第五章 第十三話 柴の形見の五円玉
この度もお読み頂き、誠にありがとうございます。
もうちょっとで五章が締めくくれそうです。五章は全十五話+小噺で構成予定です。
本日もどうぞよろしくお願いいたします。
突然、五円玉を渡せと言われた柴はポケットの中からあの時の小さな巾着を取り出す。そして五円玉を自分の掌に乗せた。
だが、それをカトレアに渡す気配はなく、手に乗せたそれをじっと眺めていたため、ネクラが尋ねる。
「どうしたの。柴くん」
「これ、どうするつもりスか」
するとカトレアにあっさりと残酷な言葉を告げた。
「破壊するわ。こっくりさんを退治するためにね」
「破壊!?」
柴よりも先にネクラが驚きの声をあげる。柴は五円玉を握りしめた。
カトレアが『貸せ』と言わず『渡せ』と表現した理由が分かった気がした。
「で、でもこっくりさんは退治しなくても黄泉の国に帰す事ができるんですよね。だったら、わざわざ柴くんの五円玉を使う必要はないんじゃないですか」
黙り込んでしまった柴の代りにネクラが言うと、カトレアは言う。
「このまま黄泉の国に帰してもいいけど、あいつが急に退治したくなったらしくてね」
カトレアはこっくりさんを足止めしている死神を見ながら言った。ネクラもその視線を追って死神を見る。
「まあ、そんな事言ってるけど、本当は柴くんの為だと思うわ」
「えっ」
「俺の、為……?」
視線をネクラたちを戻し、小さく溜息をはきながら言うカトレアをネクラと柴が驚きの表情で見つめる。
「ええ。さっき言っていたでしょう。ご褒美あげるって」
『ご褒美』確かについ先ほど、弱った体でこっくりさんと戦おうとした柴が死神に注意され、反省した彼に死神がそんな事を言っていた。
「柴くん、あなたのお姉さんの命を奪ったこっくりさんは間違いなくあの個体よ。それはあいつから確認済み」
言葉の真意がわからず、戸惑うネクラと柴にカトレアが死神を指さしながら言う。
「あの個体と言うのは?」
「前に言ったでしょう。『こっくりさん』になりうる動物霊は黄泉の国にはたくさんいて、毎回こっくりを倒しても、人間がこっくりを呼ぶ度に新たなこっくりさんが生まれるって」
「はい。覚えています」
カトレアの言葉にネクラと柴が頷く。人間が何度でも呼び寄せてしまうこっくりさんと毎回戦う事が面倒だから、こっくりさんを消滅させるのではなく、黄泉の国へと帰していると言っていた事を彼女たちは覚えていた。
「死神としての能力が高いあいつは妖の中でも特級に分類されるこっくりの相手をさせられる事も多くて、何度もこっくりを黄泉の国へと帰して来た。だから、こっくりは長らく同一個体で、柴くんのお姉さんに憑りついていたこっくりもあの個体だとあいつから確認が取れているわ。あのこっくりさんは間違いなく柴くんの仇よ」
柴が瞳を見開いて未だにこっくりと交戦中の死神を見る。それから柴が視線をカトレアに戻すと、彼女はにっこりと笑って言った。
「だからね。仇を討ちたいなら今がチャンスって事。それがあいつの言うご褒美」
「それと、柴くんのお姉さんの五円玉とはどう言う関係があるんですか」
あのこっくりさんが間違いなく柴の仇となる相手だと言う事は理解できた。しかし、それが柴が姉の形見として持っている五円玉を破壊する事にどう関係するのかが全く理解できない。
「ああ、それはね……」
カトレアが説明をしようと口を開いた時、今まで黙っていた虚無が淡々と言う。
「そろそろ話をつけた方が良いぞ。死神サンがこっちを睨んでる」
「えっ」
「あらぁ」
