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死神補佐になりました : 来世のための少女の奮闘記  作者: 水無月 都
少女は特級の妖こっくりさんと対峙する
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第五章 第四話 勝手な行動はやめて欲しい

「さて、これからどうすればいいッスかね」


 ネクラと柴の2人はこっくりさんに見つかる事もなく学校に侵入でき、当てもなく廊下を歩く。

 先ほどカトレアから貰ったブローチから、ほかの面々も問題なく学校に入る事が出来た様で、各々が情報収集に励む事になった。


「授業の邪魔をしちゃ悪いよね。休み時間までどこか別の場所で情報収集をしようよ」

「でも、俺らは姿さえ認識してもらえば職業体験の生徒ッスよね。その辺の教室に適当に入って職業体験生のフリしましょうよ」


 柴はそう言いながら笑顔で何のためらいもなく近くの教室に入った。その突然の行動にネクラは驚いて彼を止めようとするも彼が口を開く方が早かった。


「こんにちわー。失礼しまぁーす」


 既にホームルームが始まる時間だったらしく、着席している生徒と教壇に立つ女性教員の視線が一同に柴とネクラに集中する。


 間を置いて教室がざわざわと沸き立つ。皆、ネクラと柴を見つめ、内緒話をする様にコソコソと話す子供や、興奮気味に叫びながら騒ぐ子供もいた。


「静かにしなさい……あなたたちは?」


 女性教員が騒ぐ生徒たちを沈めながら怪訝な表情でネクラと柴の元へと歩いて来た。それもそうだ。前触れもなく教室に現れるなんて不審人物にもほどがある。

 それに霊体である2人の姿は先ほど柴が声を発するまで見えていなかったのだから、気配すらなかっただろう。

 目の前の女性教員にとっては突然現れて大声を出した様に見えている可能性がある。怪しまれても仕方がない。


「わ、私たちは今日から職業体験でお世話になる学生です。よろしくお願いします」


 ネクラは柴をフォローする様に一歩前へ出て頭を下げた。柴もネクラの後に続いて頭を下げる。


「職業体験……そう言えばそんな話聞いた様な、聞いていない様な?」


 女性教員が小首を傾げて考え込む。死神がかけた『認識』があるとしても記憶が多少混乱する様で、女性教員は未だに疑心の視線をネクラたちに向ける。


「そんな事ないッスよ。ちゃんと学年主任の先生からここの教室で授業風景を見学してきて下さいって言われて来たんスから」


 柴が笑顔で嘘をつく。その流れる様に紡がれた言葉にネクラは驚いて柴を見る。柴はやはり人懐っこい笑みを女性教員に向けていたが、窺えた表情はどこか大人っぽい様な、計算じみた雰囲気を感じ、ネクラは柴に少しだけ違和感を持った。


「そうなの?なら、まあ……仕方がないわね。ごめんなさい、私のところに連絡が来ていなかったみたいあなたたちの席の準備ができていないの。立って授業に参加してもらう事になるけど、いいかしら」


 女性教員が申し訳なさそうに言い、ネクラと柴は問題ないと頷いた。

 とりあえず、この時間は後ろで立って授業を見ていてくれと指示され、ネクラと柴はそれに従う。


 何人かの生徒が、普段とは違う光景にテンションが上がっているのか、クスクスと笑いながらこちらを見たり、チラチラと2人を振り返ってはその度に女性教員の注意を受けたいた。


 そうこうしている内に授業が終わり、生徒が待ってましたと言わんばかりにネクラと柴に群がる。どこの学校か、職業体験とはなんなのか、一緒に遊んで欲しい。など様々な言葉が飛び交い、主にネクラが困惑しているとそれを制する声が教室に響く。


「はいはい。静かに。先生はこの人たちとお話があります。質問も遊ぶのも後にしなさい」


 手をパンパンと鳴らしながら女性教員は生徒の注目を集める。もちろん、生徒はすぐには納得しなかったが、女性教員が強気に再度注意を促し、ブーブーと文句を垂れながら名残惜しそうに離れて言った。

