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死神補佐になりました : 来世のための少女の奮闘記  作者: 水無月 都
ぞれぞれの物語
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【番外編】 ご所望のスコーン

この度もお読み頂きまして誠にありがとうございます。

一応、この話を自分で読み返して見たのですが、ものっそい説明口調と言うか、起承転結がなくて泣きそうになりました……。

思いつきで書くとこう言う事になるのですね(悟り)

ですが、決して適当に書いているわけではございません!お楽しみいただけますと光栄です。

本日もどうぞよろしくお願いいたします。

「あら、ネクラちゃん。何をしているの」

「あ、こんにちはカトレアさん」


 ある日、カトレアは探偵事務所風の部屋へと訪れていた。それを笑顔で出迎えたのはここを拠点にして死神補佐として活動している少女、ネクラである。


 カトレアは自分の担当である死神補佐の柴が仕事終わりや訓練終わりによくここを訪れるため、それを迎えにやって来たのだ。


「柴くんのお迎えですか。いつもお疲れ様です」

「いいえ。一応、私はあの子の担当だから。当然の事よ」


 ネクラの気づかいにカトレアは優雅に微笑んで見せた。

 死神補佐は死神やその見習いと異なり魂の在り方が不安定なため、現世でも黄泉の国でもない曖昧なこの場所で1人で行動する事は基本的に禁止されている。空間で迷って出られなくなる可能性がある為だ。


 カトレアは補佐と言う立場にも係わらず、見習いと同じ内容の訓練を受けたいと言う柴を訓練場所まで柴を送り、時には共に訓練をし、時には個人訓練が終わる頃に迎えに行くと言う事を繰り返していたが、ここ最近はその必要がほとんどなくなった。


 とある仕事をきっかけに、カトレアが最も気に食わない死神の部下と交流を深める様になったからだ。

 否、他の補佐や見習いと交流する事自体は悪い事だとは思わないし、咎めた事など一度もないが、それによりあの男と関わり合いができてしまうと言うのがどうしても気に食わない。


 今でもカトレアが訓練場まで送る事はあるが、死神見習いである虚無知り合って以降は時間が合った際は共に訓練し、柴の拠点まで送ってもらったりしている様子だった。


 最近はもっぱら虚無に頼んでこの探偵事務所風の部屋へと遊びに来る様だが、それが目の前にいる少女、ネクラ目的であると言う事ぐらいはお見通しである。


 ネクラと初めて仕事をしたその日から、柴は彼女に一目ぼれをしたらしく、用もないのに足しげくここへ通うのだ。補佐の仕事帰りにも寄って欲しいと言い出すものだから困ったものだとカトレアは悩んでいた。


 ここに来ると行く事はネクラの担当であり、自分が1番気に食わない男もいると言う事を意味するからだ。


 しかし、辺りを見回してもその男の姿はない。カトレアの瞳に映るのは何故か手に銀色のボウルを持ったネクラだけだった。


「あの、どうかされましたか」


 いつまでも自分をぼんやりと見つめるカトレアを不思議に思ったネクラが顔を覗き込みながら心配そうな表情をしたので、ハッとしたカトレアは笑顔を彼女に向ける。


「少し、考え事をね」

「……もしかして、死神さんの事ですか」

「……っ」


『死神さん』この言葉を聞いただけで何故こんなにも神経を逆なでされるのか。ひくりと動いたこめかみからカトレアの怒りの感情を感じ取ったネクラが、しまったと口を押さえたのが見えたため、カトレアは咳ばらいをした。


