【番外編】カトレアとある魂の出会い~託された願い~
この度もお読み頂きまして誠にありがとうございます。
今回も番外編になりますが、これまでのものとは内容が異なっております。
本編に入りきらなかったお話や、裏事情をまとめお話を書き、ストックしておりました。
それを今回は投稿したいと思います。(これも結構書き溜めているんですよ……)
本編と同じぐらいの長さになりますが、どうぞお付き合いください。
あと、注意書きにも目をお通しくださいませ。
本日もどうぞよろしくお願いいたします。
!注意!
今回のお話は第五章のネタバレとなります。(とあるアイテムの裏話的なもの)五章をお読みでない方はネタバレにご注意ください。
第五章をお読みになられた方、もしくはネタバレは気にしないよと言う方はこのままお進みください。
ネタバレNGの方は、お手数ですが五章をお読みになられた後にこちらへ戻って来ていただければと思います。
それではどうそ、お楽しみ頂けますと幸いです。
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「あの、あなたがカトレアさんですか」
死神の仕事が終わり、現世でも黄泉の国でもない空間で一休みしていると、自分を呼び止める声がしたのでカトレアは振り向いた。
そこには40代とみられる眼鏡の男性が立っていた。細身と言うよりはヒョロっとしていて、風が吹けば飛んでしまうのではないか頼りない印象を受ける。
カトレアを呼び止めた際の声も自信のなさそうな小さな声だったため、男性の気の弱さが窺い知れる。
「そうよ」
カトレアが肯定すると自信がなさそうにしていた男性の顔色が明るくなる。対してカトレアは見知らぬ男性にこんなところで声をかけられたため、怪訝な顔をした。
「あなた死神補佐ね。何か御用?」
「はい。あなたにお願いして言事があります」
カトレアの言葉に男性は強く頷いた。そして、ズボンのポケットから小さな巾着を取り出し、それをカトレアに差し出した。
「何、それ」
突然差し出されたそれをカトレアは警戒してすぐには受け取る事ができず、眉をひそめてそれを疑わし気に見る。
「あなたはこの子の担当ですよね」
そう言って男性は今度は胸ポケットから手帳を取り出し、そこに挟まっていた写真を見せた。
「これは……柴くん?」
カトレアが写真を見るとそれは家族写真で、男性の隣に妻と思われる優しそうな女性、そしてその前には、胸まである黒髪のおとなしそうな少女と、いたずらっ子の様な笑みを浮かべる茶髪の少年が写っていた。
少年には確かに柴の面影があり、カトレアは思わず写真を覗き込む。カトレアが柴の名前を呟いた時、男性が少し寂しそうな顔をして言った。
「そうですか。今は柴と言う名前なんですね」
「あなた、まさか柴くんの父親なの?」
カトレアが写真に向けていた視線を男性に移すと、男性は苦笑いをして頭を掻きながら、情けなさそうに言った。
「はい。情けない父親です」
『情けない』とは家族の事で心を病み、柴を置いて自ら命を絶った事を指すのか。それても、柴に自分の後を追わせてしまった事をさすのかとカトレアは思ったが、目の前の男性が危険人物ではないと判断したカトレアは、警戒を解いた。
男性もカトレアが警戒を解いた事が分かったのだろう。震える声で頭を下げて言った。
「この巾着を……柴に渡して欲しいのです」
男性は柴の生前の名前を呼びそうになり、しかし何とかそれを飲み込んで彼を『柴』と呼んだ。
カトレアが改めて差し出され巾着を見ると見覚えがある事に気付く。確か柴が自分の下へやって来た際、所持品がない事に気が付いて、大切なものなので何とかして欲しいと懇願されたものだ。
