第五章 第九話 こっくりさんからの逃走
この度もお読み頂き、誠にありがとうございます。
年末年始を目前にリアル生活でバタバタする前に五章を書ききりたい所存……。
本日もどうぞよろしくお願いいたします。
まるでごちそうでも眺めるかの様に2人を品定めしているこっくりさんに向かって柴が言った。
「生憎、俺たちはあんたに食われる義理はなんで。その下品な舌なめずり、やめてもらえねぇッスか」
柴に下品と言われた事が気に食わなかったのか、笑みを浮かべていたこっくりさんの表情が真顔になり、黒いオーラが一層濃くなる。
「生意気なガキね。アナタたちこそ何?姿を隠す術まで纏って学校に入り込んで、私の事をこそこそと探っていたみたいだったけど」
こっくりさんはネクラと柴を頭の先からつま先までじっくり見つめた。今度は食料として見ているのではなく、何かを探る様な眼差しを2人に向けている。
結崎の姿のまま眉間に皺を寄せ、顎に手を添えながら、警戒するネクラと柴をじっと見つめ続け、そして閃いたのか瞳を丸くした後、余裕の表情が戻る。
「とても弱いけど、死神の波動を感じる……。アナタたち死神補佐ね」
こっくりさんは死神補佐の存在を知っている。その言葉を聞いたネクラと死神は思わず瞳を見開く。その反応で確信を持ったこっくりさんは嬉しそうにクスクスと笑った。
「やっぱりね。ワタシ、何度も死神と戦っているから、あいつらの事情には詳しいのよ。黄泉の国にいてもあいつらの情報収集ぐらいならできるの。驚いた?」
「……俺たちがただの職業体験の学生じゃないって事には最初から気が付いていたんスか」
柴が慎重に問いかけると、こっくりさんは悔しそうに口を尖らせた。
「悔しいけど、正直最初は分からなかったわ。アナタたちにかけられた術と、そのブローチのせいでね」
こっくりさんがネクラと柴の胸に煌めくブローチを指さした。こっくりさんの悔しそうな言葉は続く。
「一瞬、本当に職業体験の生徒がいるって思い込まされそうだったもの。まあ、このワタシの意識を混濁させたって事もあって、アナタたちをマークしたんだけどね」
つまり、最初に話しかけた教員がたまたまこっくりさんで、それがきっかけとなり、向こうは『結崎先生』と言う優しい教員の皮を被りながらもネクラたちを監視していたのだ。
ネクラと柴の緊張感が引きあがり、ネクラに至ってはそれに押しつぶされそうになり吐き気すら覚えていた。
「いやー。適当に入った教室が大当たりなんて思わなかったッス。もう少し警戒すればよかった。スミマセン、ネクラ先輩」
柴が冗談交じりに笑うが、ネクラにはその言葉に答える余裕はなかった。
「そうだわ。そっちこそ死神でもないのに、どうして坊やは私の正体がわかったのかしら。気配を消して憑りついていたし、結崎洋子としての演技も完璧だったでしょう」
こっくりさんが突然思いついた様に言った。その表情はこの状況を楽しんでいる様にも見えた。柴は表情を硬くしながらそれに答える。
「気配とかは本当に直前まで感じなかったッス。でも、あんたから俺たちに声をかけて来たからちょっと変だと思ったんッス」
「でも、結崎先生には一度声をかけているし、見えて当たり前じゃないの」
ネクラが聞きくと柴は首を横に振る。そして真面目な表情を浮かべながらネクラを見つめて言った。
「その可能性も考えてはいたッスよ。でも、話しかけた相手に俺たちの姿が見える事に持続性があるかがわからなかったッスから」
その言葉を聞いた時、ネクラに閃くものがあり、少し前に柴が言っていた言葉を思い出す。
「あの時話しかけた相手が私たちの姿を認識できる時間を死神さんに聞いて欲しいって言ったのは、あの時点で結崎先生を警戒していたから……」
