【番外編】ネクラとカトレアのガールズトーク
この度もお読み頂きまして誠にありがとうございます。
またまた番外編で申し訳ございませんがどうかお付き合い願います。
本日もどうぞよろしくお願いいたします。
「あ、あの……」
「なあに?」
とある仕事終わり、死神が虚無に久々に訓練で相手をしてあげると言いだし部屋を出て行き、しばらくして扉が開いたと思ったらカトレアが姿を現した。
死神はいるかと聞かれたので、首を横に振るとカトレアは『そう』と短く言った後、ネクラが座っている向かいに腰を掛けたのだ。
「あいつに用があって来たんだけど。いないなら待たせてもらうわ」
そこから何か言葉を発するわけでもなく、カトレアはただ無言でネクラの正面に座り部屋を見渡したり、目の前のネクラを見つめたりを繰り返した。
本来ならばお茶を出すべきだろうが、キッチンは死神の気分で出たり消えたりするため使えない。むろん普段は食べるものもないため、なんのおもてなしもできないまま時が過ぎていた。
「すみません。お茶も出せずに……」
「いいわよ、別に。そう言うのは別に必要じゃないし」
申し訳なさそうにするネクラにカトレアはあっさりと返した。
「そ、そうですか」
ネクラは思わず縮こまった。そしてまた会話が途切れ、静寂がその場を包み込む。
気まずい、気まずぎるとネクラは思っていた。カトレアとはとある仕事で出会って以降、死神がちょくちょく彼女を呼び出す様になったため、まったく知らない仲ではないが、あくまで『顔見知り』である。
会話はそれなりにした事があるが、特別仲良しと言うわけでも、女性同士で気が合うわけでもない。
ネクラにとってカトレアは大人の女性だ。それに容姿端麗のため、妙に緊張してしまい自分から積極的に話す事など元々コミュニケーション能力の低いネクラには到底無理な話だ。
「ねぇ。ネクラちゃん」
「はいっ」
突然話しかけられたネクラがピンと背筋を伸ばして裏返った声で返事をする。
「ふふ。何を緊張しているの?」
カトレアが石の様にガチガチになっているネクラを見てクスクスと笑う。その柔らかい雰囲気と笑顔にネクラの緊張が少しだけほぐれる。
「い、いえ。あまり人と話す事に慣れていないと言うか……かっ、カトレアさん、すごく綺麗だし、緊張してしまうんです」
声を裏返らせながらネクラは自分の状況を伝える。すると、綺麗と評価され気分が良くなったのか、カトレアは緩やかに立ち上がりネクラの隣へと席を移動した。
「ぴやっ」
突然グラマラスで良い匂いのする大人の女性に接近され、ネクラの緊張が再び頂点にまで達し、短い奇声を上げてしまった。
隣に座っただけで真っ赤になりながら震えるネクラをきょとんとして見つめる。しかし、直ぐに微笑んで言った。
「そんなに緊張しないで。私ね、ネクラちゃんとお話したいなって思っていたの」
「わ、私とですか?」
予想していなかった言葉にネクラが驚いて瞳を見開く。カトレアもネクラが驚いた事が意外だったのか、気まずそうに眉を下げる。
「そんなに驚かなくても良いと思うけれど……。確かに、あなたが転生してしまえば私たちに築かれた縁や絆は無意味になってしまうけれど、それは将来的な話。今この瞬間、そしてあなたが転生するその時まで、仲良くしたいと思うの。ダメかしら?」
カトレアがネクラの様子を窺う様に、そして悲しそうに言ったため、罪悪感を覚えたネクラは全力で首を横に振った。
「い、いえ。そう思って頂いているのであれば嬉しいです」
「そう。嬉しいわ。実は同姓で仲良くお話しする事に憧れていたのよね」
ネクラの言葉を聞いたカトレアは嬉しそうに笑ってそう言ったため、今度はネクラが尋ねる。
「今までに補佐や見習いの方で女性はいなかったんですか」
「全くいなかった事はないけれど、ここ最近は男性ばかり担当をしている気がするわ。だから、ネクラちゃんが久々に会話した女の子」
優しく微笑まれたネクラは何だか気恥ずかしくなり、思わずカトレアから視線を外す。そしてこんな態度を続けていてはいけないと自分に言い聞かせ、何かを振り払う様に頭を横に勢いよく振って改めてカトレアと向き合う。
「今のカトレアさんのご担当は柴くんだけなんですか?」
