第六話 学校内連続怪死事件
2年3組、少女がそう言った時、女子生徒が明らかに動揺した事がわかった。
「あの、2年3組がどうかしましたか」
悪霊と何か関係あるかもしれない。そう思った少女は青ざめて表情を曇らせている女子生徒に前のめりに聞く。
女子生徒は少し言い淀んだ後、辺りを気にする様に前後左右をコソコソと見回し、そして少女にだけ聞こえる様に小さな声で言った。
「さ、最近、3組の生徒がよく事件に巻き込まれるんです」
「事件、って具体的には?」
少女が問い詰めると、女子生徒は身をかがめた。
そしてとても言いにくそうな様子で、小声で続ける。
「よ、よく人が亡くなるんです」
「えっ、人が、亡くなる?」
「はい。つ、つい先週だって……」
女子生徒が話の詳細を話そうとした時、休み時間の終了を告げる鐘が鳴り響く。
もう少し、話が聞きたかった。そう思い悔しそうにする少女の雰囲気を察したのか、女子生徒は言った。
「3組の事が気になる様であれば、詳しくお話します。長くなりそうですので、お昼休みにお話しましょう。文芸部の部室で待っています」
転校生の方だから部室の場所がわかりませんよねと、女子生徒はさらさらと簡単なメモを少女に渡した。
渡された紙はピンクのかわいいメモ帳だった。
「では、お昼休みに」
それだけ言うと、女子生徒は三つ編みを揺らしながら、そそくさと教室に戻って行った。
「3組の亡くなるって……。まさか、悪霊が恨みを持っているのは3組の人なの……?」
少女は、再び誰もいなくなった廊下で、手に顎を乗せる素振りで考えこんだ。
当然、情報はまだ少ないため、悪霊が関係していると言う確証はないが、無関とも言い難い。女子生徒から話を聞いておいて損はないだろう。
「はぁ、ヒント……せめてヒントを下さい、死神さん」
少女が肩を落としながら呟くと、窓の外でカァカァと声がした。
ふと見やるとそこには、校内に植えられた木に止まり、漆黒の体の大きなカラスがこちらを見ていた。
少女と目が合うと、再びカァカァと羽をバタつかせながら鳴いた後、優雅に毛繕いを始めた。
「え、まさかこの子が死神さん……とか?」
黒猫やカラス、生前に読んでいた漫画やゲームの中では死神と言うものは、こう言った世間一般では不吉な印象を受ける姿になるイメージがあったため、『姿を変えて近くで見ている』と言う言葉を受けてから、そう言った存在が気になって仕方がない。
少女がカラスをよく見ようと窓に近づくとカラスは、カァーと大きく一声鳴いて飛び立って行った。
「あ、行っちゃった。死神さんじゃないのかな……」
少女は窓から離れ、女子生徒と約束した昼休みまで、せめて他に情報を探そうと歩みを進めた。
情報収集に悩みながらも少女が訪れた場所は職員室だった。
学校で起こる事件や事故、そう言った『問題』が集まる場所と言えばここだと思ったからだ。
「話しかけないと見えないって事は、通常は霊体って事だよね」
独り言を呟きながら、少女は職員室の引き戸に手を当てる。
「霊体なら、こんな場所をすり抜けたりとかできたりして」
そう言いながら戸に向かって、それを前に押し出す様に、思い切り手を突っ込む。
すると体がふわりと前に傾き、スポンと戸の中に吸い込まれる様な感覚と共に、廊下から職員室の中にすり抜ける事ができた。
「わ。本当にすり抜けられた」
少女は霊体だとこんな事もできるものなのだちょっぴり感動した。
しかし、浮かれている場合ではないと切り替え、職員室を偵察する。
姿が見えないと言えど、若干泥棒みている自分の行動に、若干の罪悪感を覚えていた。
授業中のため、職員室の中は担当授業のない教員しかおらず、閑散としていた。
思い付きで職員室に入ったものの、どこをどう見ればいいのやら。
