第四話 蘇るトラウマ
どうも、水無月です。ここのページを読んでくださっている方、ありがとうございます。
今日気が付きました、ブックーマークがある……だと!?
ブックマークしてくれた方、ありがとうございます。
ご期待に添える様に頑張ります。
「ここ、私が通ってた学校……ですよ」
「うん、そうだね」
記憶に新しいその場所を、少女は茫然と見上げていた。
「いやはや、最初に仕事場所を確認した時は正直、俺も驚いたよ。因果ってすごいねぇ」
死神が感心した様な、面白がっている様な口調で言う。
何が面白いのか、イラつきを覚えつつ、少女はハッとした。
ここは町中である。実際にここへ通っていたらわかる事だが、この辺りは駅も近く、交通の便も良いため、通勤や通学で人通りが多いのだ。
しかも、学校が道路に面しているため車もよく通る。
さらには、現在2人が立っているのは校門前。
少女が通っていた学校は女子高だったため、不審者防止のためセキュリティは万全で、門には24時間体制で守衛が在中しているし、防犯カメラも設置されている。
カメラの位置的に2人の姿はバッチリと映し出されているだろう。
そんな場所に、黒マント大男と女子高生が揃って立っているなど、怪しすぎる。
どう考えても不審者すぎるし、通報される。
そう思った少女は、慌てて死神に言う。
「死神さん。ヤバいです。目立ち過ぎです」
しかし、あわあわと辺りを見回し、身を隠そうとする少女とは対象的に、死神はとても落ち着いていた。
「大丈夫。普通の人間には俺たちの姿は見えないから。もちろん、会話も聞こえないよ。たまに霊感がある人間がいるみたいだけど、かなりレアだから心配はない」
そう言われ改めて辺りを見回すと、明らかに不審な二人が歩道のど真ん中に立っているにも関わらず、自分たちにを気にする様子もなく、人も車も行き交っていた。
守衛も一度たりともこちらを気にする様子がない。
二人に向かって追突して来る人間もおり、本当に周囲には見えてない事が理解できた。
人間が次々と自分たちをすり抜けて行くと言う奇妙な光景を目の当たりにし、少女は自分が実体がない存在である事を自覚した。
誰にも見えていない事を確信した少女は、自分たちが不審者だと思われる事がないのだと安心し、気を取り直して聞いた。
「この学校に、悪霊が?」
できる事なら二度と関り合いになりたくなかった場所に行かなければならないと知った少女の表情はとても固い。
「そうだよ。ええっと、君が命を絶ってしばらくして、また誰かがここで命を絶っているみたいだね」
死神が端末の画面をスイスイと送りながら言った。
「え、私、死んですぐに目覚めたんじゃないんですか」
「確かに、すぐに目を覚ます人間もいるけど、君の場合は頭を強く打ったみたいだから覚醒まで時間がかかったんじゃない?俺、随分待ったし」
その言葉を聞き、少女は初対面の時に自分が中々目覚めなかったと、不機嫌になっていた死神の姿を思い出す。
「私、あの場所でどれぐらい意識を失っていましたか」
「だから、あの空間に時の概念はないって。でも、そうだな……君たちの時間軸で言うと、3ヶ月ぐらいじゃないかな」
3ヶ月、そんな長い間意識を失っていたのか、それは死神も怒る。
少女は少し反省した。
「では、その3ヶ月の間に、誰かが亡くなったと言うわけですね」
「しかも、悪霊化してね」
悪霊、その言葉に少女は肩を震わせる。
少女も生きていた頃は世界が大嫌いだったが、世界を恨むと言うよりは、ただ無気力な感情に囚われて自らが世界から消えると言う選択をした。
本当は生きたかったと言う思いはある。だが、それと同時に消えてしまいたいと思った世界に、執着する価値はないとも少女は感じていた。
しかし、悪霊化した者は世界に、現世に強い未練があり、留まり続けていると言う。
少女は疑問に思い、それがポツリと口から出た。
「現世に執着するぐらいなら、どうして命を絶ったのかな」
「それは俺にもわからない」
「ですよね」
そっけない返しに、少女は苦笑いで返した。
「でも俺の経験上、執着する対象は色々だぞ」
「色々、と言うのは」
少女の問いに死神が少し考えながら答える。
「現世そのものと言うよりは、特定の人間だったり、友人とか、家族とか、或いは思い出かな。ただ執着するだけなら悪霊化はしないし、そう言う魂とは話し合いで解決もできる」
「話し合いで解決する事もあるんですね」
