第五章 第二話 特級妖『こっくりさん』
本日もお読みいただき誠にありがとうございます。
「悪霊云々の物語のはずがついに妖怪を出しよった」と言うお声が聞こえて来そうですね。大丈夫です。私もそう思います。
ただネタ切れとかではなく、単純に私がこのネタを書きたかっただけで……ものすごい自己満足な内容で申し訳ないです(汗)
本日もどうぞよろしくお願いいたします。
「こっくりって、こっくりさんの事ですか」
その言葉は霊感がなく、心霊的な知識に疎いネクラにでも心当たりがある。
自分が生まれるずっと前から学生を中心に流行して今も尚廃れる事のない、占い兼降霊術の1つである。
机の上に『はい、いいえ、鳥居、男、女、0〜9までの数字、五十音表』を記入した紙を置き、その紙の上に五円硬貨や十円硬貨を置いて参加者全員の人差し指を添える。
そして全員が力を抜いて「こっくりさん、こっくりさん、おいでください。」と呼びかけると硬貨が動き、それが降霊成功の合図で、こっくりさんが何でも質問に答えてくれると言われている。
場所によってはエンジェルさんなどと呼ばれる場合もある様だが、やり方も効果もほぼ同じだと思われる。
「そうよ。人間たちは特にあの降霊術を好んでいるし、怖いものが苦手な人間ほどやるのよね。怖いくせにどうしてあんな事好んでするのかしら」
カトレアがうんざりとした様子で言った。死神も頷く。
「同意。あんな動物霊を降霊させて何がしたいんだろね。動物に知識を与えられて嬉しいのかな。その辺、どうなの。ネクラちゃん」
「え、私ですか」
突然、死神に質問を投げかけられ、ネクラは返答に困ったが素直に思った事を口にした。
「私はこっくりさんなんてやった事がないので、なんとも……でも、あれって本当に霊を呼べているんですか。普通の人間が遊び半分で霊なんて呼ないかと思っていました」
ネクラはこっくりさんを行って硬貨が動く現象は無意識のうちに(もしくは故意)誰かが動かしているから起こるものだと聞いた事があり、怖さもあってかこの手の話には半信半疑だった。
「そうだねぇ。まあ確かに、普通の人間がやったとしても呼び出せない事の方が多いかな」
死神はとても含みのある言い方をした。呼び出せない事の方が多いと言う事は呼び出せる事もあると言う事だ。
ネクラが不安に襲われていると、死神の言葉をカトレアが補う。
「ほとんどがネクラちゃんの言った通りで済むわ。儀式を行っても誰かが硬貨を動かして終わり。でも、極稀に扉が開く事があるの」
「扉……?」
ネクラの呟きにカトレアが頷き、話を続ける。虚無も柴も大人しく彼女の話を聞いていた。
「普段は決して開くどころか現れる事もない黄泉の国へと続く扉」
「黄泉の国って、悪霊を閉じ込めておく場所ですよね。何故、そんなところへ繋がる扉なんてあるんですか」
こっくりさんの話から突然とんでもなく恐ろしい話に変わり、ネクラは顔を青ざめた。柴と虚無はこの話を知っていたのか目立った動揺は見せていなかった。
「扉と言うか正しくは時空の切れ目みたいなものなのだけど。遊び半分で降霊術をしていると悪い方の奇跡が起きて霊感がない人間でも時空をこじ開けて霊を呼べてしまうの」
「じ、時空が開いたらそこから悪霊が溢れ出ると言う可能性は……」
ネクラが最悪の事態を想像してそう聞くと、カトレアは微笑んでから首を良くに振る。
「その心配はないわ。そうならない様に時空には結界が張ってあるから、簡単には出て来られないの。でもね、条件さえクリアすればそれをすり抜ける事ができる妖もいるの」
「条件とういのは」
ネクラが恐る恐る聞くと、カトレアは静かな声色で言った。
「人間に指名される事。それが現世でこっくりさんと呼ばれる儀式に繋がるの」
