第五章 第七話 取れぬ連絡と迫る脅威
本日もお読み頂きありがとうございます。
色々調節してみましたがこの章もやはり10話には収まらないですね……。
少々長くなりますが、気長に、そして生暖かい目で読んで頂けますと幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。
「うーん。死神さんに連絡が取れない」
カトレアから貰った護身用兼連絡手段のブローチを突きながらネクラは残念そうに言った。
「なにか立て込んでいるんスかね」
柴も自分のブローチを見ながら言う。
柴に『話しかけた相手が自分たちを認識できる時間に制限はあるのか』と言う質問を受け。それを死神に聞こうとしたが、どうやっても死神はおろかカトレアや虚無とも連絡が取れない。
話しかけるだけで通信ができていたはずなのに、今はうんともすんとも反応しない。通信手段がなくなってしまい、ネクラたちは困り果てていた。
「どうしていきなり連絡ができなくなったんだろう」
「故障ッスかね」
「いや、それはないんじゃないかな……」
カトレアも一流の死神である。死神が与えたものが故障するなどあり得えない。なにか他に大きな力が加わったのか。
そこまで考え、こっくりさんの事がネクラの脳裏をかすめる。まさか、こっくりさんに自分たちの存在を勘付かれてしまったのか。だとしたら、こっくりさんは自分が黄泉の国に戻されまいと死神たちの邪魔をするはずだ。
もし、連絡ができず、助けも呼べないこの状況でこっくりさんに襲われてしまうと力の弱い自分たちでは抵抗ができない。
ネクラはポケットに入れているカラスのキーホルダーに触れる。これを使うべきか。しかし、こっくりさんに気付かれたと言う確固たる確証はない。
これはもっと危険な状況に陥った際に使うべきか。ネクラは葛藤した後、キーホルダーから手を離した。
今はまだピンチではない。使い時を見極めよう。そう思いながらネクラは柴に言った。
「連絡が取れないなら仕方ないね。とりあえず、組んでもらったプログラム通りに動いてみよう」
「はいッス」
柴は素直に頷き、2人はそのまま次の職場体験プログラムへと進んだ。
そして、時は過ぎ夕刻。ネクラと柴はプログラムをこなしつつも、こっくりさんの情報を探った。
時に教員に、時に生徒に話を聞きながら一日を過ごした。その間、死神たちに連絡を取ろうと試みたが、やはりブローチが反応する事はなかった。
「先生も生徒も、怪奇事件の話をすると素っ気なくなっちゃって中々情報が聞き出せないね」
「そうッスね。皆、関わり合いになると自分も呪われるって思ってるっぽいッスよね」
2人は同時に溜息をついて落胆した。ネクラたちがどんなに怪奇事件の情報を収集しようと頑張っても、教員は職場体験の学生にする様な話は何もないと言い張り、子供たちなら素直に話してくれるかもしれないと思ったが、怪奇事件の話題を出した矢先、ほぼ全員に逃げられてしまった。
「でも、気になる事はあったッス」
「うん、立ち入り禁止の図書室だよね」
それは逃げ出す生徒たちの中から唯一聞き出せた情報だった。怪奇事件の事を調べるも情報が得る事が出来ずに途方に暮れていた2人に1人の女の子がおずおずと近づいて来て言ったのだ。
1ヶ月ほど前から放課後に利用した人間が必ず倒れて病院送りになる図書館があると。
それ故、当初は必要時以外は使用禁止となったが、何度鍵を施錠してもいつの間にか開錠しているため、今では立ち入り禁止になっているのだとこっそり教えてくれた。
そして、小さな声で自分が教えた事は内密にして欲しいと震えながら言った。理由を聞くと、過去に怪奇事件に関わると『何か』のターゲットにされると言う事例があったらしくそれが怖いのだと言う。
しかし、ネクラと柴があまりにも熱心に怪奇事件について調べているため、もしかしたら解決してもらえるのではないかと子供ながらに思ったらしく、勇気を出して教えてくれたらしい。だが、これを最後に自分には話しかけないで欲しいと言い残し、逃げる様に走り去った。
「行ってみる価値はあるよね」
「西村先生の話によると放課後に怪奇事件が起こる事が多いみたいッスから、今は丁度良い時間ッスね」