未練や執着と聞くと、物騒な考えを持っているものだと思っていたが、例外もあるらしい。
「もちろん。伝えたい想いがあったとか、自分が死んでいた事に気が付いていなかった。って場合もある。悪霊折檻はもちろんだが、そう言った魂を見つけてあげて、輪廻転生の波に導いてあげる事も、死神の仕事だよ」
「なるほど、戦闘にならない場合もあると言う事ですね」
少女は納得した様子でうんうんと頷いた。
「でも、今回の魂は悪霊だ。恐らく戦闘は避けられない。悪霊が執着しているのは、大概は恨みだからね」
「恨み……」
少女がその言葉を苦い思いで噛みしめていると、唐突に死神の視線を感じ、少女も死神を怪訝に見つめ返す。
「あの、何ですか。さっきから」
「いや、君、やっぱりモサいなぁと思って」
「は?」
少女は自分でも驚くぐらい割と低めの声で不快感を顕にしたが、死神はお構い無しに嘗める様に少女の姿を観察する。
「でも、よく見ると素材は良さげだよね」
「えっ、ええっ」
意外な言葉に少女は間抜けな声を上げる。照れたと言ってもいい。
まさか出会った頃から態度最悪な人物、いや死神が、自分の事を褒める様な言葉を発するなど、少女は予想もしていなかった。
ましてや少女自身、外見に自信があるわけでなく、むしろ自分は地味でその他大勢の部類に入る、モブだと思っていたので、戸惑いが隠せない。
死神は照れから挙動不審になっている少女になど気にかける事なく分析を続ける。
「小柄で細身。眼鏡は大変時代遅れだけど、顔立ちは悪くないよ。特別優れているわけではなけど、卑下するほどでもない。でも髪型はだめ。手入れ不足でかなり不細工。何、そのモサモサした髪。せっかく黒くて綺麗なのに。君、自分を活用するのが下手すぎ」
前言撤回。どうやら自分は褒められていると錯覚していた様だと少女は思った。
彼はまったくもって彼は失礼な死神だった。と言うより、思った事を全部口に出しているだけなのだ。
死神自身がかなりの美形のため、どんなに容姿をいじられようとぐうの音も出ないが、何か気に食わない事も事実である。
「わ、私、おしゃれとかあまりしたことなくて……。きっと何をしても似合わないし、意味がないと思うんです」
「はぁ?試してもないのに何で似合わないとか言うのかよ。自分の身の丈に合ったおしゃれをすれば、そこに素材の良し悪しは関係ない。老若男女素敵でいられるんだよ。君はいい素材を持っているのに最初から諦めモードとかそれは贅沢で冒涜」
「え、ええぇ」
突然の美意識に対する説教に、少女は困惑した。
と言うか、ここへは死神の仕事で来たのではないのか。何故おしゃれ云々の話になっているのか。
少女はもっともらしい疑問を抱えながらひたすら困惑していた。
「あの、お仕事と私の容姿がどう関係するんでしょうか」
少女が思い切って言うと、死神は当然の事の様に言った。
「この学校いる悪霊を探すための潜入捜査をしてもらうために、君には今からこの学校の生徒になってもらう」
「えええっ!?」
少女から驚きの声が上がり、その後抗議する様に早口でまくしたてながら、死神に詰め寄った。
「わ、私、一応ここの元生徒ですけど!?命を絶った主な原因ここなんですよ。もう二度と通いたくもないし、正直見たくもなかったです。それに、死んでいる人間が学校に通ったらおかしいでしょう。私が悪霊扱いされる可能性もあるじゃないですかっ」
少女の声が大きかったのか、死神は不快な表情で耳を塞いでいた。
その面倒くさそうにする態度が少女の怒りを駆り立て、抗議を終えてもなお、やや興奮気味に少女が死神を睨んでいると、彼は口を開いた。
「もー、うるさいな。誰が『生前の君として』って言った?潜入捜査なんだから、姿を変えてもらうに決まっているでしょ。だから、君の素材を確認したの」
「あ、なるほど?」
思わず納得してしまったが、姿を変えても忌まわしい学校に入らなけらばならない事実は変わらないのではないか。と少女が微妙に思い、疑問形で納得すると、死神がおもむろに少女に手を翳し、何や光を当て始めた。
光は目が眩むほどにまぶしく、少女を包み輝いていたため自分の姿はおろか周囲も目の前にいるはずの死神の姿すら直視する事ができない。
思わず瞳を閉じてまぶしさに耐える。
『あーでもない。こーでもない。こっちの方がいいか』などと言う死神の声が聞こえた気がしたが、光がまぶしすぎて死神の行動を気にする余裕はなかった。
