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死神補佐になりました : 来世のための少女の奮闘記  作者: 水無月 都
ぞれぞれの物語
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【番外編】年末企画! 皆で過ごす年越し

この度もお読み頂きまして誠にありがとうございます。

今年もいよいよ最後の日となりましたね。来年は本編とあと、新作の作成に取り掛かる事ができれば

いいなとおります。

本日もどうぞよろしくお願いいたします。

皆様、良いお年を。


「ねぇ。ネクラちゃん。現世では新年を迎える前におそばを食べる習慣があるんでしょ」

「年越しそばの事ですか」


 仕事も終わり、拠点としている探偵事務所風の部屋で寛いでいると突如死神が話を切り出したのでネクラがそれに思い当たるものを答える。

 どうやらその答えは正解だったらしく、死神の表情がパッと明るくなる。


「そうそう。それそれ。あれって何のために食べるの」

「私も詳しいわけではありませんが、理由はたくさんあるそうですよ。健康や長寿を祈ったり、厄災を払うためと言われていたり……とにかく縁起物ですね」

「食べ物が縁起物ねぇ」


 死神が良く分からないと言った表情で呟き、ネクラはそれに構わず話を続ける。


「歴史も結構古かったような気がしますね。江戸時代後期ぐらいから少なくとも大阪にはあった文化だったと思います」

「へぇ。そうなんだ。良く知ってるね」


 知らないと言った割にはつらつらと言葉を紡ぐネクラを死神が感心してまじまじと見つめる。

 そう言われたネクラはハッとして、顔を赤らめ恥ずかしそうに言った。


「いえ、私がプレイしていたゲームで見た記憶がありまして……」

「なにそれ。どんなゲーム」

「れ、歴史もの……」


 ネクラは生前、いわゆるオタクな性質を持っており、アニメやゲームをそれなりに嗜んできた。二次元では様々な異世界ものはもちろんだが、歴史ものも多数存在している。


 特に好みが声優に特化していたネクラは推しの声優さんの出る作品は全てチェックしていたため、広く浅いかもしれないが日本史・世界史・地理の知識はそれなりにあったりするのだ。


「そ、そんな事はどうでもいいですっ!死神さんは年越しそばに興味があるんですか」


 死神は現世の文化や文明に関心があり、事あるごとにネクラを始め現世で生きていた魂たちに話を聞き、実際にそれを体験してみると言う事を繰り返している。今回もそのパターンだとネクラは思った。


「うん。そう言うのがあるって言うのは前から知ってたけどね」

「そう言えば、死神さんは随分と長い間存在しているとおっしゃっていましたが、その間にそう言うものに触れてみようとか、体験してみようとか思わなかったんですか」


 ネクラは前から気になっていた事を死神に聞く。これまで死神に頼まれ、随分と現世の事を話して来た。そのほとんどは食べ物の話題で、どれも名前や見た目は知っている様っだが、どんな味で何が入っているかなどの知識に乏しい事が多い。


 ただハンバーガーのチェーン店で売っているフレンチフライは好んで食べていた様子だが、それ以外の知識は本当に見聞きしただけと言う印象を受ける。


「うん。俺が現世の食に興味を持ったのはつい最近だしね。食べる事がマイブームってやつ?」

「今までは『知りたい』と思っても『食べたい』と思った事がなかったと言う事ですね」

「そうだね。そう言う事」


 ネクラが噛み砕いた理解を示すと、死神は笑顔でそれを肯定した。


「ま、それはそれとして……ねぇ、年越しそばってどうやったら食べられるの?って言うか作れるものなの?」

「使っているそば自体は特別なものではないと思います。市販のそばにニシンやエビを乗せて食べたり、カップ麺でも年越しに食べれば立派な『年越しそば』のはずです」

「ふぅん。食べる時期が大切であってモノ自体は特別じゃないんだね」


 死神は興味深そうにフムフムと頷いた。そんな死神を見てネクラが小首を傾げる。


「でも、何故突然年越しそばに興味を持ったんです?」

「現世ではもう年末だからね。現世のバイト先でもなんだかバタバタしてるよ。で、そこで聞こえたんだよ。年越しそばがどうのって」

「年末、そうですか。現世ではもうそんなに時間が過ぎたんですね」


 ネクラたちがいる空間は時の流れに支配されない場所であるため、『時が過ぎる』と言う感覚がなかったネクラは感慨深そうに呟いた。


 自分が命を絶ったのは夏頃。そこから暫くこの空間で意識を失っていたので死神補佐として活動したのが秋頃だった。


 当然の事だが、自分の時間は止まってしまっても現世の時間は滞りなく進み、季節を巡る。その事実を改めて実感し、ネクラの心に少しだけ寂しさが生まれた。その心の翳りを払拭するかの様に、ネクラは明るい口調で言った。


