第五章 第十話 知らされる因縁
この度もお読み頂いてありがとうございます。
じわじわとリアル生活が忙しなくなって参りました。年末ってどうしてこんなにやることが多いのでしょう(泣)
個人的に1年で1番自由が利きにくい時だと思います。(その他の日は完全に同じ事の繰り返し)
本日もどうぞよろしくお願いいたします。
逃げ場をなくした2人はせめて男児2人の安全は確保しようと近くの空き教室に入り、小さな体を横たわらせた。
「後はこれを付けていれば安全ッスかね」
柴は膝をついてカトレアからもらった護身用のブローチを男児につける。
「あっ!私も」
ネクラも自らブローチを外しもう1人の男児につける。その様子をみて柴が心配そうな表情で言う。
「先輩は別に外さなくてもいいんスよ。俺が囮になってあいつを引き付けるから、ここでカトレアさんたちの助けを待っていて下さいッス。そのブローチは多分、守護兼GPSみたいなものッス。それを持っていれば間違いなく来てくれますから」
柴がそう言いながら立ち上がったので、ネクラは彼の腕を掴んで引き留める。
「囮なんてダメ。ブローチの反応があるところに死神さんたちが来てくれるなら、ここで大人しく待っていた方が良いよ」
グッと腕を掴む力を強め、ネクラは柴を引き留めようとするが柴は意見を曲げ様とはしない。
「一か所に固まっている方が危険ッス。死神さんや見習いさんみたいな結界は無理ですが簡易な結界なら俺に張れるので、俺が居なくても暫くの間は大丈夫です。だから不安にならないで」
ネクラを気遣いながらも、どこか自分を鬱陶しそうにしている柴にひるむ事なくネクラは言った。
「柴くんがいなくなるから不安じゃないの。柴くんが心配なんだよ!だって、なんだかこっくりさんにすごく執着しているみたいだし、1人にすると暴走しそうから……」
ネクラの言葉に柴の瞳が見開かれる。そして強気な口調から段々と弱々しい口調に変わるネクラを申し訳なさそうな瞳で見つめていた。
掴まれた手を振りほどこうとしていた柴の腕から力が弱まるのを感じ、ネクラは彼の腕から手を放して言った。
「ねぇ、柴くん、こっくりさんがお姉さんの仇ってどういう事?」
ネクラは先ほどから疑問に思っていた事を柴にぶつける。柴はやや迷った後、無言で教室の扉まで歩いてゆく。
「柴くん!?」
まさか、自分の言葉を無視してこのまま出て行くつもりか。そう思ってネクラが強く呼びかけると彼は振り向いて言った。
「出て行きませんよ。あいつに居場所を悟られにくくするために結界を張るんス」
そう言って柴が扉に人差し指を翳すと、黒い稲妻が針金の様に扉にまとわりつき、それを押さえつける様にバチバチと音を鳴らしながら張り付いた。
「これで多少の気配遮断にはなるッス。話が長くなるので」
柴はそう言いながらネクラの傍まで戻って来て、横たわる男児の隣に地べたで座る。ネクラもそれに倣って座る。
「話してくれるの?」
ネクラが聞くと柴がうんざりとしながら言う。
「言わないとネクラ先輩、しつこそうだし」
「し、しつこくないよ。気になるだけ」
そう言うと柴は笑って言った。
「冗談ッスよ。俺に冷静さを取り戻させてくれたお礼っす」
そして、暫く間を開けた後、柴は淡々と話し始めた。
「俺の姉ちゃんは年の離れた姉ちゃんがいたんスけど、その姉ちゃんがある時、突然おかしくなったと思ったら、その後変死したんスよ」
「変死?」
突然語られた悲しい過去にネクラは悲しげに眉を下げて柴を見つめ、首を傾げる。
「姉ちゃんが変わったのは姉ちゃんが高校2年で俺が小学校6年ぐらいの時でした」
「随分前なんだね」
「はいッス。もう懐かしいって思ってしまうほどには」
柴の年齢は16歳それを考えると柴の姉に異変が起こってから少し時が経っている。ネクラが驚くと柴は寂しそうに笑っていた。
「元々は大人しい人だったんスよ。俺から見ても優しい姉でした。でも突然人が変わったみたいに高慢な性格になって、ひどい時には傷害事件まで起こして学校どころか世間からも批判を食らう様になって……俺と父さんも世間から割とひどい目に遭わされました」
柴はその時を思い出したのか苦笑いをして見せた。
「まさか、お姉さんはそれを苦に命を?」