 生徒が離れたのを見計らい、女性教員は2人に向き直る。


「さて、騒がしい子たちもいなくなったし。申し遅れてごめんなさい。私は3年1組の担任で、結崎と言います。よろしくね」


 今まで疑心の瞳が多かった女性教員、結崎が初めて2人に笑顔を向けた。


「俺は柴咲って言います。よろしくッス」


 柴が自然に偽名を述べ、ネクラはまた驚きの視線を彼に向ける。柴は天然の年下キャラかと思っていたが、先ほどからまったく動揺せずに嘘をつく事ができ、まさか人懐っこさは演技なのかとネクラは疑いを持った。


「あなたは?」

「えっ」


 柴の事を気にするあまり、名乗る事から気が逸れてしまったネクラは結崎に問われてハッとした。

 ネクラは必死で考えたが偽名などそう簡単に思いつかない。考えたいが名乗りで間を置くのもおかしい。故にそのまま伝えるしかなかった。


「ネ、ねくら、根っこに倉で、根倉です」


 偽名かと問われると微妙だが、表記の仕方も意味も違うため、これは偽名なのだと自分に言い聞かせてネクラは引きつる笑顔で名乗った。


「柴咲くんと根倉さんね。覚えておくわ」


 結崎が2人の名前を呼び、微笑んだのでネクラと柴もつられて微笑んだ。

 話に区切りがつき、ここからどうするべきかとネクラが困っていた時、柴が唐突に質問をした。 


「結崎先生はこれからどうするんスか」

「え、私?職員室に戻るつもりよ。あなた達はどうするの」


 結崎が質問に答え、そして質問を返してきた。どうする、と聞かれても特に当てがない。ネクラは返答に悩み、柴を見ると彼と目が合い、任せて置けと言わんばかりにウィンクされた。


「実は、校長先生との挨拶がまだなんスよ。朝はお忙しくて時間が取れなかったらしくって、だから校長室に案内して欲しいッス」


 校長室、何故校長室なのか。疑問に思って柴を見ると、大丈夫と口パクで返され、何か考えがあっての発言と理解したネクラは、せめて結崎の前では挙動な行動はとるまいと心を落ち着かせた。


「ああ、そう言えば今日は朝から教育委員会からの会議がどうのって言っていたわね。いいわよ。案内してあげる」


 そう言って結崎は歩みを進める。ネクラも柴も少しだけ距離を置きながら彼女に続いた。

 ネクラは隙を見て柴に小声で聞く。


「ねぇ、どうして校長室に行こうなんて言い出したの」


 柴は前を歩く結崎の様子を窺いながらネクラの耳に頬を寄せて答える。


「まずは校長先生に俺たちの存在を認識させた方が行動しやすいと思ったんッス」

「どうして」


 柴の考えがピンと来ていないネクラは重ねて柴に質問をすると柴は小声で説明を続けた。


「死神さんの『認識してもらう術』の面倒くさいところは、こっちから話しかけないと認識されない事ッス。つまり、現世の人間は俺たちに話しかけられるまで、俺たちは存在自体を認識されないんスよ」

「うん、そうだね。それがどうかしたの」


 当たり前の事を言われ、ネクラは頷いた。ネクラがまだピンと来ていないと知った柴はもっと嚙み砕いて言う。


「俺たちに話しかけられてない人からすれば、職業体験で来ている学生なんていないのが事実ッス。認識の違いって奴ッスね」

「あ、そうか。職業体験がいるって認識は話しかけないと発動しないもんね」


 死神が2人に施した『職場体験で来た学生に見える』と言う術は話しかけた相手にしか発動しない。それ以外の人には霊体である2人の姿すら見えないし、そもそも職業体験の学生が来ると言う事実すら意識にないのだ。