よく考えると、現在の自分の状況は傍から見ると、授業中に忍び込んでいる不良生徒でしかないため、話しかける事は到底できない。
『先生から話を聞く』と言う行為ができない以上、職員室にいる意味とはあるのだろうか。
そんな事を考えながら、少女は職員室を歩き回る。
「事件の詳細がわかる新聞記事とかがあれば良いんだけどなぁ」
そんな都合よくないか。そう思っていた時、とある教員の机の上に新聞が置かれている事に気が付いた。
少女は飛びつく様にその新聞をのぞき込む。
死神は、少女が命を絶ってから目覚めるまで、3か月ほど過ぎていると言った。そこから新聞の日付を推測すると、机の上の新聞の日付は先週のものだった。
先ほどの女子生徒が言っていた言葉を思い出す。
『よく人が亡くなるんです』
『つい先週だって……』
もしかしたら、それに関係する記事が載っているかもしれない。
少女は、半分に折るように置かれていた新聞をなるべく音を立てない様にそっと開いた。
「これは……」
少女は記事を見て驚愕した。
その記事は新聞の一面を飾っていた。
大きな白抜きの文字で、大きく見出しがついていた。
『〇〇高校でまたも事件』
『今度は教員が謎の怪死!!』
「またもって、やっぱり何人か亡くなっているんだ。しかも、怪死って」
少女は記事に吸い込まれるように、その瞳を泳がせる。
「〇月〇日。都内の〇〇高校で教員が謎の死を遂げた。関係者の話によると、教員は昨日、体育倉庫の見回りに出たまま勤務時間を過ぎても帰って来ず、不信に思った他の教員が様子を伺いに行ったところ、体育倉庫で死亡している教員を発見した」
少女は声を出しながら記事を読む。
そして、死亡した教員の写真を見て驚愕した。
「杉本先生!?」
記事に乗る被害者の写真は、かつての自分の担任であり体育を担当する教員でもあった。
基本的には明るく、元気が取り得の人物で、年も20代半ばと若いため、ここが女子高である事も相まって、他のクラスからも人気が高かったと少女は記憶している。
しかし、同時に少女にとっては、どんなに助けを求めても、あまり親身に話を聞いてくれなかった人物でもある。
生徒からの評価が高い分、自分のクラスになにか問題がある事が気に食わないのか、少女が相談をしても、面倒くさそうに受け流し、最終的には『クラスに溶け込もうとしない方も悪い』と一蹴された記憶が蘇る。
なにかモヤモヤとした気持ちが少女の心で燻ぶったが、頭を横に振りながらそれを振り払う。
「死亡していた際の状況は……っ、し、四肢を猛獣に食いちぎられた様に四散、欠損した状況にあり、警察は殺人事件とみて捜査を進めています」
四肢を猛獣に食いちぎられる、その光景を思わず想像してしまい、少女は恐怖した。
と言うのも、少女はグロテスクなものは全体的に苦手で、本来ならばこう言ったも状況を想像すると場合によっては吐いてしまうのだが、えずく事さえないのは、少女が実体がなく、戻すものがないからだろう。
少し自分の今の自分の体に感謝していた。
しかし、それでも気持ちが悪いと言う感情は変わらず、少女は寒気を覚えながらも記事を読み進める。
「なお、この学校ではここ数か月で同様の事件が数件発生しており、犯人が捕まっていないことから、警察は同一犯の犯行とみて学校に注意を促しています」
四肢を猛獣に食いちぎられた様な残忍な事件が、数か月で同様に起こっている。
これはやはり自分が探している悪霊仕業の可能性がある。
そう思い改めて記事に視線を落とすと、杉本の写真と目が合った。
少女にとって、彼は決して良い教員とは言えなかった。
それでも、死んで欲しいとまでは思っていなかったし、自分が知っている人間がこの様
な悲惨な最後を遂げるのは、気分のいいものではない。