ネクラは頭をフル回転させて何とか話題を振り絞る。
「いいえ。柴くんを入れて10人ぐらいは補佐を抱えているわよ」
「10人も同時にですか!?」
驚くネクラにカトレアは面白いものでも見るかの様ににこにことして言う。
「私だけじゃないわ。通常、死神は複数の魂の面倒を見るはずよ。ネクラちゃんは私がいつも柴くんと一緒にいるってイメージみたいだけど、行動を共にする時間はそんなに多くないわ。他の補佐にも仕事を回さないといけないしね」
「死神さんの担当は私と見習いである虚無だけって聞きましたけど、たまたまなんですね」
死神と出会った時の最初の説明で1人で数10人の魂を担当する死神もいると言う話を思い出したネクラが何気なく言うと『死神さん』と聞いた瞬間、穏やかだったカトレアの眉間に皺が寄る。
「死神さんってあいつの事よね。あなたの担当で、腹黒いい加減大魔神」
「は、はい」
ひどい言われ様だとは思ったが、自分の担当である死神を指している事には間違いないのでネクラはそれを肯定した。
「あいつは効率だけは良いからね。スパルタ気味に補佐に仕事を回しているから魂を転生させるのが早いの。あいつのところに魂が留まる時間が短いって言った方が分かりやすいいかしら。だから今の補佐はネクラちゃんだけなんじゃないかしら」
「ああ、そう言えば本人がそんな事を言っていた様な気がします……」
ネクラが納得をするとカトレアが両手を頭の上でパタパタとさせ何かを振り払う動きを見せながら心底嫌そうな顔をした。
「あー。あいつの話はヤメ!違う話題にしましょう。あのうすら笑いを思い出すだけで気分が悪いわ」
「は、はは。そうですか……」
カトレアは死神の顔を想像してしまっていた様で、悪寒がしたのか体をさすりながら震えていた。それを見た苦笑いで応対した後、ネクラは話題を変える事にした。
「そ、そう言えば、今日は柴くんは一緒じゃないんですか」
「ん?なぁに?柴くんの事が気になる?」
柴の名前を口にした瞬間、椅子から身を乗り出して自分の顔を覗き込んでくるカトレアから座ったまま上半身で距離を取りながらネクラは言った。
「気になる、と言うか……ここへ来るときはいつも一緒だから今日はいないのかなって思っただけです」
嘘偽りのない正直な言葉を口にするとカトレアはつまらなさそうな表情を浮かべた。
「なぁんだ。柴くんの事が好き!とかじゃないのね」
「好き?あ、はい。好きですよ。頼りになりますし、明るいし、元気がもらえます」
ネクラはカトレアの意見に賛同したつもりだったが、彼女からの反応はとても薄く、寧ろ不満を露わにしていた。
「そう言う意味じゃなくて。恋愛感情ではどうなの?」
「えっ!恋愛!?」
会話の急ハンドル具合とその話題の動揺したネクラが顔を真っ赤にして叫ぶと、その反応を見たカトレアの瞳が輝く。
「まさか、ネクラちゃんってそう言うのに鈍感な方なのかしら。若―い!かわーい!」
「うぶっ」
突然カトレアがネクラを抱きしめる。彼女の豊満な胸に顔を埋める恰好になったネクラは窒息しそうになり必死でもがく。
「あら、ごめんなさい」
「い、いえ。あ、あの。私、そう言うのはあまり興味がなくて……」
苦しそうにするネクラに気付いたカトレアが胸に抱いていたネクラを開放し、息を吸う事ができる様になったネクラは、謝るカトレアを気遣いながら、恋愛には興味がないと言う意思表示を示した。
「じゃあ興味を持つ様にしましょう。まずは……柴くんの事はどう思うのかしら」
「え、ええぇ。どう思うと言われましても」
強引に恋愛トークに持って行こうとするカトレアにネクラは戸惑うが、彼女はそんな事にはお構いなしで踏み込んでくる。
「今は深く考えなくても良いわ。純粋に、恋愛感情とかなしでいいから」
「そ、そうですね。柴くんは、後輩って感じでかわいいところもありますが、仕事の時は意外と冷静で頼りになるなって思います。後、明るくて元気を貰えます!」
カトレアに押される形でネクラは見たまま感じたまま、柴が自分にどう見えるかを述べた。それを聞いたカトレアはつまらなさそうに言う。
「それだけ?」
「それだけです。あ、あと柴くんって絶対私の事を子供扱い……下手をしたら小動物か何かと思ってますね」