「はい。終了」
死神の声と共に、光が消えた気配を感じ取り、少女はゆっくりと瞳を開く。
一瞬、暗い場合からいきなり明るい場合に出た時の様に目がチカチカと眩む。
視界が鮮明になり、最初に少女の瞳に映ったのは、良い仕事をしたと言わんばかりの笑顔の死神だった。
「うんうん。いいね。やっぱり君、素材はいいんだね。あ、鏡見るかい?」
死神は嬉々としながらどこからともなく手鏡を取り出した。
「どこから出したんですか。その手鏡」
「マントからだよ。死神マジックとでも呼んでくれ。因みに大概のものは出せる。それよりも、ほらぁ、自分の姿見てみなよ」
「姿って、えっ」
仕方がないと少女が渋々手鏡を受け取り、それをのぞき込むとそこには、すっかり垢抜けた自分がそこにいた。
もっさりとしていた髪の毛は綺麗に剥かれ整えられサラサラになっており、清潔感が感じられた。
長年愛用していた年季の入った黒縁メガネは取っ払われて裸眼に。自分の瞳はこんなに大きかったのかと驚いた。
どう言うわけか近眼だった視界も良好になっている。
不眠でくっきりと象られた目の下のクマはすっかりなくなり、血色もいい気がする。
全体的に活発で明るい印象が感じられ、鏡に映る姿はまさに自分がなりたかった女子高生像だった。
少女は思わず鏡の表面に手を触れ、これが本当に自分なのかと確認するかの様に鏡に映る自分を指でなぞる。
「俺って天才だよね。何でもできちゃうんだもん。伊達に人間界で遊んでないよ」
自画自賛する死神に、激変した自分の姿に見惚れていた少女はハッとして言った。
「と、突然何をするんですかっ」
そして死神の胸に手鏡を押し付けながら返却する。死神がそれを受け取りマントの中にしまいながらけろりと言った。
「意味なんてないよ。俺の思い付き」
「お、思い付き」
予想外にいい加減な返答に少女はめまいを覚える。
「まぁ、潜入捜査するわけだし?変装だと思えば楽しくならない?」
「た、楽しい、ですか」
楽しいわけあるもんか。こっちは、トラウマだらけの場所に行かなければならない上に、悪霊だ潜入だと言われて内心ぐちゃぐちゃなんだぞ。……この姿は、悪くないけど。
少女は数秒の間、色々な葛藤を巡らせていた。
「そう言えば私、制服のままなんですね。これは変えないんですか」
思い出したように少女が言う。
そうなのだ。少女は目覚めてからずっと、忌々しい記憶が蘇る学校の制服を身にまとっていた。
黒地に袖には白いライン3本。膝よりの少し長い丈のスカートに紺色のスカーフ。
靴下は学校指定の白と黒の2色を季節に関係なく自由に選べ、少女は黒を好んで着用していた。
あまり気にしていなかったが、外見を変える事が可能であれば、この服も変えてもらえないのだろうか。
少し図々しいとは思うが、聞くだけなら構わないだろう。断られたらそれでいい。少女はそう思った。
「君のその姿は命を絶った時の服装だからね、仕方ないよ。変えようと思えば変えてあげるけど、今はそれでいい。だって、この学校の生徒として潜入捜査するんだから」
潜入捜査、その言葉を聞いて少女はそう言えばそうだったと、現状を改めて理解した。
自分の姿があまりにも劇的に変化したため、少し興奮していたと自覚し少しだけ恥ずかしくなる。
「でも、わざわざ潜入捜査なんてするのですね。悪霊は害を及ぼすって言うぐらいだから、わかりやすく暴れているかと思いました」
少女が気を取り直して聞きくと死神は説明を始めた。
「無作為に暴れる悪霊もいるけど、恨みを晴らしたい特定のターゲットがいる場合は割と気配を消して日常に溶け込み、恨みを晴らすチャンスを窺う者が多いからね。今回はどうやらそのパターンみたい。上手く自分が持つ負のオーラを消している」
「人間に、化けているって事ですか」
恐る恐る少女が聞くと、死神はゆるゆると首を左右に振る。
「化けるも何も悪霊は姿かたちは人間だよ。あくまで生者の中に負のオーラを隠して溶け込んでいるだけ。奴らも霊体だから、僕らと同じで余程の霊感を持たない限り、現世の人間には見えない。でも、悪霊の意思で姿を現す事は可能だ」
「姿が見えないのに、わざわざ姿を現すのですか」
不安と疑問も持った表情で問いかける少女に死神は話を続ける。
「相手に伝えたいんじゃないの。自分はこんな風になってまで、お前を憎んでいるんだぞ、自分と言う存在から目を背けるなって」