放課後の校内には生徒は誰一人としてもおらず、運動クラブで生徒が外で活動する風景が窺えるだけだった。
柴の丁度良いと言う言葉には『人がいない』と『怪奇事件が起こる時間』の二通りの意味が込められていたのだろう。
「じゃあさっそく図書室に……」
行こう。とネクラ続けようとした時、廊下の向こうでこそこそと動く影が見えた。目を凝らすとそこには、今朝校門で見かけたヤンチャそうな男児と丸眼鏡の男児が身を隠す様にしていた。
「あの子たち……」
「どこに行くつもりッスかね」
ネクラと柴はお互いに問いかける様に呟き、頷き合って小さな2つの影を追った。霊体であるネクラたちの姿は男児たちに見えるはずもなく、気配を悟られる事なく容易に尾行する事ができた。
そして、辿り着いた先にネクラと柴は驚いた。そこは自分たちが目的地としていた図書室だったのだ。
怪奇事件が確実に起こると使用禁止になっている場所へ何故、この男児たちはやって来たのか。その疑問は彼らの口から出た言葉で解明された。
「奥まで行ってこれを置いて帰って来られたら、俺たち勇者だな」
「う、うん。でも、やっぱりやめておいた方がいいんじゃないかな……」
ヤンチャそうな男児がキャラクターものの消しゴムを丸眼鏡の男児に見せつけながら言った。その表情は緊張で引きつっていたが、どこか高揚感を感じさせるものだった。対して丸眼鏡の男児はずっと体をビクビクと震わせている。
「まさか、肝試し……とか」
ネクラがこそこそと密談している2人を見ながら言うと、柴もそれに同意した。
「……みたいッスね。どこの小学校もああいう子どもいるんスねぇ」
少し呆れた様に男児を見る柴にネクラは不安げな表情を向けて言う。
「どうしよう。止めるべきかな。もし、こっくりさん絡みならあの子たち危ないよね」
「そうッスね、無暗に被害者を出すのも良くないッスもんね」
2人が男児たちの身の安全を確保するため、声をかけようとした時、背後から声がした。
「根倉さん、柴咲くん。こんなところで何をしているの」
「わ、結崎先生」
眼前の2人に気を取られるあまり背後を全く気にしていなかったネクラは驚いて勢いよく背後を振り返る。柴も背後の警戒を怠っていたのか、目を見開いて振り返っていた。そこには同じく驚いた様子で目を丸くしている結崎が立っていた。
「放課後は残らないようにって西村先生が注意したって聞いたけど、ダメよこんなところに居ちゃ」
結崎が少しだけ眉を吊り上げ、説教をする様に言う。突然の結崎の出現に焦りながらもネクラは視線を男児たちに向けると、そこに2人の姿はなかった。
その事態にネクラの心の焦りが強まる。
「た、大変。あの子たち、図書室に入っちゃった」
「あの子たち?」
ネクラの言葉に結崎が眉をひそめた。正直に言わなければ結崎が自分たちを解放してくれそうにないので、ネクラは正直に結崎に男児たちの事を話した。
すると結崎の表情が強張る。そして青ざめながら、体を震えさせた。
「まあ。生徒が2人立ち入り禁止の図書室に……」
「止めようと思ったんですが、間に合わなくて」
ネクラが申し訳なさそうに瞳を伏せると、結崎は体の震えを止め、勢いよく顔を左右に振って笑顔を見せながら言った。
「あなたのせいじゃないわ。それは教員としての私の役目だもの」
結崎はうん。と自分に言い聞かせる様に頷いてネクラと柴をそれぞれ見ながらぎこちない笑みを浮かべた。
「その生徒たちからは私が注意しておくわ。だからあなたたちは早く帰りなさい」
「まさか、この図書室に1人で入るつもりですか」
ネクラが聞くと結崎は頷く。
「ええ。だって、ここはほら……怪奇事件が起こるかもしれない場所だもの。被害が出る前に生徒たちを呼び戻さないと」
結崎の言う事も最もだと思うが、この図書館にこっくりさんが関わっているのであれば結崎の身も危ない。先に入ってしまった生徒もろとも魂を食われてしまう可能性もある。
それだけはなんとしても阻止したい。そう思ったネクラは自分にも危険が及ぶかもしれないと言う気持ちを抑えながら言った。
「私たちも一緒に入っていいですか。皆で入った方が何かあった時に対処できるかもしれません」
「え、それは心強いけど……いいの?」
結崎が目を丸くした後に申し訳なさそうに言うと、ネクラは恐怖心に負けない様に力強く頷く。