この状況は自分が一目優姫の正体を突き止めた時と似ているとネクラは思った。しかし、今回は『前もって自分が先に話しかけていた』と言う先入観から結崎にから話しかけられた事に対して疑問が持てなかったのだ。
「はい。確認する前にあいつが邪魔したみたいッスけど」
柴がこっくりさんを睨むと、悪びれる事のない笑みと言葉が返って来た。
「強い力の痕跡を感じたから、軽くジャミングしたの。補佐がいるって事は死神もいるでしょう。通信手段が断たないとね」
こっくりさんはこのブローチが通信機能も備えている事も知っている様だった。ほぼほぼ先手を打たれてしまい、ネクラと柴に悔しさが滲む。
「でも、確かに霊体であるアナタたちにうっかり話しかけてしまったのは失態だわ。今後の参考にするわね」
「今後なんてねぇッスよ」
2人をバカにする様に笑顔を浮かべるこっくりさんを柴が睨みつける。そして柴は掌に黒い光を宿し始めた。黒い光は稲妻の様にバチバチと音を立てている。
この稲妻にネクラは見覚えがあった。以前、カラスのキーホルダーに隠れていた死神が現れた際の稲妻と似ている。
「あんたは俺が始末するッス」
同時に柴はその黒い稲妻をこっくりさんに向かって投げつける。それはネクラの瞳では捉えきれない速さだったが、こっくりさんは動揺する事なくひらりとかわす。
目標を失った稲妻はそのまま廊下の先の壁に命中し、黒い光が飛散する。壁には傷1つついてはいなかったが、ネクラは焦って柴に言う。
「あははっ。こわーい。いきなり攻撃?」
こっくりさんが意地悪な笑みを浮かべて柴にい言い、その頃場を受けた柴が忌々しそうに唇を噛む。
「し、柴くん。こんなところで戦うのは危ないよ」
両脇の男児を抱きしめる力を強めながら柴に言うと、彼からは冷たい口調の返答があった。
「死神の攻撃は現世のものを破壊できないから平気ッスよ」
だから、暴れても構わない。そうとでも言いたそうなまでに冷たく淡々とした声色の柴にネクラはこっくりさんに対して抱いたものと同等の寒気を覚える。
柴は再び手に黒い稲妻を作り上げ、第二撃の準備に入る。それをみたネクラは必死で止めに入る。
「ダメだよ、柴くん!ここで戦って、もしこの子たちが巻き込まれたら大変だよ」
ネクラの言葉を聞いて柴が動きを止め、ネクラの腕の中で意識を失っている2人を見つめる。その瞳には確かに男児らを気遣う色が窺え、これでひとまずは戦いをやめてくれるかもしれないとネクラが思った時、柴から予想外の言葉が出た。
「ここは俺が食い止めるから先輩はここから逃げるッス」
「そんな!柴くんは!?」
ネクラが叫ぶように聞くと柴は無言のままこっくりさんを見据えるだけだった。戦闘態勢を解くつもりのないその態度にネクラは不安と焦りを覚える。
そんなネクラの視線と思いを感じ取ったのか、柴は言った。
「こいつは姉ちゃんの仇ッスだから、俺の手で一矢報いたいんス」
「お姉さんの仇?」
聞き捨てならない言葉にネクラは驚いて柴を見つめた。彼はこっくりさんを睨み、明確な敵意を向けられたこっくりさんは、訳が分からないと言った様子で肩をすくめる。
柴の言葉の真意は気になるが、今はそれを聞いている場合ではないと思いネクラは柴に呼びかける。
「柴くん1人じゃ危ないし、私1人でもこの子たちを抱えたまま逃げ切るのは無理だよ。お願い、考え直して。冷静になって」
ネクラの懇願に柴は根負けしたのか、何かを耐える様にギリッと歯を鳴らしてネクラに向かって手を差し出した。
「1人預かります。この子たちをとりあえず安全なところに運びましょう」
「うん。ありがとう、柴くん」
ネクラは安堵の表情を浮かべ、放心状態の男児を柴に預ける。
その様子を見たこっくりさんが楽しそうに笑いながら言う。