「んんっ。あいつの事はどうでもいいのよ。そんな事より、ネクラちゃん、それはなぁに」


 カトレアは入室した時から気になっていたそれを指さした。ネクラがそれを見下ろしながら苦笑いで答える。


「ボウルですよ。ちょっと頼まれたのでお菓子を作っているんです」

「頼まれたって……あいつに?」


 ぎゅうっと眉間に皺を寄せて聞いて来たので、ネクラはおそらくあの人を想像しているんだろうなぁと思いながら頷いた。


「はい。お察しの通りです」

「この大きなキッチンもあいつが?」



 カトレアが溜息交じりに見渡すそこは探偵事務所風の部屋には不似合いな大きくおしゃれなシステムキッチンがありネクラはその前でボウルを片手に何かを作っていた。


「はい。お菓子作りに必要でしょって言って用意してくれました」

「お菓子作りぃ?」


 語尾を上げて疑問形で叫ぶカトレアにネクラはやはり苦笑いで返した。頼んだ相手が死神と悟っているからか、不機嫌な様子で言った。


「さっきちょっと雑談をしていて話題になったお菓子がありまして……興味があるから作って欲しいと言われたんです」

「はぁ~。そんなの断ればいいのに」


 カトレアが腕組みをしながら大きく溜息をつくと、ネクラはこれ以上カトレアの血圧が上がらない様にと何とか死神をフォーローしようと試みて言った。


「あの、あの。でも他力本願ではないんですよ。こうしてキッチンも提供してくれましたし。食材も用意してくれました」

「食材は買いに行ってとして……まさか、わざわざ死神の力を使ってこのバカでかいキッチンを出したわけ?」

「は、はい」


 しまった。余計な事を言ったかもしれないとネクラは内心で自分自身を責めた。

 死神には見たものを具現化する力があるらしい。ただし、具現化するにはその物を理解し、想像しながら創造する必要があると本人が言っていた。


 本人曰く『こうして現世のものが創造できるのは、人間の文化や文明が好きな俺だからこそできる技』だそうだ。


 実は死神は何度か調理のためにキッチンを出した事がある。ただ死神の趣味なのか、加減を知らないのか多機能な上に大きすぎるため邪魔だと言い出し、死神の都合で出たり消えたりするのだ。


 それをカトレアに伝えるとカトレアはめまいを起こしたのか頭に手を置いてよろめいた。慌てたネクラがボウルを置いて、椅子を差し出し、カトレアが礼を言ってそこに座る。


「ありがとう。それで、あいつは何を作って欲しいって言ったの」

「ホットケーミックスで作るスコーンです。今回はプレーンなものとバナナチョコ味の2種類を作ります」

「スコーンって何?」


 死神と異なり、あまり現世に詳しくないカトレアがそんな質問を投げかけて来たため、ネクラは簡単に説明した。


「イギリスのお菓子です。通常はホットケーキミックスは使いませんが、家庭で簡単に作る事ができるレシピがあるんですよ。何となくスコーンの話をしていて、家で作った事ありますって言ったら、じゃあ作ってよ。と言う流れになりまして」