現物を取り寄せる事は出来ないが、亡くなった際に持っていたものならば、死神の力でコピーが可能であるため、それを出したのだ。
何故それと同じものがここにあるのか。カトレアがそんな事を思いながらそれを見ていると、巾着からある気配を感じた。
「これ、本物ね。現世から持って来たの?」
巾着から現世の気を感じたカトレアが冷静に聞くと、男性は頷いた。
「はい。たまたま死神補佐の仕事の途中、これを見つけたんです。息子が大切にしていたものですので、つい持ってきてしまいました」
「ついって……あなた、それがどういう事か担当の死神から聞かなかったの」
カトレアが呆れた様に言うと男性はまた苦笑いをした。
「はい。これを黙って持ち帰ってしまって担当の死神には相当怒られてしまいました。輪廻転生の資格を100000ほど伸ばされてしまいましたが、それでもいいんです。これは、あの子が大切にしていたものですから、どうしても回収しておきたかった」
男性は小さな巾着を愛おしそうに見つめた。
カトレアは驚いていた。死者が現世のものを無断で持ち帰る事はこちらの世界のルールに反する。輪廻転生資格を100000伸ばされる事も納得の罰であるが、持ち帰ったそれを男性が未だ所持しているのは何故なのか。
「あなたの担当の死神はよくソレの所持を許したわね」
死者は基本的に現世のものと関わり合いを持ってはいけない。特に手元に残るものは次に生まれ変わる際の邪魔になるため、現世のものを持っている場合、通常は見つけ次第回収しなければならない。
その代替え品として、どうしても所持品を手元に置いておきたいと言う魂には、そのコピーを渡すのだ。コピーは転生の際に消える仕組みだからである。
不思議がるカトレアに男性は言った。
「ええ、無理を言ってしまいました。これは私が持つものではありません。どうかこれを息子へと渡してください。それによって黄泉の国へ送られてもかまいません。って頭を下げたら、何とか許可を頂けました」
「なるほどねぇ」
カトレアは言葉では納得したが、心の奥底では納得していなかった。
どんな理由があったとしても、無断で現世のもの持ち帰った挙句、実の息子にそれを渡して欲しいと死神に願うなど、ずうずうしいにも程がある。
自分なら本当輪廻転生の期間の延長どころかに黄泉送りにしてやるところだが、すんなり願いを受け入れるなど、甘い死神もいたものだ。
カトレアが心の中で男性の担当死神に苛立ちを覚えていると、男性はカトレアの雰囲気が変わった事に気が付き、おずおずと口を開く。
「ただ、家族同士が会う事は許されておらず、直接渡す事は許されませんでした。担当死神であるカトレアさんに渡す様に言われたのです。その後の判断もあなたに任せる様にと言われました」
「そう、妥当な考えね」
様々な理由から家族で死神補佐になってしまったと言う場合、その家族同士が会う事は禁止されている。
それは一種の罰の様なもので、自ら命を絶ったと言う事は残された家族や友人を『捨てた』も同然の扱いとなり、例え死後この空間で会える機会があろうとも一切の縁が生まれない様にするためだ。
転生前に縁があった者同士が出会い情や未練が生じる事を防ぐためでもあるのだ。
それが、この世界の決まり事。例外は許されない。
「あの、渡して頂けますか」
カトレアが一向に巾着を受け取る気配がないので、断られると思ったのか男性が不安げな表情を浮かべて再度お願いを重ねる。
正直、カトレアは悩んでいたが、例え断っても男性は恐らく引き下がらないと思ったのか、溜息をついてから男性に向かって手を差し出した。
「受け取るだけよ。あなたの担当の死神が言う通り、今後どうするかの判断は私がするわ」
その言葉を聞き、もしかしたらこれは息子の手に渡らないかもしれない。そう思ったのか少し躊躇した後、巾着をそっとカトレアの手に乗せた。
