラック企業もビックリな存在である。
「なにか仕事でも入って来たのか」
帰ろうとするカトレアに死神が声をかける。カトレアは若干、面倒くさそうな表情を浮かべてから端末を取り出し、それを操作する。
「……。今はないみたいだけれど」
「じゃあ今のところは時間があるって事だろ。ここで時間潰して行けばいいよ」
「でも、いつ仕事が入るかわからないわ。いつまでも休憩モードではだめよ」
仕事に真面目なところがあるカトレアは死神の申し出を断ろうとする。
彼女曰く、現世が年末年始の時期に仕事が入らないと言うこの状況は奇跡に近いらしい。
だがそれは現世で命を絶つものがいないと言うわけでなく、たまたま死神とカトレアに仕事が入っていないだけであり、数多いる他の死神たちが仕事に勤しんでいるからだと彼女は言った
「瞬時に仕事のオンオフができないのは良くないね。もっと力を抜いていいと思うけど」
「あんたが緩すぎるのよ」
カトレアは頭痛を感じているのか、頭に手を当てて溜息をつきながら首を振る。そしてふと何かに気が付いたのか、死神を確かめる様に頭から足までをまじまじと見つめた。
「もしかして、私と柴くんを引き留めたい理由があるの?」
「あ、わかっちゃった?」
死神がわくわくした口調で悪戯っぽく言い、皆を見渡して調子よく言った。
「俺、ちょっと現世に行って来るね。すぐ戻るから、仲良くお留守番よろしくね。カトレア、帰るなよ。虚無くんも自主トレとか言っていなくならない事!」
虚無とカトレアに念を押して死神は姿を消した。
「あいつ、ホントに勝手ね」
「全くだ」
念を押された2人は死神が消えた場所を見つめながら揃って悪態をついた。
そして、カトレアが帰る事も虚無が自主トレで姿を消す事もなく静かで穏やかな時間が過ぎ、紙袋を片手に死神が戻って来た。
「ただいま。これを買ったから、皆で食べたかったんだよね」
紙袋から出て来たのは黒塗りの3段の重箱で、それを見た瞬間、現世で生きていた3人は今がお正月の時期と言う事からピンと来た表情を浮かべていた。
ただ一人、カトレアだけは死神であるが故に重箱の意味が分からず、ただ重箱を眺めていた。
「ふふ。お察しの皆、喜びな。そして意味が分からない様子のカトレア、見て驚けっ」
死神は勢いよく重箱の箱を開け、3段になっていたそれを手早く広げる。
「「「おおおおお」」」
「す、すごいわね」
皆の声が重なり、さすがのカトレアも驚いたのか声が上ずっていた。
広げられたそれにはお重いっぱいにこれでもかと言うほど食材が敷き詰められ、輝きを放っていた。
伊達巻や昆布、エビに栗きんとん、かまぼこなどスタンダードなものからエビチリやミニ天津飯などの中華食材も入っており、とても魅力的なお重となっていた。
「どうしたんですか、このおせち……」
「すごいでしょ。予約して1日にバイト先届く様に頼んでたの」
「ああ、特別確認が必要ってこれを受け取るためだったんですね」
「そうそう。規定の日時に受け取らないといけないから」
死神が日付を気にしていた謎が解け、ネクラは納得しかけたがそれは違うと首を振った。納得してはいけない。また疑問は残されている。
「バイト先で受け取りって……そんな事できるんですか」
「少なくともウチでは許可されてるみたい。でも芸能事務って死神と同じぐらい忙しいんじゃない。多くの人間が休みなのに新年から仕事とか大変だねぇ。ま、そのおかげでこうしておせちを受け取れたわけだけど」
なにがおかしいのかはわからないが、死神はケラケラと笑いながら言った。
「でも、どうしてわざわざおせちの注文をしてんですか」
「だって、おせちはお正月に食べるものなんでしょ」
あっさり返答されたネクラは脱力した。やっぱりこの人の行動に疑問を持つだけ無駄だった。そしてこの人はやりたいと思ったら行動するタイプなのだと改めて思った。