「市販のものじゃダメだったの」


 カトレアの疑問は最もである。と言うのも、死神はよく自腹で現世の食べ物を購入してよく食べている事がある。彼女はそれを知っていたのだ。


「はい。市販の方が本場の味だしおいしいですよって言ったんですけど、家庭の味のお菓子を食べてみたいと言い張って……」

「それで、絶賛スコーンチャレンジ中ね。あなたもあんな奴が担当で苦労するわね」


 事情を理解したカトレアが同情の言葉を掛けるとネクラは苦笑いをして言った。


「あはは。もう慣れました」


 そう言ってボウルに温めて潰したバナナを加え、続いて砕いたチョコレートも入れる。その手際の良さにカトレアは驚いた様だった。


「すごいわね。動きがスムーズ。お菓子作りが得意なのかしら」


 突如褒められたネクラは顔を赤くしながら首を振る。


「いえ、得意と言うほどのものではないですよ。私ができるのは簡単な調理工程のものだけですから」

「簡単でも手際よく作れると言う事は事実よ。もっと自信を持ちなさい」

「うう、はい。ありがとう、ございます」


 素直なカトレアの言葉にネクラは胸の奥がむず痒くなり、顔をますます赤らめながら御礼の言葉を口にした。


 照れの感情が中々治まらないネクラは、もじもじとしながらボウルを混ぜる。そんな彼女を見つめながらカトレアが言った。


「で、そんな無茶ブリをした本人はどこへ行ったのかしら」

「あ、はい。『スコーンには紅茶とジャムだよね』と、ウキウキしながらもう一度現世へ行きました」

「あいつ自由すぎるでしょ。てか死神の仕事はどうしたのよ」


 カトレアがほぼ独り言の悪態をつくとネクラが苦笑いで答える。


「一応、仕事の片手間の買い物だそうで……」

「ネクラちゃんの仕事は?」

「今回の仕事は私みたいな能力が低い補佐が同行しても危険なだけらしいので、お留守番です」

「ああ、そう」


 カトレアは考えるだけ無駄だと思ったのか死神の行動を理解する事をやめた様だった。そしてそのまま黙り込み、ネクラが調理する様子をぼんやり見つめて来た。

 最初はその視線が気になっていたネクラだったが、その視線に耐えつつ何とか手を動かし、ついにスコーンは完成した。


 オーブンから取り出されたそれは、ふっくらとしていて、片方はバナナとチョコの甘い匂いを放っていた。


「あら、おいしそうね。それにとっても良いに匂い」

「砂糖は使ってないので、甘いものが苦手な方でも食べられるはずです」

「ねぇ、これ、私も頂いていいかしら。味見役をさせて欲しいの」


 カトレアが整った妖艶な顔を近づけてそう聞いて来たので、ネクラに一瞬だけ緊張が走る。だが、褒められた事が嬉しかったのか直ぐに笑顔で答える。


「はい。粗熱が取れてたらぜひ!」

「ありがとう。ネクラちゃん」


 数分が経ち粗熱が取れた頃、カトレアの前に出来立てのスコーンが置かれた。カトレアがプレーンの方を選んだため、ネクラが飲み物やジャムがない事を詫びると、『私は味見役だから気にしないで』と微笑みが返って来た。


 サクリと音がしてスコーンがカトレアの口に含まれる。ゆっくりと咀嚼し、ごくりとそれを飲む込み音がする。

 その様子をネクラは妙な緊張感の中で見つめていた。彼女の口に合うか、分量は間違っていなかったか、色々な不安がネクラの中で渦巻く。しかし、それは杞憂に終わる。


「シンプルなのにとってもおいしいわ。やっぱりお菓子作りが上手なのね。なにかコツでもあるのかしら」


 カトレアに褒められ、ネクラは嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとうございます。コツ……とかはあまりないですが、生前は何かを作る時は

食べる人の気持ちを考える事を大切にしていました」

「ん。それは精神論的な?」


 カトレアが首を傾げたので、ネクラは自分が恥ずかしい事を言ったかもしれないと気が付き、慌てて手と首を横に振った。


「い、いえ。私の場合は、その……食べる人にアレルギーがないかとか、甘さは控えた方がいいかなとか、作る相手によって色々作り方を変えていたんです」

「なるほどねぇ。気を遣いすぎるネクラちゃんらしいわ。でも、そのおかげで食べた人は平等においしいと思うわけね」

「……だと良いんですが」


 ネクラがはにかんで答え、カトレアがスコーンをもう一口食べる。


「きっとそうよ。だって私、誰が相手でもお世辞はいわないから。本当においしいと思っているからそう言ったのよ。だから、自信を持ちなさい。あいつもきっと喜ぶわ」


 優しい笑みを浮かべてカトレアは言った。あいつ、とは死神の事だろう。確かに死神もお世辞を言うタイプではない。


 このスコーンが気に入らなければはっきりそう言うだろうし、残す可能性だってある。ネクラはそれが不安だったが、こうしてカトレアがおいしいと言ってくれるのであれば、自信を持ってこれを死神に食べてもらおう思った。


