【番外編】 気に食わない同僚 ~死神とカトレアの昔ばなし 前編~
この度もお読み頂きました誠にありがとうございます。
申し訳ございません、もうしばらく番外編にお付き合いください。
今回は死神さんとカトレアの出会った頃のお話になります。
なお、カトレアは五章で登場するキャラクターです。本編にはほぼ触れていないのでネタバレにはならないと思いますが、先に五章をお読み頂いた方が関係性を把握しやすいかもしれません。
上記にご理解頂いたうえ、本日もどうぞよろしくお願いいたします。
「死神さんとカトレアさんって、どうしてあんなに険悪になってしまうんですか」
ある日の仕事終わり、ネクラは椅子で寛ぎながら1人用のキャスター付きの椅子でクルクルと回転する死神に問いかけた。
「何、突然」
死神がキャスターで体を左右に揺らす事をやめ、ネクラを見る。思いのほかじっと見られてしまったネクラは気恥ずかしさを感じながらも己が持つ疑問を投げかけた。
「いえ、死神さんとカトレアさんって売り言葉に買い言葉、みたいなところがあるじゃないですか、どうしてそうなのかなって思って」
「どうしてって言われてもわかんないな。俺もあいつもお互いを見たらイラッとしちゃうだけだと思うよ」
あっさり返答が返ってきたが、ネクラには納得がいかない回答だったため、ネクラはさらに問い詰める。
「柴くんから聞きました。お2人は現世で言う同期の様なものだって。どちらが優秀かで張り合っているって言ってましたけど、そうなんですか」
そう質問された死神の体をピクリと反応させ、ふうっと息を吐いてから何かを懐かしむ様子せしみじみと言った。
「同期、そうかぁ。俺とあいつは同期なんだねぇ」
「カトレアさんとの出会いってどんな感じだったんですか」
「んー。そうだねぇ。もう何百年前になるかなぁ」
のんびりと言いながら死神がパチンと指を鳴らすと、どこからか『ポワンポワンポワンポワーン』と言うBGMが鳴る。
ネクラにはその音に聞き覚えがあった。よくアニメなどの回想シーンで流れる音楽だ。この死神、無駄にムードを出して来ようとしている。
戸惑いとツッコミの感情を抱えるネクラに死神が語り出す。自分とカトレアの過去の話を。
死神は誕生と言う概念がない。ある時唐突に目覚め自分と言う存在を自覚し、当然の様に黒いマントを着て死神と言う役職を与えられた存在なのである。
故に魂と言うよりは概念が意志を持っていると言った方が正しい表現になる。意志を持ったその日から、己の役目を自覚しているため戸惑いを持つ事はない。
姿や性別は特に定まっておらず、各自が好きなような姿をする。適当な姿をしている者もいれば、美しさを優先したり、怖さを重視したり、あえて年配の姿をする者もいる。
また例外として、現世で自ら命を絶った者が特別な訓練を受けて死神になる資格を得る事ができるが、純粋な死神と比較すると全ての能力においてどうしても劣ってしまう。
対して純粋な死神は基本的には訓練は受ける必要はなく、自分に備わった力で即戦力として仕事をこなす事が出来るのだ。
2つの死神に力の差がある事、それは仕方のない事だった。死神はその仕事をこなすために特殊な素質と能力を持って存在するものなのだから。
純粋な死神と元人間の死神を合わせると、死神は数多存在し、その数は死神同士ですら把握できない。死神同士は基本干渉はしないため、誰もそれを知ろうとはしないのだ。
ただ、仕事によっては協力せざるを得ない場合もあるため、一定のコミュニティは持ち合わせる様にしているらしく、死神に与えられる端末でそのやり取りをしている。
端末は連絡手段の他、現世で起こる悪霊や妖が関連する情報を死神の実力や力量に合わせて自動で送られてくると言う機能がある。
どこかの誰かが振り分けているものではなく、自動で死神のところへ連絡が行くのだ。しいて言うなら『世界そのもの』が死神に情報を送っているのかもしれない。
実力や経験がある死神にはたくさんの仕事が入るし、危険度が高いものも多い。そうでない死神は端末に来る仕事は多くても、比較的簡単な内容のものが多かったりする。
そんな事情の中、1人の死神がまた存在した。黒いマントをだるそうに着こなし、黒いボサボサの髪を乱雑に搔きながらあくびをする態度の悪い男だった。
「死神ねぇ。面倒くさい存在になっちゃったなぁ」
男は今日目覚めた死神だった。そして死神としてあるまじき事をぼやきながら端末を確認する。そこには画面を埋め尽くすほどの仕事が表示されており、男の顔がいかにも不満そうな顔になる。
目覚めたばかりの死神には簡単な仕事から高難易度まで、たくさんの仕事が入って来る。死神としての実力を見極めるため経験を積ませるためだ。