ふと死神の方に視線を向けてみると彼はこっくりと戦いながらいい加減にと言わんばかりにこちらに睨みをきかせていた。
ネクラが焦った様な声を上げ、カトレアがわざとらしい声を出して死神の方を見る。すると死神は長い爪を振りかぶったこっくりさん腹に蹴りを食らわせ、吹き飛ばした後にこちらへと瞬間移動して来た。
「ちょっと。遅いんだけど!」
「ごめんなさい。説得に時間がかかっていたのよ」
見るからに不機嫌な死神に対してカトレアは涼しい顔で返答した。それを聞いた死神はますます機嫌を悪くし、五円玉を握りしめている柴を睨む。
「ちょっと君、せっかくご褒美をあげるって言ってるんだよ。早くそれ渡して」
死神がずいっと右手を柴に差し出す。しかし、姉の形見だと死後も大切に持っていたそれを簡単に手放す事ができるはずもなく、柴は躊躇いの表情を浮かべていた。
そして数秒後、ゆっくりと口を開く。
「これで、本当に姉ちゃんの仇が取れるんスか」
その震えた声に死神は明るい口調で答えた。
「もちろんだよ。言ったでしょ。倒せない事もないって」
死神のあっさりとした態度が信頼となったのか、柴は表情を硬くしながらも五円玉を差し出された手の上に乗せる。
「わかりました。お願いするッス」
「うん。ありがと」
笑みを浮かべながら死神がそれを受け取った時、こっくりさんの声がした。
「何をしているのかしら。私を倒すんじゃなかったの死神さん」
皆が声のする方に視線をやると黒いオーラを放つこっくりさんがネクラたちの頭上に浮いていた
死神の蹴りを受けたダメージは回復したらしく、余裕の態度でネクラたちを空中から見下ろしている。
「倒そうなんて思わずに素直にワタシを黄泉の国に帰していればこんな苦労を済んだでしょうに。死神の力も落ちたものね。やっぱり荷物がいたら能力も低下するのかしら」
そう言って笑いながらネクラと柴を見たため、2人の体がビクリと反応する。虚無がそんな2人をこっくりさんから守るため、2人を隠す様にして一歩前に出る。
死神がこっくりさんを見上げて言った。
「はい、これなぁんだ」
死神は満面の笑みを浮かべながら五円玉をこっくりさんに見せる。突然小銭を見せつけられたこっくりさんは訳が分からないと言った表情でそれを見つめる。
提示した五円玉の意味が分かっていないのこっくりさんに対して死神がにやにやとしながら続ける。
「あるんだなぁ。わざわざお前を攻撃しなくても消せる方法が」
「なによ、それ」
こっくりさんが怪訝な表情で死神と五円玉を見つめる。カトレア以外も未だに柴が持っていた五円玉の意味が分かっていなかったため、不思議そうに死神を見つめる。
そして死神はどちらが悪者か判断がつかないほど邪悪な笑みを浮かべて言った。
「じゃあ、言い方を変えてあげるよ。これは、お前を呼び出した時に使われた五円玉なんだ」
「な、んですって……」
死神の真意を理解したこっくりさんの瞳に焦りの色が浮かぶ。ネクラはそのやり取りを見つめるカトレアに問いかけた。
「カトレアさん。あの五円玉、こっくりさんとどう関係しているんですか」
カトレアは腕組みをしながら答える。
「手っ取り早くこっくりを倒したければ方法は1つ。こっくりを呼び出した時に使用した五円玉を破壊するのよ」
「それは、どうして」
ネクラの重ねての質問にカトレアが腕組みを解いて言う。
「さっきは説明し損ねたからね。教えてあげる。簡単に説明すると五円玉がこっくりを現世にとどめるためのアイテム。召喚媒体って事ね」
「なるほど。強い力を持つ本体をわざわざ相手にするより、媒体を破壊すれば戦わずして勝てると言うわけか」