やはり、早急に悪霊を見つけなければ。広げてしまった新聞を畳みながら、少女が決意を新たにしたその時、背後から男性の悲鳴が聞こえた。
「わぁ、新聞勝手に動いたぁ」
「あ、やばっ」
振り向くとそこには、真っ青を通り越して、真っ白な顔をした40代半ばぐらいの小太りな男性教員が、身を震わせながら立っていた。
自前の立派なお肉がプルプルと震えていた。
少女は小太り教員の恐怖の意味を即座に理解した。
今の自分は姿が見えていない、だか新聞は実際に机に存在しているものだ。つまりこの小太り教員から見れば、少女の『新聞を畳む』と言う何気ない行為が『新聞がひとりでに動いた』と思われても仕方がない。
姿が見えていないとわかっていても、焦っていた少女は意味もなく、反射的にその場から飛びのいた。
「風でも吹いたんじゃないんですか」
40代半ばぐらいの別の女性教員が冷静な声で言った。
「勝手に畳まれたんだよぅ」
小太り教員はお肉をプルプルと震わせながら言った。
「そんなバカな事があるわけないでしょう。西関先生、少し怯えすぎですよ。事件に心当たりでもあるんですか」
女性教員が冷静な声のトーンを保ったまま震える小太り教員をうんざりとした目で睨む。
その視線に、小太り教員はさらに体をビクつかせ、大きな体を小さくしながらさらにプルプルと震えた。
「な、ないけどぉ。狙われているのは全員、2年3組の人間だろぉ。ぼ、僕、今、杉本先生の代わりに、3組の担任になったから、狙われるんじゃないかと思ってぇ」
涙目で訴える小太り教員をみて、少女は憐れみを覚えた。
教員と言う立場として情けないとも思うが、所詮は教員と言えども人間。死ぬのが怖いのは当たり前、と言うより、誰も四肢を惨たらしく千切られたくはないか。
少女が妙に納得している間にも教員たちの会話は続く。
「ですから、気にしすぎです」
「や、矢野先生は怖くないのぉ」
「そりぁ……多少は怖いですけど、でも生徒が学校に通う意以上、教員としての役目を放棄するわけにはいきません。これ以上被害者が出ない様に、先生も気合い入れてくださいね」
「うううっ」
矢野と呼ばれた女性教員にぴしゃり言われ、西関と呼ばれた小太り教員は、涙目で頷いた。
「それよりも、西関先生。それ、早く記事を切り取ってファイルにまとめてください」
「う、うん。今、ファイルを取りに行って来たところなんだ」
小太り教員西関の手には、表紙に赤い字でマル秘と記され、背表紙にゴシック体で『〇〇高校事件ファイル』と書かれたファイルが握られていた。
背表紙から察するに、恐らく今、この学校を騒がせている事件のものだろう。
であれば是非とも中を確認したいところだが、教員の手元にある故にそれは叶わず、少女は悔しさを顔に滲ませた。
「こんな事件、とっとと解決すればいいのになぁ」
「そうですね」
小太り教員西関はビクビクと言い、女性教員矢野はそれに静かに同意した。
取り合えず、ここでこれ以上の収穫はなさそうだ。
そう判断した少女は、重い空気を漂わせた職員室を後にした。
そして、先ほどの2人の事を思い出した。
西関は数学教師、矢野は英語教師としてお世話になったなと。
しかし、すぐにそんな事実はどうでもいい事に気づき、情報集めの続きをするべく校内散策を続ける事にした。
それから、校内をしつこいほど見て回ったが、特に成果は得られず、女子生徒と約束した時間になった。
少女は貰ったメモを頼りに、文芸部の部室へと急いだ。
文芸部の部室は、新校舎3階の非常階段の近くにある空き教室が宛がわれている様だった。
白い引き戸にはシンプルに『文芸部』と書かれた白い紙が貼られており、目的場所が間違っていない事を確認し、そのまま戸を開けようとして動きを止めた。
