第五章 第十四話 こっくりさんとの因縁、ついに決着
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死神の指によって弾かれ、高く空中に飛んだ五円玉はくるくると回っていた。
下から出は影しか認識できないほどに相当高く上がったそれをそこにいる全員が見上げる。
「柴くん、君の力であれを破壊して」
「えっ」
死神が鋭い声で言い、指名されると思っていなかった柴が空中で回る五円玉から死神に視線を移すし驚いた表情を見せる。
「呪詛返しの危険性を考えて俺が破壊しようと思っていたけど、恨みに耐えた特大のご褒美だよ。直接仇を取らせてあげる……カトレア」
「はいはい」
死神は柴に微笑んだ後、カトレアに呼びかけた。彼女は分かっていましたと言わんばかりに仕方がないと言った様に返事をし、柴にブローティアのブローチを渡す。
「これって、最初にカトレアさんがくれたブローチと同じものですか」
ネクラが柴の掌に乗るそれを覗き込みながら言うと、カトレアは自慢げに微笑んだ後、人差し指を立てそれを左右に振る。
「ノンノン!見た目は同じでもこれは一度だけならどんな強い呪詛も弾き返す特別仕様よ。さ、柴くん。これで心置きなく五円玉を破壊できるわ」
「その代わり、一発で仕留めてね。こっくりさんもそれを奪うために必死だろうからさ。もちろん、フォローはするよ」
「……はい」
2人の死神の言葉を受け、柴は決意をした表情で頷いた。
カトレアからブローチを受け取った柴はそれを胸につけ、徐々に下へと落下する五円玉を眺め、そして瞳を閉じ、集中力を高めていた。死神が柴の背後に立ち、その肩に手を添える。
「させない、破壊など、させるものかっ」
床に倒れ伏していたこっくりさんがゆらりと起き上がり、再び黒いオーラを上げた。先ほどよりも大きくなった尻尾を逆立て、怒りが増幅している事が見て取れる。
「よこせっ!その五円玉を、よこせぇぇぇぇぇ!!!」
こっくりさんが黒い衝撃弾を何発も飛ばしながら、ものすごいスピードでこちらに走って来る。
虚無とカトレアが防御壁を張ったのでこっくりさんの攻撃は全くの無意味となったが、こっくりさんは五円玉を破壊されてたまるものかと、構わずこちらへと爪を振り上げ、瞳孔を開き、咆哮を上げ牙をむきながらネクラたちの下へと向かってくる。
その様子がネクラにとってはあまりにも狂気的で思わず小さく悲鳴を上げて後退すると虚無が背を向けたままネクラの視界を隠す様にして立つ。
それは目の前の光景に怯える自分を守ろうとしてくれた行動だとわかったネクラは虚無の服の裾を握り言った、
「虚無くん、ありがとう」
「もうすぐ終わる。我慢しろ」
ネクラの言葉に虚無は素っ気なく返し、そして未だ集中をする柴を見る。ネクラも虚無の視線を追い、彼の姿を見つめる。
瞳を閉じた柴は何を想っているのか。姉との思い出か、こっくりさんに自らの手で復讐ができる喜びか。それともただ無の状態になっているのか。
いずれにしても、柴が後悔しない結果になって欲しい。そんな事を思いながらネクラは柴の行動も見守った。
「柴くん。今だよ」
「はいッス」
柴の背後で彼の肩を支えていた死神が言うと同時に、柴は力強い返事と共に瞳を開き右手から黒く鋭い稲妻が空中の五円玉をめがけて一直線にほとばしる。
キンッと言う高い音が辺りに響き、五円玉が半分に割れ、柴がつけていたブローチも同時に音を立てて割れる。
「ぐぎゃ」
五円玉が割れた瞬間、目の前まで迫っていたこっくりさんが腕を振り上げ、口を開いたまま固まった止まり、そしてそのまま潰れた悲鳴を上げたと同時に、結崎が喉を抑えて苦しみだし、体の中から狐の姿をした黒く禍々しい魂がうねり出る。
「なんですか、あれ」
その異形のモノを見て震えるネクラに死神が言う。