「……せっかく作ったんですし、喜んでもらえると、うれしいです」


 ネクラが柔らかに微笑んだその時、部屋の扉が開かれる。


「たっだいま~……って、あーっ!何先に食べてるんだよ!ってかなんで君がいるの!?」


 上機嫌に扉を開けたのは死神だった。手には白い袋を持っており、紅茶とジャムらしきものが透けて見えた。

しかし、瞳に映った光景を見て彼のテンションは急降下する。

 死神は瞳を見開き眉を吊り上げ、出来上がったばかりのスコーンを頬張るカトレアを指さして叫ぶんだ。

 

 そんな死神にカトレアは自慢げにスコーンを見せつけ、涼しい顔で言った。


「あら、ごめんなさい。最初の一口は私が頂いたわ」

「ぐぬぬ……。ネクラちゃんっ!なんでこんなの出来立てあげたのさっ」


 死神が悔しそうに震えてカトレアを見た後、首を勢いよくネクラの方へと視線を移して不満を爆発させた。

 悔しさと不満の矛先を向けられたネクラは申し訳なさそうに言う。


「ご、ごめんなさい。でもほら、出来立てはまだたくさんありますし、ジャムや紅茶と食べればきっとおいしいですよ」


 ネクラがお皿いっぱいのスコーンを差し出すと死神はスッと気持ちを落ち着かせた様子でそれを眺める。


「……俺がリクエストしたのに1番じゃないのはちょっと気に食わないけど、まぁいいよ。俺の分が確保してあるなら」


 不満げに言いながら死神はバナナチョコのスコーンを1つ取って食べる。カトレアはその行動を呆れた顔で見ていた。


「立って食べるなんて下品ね」

「うるさいな。人のものを勝手に先に食べた奴に言われたくないよ」


 死神はカトレアを睨んだ後、ネクラに向き直って微笑んだ。


「すごくおいしいよ。ホットケーキミックスとは思えないよ。お菓子作りが上手だね。ネクラちゃん」

「……お口に合ってよかったです。あ、紅茶を入れますねっ」


 死神に味を褒められたネクラの頬が緩み、しかしハッと我に返りそれを隠すかの様にネクラは死神の手から袋を受け取ると慌ただしく紅茶を入れる準備を始める。


「それにしてもジャム、こんなに買ったの?あら、なにこれ。クロテッドクリーム?」


 興味深く思ったのか、カトレアが袋の中を覗き込んで中を探り始める。死神はカトレアの前に腰かけ、頬杖をついて拗ねた口調で言う。


「勝手に触るなよ。スコーンもジャムも分けてやるから紅茶が来るまで待ちなよ」

「あら、同席してもいいの?ありがと」

「いいよ、別に。独り占めするつもりはないし。はぁ」


 カトレアが優雅に気分よく礼を言い、死神は不満そうに溜息をついた。自分とは目も合わせず、明後日の方向を向いてテーブルをコンコンと叩く死神にカトレアは何気なく問いかける。


「あなた、手作りになんて興味があったのね。それともネクラちゃんが作ったものが食べたかったのかしら」

「機械で大量生産しているものは別だけど、お店のものなんてプロと言えど結局は手作りと同じじゃないか。俺は素人が作る庶民の味に興味があっただけだよ。深い意味はない」


 死神はさらりと答えた。その表情も口調にも動揺する様子は見受けられなかったため、本当に深い意味はなく、興味があっただけだと理解した。


 それはそれでつまらないなとカトレアが思った時、元気の良いネクラの声が響く。


「お待たせしました!紅茶が入りましたよ」


 カップとティーポットを運ばれて来た。紅茶とスコーン、そしてジャムを並べ、3人だけのティータイムが始まった。


 各々が好きなようのスコーンを食べ、紅茶と共に楽しんだ。茶葉のチョイスは死神がしたらしいが、絶妙にスコーンに合うものでそちらも楽しめた。


 ネクラは虚無と柴の分を残しておくつもりだったが、いつの間にやら皿はカラになり、今日は秘密のティータイムと言う事にしようと言う話になったのだった。



終わり


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