先ほどの『新聞が勝手に動いた』騒動を思い出したからだ。このまま少女が戸を開けると、中に人がいた場合、勝手に開いたと思われかねない。
少女は数秒、自分の特性をよく考え、戸に向かってノックをした後、声を発した。
「し、失礼します。今朝、休み時間に約束した者です」
「はい……」
戸がゆっくりと開かれ、あの時の女子生徒が現れる。
「こ、こんにちは」
「いらっしゃい。勝手に入ってもらってもよかったのに」
女子生徒に、自分の姿が認識されている事を確信し、少女は小さくガッツポーズをした。
少女が無言で戸を開けてしまうと『声をかけられていない』相手は少女を認識できない。だが戸を開ける前に戸の向こう側にいる人間に『少女が話しかけ相手に返事もらう』事によって自らを認識してもらうと言う、少女の完璧な作戦だった。
「さぁ、どうぞ。好きな場所に座って下さい」
「ああ、はい。失礼します」
事が上手く運び、少女が喜びを噛みしめていると、女子生徒が椅子に座るように促す。
そこには4台の机がグループディスカッションでもするかの様な形でくっつけられていた。
その内の1台に、ピンク色のかわいい小さな弁当箱が置いてあったため、少女はその正面に着席した。
続いて女子生徒も弁当箱が置いてある席に座る。
「基本的に、休み時間に部室は使わないから誰も来ないから安心して下さい」
「勝手に使って大丈夫なんですか?」
少女の質問に微笑みながら女子生徒が言う。
「私は部長ですから、心配ないです」
そうして、気を取り直す様にコホンと小さく咳をしながら言った。
「私は、2年1組の墨園志月と言うの。同い年なんだし、お互い敬語はやめましょう。」
「う、うん。よろしくね。墨園さん」
丁寧に頭を下げた女子学生、志月に習い少女も頭を下げる。
やはり同い年だったか。と少女は思う。
初対面でのキビキビとした真面目な態度には、気圧されたが、今になってみると、同い年とは思えない、しっかり者のオーラが溢れ出ている。
しかし、クラスは違えど同じ学年であるのに、生前に志月の存在を知らなかった事に気が付き、少女は自分の行動範囲の狭さを少し反省した。
少女が勝手に生前の事を反省し、黙りこくっていると、志月は当然とも言える発言をした。
「あなたのお名前も伺っていいかしら」
「えっ!?」
少女は焦った。何しろ自分には名前がないのだから。
死神に考えておけと言われたのに全然考えてなかった。
いや、考える暇などなかったのだけれど。
「どうかしたの?」
見るからに挙動不審な態度を取る少女を志月は不思議そうに見つめる。
自分の名前に詰まる奴なんていないだろう。そんな人間、変すぎる。
考えろ、考えろっ。
少女は頭をフル回転させた。
何しろゲーム内の主人公やプレイヤーの名前設定でも小一時間悩んだ末に結局はデフォルトの名前を採用する人間なのだ。
デフォルト名が設定されていないゲームなんて彼女にとっては地獄だった記憶がある。
少女は考えた、必死で考えて、考えて、そして最後に死神の顔が思い浮かび、実に不本意だったが、苦虫を噛み潰した様な表情で、思いついたそれを声にした
「ね、ネクラ……」
「ネクラ?根倉さんでよろしいかしら」
優しい声で確認されて少女は錆びた機械の様にぎこちなく頷いた。
志月のイントネーションを察するに、恐らく通常の意味とは異なる漢字を想像している様な気がするが、そこは流そうと少女は、ネクラはそう思った。
そして、フルネームを聞かれなくて本当に良かったとも思った。
『やっぱりネクラちゃんって名前、気に入ってるんじゃない』
と楽しそうにケラケラ笑う死神の幻覚が見え、少女は何もない空中をパタパタと手で払った。
ネクラは気を取り直して本題に入る。
「それで、2組で起こっている事件について聞いてもいいかな」
その言葉を受け、志月は重い表情で頷いた。