第五章 第六話 学校を渦巻くピリピリムード
本日もお読みいただき、誠にありがとうございます。
1話ごとのタイトルのセンスがなさ過ぎて泣けてきます……。
なお、この章も10話に収まらない気がしてまいりました。お付き合い頂けますと幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。
学年主任の西村と言う教員の紹介をすると校長が言い、事件の話は残念ながらお開きとなってしまった。
しかも校長はこの後、会議があるそうで自分たちで西村が待つ生徒指導室に言って欲しいとの事だった。
地図がないらしく、口で簡単に場所を教えられたネクラと柴は言われた場所に向かって歩いていた。
「やっぱり、カトレアさんが言っていた以上の事は分からなかったね」
ネクラが残念そうに言うと柴は笑顔でそれを否定した。
「そんな事はねぇッスよ。この呪い騒動の最初のターゲットは教員だったって事はわかったじゃないッスか」
「え」
あっさり言われてネクラは瞳を瞬かせながら柴を見る。柴はにかっと笑って続けた。
「カトレアさんが言ってたじゃないッスか。どこかの誰かが呼び出したこっくりが現世に居座っているって。って事は、今回の呪い騒動は確実にこっくりさんの仕業だし、誰かが目的を持ってこっくりさんを呼び出した事は間違いないんッスよ」
「まさか、その誰かはこっくりさんを使って誰かを呪い殺そうとしてたって事?」
ネクラが驚きのあまり立ち止まって聞くと、柴も立ち止まり頷いた。
「そうとしか考えられないッスよ。校長先生の話によると、病院送りになったのはそれなりに問題があった先生みたいですし」
「でも、その後に体調を崩したのは生徒だよ。先生が小学生の子供を恨む事なんてあるの?」
ネクラの質問に柴は苦笑いで返した。
「それは何とも言えないッス。でも、この学校の誰かにこっくりさんが憑りついているのは事実って事を考えると、途中からこっくりさんに意識を乗っ取られたからターゲットが子供になったって推測はできるッス」
「どうして?」
こっくりさんは強い力を持つ妖と聞く。憑りつかれた人間が乗っ取られると言う話はありえない事ではないと思うが、随分と自身がある様子で言う柴にネクラが問うと柴は真剣な表情で言った。
「カトレアさんから聞いた事があるんス。こっくりさんのに限らず、妖は成熟しきっていない子供の魂が好みだって。だから、呼び出した人間の望みを叶えた後、対価みたいな感じで体を乗っ取って好き勝手していると思ったんスよ」
「そっか。確かに、そう考えるのが自然だよね」
ネクラは柴の意見に納得しつつも、内心では彼の鋭さには感心したし驚いていた。喋り方や行動からノリの軽さを感じてしまうが、やはり感が鋭いと思う。
頭が固く、色々と鈍い自分と違い、物事を客観的に見る事が得意なのかもしれない。そんな事を思いながらネクラは何気なく柴に言った。
「ねえ、柴くん。さっき言ってた、とある町の高校で似たような症状になった生徒の事件の話なんだけど」
その言葉を聞いた時、わずかだが柴の肩がピクリと動き、顔が強張る。しかしネクラはその変化には気付かず、話を続ける。
「しかも未解決のまま女子生徒が1人亡くなったって。あの話、本当なの?」
「本当ッスよ」
柴は強い口調でネクラの言葉に被せる様に言った。先ほどまでの人懐っこい雰囲気は微塵もなくなり、むしろ不機嫌で怒った様な雰囲気を感じた。笑顔もすっかり消え失せ、真顔でネクラを見据えている。
ネクラは驚いたが、柴の態度が急変した事に恐怖を覚えた上に気まずくなり、なんとかそれを払拭しようと引きつった笑顔で言った。
「そ、その事件もこっくりさんの仕業なら、怖いなって」
ネクラの乾いた笑いの後、暫く2人の間に気まずい静けさが漂う。そんな中、先に口を開いたのは柴だった。
「そうッスね。こっくりさんは人の命を奪う最悪な妖ッス。早く見つけましょう」
「柴くん、まさかこっくりさんと会った事がある?」
直感で思った事をネクラが遠慮がちに聞くと、柴はいつも通りにっこりと笑って言った。