「作りましょうか。年越しそば」

「お、ネクラちゃんから進んでそう言うのめずらしいねぇ」


 嬉しそうにふむふむと頷く死神をネクラは苦笑いを浮かべ、ため息交じりに言葉を口にした。


「だって、死神さんは最初からそのつもりで言ったんでしょう。このパターンはもう慣れっこです」

「ありゃ、そうなの。つまらないなぁ。テンパるネクラちゃんは最高におもしろいのに」


 そのわかっていましたよと言う態度が気に食わなかったのか、死神は唇と尖らせていた。


「ふふ。最近死神さんの思考が少し読める様になってきたかもしれません」


 得意げなネクラを見ながら死神は反応は面白くないし、気に食わないけど仕方がないと言った様子で話を進める。


「ま、物分かりが良いって事にしよう。実はもう買ってきてあるんだよね。これ買った時は年越しそばってよくわからなかったから、年末コーナー?みたいなところにあったやつを適当に買ったんだけど。やっぱりネクラちゃんに聞いてから買えばよかった。普通のそばでもよかったんだね、高くついた気がするよ」


 死神がマントの中から袋を取り出し、それをドサッと机の上に置いた。中には大きめの器に入ったゆでるタイプのそばが4つ入っていた。なんと海老天付きである。


「5つ……って事はいつものメンバーでこれを?」


 これもいつもの流れかと思いネクラが聞くと死神は大きく頷いた。


「うん。そのつもり。どうせ柴くんも虚無くんもネクラちゃんに会いにここに来る事は間違いないし、流れでカトレアも来るだろうしね。楽しい事は皆でした方がいいでしょ」

「そうッスよ!楽しい事とおいしい事は、皆で体験しましょう」

「うわ!びっくりした。柴くん、いつからいたの」


 死神の言葉に賛同したのは柴だった。突然現れた柴にネクラは思わず声を上げた。動揺するネクラを前に柴は眩しい笑顔で答えた。


「今さっきッス!本日も仕事終わりに寄らせてもらったッスよ」

「そうなんだ。お疲れ様」


 覗き込む様に自分を見る柴にネクラは同じく笑顔で返した。彼は満足そうに笑顔を一層輝かせた。


「今、私に入ってきている仕事は柴くんのもので最後よ。他の補佐たちにもそう伝えておいたから、多少はここでゆっくりしてもいいと思うわ」


 柴に続いてカトレアが現れる。彼女は当初、犬猿の仲である死神がネクラの担当である事から、ここへ来る事を良しとしていなかったが、最近ではそれに慣れた様で柴のここへ来たいと言う願いをあっさり許可する様になった様な気がした。


「ほら来た」


 先を読んでいた死神が訪問者の姿を見てやっぱりかという表情をする。

 そんな死神を他所に机の上に置かれた5つのそばの存在に気が付いた柴が嬉しそうにそれを手に取る。


「わあ!年越しそばじゃないッスか!」

「年越しそば?」


 うきうきとしている柴の横から彼が手にするそばを不思議そうに覗き込んでいるカトレアにネクラが先ほど死神にした説明を繰り返す。


「へぇ。なるほどね。人間って縁起を担ぐのが好きね」


 カトレアが呆れた口調で言うが、柴は未だにそばを手にしたままハイテンションな様子だった。


「年末と言えば年越しそばッスよね!普通のそばなのに年末に食べるってだけで特別感があって不思議な感じがするッスよね。ああ言うのって雰囲気を味わってるんスかね」

「それは分からないけど、君たちの分も買ってあるから、今から一緒にその雰囲気を味わおうね」


 死神の言葉に柴の表情がキラキラと輝きを増す。


「わぁい!ありがとうどざいます」


 柴は両手を上げて喜び、そばを机に置いた後ネクラに駆け寄った。


「そばを食べられるのも嬉しいッスけで年末を先輩と過ごせて俺、嬉しいッス」

「私たちは時間の感覚が狂っちゃってるから、年末とか言われても変な感じだけどね」


 そんな事を言いながら笑い合う2人の間に死神が割って入る。


「はいはい。柴くん。2人の世界を作ろうとしないの。さっきから扉の向こうで様子を窺っている虚無くんを含めて皆もいるから」

「むぅ。邪魔しないで欲しいッス」

「え、虚無くん?」


 死神の言葉に柴が頬を膨らませ、ネクラが驚いて扉の方に視線を移す。すると扉がゆっくりと開き、気まずそうな表情を浮かべる虚無がゆっくりと部屋に入って来た。


「はぁ……。いつから俺がいるとわかっていたんだ」

「うん?君が仕事から帰って来て、扉の前に立ったら俺たち4人が年越しそばの話をしていて、面倒くさそうだから気配を消して帰ろうかなって思ってた辺り?」


 虚無の溜息混じりな問いかけに、死神がつらつらとにこやかな表情を浮かべて答え、虚無は脱力した。


「つまりは最初からか」

「俺の厚意を無視して気配を消して逃げようなんて、許さないよ」


 死神が笑顔で圧をかけ、虚無がその圧から逃れる様にふいっと視線を逸らした。ネクラはそんな2人の間に入りそれを宥める。


「ま、まあまあ。皆さんが揃ったんですから、年越しそばを頂きましょう」

「それもそうだね。ネクラちゃん、調理お願いね」


 その言葉で本来の目的を思い出した死神が虚無からネクラへと視線を戻し、パチンと指を鳴らしキッチンを出現させる。


「では、少しだけお時間を頂きますので、皆さんは座ってお待ちください」

「俺も手伝うぞ」


 腕まくりをするネクラの傍に虚無が立ち、協力を申し出る。恐らく死神と一緒にいると先ほどの件を突っ込まれるからだろう。なんとなく彼の意図が分かったネクラはそれを了承した。