「どうか、よろしくお願いいたします」
静かに頭を下げ、何度目かのお願いをした。
「安心しなさい。捨てはしないから」
カトレアは男から託された巾着をマントの中にそっとしまう。
捨てない、そう言われて希望を持ったのか、男性の表情が安堵のものに変わる。
「あの巾着、少し重かったわね。何が入っていたの」
男性の要件が済み、そろそろ別れの時間となった時、カトレアが少しだけ気になった事を聞く。
柴に頼まれ、巾着のコピーを出したが中身までは把握していない。この男性もわざわざ罰を食らってまで『本物』を柴に渡したいなど、あの巾着は彼にとってどれほど大切なものなのかが知りたかった。
男性は若干言いにくそうにしたが、ポツリと言った。
「五円玉ですよ。彼の姉が、とある術に使ったね。ああ、死神のあなたなら既にご承知でしょうか」
「ええ、まあね」
柴の事情を全て把握しているカトレアはそれを肯定した。
男性はやはりそうですかと微笑んで、そして寂しそうな表情で言った。
「私は生前、娘と息子の心に寄り添う事ができませんでした。自分の事で精一杯だった、ダメな父親です。息子に後を追わせるなど、本当に最低な父親だと思いました」
男性は声震わせながら拳を握り言った。
「彼はその五円玉を姉の形見だと大切に持っていました。それを失った今、彼の支えが亡くなってしまったのではないかと、不安でなりませんでした。……死して二度と会えなくなってしまった私ができる事はこれぐらいのもの。どうか、あの子にとって良い判断をお願いいたします」
男性はそう言ってもう一度深々と頭を下げた。そして顔を上げ、寂しさと切なさが入り混じった複雑な表情で言った。
「カトレアさん、なにとぞ息子を守ってやって下さい」
「死神だもの。自分の部下を守るのは当然でしょう。あなたに言われるまでもないわ」
カトレアはキッパリと告げ、男性はまた切なげに微笑んだ。
巾着を受け取ってもらえた男性は、あっさりと担当の死神の元へと帰って行った。
カトレアも次の仕事を柴に伝えなければならないので、彼の元へと歩みを進める。
カトレアは柴の持つ過去を思い返す。彼の姉はこっくりさんを呼び出した事によって命を落とした。それも母親を蘇らせたいと言う理由で。
彼女の死は禁忌に触れた者として当然の末路だろう。彼女が柴の姉と知った時は、その事実は伝えないでおこうと思っていたが、仕事熱心な柴は真面目に仕事に向き合い、進んで悪霊や妖の事を学んでいく中で、自らその真相に辿り着いた。
知ってしまったのなら仕方がないため、事実を伝えたが失敗だったかもしれないとカトレアは思っていた。
柴が死神見習いの訓練を受けたいと申し出た時、本人は仕事に役立てたいと言っていたが、本当はこっくりさんへの復讐のための準備であると言う事ぐらい容易に予想ができた。
現世のものとわかっていながら、柴に手渡すのは死神として気が引ける。この世界の理に反するギリギリの行為だからだ。
それに本物だと言って渡せば余計な執着や未練が生まれるかもしれない。
「面倒な事はなるべく避けたいし、コピーと本物をこっそり入れ替えてしまおうかしら」
ボソリとそんな事を呟いた時、前方から元気に自分を呼ぶ声がした。
「カトレアさーん!!」
「あら、柴くん、どうしたの?お迎えかしら」
柴が子犬の様に笑顔でカトレアに駆け寄る。カトレアは笑顔でそれに答えたが、妙に聡いところがる柴に己の心情が悟られぬ様、平静を装った。
「聞いてくださいッス!俺、新しい力を身につけたッスよ」
そう言うと柴は自慢げに手から黒い稲妻を出し、それをバチバチと弾けさせる。
黒い稲妻は彼の霊力を形にしたものだ。カトレアは柴に元々霊感が備わっていた事が分かっていたので、その力の使い方を教えた。