「いえ、俺は会った事ないッスね。そんな事より西村先生とか言う人を待たせちゃ悪いッスよ。早く行きましょう」
そう言って柴は鼻歌を歌いながら再び歩き始めた。誤魔化された様な気がしたが踏み入れて欲しくない事なのかもしれないと思いネクラはそれ以上追及しなかった。
そしてふと思った。こんなに明るくて人懐っこい柴がどうして死神補佐になったのか。死神補佐になっていると言う事はつまり、柴は自ら命を絶ったと言う事になる。
そんな選択をする様な人物には見えないが、まさかこっくりさんが関係しているのか。
「まさかね」
ネクラは柴の背中をチラリと見た後、その後を追いかけた。
生徒指導室の前に辿り着いた2人はドアの向こう側にいる人物に向けて声をかける。
「失礼します。職場体験で参りました、根倉です」
「同じく、柴咲ッス」
少しの間があってドアが開き、中から不機嫌そうな中年の男性教師が現れた。普段から煙草を吸っているのか、ヤニ臭かった。
「遅いぞ。生徒が教員を待たせるものじゃない」
開口一番に初対面の2人を睨みながら説教をされ、ネクラは戸惑いを覚えたが、遅れてしまったのは事実なので謝罪の言葉を口にした。
「遅れてしまって申し訳ございません。西村先生、ですか」
素直な態度のネクラを見て怒りが治まったのか、男性教員は不愛想に言った。
「ああ。そうだ。校長から話は聞いている。入りなさい」
促された2人は生徒会室へと足を踏み入れた。本棚が並び、ファイルや図書が収納されて多少圧迫感は感じるが、整理整頓はされているし、机も椅子も丁寧に手入れされていた。
「なぜか君たちの控室が用意されていないと聞いてね。私の権限で急遽この部屋を用意させてもらった。職業体験中は好きに使うと良い。普段はあまり使われない場所だからね」
何故も何も職業体験の学生が来ると言う事実はないわけなのだから、準備が整っていなくても当然である。
死神がそう認識される様に術を施しただけで事実とは直結していないため、どこかで綻びが出そうでネクラは教員たちが疑問を持つたびにハラハラしていた。
「めずらしいッスよね。小学校で生徒指導室なんて」
不安を抱えているネクラとは異なり、柴は物珍しそうに周りを観察している。男性教員、西村はその様子に顔をしかめて言った。
「君、その言葉遣いはどうにかならないのかね」
「俺の個性として受け取ってもらえれば幸いッス」
悪びれなく返えされた柴の言葉に西村が眉間の皺を深くしたのでネクラは慌てて間に入る。
「わ、私も思います。小学校に生徒指導室はめずらしいって」
「……。生徒指導室と言うよりかはカウンセリング室だがね。素行の悪い生徒や学校に不安を抱く生徒が利用する場所だよ」
それだけ言うと西村はどこからかプリントを取り出してそれを2人の渡した後、少々嫌味の混じった口調で言った。
「君たちが来るのが遅かったから勝手に今日1日のプログラムを組ませてもらったよ。各担任の先生には許可は取ってあるから、このプログラムの通りの行動してくれたまえ」
「ありがとうございます」
「あざッス」
ネクラと柴はそれぞれプリントを受け取る。そこには割とびっしりと予定が割り振られており、プログラムが組まれている時間は自由にこっくりさんの調査はできないなとネクラは思った。
「全く、控室どころか職業体験用の学習プログラムすら用意していないなんてどうなっているんだ。おかげで俺がどれほど苦労しているか。それにこんな状況で職業体験の学生を受け入れようと思ったのか不思議でならないよ」
西村はネクラと柴の前でブツブツと愚痴をこぼし始めた。
「こんな状況と言っていうのは、まさか例の怪奇事件の事ッスか」
こう言う神経質な人間に下手に言葉をかけたると面倒くさい事になりそうだと思い口に対しては何も反応しないでおこうと思っていたネクラは空気を読まずに質問をした柴を凝視した。
西村は涼しい顔でネクラに一瞥もすることなく西村の返答を待っている。西村は一瞬動きを止め、口を噤んだがやがて一言だけ言った。
「君たちには関係のない話だよ」
「そうッスか」
柴は笑顔で返答していたが、納得している様な雰囲気には見えなかった。話が途切れた後も何か探る様な視線を西村に送っていた。