「はい。早くあの子たちを連れ戻しましょう。ね、柴くん」
「……はいッス。俺たちでよければ協力するッスよ」
いつもより抑えたテンションで柴が返答したのでネクラは不思議に思ったが、こっくりさんがいるかもしれない場所に踏み入る前で緊張しているのかも知れないと思い、特別気には留めなかった。
「それじゃあ行きましょうか」
ネクラ・柴・結崎の3人は図書室の入口に並んで立つ。先に入った生徒が騒ぐ様子はないが、室内が静かすぎる気がしてその場に緊張が走る。
結崎が引き戸に手をかけた瞬間、不意に柴が言った。
「結崎先生が先頭でお願いします」
「え、柴くん!?」
突然何を言い出すのかと柴を見ると柴は笑顔のまま悪びれなく続けた。
「本当に霊が居たら怖いじゃないッスか。守って下さいよ。先生」
「え、ええ。いいわよ。あなた達は後ろにいて」
柴の申し出に結崎は戸惑っていた様だが、笑顔で頷き2人を庇う様に前に立った。
その姿を見てネクラは小声で柴に言う。
「柴くん、結崎先生を先頭にするのは危ないんじゃないかな」
「危ないのは誰が先頭になっても同じッス。だったら先生に盾になってもらいましょう」
その薄情な物言いにネクラは疑問の瞳を柴に向ける。死神補佐とはいえ、カトレアの話によれば柴は死神見習いと同様の戦闘訓練を受けているはずだ。
こっくりさんと同等とまではいかずとも、この中では多少の戦力になるはずだ。それなのに、人間であり女性でもある結崎に戦闘を歩かせた挙句、守って欲しいとはどう言う事なのか。
それだけこっくりさんが強力な妖で柴は慎重になっているのか、なんにしても自分も用心しなければと、ネクラはポケットの中のキーホルダーを握りしめた。いざとなれば、これを使おう。全員で図書室から出るんだ。と心に決めながら。
「行くわよ」
結崎が勢いよく引き戸を開けると図書室は傾きかけた日の影響で薄暗くなっていた。結崎が電気を付けようとスイッチを押すが、カチカチと音が鳴るだけで点く気配がない。
「電気がつかないわ。おーい、誰かいるなら返事をしなさい」
結崎の声が図書室に木霊するが返事はない。本棚や机、椅子などが並んでいるのは確認できたが、それ以外は特に人が隠れる事ができる様な場所もなく、何度辺りを見回してみても人の気配すら感じない。
「確かに、ここに入ったと思ったんですが……」
ネクラが人影を探しながら言うと結崎が貸出カウンターの奥を指さして言った。
「もしかしたら、あの奥かも」
「奥?」
指で示された先を見るとそこには分厚く、重そうな引き戸があり『閉架書庫』と言うプレートがかかっていた。
「なんですか、あれ」
「図書の資料室みたいなものよ。あまり借りられない図書や貴重な図書はあそこに所蔵するの」
ネクラの質問に結崎は答えた。確かに、あそこの中に入って行ってしまったなら、姿が見えない事も返事がない事も納得がいく。
「行ってみましょう」
結崎が言い、ネクラと柴が後に続く。3人で協力して引き戸を開け、閉架書庫の中に足を踏み入れた。窓が少ないその場所は図書室以上に暗く、やはり電気は点かなかった。
ふと柴を見ると彼は背を向け何かごそごそとしていたので疑問に思ったネクラは彼に声をかける。
「どうしたの。何かあった?」
柴は笑顔で振り向いて両手を上げて言った。
「なんでもないッス。じゃあ、結崎先生。また先頭でお願いします」
「ええ、いいわよ」
結崎が柴に従い、反論する事無く先頭を歩く。暫く歩いた後、ネクラは自分の背後に立つ柴に小声で言った。
「柴くん、なんか結崎先生に厳しくない?こっくりさんがいるかもしれない場所なんだよ。やっぱり結崎先生に戦闘を歩かせるのは良くないよ」
しかし、柴はまっすぐ前を見据えながら真顔で言った。
「ネクラ先輩が危機感がなさすぎなんスよ」
「え、それってどういう……」
そこまで言ってネクラはふと前方に違和感を覚え、結崎の方を見る。そして目の前の事態に驚愕する。先ほどまで前を歩いていた結崎の姿が消えているのだ。
「結崎先生!?うそ、どこにいったの」
ネクラが顔を青ざめ、パニックを起こしたその時、部屋の闇が深くなり、辺りが冷たく重苦しい雰囲気に包まれた。
それを感じ取ったネクラが身を震わせ、柴が呟く。
「ほーら。おいでなすった」