「あれがこっくりさんの真の姿だよ」
「あんなおぞましいものが、人間の体に……」
結崎の体がどさりと地面に落ち、空中で悶えていたこっくりさんは五円玉と同じ様に体が半分に割れてそのまま黒い灰に変わる。
「おのれぇ、死神め……。口惜しや、口惜しや……。ここにいる全員を呪ってくれる……」
最後に恐ろしい事を呟き、黒い霧を噴き出した後に飛散した。その霧は真っ白な死神結界を包み込もうとし、ネクラの足がすくみ柴と虚無が警戒心を高めていると死神が鬱陶しそうに言った。
「あー。最後の悪あがきとかウッザ」
死神が苛立出たしげに黒い霧を大鎌で横に薙ぐと広がろうとしていた黒い霧は綺麗さっぱり空間から消え去った。
「さ、さっきの霧は?」
ネクラがビクビクしながら聞くとやるべき事が全てが終わったのか、死神は大鎌を消してからさらりと言った。
「呪いだよ」
「呪い!?」
とんどもなく物騒な言葉にネクラが驚いて声を上げると死神は平然として続けた。
「こっくりが消える直前に吐いたあの黒い霧が呪いの原液?みたいなもので、あの霧を吸ったらヤバかったかもね。俺たち死神はともかく、見習いと補佐には耐えがたいものだったと思うよ。吸ったら強制的に悪霊化していたかも」
そう言って死神は『あははは』と笑っていたがネクラたちにとっては全く笑い事ではなかった。
「悪霊化って、死神補佐や見習いでも適応されるんですか」
「もちろんだよ。人間は少なからず負の心は持っているものだからね。それにあの霧は強制的に膨らます効果があるみたいだったから、吸えば悪霊なっていた十分にある可能性はある」
「ひえっ」
さらりと言われた死神の言葉にネクラは思わず声を上げて怯える。そんな彼女を見て死神はまた笑った。
「あはは。今更ビビらなくてもいいよ。あんな悪あがき程度の呪い、もう無効化したし。そんな事よりもこっくりを消滅させる事に成功して良かった。途中までほぼ賭けだったし」
死神が胸を撫で下ろしたので、そこにいた全員が目を剥いて死神を見つめ同時に同じ言葉を叫んだ。
「「「賭け!?」」」
「……やっぱり」
カトレアは死神の考えを予想していたのか、頭を抱えてうんざりとして呟いた。その呟きを聞いた柴がカトレアに詰め寄る。
「やっぱりってカトレアさんは知ってたんスか」
「知ってたと言うか予想ができたと言うか。柴くん、あなたの五円玉がどういうものかは理解している?」
カトレアに言われて柴は小首を傾げながら考える。ネクラも虚無もカトレアの質問の意味を考え、一番最初にひらめいたのは虚無だった。
「まさか、コピーって事か」
「そう。大正解よ」
「さっすが虚無くん!俺のかわいい教え子っ」
カトレアが正解した虚無に笑みを向け、死神が拍手をしながらわざとらしく虚無を称える。
色々と察して眉間に皺を寄せ始めた虚無とは対照的にネクラと柴には全く思い当たる節がなく、顔を見合わせて困惑していると死神が2人の為に詳細を話し始める。
「君たちは知ってるよね。死神が死者が命を絶った際に身に着けていたものを具現化できるって」
「はい。所持品のコピーを具現化できると言うのは理解しています」
ネクラが頷いて柴を見ると、彼も頷いたので共通理解がある事が分かる。
柴は亡くなった際に持っていた形見の五円玉をカトレアに具現化してもらっているはずであるから、その知識があってもおかしくはない。
「そう、あくまでコピーなんだよね。本物は現世にあるんだよ。霊体になった後に現世のものを回収しない限りはね」
「と、言う事はコピーである五円玉を破壊してもこっくりさんを倒せた保証はなかったと言う事ですか。それはものすごく危ない橋を渡っていた事になりませんかっ」
恐ろしい事実に気が付き、ネクラが顔を青ざめて言うと死神は頬膨らませて言った。