「それと、放課後は速やかに帰るように。これだけは絶対に厳守しなさい」
何を思い出したかの様に西村はそんな事を口にした。あまりに真剣な口調だったため、ネクラが聞く。
「居残りは禁止されているんですか」
すると、西村は言い淀み、顔が青くなりその後ぶっきらぼうに言った。
「君たちのためだよ。呪いに巻き込まれたくなかったら放課後は残らない事だ」
その態度の変化にネクラがこっくりさん絡みだと勘付き、追及しようとすると西村は早口で言った。
「では、私は失礼するよ。これでも忙しいからね。ああ、ここ鍵は閉めなくてもいいから。貴重品だけは自分で管理する様に」
そしてそのまま急ぎ足で教室から出て行ってしまった。ネクラと柴は顔を見合わせる。
「西村先生、様子がおかしかったね」
「こっくりさんの活動時間は放課後以降なのかもしれないッスね」
お互いに頷き、そして先ほど貰ったプリントに目を通し、苦笑いになる。
「にしても、プログラムがギッチリ組まれてるッスね。これ、ちゃんと参加しないとダメッスかね」
「話がついてるみたいだし、参加しないと行方不明扱いになりそうだよ」
「はー、めんどくせぇ」
柴がプリントを握りしめながら天を仰いだ。ネクラはそれをなだめる。
「まあまあ。色んな学年の授業に参加できるみたいだし、色んな人から話が聞けるかもしれないよ」
「そうかもしんねぇーッスけどぉ」
頬を膨らませる柴をネクラは何とか立ち上がらせて言った。
「ほら、次の授業から参加なんだから急ごう。ねっ」
面倒くさそうにする柴の背中をグイグイと押しながら教室から出ると、女性の声に呼び止められる。
「あら、根倉さんに柴咲くんじゃない。こんなところでどうしたの」
「結崎先生」
「……どもッス」
そこには結崎が教科書と学生名簿を胸に抱き、笑顔で立っていた。ネクラが彼女の名を呼び、柴が珍しく素っ気なく挨拶をすると結崎は笑顔で話を続ける。
「また会ったわね。西村先生が先に出て行った様だけど、何かあったの?」
「控室を用意して頂いたんです」
ネクラは結崎の質問に素直に答えると結崎はなるほどと言って頷いた。
「ここがあなたたちの控室なのね。何故か職業体験の準備がなにも整っていないって朝から大騒ぎだったんだから」
「は、はい。最近、お忙しいみたいで。そんな時にお世話になって申し訳ございません」
頭を下げたネクラを結崎は気遣い、慌てた口調で取り繕う様に言った。
「ごめんなさい。別にあなたたちを責めたわけではないのよ。ここ最近、連日の様に怪奇事件が続いているから、どの先生もピリピリムードなの」
「結崎先生は怪奇事件についてどれぐらいの事情をご存じですか」
ネクラが聞くと結崎の表情が強張る。そして青ざめた顔で先ほどまでの親しみやすさが嘘の様に素っ気なく言った。
「その話はあまりしない方が良いわよ。私も言いたくないし。じゃ、私は授業があるから。あなたたちも遅れない様にね」
結崎はそそくさとその場から逃げる様に去って行った。その背中をネクラは不思議そうに見送る。
どうやらここの教員は怪奇事件についてはあまり話したくない様だ。関わり合いになりたくないのか。そう思いネクラは柴に声をかけた。
「怪奇事件、思ったより恐れられてるみたいだね。柴くん。……柴くん?」
反応がない柴に視線をやると柴は真剣な眼差しを結崎に送っていた。聞こえていなかったのかと思い、ネクラがもう一度声をかけようと思った時、柴が言った。
「ネクラ先輩、俺たちに話しかけた相手が俺たちを認識できる時間ってどれぐらいなんスかね」
唐突に真剣な声でそんな事を言われ、ネクラは困惑する。
「え、ごめん、それはわからないかな」
「一度話しかければその人にはずっと認識されるとか、そう言う話は聞いてます?」
質問を重ねられ、ネクラは首を横に振る。
「ううん。そう言うのは死神さんに確認しないとわからないかな」
「そうッスか。じゃ、なるべく早い内に聞いておいて下さい」
「う、うん。わかった」
柴に真剣な声で言われ、ネクラはわけもわからないまま、ぎこちなく頷いた。