隙に暴れまわったは良いが、世間からの誹謗中傷に耐えきれずに自ら命を絶ったのだろうか。そう思いネクラは遠慮がちに柴に問いかける。
「外傷が全くない状態で瞳を見開いた状態で、学校の廊下の隅で亡くなっていたと言う事だけは聞きました。当時の俺はその状況を理解できませんでした」
「学校の廊下で……」
外傷がない状態で瞳を見開いて亡くなる。確かにそれは異常であるし、生前であればネクラ理解に苦しんでいただろう。柴には悪いが薬物が関連していると疑っていたかもしれない。
しかし、死神補佐となった今では様々な非現実な事を目の当たりにして来たため、ある別の考えに辿り着く。それにネクラには思い当たる節があった。柴が校長室で話していた事を思い出す。
「ひょっとしてある町の高校で怪奇現象で亡くなった女子高生が、お姉さん……?」
ネクラの言葉に柴は正面を見据えたまま頷き、そして再び殺気を醸し出しながら拳を握り言った。
「そうッス。姉ちゃんはある理由からこっくりさんを呼び出して、好き勝手体を操られた挙句に命を落としたんスよ」
「ある理由って聞いてもいい?」
ネクラが柴の顔色を窺いながら聞くと、彼は少しだけ言いづらそうな表情を見せた後、ポツリと言った。
「母さんを、生き返らせるためだと思うッス」
「お母さん、亡くなっていたの……。ごめん、辛い事ばっかり聞いちゃって」
瞳を伏せ、あやまるネクラに柴が優しい口調で言う。
「謝らなくていいッス。この話をするって言いだしたのは俺ッスから。母さんは俺が小4の時に病死しました」
「そう……」
気遣う言葉が見当たらないネクラに柴は構わず母親の話を続ける。
「優しくて少し天然で、料理好きで、俺も姉ちゃんも、もちろん父さんだって大好きだったッスだからこそ突然の別れのショックは大きくて、家族間の綻びもその辺りから生まれ始めたのかもしれないッス」
柴は寂しそうな表情で天を仰いだ。ネクラは黙って柴の語りに耳を傾ける。
「特にショックを受けていたのは姉ちゃんでした。でも、例え大切な人が亡くなっても生きて行かなきゃならないじゃないッスか。特に何かの事件に巻き込まれたわけでもないし、少しずつ悲しみから立ち直って、日常に戻らないといけない。そうでしょ」
真剣な口調で同意を求められ、ネクラは頷いた。
凄惨な事件に巻き込まれたのであれば話は別だが、老衰や病死など、生きている上で直面する事が多い『死』からは立ち直る必要はある。
実際、ネクラも祖母の死に直面して、よく遊んでもらっていた事もあり、寂しくて悲しくてもう二度と立ち直れないと思っていたが、自然と日常に戻っていた。
しかし、我ながら既に亡くなっている身で他者の死生観について語るなど変な話だとネクラは思った。
そんな事を思っている間にも柴の話は続く。
「俺も父さんも、前に進む事こそが母さんのためだと思って、なるべく明るく日常を過ごそうと思っていたんス。でも、姉ちゃんは違ったみたいで……俺たちが母さんの死を全然悲しんでないって癇癪を起して、そっから家族と顔を合わせないどころか、不登校になってしまいました」
柴が大人しくて優しいと評する姉は母親の死をきっかけに変わってしまったようだった。
だが、今のところこっくりさんが関わって来る様子はない。こっくりさんといつ関りが生まれたのか。ネクラは注意深く話を聞く。
「引きこもっている間になんか色々調べているなとは思っていたんスけど……ある日、久々に部屋から出て来たと思ったら言ったんです。母さんを生き返らせる事ができるかもしれない。一緒にこっくりさんをやろうってね。それが俺が16の時ッス」
16歳、つまりは柴の享年と言う事になる。柴の人生の歯車が止まってしまった理由は姉にあるのか。ネクラはそう思った。
「別に、オカルトを信じていたわけではないッスけど、こっくりさんって学生の間でもタブーみたいな感じじゃないッスか。だから軽い気持ちで断ったんスよ。そしたら1人でやるって言いだして、また引きこもって……次に部屋に出て来た時には人が変わった様になっていました」
「それは、本当にこっくりさんを1人で行ったって事?」
ネクラが質問に柴が頷く。