「うん。洗い物をお願いできるかな」

「ああ」


 虚無が頷いた後、2人きりにしてなるものかと思ったのか、すぐさま柴も前のめりに手伝いを申し出る。


「う、うーん。調理工程が簡単だからあんまりお願いできる事はないけど……海老天をトースターで焼いてもらうのと、運んでもらうのを手伝ってくれるかな」

「はいッス!お任せください」


 柴が嬉しそうに元気よく頷き、年越しそばの調理が始まった。そばはすぐに完成し、それぞれの席へと運ばれる。


 目の前に置かれたそばは白い湯気と甘めのつゆの匂い、そして柴が若干焼きすぎて焦げてしまった海老天の香ばしい匂いを放っていた。


「じゃあ、食べようか。いただきます」

「いただきます」

「あ。ちょっと待ってください」


 死神とカトレアが行儀よく手を合わせ、そばを口にしようとした瞬間、ネクラがそれを止める。


「ん、なに。どうしたの」


 意味も解らず食事を止められた死神が不思議そうに尋ねる。カトレアも同じように動きを止めていた。


「現世の文化に倣うなら、挨拶もした方がいいかなって。年末になると現世ではこう言うんですよ……今まだ今年と言う事にしましょうか」


 この空間に時間と言う概念はない。今と言う瞬間が新年を迎えているのかどうかもわからない。なので、ネクラはそう思う事にしてここにいる皆へと頭を下げて言った。


「本年はお世話になりました。来年もどうぞよろしくお願いいたします」

「俺も、よろしくお願いします」

「……よろしく」


 現世で生きた3人がそれぞれに頭を下げて挨拶をした。その光景を死神たちはきょとんとした表情で見た後に、何故か渋い顔をしていた。


「俺たち死神からしたら来年もよろしくされたら困るよ」

「そうね。虚無くんはともかく、他の2人は早く徳を積んで生まれ変われるように努力しなさい」


 ネクラたちの挨拶を死神2人は呆れた表情でばっさりと切り捨てた。しかし、同時に彼らの言い分は最もな事だと思った。

 

 ネクラと柴はいつかはここを離れなければならない。来年もよろしく、では死神たちにとっては良くない事だろう。だが、ネクラは小さく首を振る。


「いいえ。来年もよろしく、で良いんです。私たちが転生できるその瞬間までお世話になるんですから」


 そばを見ながら寂しそうに言うネクラを見て、柴も切なそうに顔を歪ませた後、下を向いたままのネクラに微笑み、そしてキッと死神たちを睨む。


「ネクラ先輩の言う通りッスよ。お二人とも、意地悪を言わないで下さい」

「意地悪じゃないよ。ねぇ」

「ええ。事実だもの」


 柴の説教じみた言葉に死神とカトレアは珍しく仲良く頷き合っていた。


「……俺はお前が転生するまで面倒見てやるから」


 口数が少なかった虚無がネクラに小さな声で言い、下を向いていたネクラはあまりそのような言葉言わない虚無に驚いて顔を上げる。しかし、虚無は何事もなかったかの様に無言でそばをすすっていた。


「うん。ありがと、来年もよろしくね。虚無くん」


 確かに虚無の言葉を聞き届けたネクラは虚無にお礼と挨拶を述べるも、そばを咀嚼しながら彼は小さく頷いただけだった。


「先輩!俺も!俺もよろしくッス」


 虚無とネクラのやり取りを見た柴が右手をピンと上げて勢いよく言った。その元気の良さにネクラの表情がますます柔らかくなる。


「うふふ。柴くんも、よろしくね」

「はいッス!」


 柴は嬉しそうに頷いて改めてそばを楽しんだ。

 死神たちはやれやれと言った様子で見つめ合い、肩をすくめて再びそばを口にする。


 今頃、現世では除夜の鐘は鳴っているのだろうか。除夜の鐘は煩悩を払うためにあると言う。

 今の自分の心はひどく矛盾している。早く転生したいとも思うし、このまま死神たちと過ごす時間が続けばいいとも思う。それは、とてもわがままな想いだと自分でも自覚していた。


「死んでも煩悩ってなくならないんだなぁ」


 でも、例えわがままだとしても、こうして仲間と呼べる人たちと過ごせるこの瞬間は大切にしたい。

 そんな事を思いながらネクラはまだ白い湯気を立てるそばをすすって、その温かさに浸った。


終わり


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