「あらぁ、逃げるのかしら。逃がすわけないのにっ」
言い終わると同時にこっくりさんは床を蹴り、ものすごいスピードでネクラたちに迫って来た。
そして人間のものとは思えない10cmはある長い爪を2人にめがけて振りかざす。
「邪魔ッス」
柴がギリギリとところで稲妻を横に振るい、こっくりさんをけん制する。さすがに命中は避けたかったのか、こっくりさんが仰け反り動きが鈍る。
「今ッスよ」
「うん」
その一瞬の隙をついて2人はこっくりさん反対方向へ子供を抱えたまま全力で走る。後ろは一切見ずにただこの場から離れる事を考えて必死に足を動かした。
しかし、こっくりさんとの距離が離れる気配はなく、寧ろ追い付かれそうになっていた。
「これでどうッスか」
柴が腕を上げると黒い稲妻が縦に走り、そのまま檻の様に道を塞ぐ。こっくりはそれを無視して突破しようとしたが、弾かれた。
「痛った、何よ。これ」
こっくりが黒い稲妻の檻を忌々し気に見つめる。
「俺の霊力を組み込んだ対妖用の檻ッスよ。足止めにはなるっしょ」
柴が走りながらこっくりに向けて挑発とも取れる言葉を投げかけた。こっくりは何度も檻に体当たりし、それを壊そうと試みていた。
「柴くん、あれ、大丈夫かな」
「いや、ほんとに足止め程度にしかならねぇッスよ。だから、なるべく奴の視界から消えるところまで走らないと」
「う、うん」
いつかはあれを突破して来る、その事実に恐怖しながらもネクラは柴と共に必死で廊下を駆け抜けた。
階段を駆け下り、昇降口を目指す。ふと窓の外を見ると、いつの間のか日はすっかり落ち、学内も学校の外にも人の気配がなくなっていた。道理でこんなに学校中を駆け回っても他の教員や生徒に会わないはずだ。
防犯用につけられている電灯で明かりは点いているが、夜の学校にいると言うだけでネクラは少し不気味さを感じていた。
こっくりさんを倒さなければここから出れないのではないかと言う思いも湧き出る。それに、この男児たちの両親も心配しているだろう。
しかも1人は既に魂を食われてしまっているのだから、このこの親には何とい説明すればいいのだ。
極限の状況のためか、ネクラは後ろ向きな思考にしかならず、ここに死神が居たらまた嫌そうな顔をしそうだなと自嘲した。
そうこうしている間に、男児を抱えたままの2人はなんとか昇降口へと辿り着いた。柴が鍵を確認する。
「くっ、やっぱ開かねぇッスか」
「すり抜ければいけるかな」
既に戸締りが済んでいる様で、鍵が閉まっている事を確認した柴が顔をしかめたので、ネクラは自分たちの体の特性を活かした脱出法を提案したが、柴は首を横に振る。
「俺たちはすり抜ける事ができるかもしれねぇッスけど、この子たちは無理ッスよ」
腕の中の男児を抱え直しながら柴が言った。
言われてみればそうだ。自分たちは霊体でも子供たちは生身。すり抜ける事は叶わない。
「内側から開けられないかな」
「今やってみたッスけど無理ですね。あいつ、学校全体に妖術をかけたみたいッス」
「それって、完全に出られなくなったって事!?」
ネクラが声を上げると柴は渋い顔で頷いた。
ホラー映画やゲームでよくある展開だとネクラは思った。幽霊や妖が働いて外に繋がる出口が全て開かず逃げ場がないと言う最悪な状況だ。
通常ならボスを倒せばハッピーエンドで外には出られるが、あれはあくまでファンタジーの世界。現実はそう上手くは行かない。
相手は死神が『特級』と評価する妖である。倒すどころか逃げ切れるかも怪しい。
「ここまで異変があれば、きっとカトレアさんたちが来てくれるッス。それまで逃げ切りましょう」
泣きそうになっていたネクラを柴が励ます。ネクラも泣いている場合ではないと涙に耐え、柴を見つめて頷いた。