「死神さんって興味がない時は本当に気に留めないのに、興味を持ったらとことんまっしぐらですよね」
値段を聞くのが怖いぐらいの豪華なおせちを見ながらネクラは感慨深そうな顔で頷いた。その言葉を誉め言葉と取ったのか、死神は胸を張りながら機嫌良く言った。
「まあね。興味があるものは積極的に学び、知識にする。それが俺のいいところだと自分でも思うよ」
「こいつは褒めたつもりはないと思うがな」
にこにことする死神に虚無が呆れた口調でバッサリと切り捨てる様な発言をしたが、死神は気に留める様子もなく、手際よく祝箸二組(取る様と食べる様)と取り皿を配る。
「ささ、せっかく買って来たんだから、早く食べよう。もちろん、俺のおごりだよ。遠慮なんていらない。好きなものを取って行って。早い者勝ちだよ」
「ありがとうございます!死神さん太っ腹~」
柴は死神にお礼を言った後に艶やかに光る豚の角煮に箸を伸ばす。そしてそれを幸せそうに頬張った。
「角煮、めっちゃ柔らかい!おせち用のちょっと濃い味付けが良いんスよね」
あまりの見た目の美しさに見惚れていたカトレアも柴が角煮を取ったのを見て箸を動かす。取ったのは栗きんとんだった。
「黄色くて綺麗だったから取ってみたけど、これ栗とサツマイモなのね。口当たりも良いし、見た目と同じく甘さも上品で気に入ったわ」
虚無が手に取ったのは伊達巻だった。通常のおせちより少し厚めに切られたそれを3切れも取り、黙々と口に運ぶ。
「この食感、この甘さ。まさにスイーツに近い。これをおかずの様に食べられるなど、幸せ過ぎる」
甘い伊達巻を食べて幸せ気分に浸っている虚無の横ではネクラが静かにかまぼこを食べていた。
「ネクラちゃん、かまぼこばっかり食べてるね。もっと他に食べればいいのに」
「ほかのものもおいしいですが、私はこの淡白な味が好みで、ってすごっ」
ネクラは驚きの声を上げる。話しかけて来た死神を見れば、彼の皿にはエビやカニの爪、いくらなど豪勢な食材が並べられていた。
「死神さんは高そうなものがお好きなんですね」
「うん。見た目も豪華、味もおいしい。これって最強で最高でしょ」
「あはは。死神さんらしい捉え方ですね」
自分の皿にご満悦な死神に苦笑いを返し、ネクラはまたかまぼこに箸を進めた。
そんなこんなで皆でおせちを食べ進め、あれだけあった食材もあともう少しでなくなりつつあった。
「俺、まさか死んだ後もこんな事できるなんて思っても見なかったッス」
「私もだよ。なんか変な感じだね」
骨付きからあげに舌鼓を打ちながら、ネクラと柴は顔を見合わせ微笑んだ。そんな2人に死神とカトレアから辛辣な言葉を投げかける。
「楽しむのは良いけど、君たち本来の目的を忘れないでね。このごちそうをエネルギーにして、早く転生できるように頑張ってよ」
「そうね。現世の言葉を借りるなら『来年』もこのメンバーが揃っているみたいな事にならない様にしてもらわないと」
年越しそばを食べている時も似たような事を言われたが、死神たちの言う事は正しい。見習いである虚無はともかく、候補であるネクラと柴は自分のやるべき事をしっかりと全うしなければならない。それが、補佐である自分の定めなのだから。
それは分かっているが、この瞬間を死神たちは楽しんでいないのだろうか。そう思うと少しだけ、心がチクリと痛んだ。
表情が曇ったネクラの心中を察したのか、柴が肩が触れ合うぐらい体を寄せてにっこりと笑いながら言った。
「先輩。俺、今が凄く楽しいッス。だからね、楽しい時ぐらいは笑っていましょうよ」
「……うん。そうだね、私も楽しいよ。ありがとう、柴くん」
そう言って笑みを返したネクラに柴はもっと明るい笑顔を返した。虚無はそんな2人のやり取りを横目で見ていたが、何も言わずに伊達巻を食べ進めた。
こうして、ネクラたちの楽しいような、切ないような正月らしい時が過ぎて行くのだった。
終わり