「なんでこんなに仕事があるわけ?ふざけてるんじゃないの」
文句を言いながらも、放置してしまうと現世が悪霊によって乱されてしまう。仕事は面倒くさいし、心底やりたくないが、自分ひとりのわがままで他者の命が失われるのも気が引けるし、後味も良くない。
男は仕方なく仕事に取り掛かる事にした。もう一度画面に表示されているおびただしい量の仕事内容を確認すると、1件だけ赤いマークが付いているものがあった。
よく確認してみると、そこには『要協力』と書かれており、ますます疑問を持った男はそれを注視する。
「ええっと、なになに。とある小学校で複数の生徒の霊が地縛霊になっていて時折、空間を歪めて生者を取り込んでいるため、それを阻止するのか。なるほど、霊の数が多いから協力しろって事か」
男は簡易に書かれたその内容を即座に理解した。そしてまた不服そうになる。
「要協力って言ったってツテがない場合はどうすればいいんだよ。放置するわけにもいかないだろうに」
「ねえ、あなた。ちょっといいかしら」
男が端末に向かってぼやくと背後から気の強そうな凛とした声がした。自分の事かと振り向くと、そこには真っ赤なウェーブの髪をした女性が立っていた。
男と同じく黒マントを身に纏っているが、スパンコールが輝く黒Aラインドレスと同じく黒のハイヒールには小さなダイヤが散りばめられ、まるでどこかのパーティーにでも行くのかと言う装いだった。
切れ長な瞳と深紅の口紅、そして泣きボクロが彼女の妖艶さを引き立て、現世の人間ならば振り向いてしまうほどの美しさだったが、男の第一印象が違った。
(派手な奴だな。なんだこいつは。ここにいると言う事はこいつも死神なのか)
それが男が最初に思った事だった。男にそんな印象を持たれていると言は思っていないのか、女性は毅然として言葉を続ける。
「あなたもこの仕事が入っているでしょ」
「え、仕事?」
女性がずいっと差し出した端末を男が覗き込むとそこには、先ほど自分が目を通したものと同じ内容が表示されていた。
驚いた男が女性の顔を見ると、ツンとした態度が返って来る。
「どうやらあなたと私で組むみたいね。端末に反応があったから」
「反応?」
男が自分の端末を見るとさっきまでなかったアイコンがあり、波紋が広がる様に赤く点滅していた。
これは同じ仕事を受けた死神同士が近くにいるときに出る合図の様なものだった。
数多いる死神は数多の仕事をこなさなければならない。そのため、決まった場所に留まる事は少ないのだ。
死神補佐や候補の面倒を見るために空間を作る場合もいるが、それも補佐や候補を担当している時のみで、担当する対象がいない場合はほぼ自分の仕事に勤しみ、現世を飛び回っている事が多い。
しかし、この反応を頼りにすれば、同じ仕事が入った探す事ができるのだ。急がなければならない要件の場合には特に役立つ機能だった。
「丁度良かったわ。今からこの仕事に行きましょう」
まるで決定思考だと言う様に話を進める女性に、指図されたりマウントを取られる事が嫌いな性質を持つ男はムッとした。
「なんでそんなに偉そうなわけ。俺、まだ行くなんて一言も言ってないけど」
女性は断られるとは思っていなかったのか、若干瞳を丸くして驚いた後、眉を吊り上げて気の強い口調から怒りを孕んだ厳しい声色になった。
「何、その態度。死神が死神の仕事をするなんて当たり前じゃない。いつかはやらなければならない仕事よ。断るなんてありえないわ」
「君の態度が気に食わないから腰が上げられないの。もう少し柔らかい頼み方できないわけ?俺、命令とか指示されるの嫌いなんだよね」
刺々しい早口でまくしたてられた男性は早口で返す。すると女性はその態度にますますカチンときたのか、今までで一番大きくヒステリックな声で男に詰め寄る。
「あなたの好き嫌いなんてどうでもいいのよ。仕事なんだから、素直に受け取りなさい。この仕事は既に現世に被害が出ているの。何人かの人間が悪霊の手にかけられているのよ。早急に対応が必要なの。それとも何?他にこれよりも深刻で急ぎの仕事があるのかしら」
女性の言う事は正論だったが、怒り任せの大声で早口の説教は男にとってはひどく耳障りで、ストレスが溜まり始めていた
非常に不本意だったが、女性の怒りを鎮め黙らせるにはこれしかないと判断した男性は渋々と言った様子で口を開く。
「わかったよ。行けばいいんでしょ」
それは明らかに納得がいっていない、ぶっきらぼうな声だったが、女性は了承を貰えただけで満足した様で、気分よく言った。
「そう。わかればいいのよ」
「はぁ、うっざ」
男は小さく毒を吐きながら、女性と2人で仕事先である子供の悪霊が支配する小学校へと赴く事となった。
続く