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死神補佐になりました : 来世のための少女の奮闘記  作者: 水無月 都
ぞれぞれの物語
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【番外編】 魅惑のカレー

本日もお読み頂きまして誠にありがとうございます。

今年も残すところあとわずかですね。この物語が皆様のお暇つぶしになれば良いなと思っております。

本日もどうぞよろしくお願いいたします。

「ネクラ先輩!聞きましたよ。死神さんとカトレアさんにスコーンを振る舞ったらしいッスね!」


 ある日、ネクラが死神と仕事から帰ると探偵事務所風の部屋で待ち構えていた柴が頬を膨らませながらネクラの顔を覗き込むようにして迫って来た。


「ちょ、近いよ、柴くんっ。落ち着いて」


 あまりの近さにネクラは状態を逸らしながら柴をなだめるが、全く効果がなくずいずいとネクラを勢いで押す形で体を前進させて来た。


「スコーンを、振る舞ったんスかっ」


 同じ質問を今度は強めの口調でされ、ネクラは距離を取って欲しい一心でコクコクと頷いた。


「う、うん。食べてもらったよ」

「ずるいッス!」


 ネクラが事実を伝えると柴が眉をキッと上げて勢いよく吠えた。まるで子犬がキャン!と甲高く威嚇する姿に重なり、ネクラは思わず瞳をこする。目の前いたのはやはり柴だった。


 何を不満に思っているのか、見当もつかないネクラが尋ねる。


「あの、柴くん。何をそんなに怒っておるのか教えてもらってもいいかな」

「怒ってるんじゃなくて拗ねてるんッス!なんで俺と虚無先輩の分は残してくれなかったんスかぁ」


 瞳をうるうるとさせながら言う柴を見ていると、最悪感が増してくる。


「ご、ごめんね。本当は残して置こうと思っていたんだけど」

「すごくおいしかったから、俺とカトレアで食べちゃった」



 謝るネクラの言葉を遮る様に死神が超絶笑顔で割り込んできた。言葉を遮られたネクラはギョッとして死神を見る。

 柴は死神を恨めしそうに見ながらがっくりとうな垂れた。


「どうりであの日、部屋中甘い匂いがするなぁって思ってたんスよ。虚無先輩もあれはホットケーキミックスの匂いって言ってました」

「う、うん。確かにホットケーキミックスを使って作ったけど、虚無くんってそんな事もわかるんだね。もうスイーツ好きとか言うレベルじゃなくない?」


 ネクラは虚無のスイーツ好きとしての異常な能力に少しだけ恐怖を覚えた。しかし、それを聞いた死神はケラケラと笑った。


「あはは。喚起をしておけばよかったかな」

「喚起って……ここに窓何てないですけど。でも、柴くん。スコーンの事は誰に聞いたの」


 死神の言葉にツッコミを入れながらもネクラは柴に問いかけた。何故ならばあの日、スコーンを食べつくしてしまったティータイムは、ここにいない2人(特に柴)に知られるとうるさそうだから内緒にしておこうと言う話になったのだ。


「カトレアさんがうっかり口を滑らせたッス」

「わぁ、あいつバカじゃん」


 死神がげんなりとして言い、ネクラも苦笑いになる。カトレアでも口を滑らせる事があるのだなと思った。


「ずるいッス!俺も食べたい!先輩、俺にもそのスコーンを作ってもらえないッスか」


 両手を祈る様に組み、うるうるとネクラを見つめる様は雨に濡れた捨て犬の様で、ネクラにどうにかしてあげたいと言う気持ちが生まれる。


「作るにしても、材料がないし……。死神さん」


 あの時のスコーンの材料を用意したのは死神である。ネクラは彼を見て、何とかならないかと呼びかけた。柴も同じ様に死神に視線を送る。


 しかし、死神はひどく面倒くさそうな表情で不満げに言った。


「えー、俺はこの前食べたから他のものがいいなぁ」

「死神さんは食べたかもしれないッスけど、俺と虚無先輩は食べてないッス」

「俺がなんだって」


 首を縦に振らない死神に対し、柴が威嚇していると、会話の途中で虚無が姿を現す。柴は味方出現と思ったのか、彼の姿を見るや否やパッと表情を明るくし、彼のところへ走って行き、すがりついた。