「ああ、なるほど」
少女は妙に納得した。
テレビや漫画で死者が主に憎い相手を物理的にも精神的にも追い詰める場面が蘇る。
「負のオーラは悪霊の力の源だからね。例えば誰かを恨んで悪霊になった者は自分が恨みを持った者の前に姿を現し、対象に恐怖を与える事でその感情を吸収し、より力を得た状態で命を奪う事がとても多いよ。」
命を奪う。その言葉に少女の表情は強張る。
「それ以外なら、特定の対象に恨みを持たない、そうだな……世間とか、生きとし生けるもの全てに恨みを持っているとか、恨みでなくとも何かしら未練があるとか、そう言った漠然とした感情の場合はその土地に居座って土地の負のオーラを行動の源にする」
「この世に未練を持った悪霊は何が何でも現世に残ろうとするのですね。で、その原因が特定されている場合は対象の命を奪う行動にでると」
少女がわかりやすくまとめると、死神はうんうんと頷いた。
「そう、簡単に言う事。君、呑み込みがいいねぇ」
ヘラヘラと笑う死神に、少女は少し前から気になっていた事を聞く。
「死神さんは、気配を消している悪霊を突き止める事はできないのですか?」
「できない事はないけど、それすると君の仕事がなくなるよ。輪廻ポイント貯められないよ」
いいの?と言った表情で、死神は少女を見下ろした。
「そ、それは個人的には困りますけど、でも、死神さん一人でできるなら、どうして素人同然の私にやらせるのかなって思って」
その言葉を聞き、死神はやれやれと言った雰囲気で肩を落とす。
「言ったよね。死神は自分の所へたどり着いた魂の面倒をみる必要があるって。そう。面倒を見ているんだよ。わざわざ一人でできる仕事を、君みたいな子の救済措置のために仕事を分けてあげてるの」
大きな体をグイッと屈ませ、死神は少女をのぞき込んだ。
思わず少女が後ずさる。
「こっちはわざわざ手間を増やしてまで仕事をあげているんだよ。つべこべ言わずに頑張れよ」
頑張れよ。それは決して悪い言葉ではないと思うが、苛立たし気に言葉尻を強めるだけでこんなにも強制力があるものになるのか。
少女は何も反論できず、ただ首を縦に振った。
「まとめると君の仕事は、この学校に潜んでいる悪霊を見つけて、そいつを引っ張り出す事。で、俺は君が見つけた悪霊を折檻して仕事終了。簡単でしょ」
「簡単、かどうかはやってみないと何とも」
少女は苦笑いをした。潜入捜査など未経験もいいところだ。ましてや悪霊を見つけるなど、緊張と恐怖しかない。
「そうだ、この一時だけ君の姿を周りが認識できる様にするからね。それに、今回に限っては君なら悪霊をおびき出せるかもしれないし」
「姿を認識って、そんな事もできるのですか?」
少女が驚いていると、死神は自慢げに言う。
「できるとも。でも、さすがの俺も亡くなった人間を受肉させたり、失われた戸籍を復元したりする事はできないから、霊体だから今回の仕事間だけ、この学校全体に『君という生徒がいると言う意識』だけを植え付ける」
「意識だけ、と言うのは?」
「君を見ても、君がどんな行動をしても、不振に思わない様にはなっている。少なくとも『あんな人いたっけ』とはならない。それに君の外見も変えておいたし、大丈夫でしょ。一応『過去の君の存在』に関してはなるべく周りの人間の意識にフィルターが掛かるようにしてあるから、万が一にも誰も君が『君』とは同一人物だとは思わないはずだよ」
「はぁ、すごいですね」
もう死神の力が超越しすぎているため、少女は『すごい』と言う言葉でしか現状を表す事ができない。
自分の姿を変えた事も気まぐれだはなく、このためだったのではないかと思ってしまう。
この死神にあってから少女は驚いてばかりである。振り回されていると言っても過言ではない。
この状況が輪廻ポイントとやらが溜まるまで続くのかと思うと、痛くなるはずのない頭が痛くなる様な気がした。
「それで、その、さっき死神さんが言った言葉で気になる事がありまして」
「ん、何?なんか気になる事でもあったかな」
今後の不安を払拭する様に軽く頭を振りながら、少女は決して聞き逃さなかった言葉の意味を死神に問いかけた。
「おびき出すってなんですか」
「ああ、それ。聞き流してくれてよかったのに」
死神はバレたかと言わんばかりにへらりと笑った後に、とんでもない言葉を口にした。
「ここの悪霊のターゲットの1人は君なんだよ」
その言葉に少女は息を飲んだ。