「……どうしてそう思うの?」
カトレアが何とも言えない表情で問いかけてきたのでネクラはここ最近の彼の行動を思い起こしながら言った。
「よく抱き着いてくるし。まあ、私も柴くんの事を犬っぽいって思う事がありますがそれと同じですね」
「そう、本気でそう思っているのね」
「はい」
カトレアが頭を押さえながら確認したので、ネクラはキッパリと頷いた。それに対して盛大な溜息をついたカトレアは続けてネクラに問う。
「じゃあ虚無くんの事はどう思っているのかしら」
「虚無くんですか、えっと……」
少し考え込んだネクラをカトレアが何故か真剣な面持ちで見つめる。
「虚無くんは。死神見習いとしても優秀だし、無口だけど優しいし、危なっかしい私をいつも助けてくれます。あ、虚無くんも私の事子供扱いしてる節がありますね。私ってそんなに子供っぽいでしょうか」
虚無を明るい口調で褒めたかと思いきや自分が子供扱いされている事にしょげるネクラを見ながらボソリとカトレアが言った。
「そう言うわかりやすいところが、彼らをそうさせているのだと思うけど」
「えっ?」
「なんでもないわ」
カトレアの呟きは小さなものだったのでネクラの耳には届いていなかった。故にネクラは聞き返したのだが、カトレアが同じ言葉を口にする事はなかった。
「……あんまり話題に出したくないけど、あいつの事は?」
「あいつ?死神さんの事ですか」
自分から話題を出しておきながら嫌そうに「あいつ」と口にするカトレアにきょとんとしたネクラしてしまったネクラだったが、彼女がこの顔をする時は大概、死神の事を指していると察し、ネクラは死神の事を考える。
「うーん。やっぱり先の2人と同じです。いつも助けてもらっていますし、頼ってばっかりで……たまにちょっと怖いところもあるけど、必ず私を守ってくれるし、仕事中に傍にいてくれると安心感があります。本当にギリギリまで助けてくれないのには焦りますが……でも、なんだか信頼してしまいます」
最後に微笑んだネクラを見たカトレアの瞳の色が変わる。そして彼女の好みではない死神の話題だと言うのに、めずらしく笑っていた。
「ふぅん。なるほどね」
「ん、カトレアさん……?どうかされましたか」
「別に。あなたがそれぞれに向ける感情がおもしろいって思っただけよ」
いつもとは違う様子のカトレアをネクラが不思議に思っていると、カトレアはにこりと笑ってはぐらかす。
「そう言う感情はここを去ってしまえば全て消えてしまうけれど、その想いを持つ事は悪い事ではないわ。せいぜいこの状況を楽しんでね。ネクラちゃん」
「は、はい……」
カトレアはよくわからない事を口にした。だが、とりあえずネクラは相槌を打つことにした。
話が途切れたその時、部屋の扉が開かれ、先ほど話題にしていた男性3人がぞろぞろと入って来る。
「げ、カトレアじゃん。何しに来たの」
「あんたに用があって来たのよ」
嫌そうな表情をする死神にカトレアが鬱陶しそうに返答する。
「ホントだ!カトレアさんだぁ。あ、ネクラ先輩、やっほー」
「お帰りなさい。柴くん、虚無くんも」
「ああ」
死神の背後からひょっこり現れてカトレアの姿を確認した後、ネクラを見つけた柴が思い切り手を振ってネクラにアピールをする。
ネクラはそんな元気いっぱいの柴に笑顔で出迎えの声を掛け、彼の後ろにいる虚無にも同時に迎えた。虚無はぶっきらぼうに返答した。
カトレアの姿を見て動揺していた死神だったが、隣同士に座る彼女らを見て不思議そうな表情を浮かべる。
「ん、なに?隣同士に座って。君らそんなに仲が良かったっけ」
「俺も2人が仲良しなイメージはないなぁ。なにかお話してたんスか」
柴も興味深い表情でネクラとカトレアを交互に見る。
ネクラは男性陣の話をしていたとは言えず、なんと説明しようかと困惑していたが、カトレアがさらりと言った。
「なんでもないわ。女の子同士の秘密よ。ねっ」
「は、はい。そうですね」
カトレアに悪戯っぽいウィンクを送られ、ネクラもへらりと笑い返した。いつの間にやら距離が縮まっている2人を前にし、死神と虚無、そして柴は不思議そうに顔を見合わせた。
終わり