 こうして結崎と歩いている今も、周りの人からすれば結崎が1人で歩いている様に見えているはずだ。

その事実にネクラがようやくひらめくと、柴は嬉しそうに笑った。


「そうッス。だから、俺たちが話しかけた結崎先生がもし他の先生に俺たちの話をすると、ややこしい事になると思わねぇッスか」

「そっか。そんな人いませんよって言われたら、すごく話がこんがらがりそうだね。それにあのクラスの子供たちも私たちを認識しちゃったし、騒ぎになるかも」


 先ほどまでの行動で、現状では少なくとも結崎とそのクラスの生徒に自分たちの存在が認識されている事になる。

 子供は好奇心が旺盛な子が多い為、職業体験の学生などと言う、彼らにとってネクラと柴は物珍しく、非日常的な存在だろう。


 恐らく他のクラスに自分たちの事を話す可能性が高い。それが広がり、自分たちの話が結崎以外の耳に入るかもしれない。

 ネクラがそんな事を考えて困惑していると、柴がにこにこしながら言う。


「そうッスよね。だから、校長先生に会いに行くんスよ」

「う、うん。ごめん。なんで」


 人によって認識の違いが生まれてしまう事がややこしいと言う事は理解できたが、やはり校長に会いに行く必要性が分からない。

 ネクラは謝りつつも柴に聞いた。柴は嫌な顔一つせず、笑顔のまま答える。


「公務員ってのはお上の言葉が全てなんスよ。校長先生に俺たちが職場体験の学生だって言う認識を与え置けば、問題ないんッスよ。確認が必要になった時、校長先生に話が行っても騒ぎにはならないでしょ」

「ああ、そうだね。校長先生が職場体験を受け入れたって事実があれば、確かに先生方は納得するしかないもんね」

「そうッス。わかってもらえましたか」


 柴は屈託のない笑顔を向ける、ネクラは短い時間でそこまで考えていた柴に感心していた。先ほど瞬時に誤魔化した事と言い、やはり柴は見た目や言葉遣いに反して内面はしっかり者なのかもしれない。

 

 先輩と呼ばれながらも今のところ何もできていない自分が情けなくなる。しかし、頑張って空回りをしても良くないので、柴に感謝しつつもネクラは大人しくする事を決めた。


「ここよ。校長室」


 結崎が立ち止まる。手で示された先を見ると木製の重厚な扉があり、上の方には『校長室』と言うプレートが掲げられていた。


「私が立ち合いたいところなんだけど、次も授業があるから。ごめんなさいね」


 結崎が申し訳なさそうに眉を下げたので、ネクラと感謝の言葉を述べる。


「いいえ、助かりました。ありがとうございます」

「気にしないで。困った事があったら私を頼ってもらっていいわよ」


 結崎はそれだけ言うと微笑んだ後、小さく手を振りながらネクラたちと別れた。

 最初こそ、不審な視線を向けて来た結崎に気圧されたネクラだったが、警戒が解かれた後の結崎はとても気さくで優しく、しっかり者な教員なのだと言う印象をネクラは受けた。


「おお。校長先生、いらっしゃるッス」


 柴はいつの間にか扉に頭を突っ込んで中の様子を窺っていた。分厚い木製の扉からお尻だけが出ていると言う状況に、ネクラは驚いて柴を止める。


「や、やめなよ。柴くん、ちゃんと声をかけてから入ろう」

「確認しただけッスよ。せっかくの霊体なんスから、有効活用しないと」

「でも覗きはだめだよ。霊体になっても必要最低限のモラルは守ろうね」


 ネクラがつい注意する口調で言うと柴は口をとがらせて『先輩は真面目ッスねぇ』と呟いていた。


「声をかけてからノックしよう。それだけでも認識はされるはずだから」

「了解ッス」


 ネクラは扉の向こうにいる校長に『話しかける』つもりで声を張る様にして言った。


「校長先生、失礼します」

「失礼しまーす」


 ネクラに続いて柴も声を上げる。

 すると、扉の向こうから年配の男性の声がした。

「入りたまえ」


 入室を許可する声を聞き、ネクラと柴は顔を見合わせて頷いた後、ネクラがノックをし扉を開いて校長室へと足を踏み入れた。

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