「虚無先輩!やっぱりこの前の匂いはお菓子を作っていた匂いらしいッス!しかもネクラ先輩の手作りッスよ!それを死神2人で食い尽くすとかズルいと思いませんかっ」

「お菓子……」


 そんな事を呟きながら無表情で、しかし何かを問いただす様に虚無がネクラを見つめて来たが、何となく居たたまれなくなってネクラは瞳を逸らした。


 瞳を逸らした先には未だに不満をぶつける柴と、それをのらりくらりとかわす死神がいた。


「でもなぁ。どうせ材料買うお金を出すのは俺だし。ネクラちゃんがまた何かを作ってくれるんなら、作るものを決める権限は俺にあると思うけど」

「う、お金の話をされると俺も偉そうな事は言えないッス」


 材料費の話を出されてしまい、柴の不満のボルテージがどんどん下がって行く。最終的には悔しそうに肩尾落とし、その場に両ひざをつく形で崩れ落ちた。


「……。なんなんだ。一体」

「私のお菓子を食べられなかった事が相当悔しいみたいで……。それは、ちょっと嬉しいかな」

「なんだそれは。全くわからん」


 一喜一憂する柴の状況が良く分からない虚無が現状を尋ねたので、ネクラはそれに簡潔に答えた。

しかし、説明をしても虚無はこの状況をきちんと理解する事は出来なかった様だった。


「ふふ。俺の勝ちだね。でも大丈夫だよ。俺はそんな意地悪じゃないし。君たち、今から時間ある?ネクラちゃんに何か作ってもらおうよ」

「はい!?」


 突如として自分が何かを作る事が決定し、ネクラはすっとんきょうな声を上げる。しかし死神はけろっとした顔で当然の事の様に言った。


「だって、柴くんがこんなにキャンキャン言ってるのはネクラちゃんの手作りのものが食べられなかったからでしょ。だったらもう一度ネクラちゃんが作るしかないよね」

「ええ……」


 何と言う理不尽な事か。そして自分の意志は無視か。ネクラは面倒くさい事になりつつある状況にめまいを覚えた。


「ネクラちゃんはお菓子以外にも何か作れないの?」


 どうやらネクラに拒否権は内容で話がどんどんと進んで行く。もうこれはやるしかないのか。柴を気の毒に思っていた事もあり、ネクラは仕方なくこの話に乗る事にした。


「作るって言っても……私、料理が凄く得意と言うわけでもないですし……カレーぐらいなら何とか」

「カレーか。現世で割と親しまれている食べ物だよね」


 死神が顎に手を当てて興味深そうに呟いた。そして数秒唸った後、指をパチンと鳴らして笑顔で言った。


「よし、じゃあカレーにしようか。お店のカレーは食べた事あるけど、家庭のカレーは食べた事ないし。それに決定!」

「カレー!!」


 死神の言葉を聞いて地面に膝をついていた柴が勢いよく起き上がり瞳を輝かせる。曇っていた表情から一変し、とてもキラキラした表情でネクラを見つめた。


「俺、カレー好きッス。ぜひ作って下さい!ネクラ先輩っ」




「カレーって色々な種類がありますけど、市販のルーで作る感じで構いませんか」


 いくら作れると言ってもさすがにスパイスを調合する様な本格的なものは作れない。そう思って念のために確認したが、死神は親指を立ててウィンクをした。


「全然オッケー。言ったでしょ。家庭の味でいいって。本格的なものが食べたいならお店に行けって話だし。ねぇ、皆もそれで良いでしょ」

「問題ないでーす!」

「……」


 死神が振り向いて背後の2人に確認を取ると、柴は手で大きな丸を作り、虚無は無言でで頷いた。

 今、3人分の期待がネクラにのしかかる。先ほどは軽い気持ちで了承したものの、過度な期待は流石に重い。