「はい。姉ちゃんのが一度すごく苦しみながら部屋から出て来た事があって、気になってこっそり部屋に入った事があるんスけど、五十音表みたいな紙と五円玉が床に散乱しいて、姉ちゃんがこっくりさんをしたんだと確信した俺は思わず部屋から持って出たんスよ。これがその時の五円玉ッス」
そう言って柴はポケットの中から小さな巾着を出し、そこに入っている五円玉をネクラに見せる。
「黙って持ち出した感じになっちゃったスけど、今では姉ちゃんの忘れ形見的なものになってしまいました」
「ずっと、大切に持ってたんだね」
以前、死神が命を絶った際に持っていた所持品はコピーができると言っていた事を思い出す。恐らく柴は命を絶つ際もあの巾着を持っていたのだろう。そう思ってネクラが言うと柴は頷いた。
「はいッス。カトレアさんの所に辿り着いた直後はポケットから消えていて焦ったッスけど、ダメもとで聞いたら出してもらえました……本当によかった」
柴はそう言ってそれを大切そうにポケットへと戻す。その様子を何とも言えない感情で見ながらも、ネクラは疑問に思った事があった。
「でも、こっくりさんって望みを叶える存在じゃないよね。どうしてお姉さんはお母さんを蘇生できると思ったんだろう」
ネクラの知識が確かならば、こっくりさんは質問になんでも答えてくれるが蘇生ができると言う話は聞いた事がない。
柴も最もな疑問だと思ったのか、ネクラの意見に同意した。
「それは生前俺も思ったッス。でもさっき、結崎先生がこっくりさんを呼び出した理由もそうでしたよね」
柴にそう言われ、先ほどのこっくりさんの言葉を思い出す。結崎は仕事を押し付けた他の教員を呪うためにこっくりさんを呼び出したと言っていた。
結崎のこっくりさんの解釈もネクラが知っているものとは異なっていた。
「こっくりさんって大体は口伝えで広がるもんだと思うッスけど、今はネット社会ッスからね。コミュニティが狭い人間は調べものや噂ですらネットだよりなんでしょ」
「そっか、確かに私も調べものはネットで済ませちゃうかも」
ネクラが納得すると、柴は笑った。
「先輩もコミュニティが狭いタイプッスか」
「む、そうだけど……それは言わないでっ」
拗ねるネクラを見て再び笑った後、柴は続けた。
「ネットなんて色んな情報が錯そうしてるでしょ?だから、こっくりさんに関する解釈が色々あってもおかしくはないんスよ」
「それは、こっくりさんに蘇生の力があるとか、呪いの力があるって信じる人もいるって事?」
ネクラの言葉に柴が頷く。
「藁をもすがりたいってヤツですよ。きっと」
そこで話が途切れ、数秒間が開いた後、ネクラは次の疑問をぶつける。
「あのね。言いたくないなら言わなくてもいいんだけど……柴くんはどうして死神補佐になっちゃったの」
ネクラ言葉に柴は動揺したのかピクリと体を反応させたが、直ぐに返答した。
「こっくりさんに憑りつかれた姉ちゃんが奇行を繰り返して亡くなった後、姉ちゃんが生きていた以上に世間の目が厳しくなって、父ちゃんもそのストレスと、母さんと姉ちゃんを続けざまに亡くしたショックで心を病んで、自ら命を絶ちました。俺もその後を追った感じッス」
柴は暗い空気にならない様にと無理をして笑顔を浮かべていた。
「だから、親子で死神補佐なんスよ。親族同士は意図的に会えない様にしているみたいッスから、死後は会ってないッスけど」
「お父さんも、死神補佐に……」
再び会話が途切れ、しばし互いに無言が続いたが、柴がなるべく明るい声色で話を再開する。
「まあ、こんな事いってますが本当にこっくりさんが姉の死に関わっているって知ったのは死神補佐になってからなんスけどね」
「えっ、そうなの?」
ネクラは目を丸くする。こんなにも敵意をむき出しにするほどだ。生前からこっくりさんの存在を信じ、姉に憑りつき命を奪った恨みがあったと思っていたがそうではない様だ。
よく考えれば悪霊化していない時点で恨みや未練はなかったと言う事か。、と言う事は柴は死神補佐になってからこっくりさんを恨む様になったと言う事になる。
その場合、柴の魂の穢れはどうなるのか。そもそも死神補佐になった魂は悪霊化するのか否か、そんな事を考えながら、ネクラは柴に聞いた。
「どうしてお姉さんの死とこっくりさんに関連があるって知ったの」
「カトレアさんから聞いたッス」