「もしダメな時は俺の力で黄泉の国に帰していたよ。ネクラちゃんは俺を信用してないわけ?」
「し、信用してないわけではないですけど」
ネクラが死神から瞳を逸らす。信用するしないの前に本当に怖かったのだ。例え死神が近くにいても必ず助かると言う自信も信用もなかった。
「それに途中までって言ったでしょ。あれを持った時、確信したから。これは本物だって」
そう言って死神は白状しろと言わんばかりの視線をカトレアの方を見る。ネクラたちも死神につられて彼女を見る。
皆の視線を受けたカトレアは大きく息を吐いて観念した様子で言う。
「あの五円玉はね、ある人から預かったのよ。その人は死後、罪悪感から現世から五円玉を持ち帰っていたの。で、ある時ある理由でお願い付きで私にそれを預けた。それを私は柴くんに預けた。それだけよ」
「ある人って、まさか」
思い当たる事があったのか柴の瞳が見開かれる。そして震える声で小さく息を吸い、震える声で言った。
「父さん……ッスか」
ああ、そうか。とネクラは思った。柴以外に家族の死に悲しみを抱き、それができる人物は1人しかいない。
病死してしまった母親でもなく、こっくりさんに魂を食われてしまった姉でもなく、たった1人だけ。
立て続けの家族の死と、こっくりさんに憑りつかれた姉が奇行に及んだ結果世間からの心無い言葉に精神を病み、自ら命を絶つと言う選択をした柴の父親だ。
柴もそれがトドメとなり後を追う形になってしまった。父親も死神補佐となっているとの事なので、こっくりさん関連の事情や柴の事を知ったのかもしれない。
ネクラが柴とカトレアを交互に見たが、カトレアは涼しい表情で言った。
「さぁねぇ。口止めされているから言えないわ。私、口が堅い死神なの」
「でもさ。五円玉を回収した魂、相当な業が重なったんじゃないの」
死神が話に割って入り、カトレアが余計な事を言うなと睨む。しかし、死神の言葉はしっかりと柴の耳には届いていた様で、カトレアに問いかける。
「業が重なったって、どう言う事ッスか」
その問いかけに口ごもったカトレアに代り死神が言う。
「本来、死者が現世のモノを持ち帰るのはタブーなんだよ。輪廻転生できるためのポイントが大幅にマイナスになる」
「つまり、生まれ変わるのが遅くなると?」
柴が震えたままの声で確認すると死神はそれを肯定した。
「うん。軽く100000年以上は伸びたかな」
「100000年!?」
その途方もない数字に柴が驚愕するとカトレアがにこにこと笑う死神を押しのけ、柴をこれ以上動揺させまいとフォローする。
「それだけ柴くんがその五円玉を大切にしていたって知っていたんでしょうね。だから自分にのしかかる業よりも柴くんを優先した。だからね、もう復讐しようなんて馬鹿な事考えちゃダメよ」
カトレアが優しい口調で諭す様に言い、柴がカトレアの方を見る。
「カトレアさん。まさか、俺が今回ついたて行きたいって言った本当の目的が、こっくりさんへの復讐だって知ってたんスか」
「まあね。私は一応、死神だから。見抜けない事なんてないわ」
カトレアが長い髪をかき上げながら言った。赤いウェーブの髪が美しく揺れる。そして気持ちを切り替えてに言った。
「さ。こっくりも退治したし、仕事は終わりね。早く現世から離れましょう」
「あ。でも、結崎先生は……」
ネクラが倒れている結崎の方を見る。結崎は口と瞳を開けたまま仰向けで倒れていた。息をしている様子もない。既に亡くなっている事がわかり、ネクラは思わず瞳を逸らした。
「放っておきなよ。自分の私利私欲のために妖を呼び出して被害を広げた愚か者なんて」
死神が忌々しそうに結崎の遺体を見つめて言ったが、周囲によって呪いに頼りたいと思うほど精神を追い詰められてしまった結崎に少しだけ同情したネクラは横たわる遺体に近づき、その瞳をそっと閉じてから手を合わせた。