「あ、あの。あまり期待しないで下さいね。私、基本は箱に忠実ですから」


 ハードルが上がらない様にネクラが予防線を張ろうと試みる。死神はそのプレッシャーを感じ取ったのか、励ます様な口調でネクラの肩をポンポンと叩いた。


「平気平気。基本が一番だよ。余計な事は考えなくていいのっ。じゃあ俺、材料買ってくるから。何が必要か教えてくれる?」


 死神がマントからメモを取り出し聞いて来たので、ネクラは必要な材料を伝える。


「ええっと、まずお肉は私の家では牛を使っていたので、できれば牛肉を使いたいのですが皆さんよろしいですか」

「俺、そう言うのは分からないから、なんでいいや」

「俺は肉なら何でも好きなんで、文句ないッス」

「特に、気にならない」


 死神、柴、虚無はそれぞれ問題ないと言う旨をネクラに伝える。

 その後、ルーのメーカーやチャツネの有無など、家庭で差が出る様な事は全て確認し、調理に必要なものは全て死神に伝えた。


「キッチンは出しておくからね。一応、一般的な調理器具は揃えてあるつもりだけど、必要なものがあったら言って」


 死神がパチンと指を鳴らすと大きなシステムキッチンが現れる。ネクラは何度かそれを使った事があるが、念のためキッチン回りを確かめて問題ないと判断した。


「大丈夫です。ありがとうこざいます、死神さん」

「あはは。ネクラちゃんがお礼を言う必要なんてないでしょ。それじゃ、買い出し行ってきまーす」


 笑って手を振り死神は姿を消した。

 死神が買い出しに行っている間、ネクラはもう一度キッチン回りを確認ながら、これから他人に料理を提供する不安と緊張で押しつぶされそうになりながら、とてもそわそわして死神の帰りを待っていた。


 その間、虚無は部屋の隅で片手腕立てなどの軽いトレーニングに勤しみ、柴はウキウキしながら椅子に座り足をパタパタと動かし上機嫌に鼻歌を歌っていた。


 それぞれに時間を過ごす事、数時間。高らかな声と共に死神が部屋へと戻って来た。


「ただいまー。はぁいこれ、材料……ってカトレア。なんでいるの」


 笑顔だった死神表情が突如として真顔になる。彼の瞳に映ったのは柴の隣で涼しい表情で優雅に腰かけるカトレアの姿だった。


「いつもの通り、柴くんを迎えに来たんだけど……。ネクラちゃんがまた何か作るみたいじゃない。せっかくだし、私も頂きたいなと思って」

「材料費支払ったのは俺だぞ。当然の様な顔で言うなよ。一緒に食べてもいいけど、態度ってもんがあるだろ」


 平然とするカトレアに死神がジトリと瞳を向けると、カトレアh

 そんな2人を他所にネクラは死神が買ってきてくれた袋の中身を確認していた彼女の動きがピタリと止まる。


「……。死神さん、スタンダードなカレーを買ってきて頂いたのは良いんですけど、甘口・中辛・辛口と三種類あるのは何故ですか」


 ここへ来てまた嫌な予感に襲われ、袋を覗き固まったまま死神に聞くと、彼はけろりとして言った。


「え、全部の味を食べ比べしたいから。時間がかかってもいいから、全種作って」


 語尾にハートマークが付きそうなかわいい言い方をされたが、なんと言う暴君だこの人は。ネクラはそう思ったが、買って来た食材たちを無駄にするわけにもいかず、仕方なく全ての味を調理する事になった。


 因みに、ルーのメーカーは現世で生きていた3人の意見を元に最も家庭で使われているであろうものを相談して決めたものでる。


 3種類のカレーを作るの経験などネクラにはなかったので、何をどう取り掛かれば良いかわからなかったが、生前に調理経験がある虚無が食材切りを手伝ってくれたので何とかなった。