よくわからずに首を傾げるネクラの傍で虚無が納得し、カトレアがそれを微笑みを浮かべながら褒める。
「そうよ。流石、死神界の期待の星ね。まあ、呪詛返しに遭う可能性もあるから、生身の人間はおすすめできない方法だけどね」
「そう言えば私の知識でもこっくりさんで使用したお金は早く使えって言われていました」
ネクラが思い出したように言うと、カトレアはネクラにも笑みを向けた。
「それは恐らく、呪いから逃れるために広がった方法でしょうね」
虚無の言葉でネクラと柴も納得した。姉の形見として五円玉を破壊する事によってあの個体を消滅させる事ができるのなら、それは正真正銘の敵討ちと言えるだろう。
しかし、そこでまた新たな疑問が生まれネクラは言った。
「では、なぜ毎回五円玉を破壊しないんですか。黄泉の国へ帰すよりも、五円玉を破壊する方が楽ですよね」
その言葉にカトレアが眉を下げて困った表情をした後、こっくりさんをジトリと見据えながら言った。
「以前に言ったでしょう。こっくりを倒すのに一番手っ取り早いけど面倒って。あれはね、こっくりは召喚された後、自分を呼び出した人間の体を乗っ取って五円玉を使ってしまうから。中々破壊と言う行為に至らないのよ」
ね、そうでしょう。とカトレアは媒体である五円玉を死神が持っているせいで下手に攻撃ができずに固まるこっくりさんに呼びかける。
嫌味を含んだ声をかけられたこっくりは悔しそうに唇を噛むが反論する事はなかった。その様子をみたカトレアはつまらなさそうに溜息をついてから言った。
「お金は流通するし、人間界に数多ある五円玉の中からいちいちこっくりさんの魔力反応を探すのは死神でも手間と時間がかかるわ。だから媒体を破壊すると言う行為は中々困難なのよ」
「なるほど……」
ネクラは手っ取り早いが面倒だと言う言葉の意味よく解った。
すると死神がこっくりさんを小馬鹿にしながら言う。
「それにしても、間抜けな奴だな。何故今回は五円玉を回収しなかったんだよ」
こっくりさんは死神の問いかけに対して、空中に浮いたままネクラたちを睨みつけて吐き捨てる様に言った。
「そこの坊やの姉の望みが母親を生き返らせる事だったが原因よ」
こっくりさんは長い爪で柴を指さし、感情を高ぶらせながら言葉を続ける。
「いくらワタシでも蘇生は不可よ。でも、せっかく現世に出て来られたんですもの。上手くだまして体を奪おうとしたら、あの娘!抵抗したのよ」
「まさか、あの時姉ちゃんが暴れて、部屋に紙と五円玉が散乱していたのは、憑りついたこっくりさんに抵抗していたから……」
真実を知った柴が精神的な衝撃を受けてよろめく。そんな柴をこっくりさんは恨めしそうに見つめた。
「五円玉を回収し損ねたのはワタシの落ち度かもしれないけど、まさか坊やが持っていたなんてね」
「でも、そのおかげであなたを倒せるわけだし、私たち死神からしたら柴くんの行動は称賛に価するわ」
カトレアは柴の頭をよしよしと撫でながら言った。
「さてと、そろそろお別れの時間だな」
話が長くなった事に痺れを切らした死神がポツリとそんな事を言い、こっくりがぎくりとして青ざめる。
「その五円玉を奪えばいいだけよっ」
そう叫びながらこっくりさんが空中から黒いオーラを身に纏い追突して来るも、虚無とカトレア、そして呆けていた柴がなんとか覚醒し、三重に防御壁を張った事により、こっくりさんの体がいとも簡単に吹き飛ぶ。
「ぎゃああっ」
吹き飛ばされたこっくりさんは勢いよく地面に叩きつけられ、余程の衝撃を体に受けたのか、立ち上がれずにその場で悶えているだけだった。
「チェックメイトだよ」
死神は微笑みながら五円玉を親指で弾いた。