すると彼は瞬く間に成長を見せ、ついにはオリジナルの力まで身に着けた。転生すればその力は失われると言うのに、死後わざわざ苦労してまで能力を手に入れるなど、変わった子だとカトレアは思った。
「復讐心が成せる事、なのかしらね」
「ん、何か言いました?」
カトレアの小さな囁きは柴の耳に届かなった様で、反応が薄い彼女を柴が不思議そうに見つめる。
「いいえ、なんでも。そんな事より、すごいわね柴くん。死神の才能があるんじゃない?どう?死神になる気はない?」
「いえ、俺は転生を望みます」
死神への誘いは冗談のつもりはなかった。柴には才能があるし、彼が首を縦に振れば死神見習いとして一から訓練を受けさせるつもりだった。
それに仇であるこっくりさんは、現世に現界する度に死神が黄泉の国へと帰し、次に誰かが呼び出すまでいつ現世に現れるかはわからない。こっくりさんに関する仕事がカトレアに入って来ると言う保証もない。
であれば、次に現れるまでの間、修行を積んで正真正銘の死神になった方が復讐の機会を得られると言うのに。
しかし、柴はキッパリと断った。その行動が理解できなかったカトレアが柴に短く聞く。
「どうして?」
カトレアの問いに、柴は瞳を伏せて少しやるせない表情を見せた後、眉を下げて苦笑いで言った。
「俺、母さんが亡くなった時、母さんの分まで生きようって本当に思ってたんスよ。それが、生きている間に碌にできなかった母さんへの最大の親孝行だって、そう思ってました」
「でも、あなたは母親の死から間もなくして自ら命を絶ったわよね。それが死神になる事を断ったのとどう繋がるのかしら」
カトレアが厳しい事実を突きつけると、いつも笑顔を絶やさない柴は一瞬だけ表情を曇らせ視線を背けたが、直ぐにカトレアをまっすぐに見つめて言った。
「弱かった俺は人生を全うできませんでした。だから、今度生きるチャンスを与えられたなら、きっちり生きたいと思ったんス。命を無駄にした罪を、生き返って償いたい」
しっかりとした口調と視線で彼が真面目にそして本気でそう決意してる事を感じ、カトレアは死神になる事への勧誘を諦める事にした。
同時に転生したい願うなら、何故こっくりさんに復讐したいと望むのか。死神補佐と言う不安定な魂の状態で万が一にも戦う事になった、特級の妖である叶うわけがないと言うのに。
下手をしたら返り討ちにあい、魂が消滅してしまう可能もあるが、それについてはどう考えているのだろうか。
それに、姉とこっくりさんの関係性を知ってから柴の魂に乱れがある事をカトレアは感じ取っていた。
通常、死神補佐や見習いになるものは強い恨み憎しみを持たずして自ら命を絶った者。補佐が悪霊化したと言う前例は少なくともカトレアの知る限りない。
しかし、ここ最近の柴には魂に翳りがあり、その可能性は十分にある様に思い、カトレアは彼へと対応には細心の注意を図って来た。
「ねぇ、柴くん。これ、落ちていたわよ」
カトレアは先ほど預かった巾着をさも拾ったか様に柴に渡す。彼に巾着を本物だと思わせないためだ。
「あ、本当だ!ない!」
柴は差し出された巾着を見て、バタバタと体中をはたくが、そんな事をしても体の中から巾着など出ない。
あらかじめカトレアがコピーの方を消しておいたのだから。
「ありがとうございます。カトレアさん」
柴は礼を述べた後、巾着をガラス玉でも触るかのようにそっと受け取り、大切に抱え込んだ。
「大切にしなさいよ。巾着も、自分自身も」
「え、はい。もちろんスよ」
何気ないカトレアに言葉に柴が笑顔で頷き、その笑顔の裏で魂が黒いモヤで翳りを見せ始めている事を再確認し、カトレアの表情が歪む。
もし、柴が己の悲しみに負け、悪霊化したその時は担当である自分が責任を持って折檻しよう心に誓いながら、カトレアは柴に笑顔を向けていた。
終わり