 しかし、それ以上手伝うと『ネクラの手料理』のはならないと死神と柴から理不尽な文句が出たので、食材を切り終わった虚無は洗い物に徹してくれた。

 

「ありがとう。虚無くん。切るものがたくさんあって困っていたけど、助かったよ。洗い物もありがとう」

「気にするな。せっかく作ってもらうんだ。これぐらいはする」


 やはり、虚無は優しいなぁ。とネクラはしみじみ思い、礼を述べたがやはり彼は素っ気なかった。


 そこから数時間後……。

 調理工程は単純でも、大量のカレー作りは困難を極めたが、虚無のサポートもあり、なんとか3種類辛さのカレーが出来上がった。


「はい、お待たせしました。好きな辛さでお召し上がりください。右から甘口・中辛・辛口です。鍋での提供で申し訳ございません。お手数ですが皆さんでお皿に盛りつけてください」

「はーいっ」


 柴が元気よく返事をし、皿を手に取り鍋を覗く。その後に死神、カトレア、虚無が続き各々が好みの辛さのカレーを皿に取る。


 皆が席に着いたところで死神が言う。


「皆、カレーは取ったね。それじゃ、作ってくれたネクラちゃんに感謝して。いただきます!」

「「「いただきます」」」


 皆は手を合わせ、ネクラに頭を下げて食事の挨拶をする。ネクラは照れくささを感じながらも笑顔で答えた。


「はい。お召し上がりください」


 カレーが口に運ばれ、開口一番に叫んだのは柴だった。


「おいしー!カレーなんて久々に食べたッスよ。肉がたくさん入ってる!幸せっ」

「死神さんがたくさんお肉を買ってくれたの。思いきってたくさん使ってみたわ」


 肉に感動する柴にネクラが答え、柴はガツガツとカレーを食べ進める。


「この甘口、市販のものにしては甘味が強いな。何かしてのか」

「うん。私の家でやってたんだけど、仕上げにケチャップとハチミツを入れるんだ。子供向けだけど、甘党の虚無くんには合うかなって」

「ああ。こういう甘さは好きだな」


 少し甘めのカレーを幸せそうに食べる虚無にネクラが笑顔で隠し味を説明しする。


「スパイスが聞いておいしいね。食欲が進む味だ。ネクラちゃん、料理上手だねぇ」

「そうね、スコーンの時も思ってたけど、結構器用ね。ネクラちゃん」

「い、いえ。カレールーで作っているのでおいしいのは当たり前かと……」


 自分を褒める死神2人の言葉に照れながらもネクラはそれを必死で否定した。それは決して謙遜ではない。

 ネクラは心の底からこれぐらい誰でもできるし、自分は特別ではないと思っているのだ。それは自己肯定感が低い彼女らしい考えだった。


 しかし、死神はそんなネクラに自信を持たせるような口ぶりで言った。


「またぁ。そんな事ばっかり言うんだから。ちゃんとおいしんだから自信もちな。彼を見なよ」

「彼……?」


 死神が指さした先、そこには綺麗に空っぽになった皿を持つ柴がいた。


「先輩、おかわりください!ご飯も大盛で」

「速っ!もっとゆっくり食べていいのに」


 柴が鍋を覗き込み、おかわりを皿に注いでゆく。


「じゃあ俺もっ」

「私も。頂いていいかしら」

「……俺も」


 3つの鍋になみなみと入っていたカレーがどんどんと全て減って行く様を見て、ネクラは自分の頬が緩むのを感じた。

 当初は無理難題を言われて戸惑ってしまったが、こうしておいしいと笑顔で食べてもらえるのであれば、これはこれで悪くはないかもしれない。


「むしろ、嬉しい……いや、楽しいかなぁ」


 そんな事を呟いて、ネクラは残り少ない鍋のカレーを見つめて微笑んだ。


終わり


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