「つまり、人がこっくりさんが現世に来る事を許可してしまっていると言う事ですね」
「そうね。そう言う事」
何と言う事かとネクラは頭を抱えた。人は遊び半分で自らを危険に晒していると言うのか、自分も元人間だったが霊的な者に興味がないと言えば嘘になるため、その愚かさと情けなさに悶えてしまう。
「こっくりねぇ。興味があるな。詳しく話を聞こうか。仕事の詳細を教えてよ」
死神が面白そうにカトレアに話をせがんだ。カトレアはうっとおしそうに死神を睨んだ後、仕方ないと言った様子で仕事の詳細を話す。
「どこかの誰かが呼び出したこっくりが現世に居座っているからそいつを何とかする事が今回の依頼」
「誰かは分かってないのか」
死神が聞き、カトレアが頷く。
「ええ。残念ながら。わかっているのはこっくりが、とある小学校の誰かに憑りついて悪さをしていると言う事。その小学校の生徒や教員が何人も魂を食われて放心状態で今も入院中らしいわ。完全にこっくりの支配下ね」
「放心状態?魂を食べられているのに生きているんですか」
ネクラが疑問を口にするとカトレアは忌々しそうに言った。
「見たところ魂を半分しか食べてないのよ。つまみ食いとでも思っているんでしょうね。だから半分生きて半分死んでいる様なもの。残念な事に食われた魂は回復する事はないから、被害に遭った人間は一生を放心状態で過ごすわね。亡くなった後も魂が不安定だから輪廻転生できず消滅してしまう可能性もあるわ」
「そんな……」
消滅と言う言葉を聞いたネクラが悲しみで瞳を潤ませる。それに小学校の生徒と言う事はまだ幼い年頃ではないか。
そんな幼い命が妖によってつまみ食い程度に食い散らかされるなど、理不尽にも程があるある。
「妖は悪霊と違って霊力も高く、知性もある。その分立ち回るのが上手いのが厄介なのよね」
カトレアが溜息をつきながら言うと死神が冷静な口調で問いかける。
「なんでわざわざ補佐を同行させようとするんだ。今回は同行させずにお前だけで仕事に行けばいいだろう。こっくりなんてお前の敵じゃないだろうし」
まるでカトレアをリスペクトするかの様なその言葉にネクラは驚いた。先ほどまで口を開けば険悪ムードだったのだから。
死神が素直に称賛するほどカトレアには実力があると言う事か。ネクラはカトレアに視線を送りながら、この細身で女性らしい体にどれほどの実力が秘められているのだろうと思った。
「別に私1人で言ってもいいのだけど。この子がどうしても行きたいって言うから」
カトレアは困った視線を柴に送り、それを受けた柴がにっこりと笑う。
「はいッス。妖の仕事なんて面白そうじゃないッスか。1回ぐらいは経験してみたいんッス」
「……って言って聞かないから。まあ、確かに。今回の仕事を達成すれば死神補佐としての徳は大幅に積まれるでしょうけど」
カトレアは頬に手を当てまた大きく溜息をついた。
死神補佐としての徳と言う言葉にいまいちピンと来なかったネクラだが、間を置いて『輪廻ポイント』と事を示すものだと気が付き、あの緩い名前で呼ぶのはウチの死神だけなのだなと少しだけ呆れた。
「ふぅん。なるほど。補佐に気を遣いながらこっくりを相手にするのは骨が折れそうだな。だから俺に手伝って欲しいと」
死神がにこにこ笑顔で自分に指を差しながらカトレアに言うと、彼女は見るからに不本意な感情を露わにして言った。
「ええ。そうよ。あなたが一番こっくりと戦った回数が多いわけだし、あいつの事は大方わかっているでしょう。協力してもらえないかしら」
カトレアの言葉に死神は『んー』とわざと迷う様に意地悪な素振りを見せ、カトレアがその態度に腹を立て始めたのを見計らい呆気らかんとして言った。
「いいよ。協力してあげる。1つ貸しだね」
「ええ。私もあんたに借りを作るのは非常に不本意よ」
2人は表情は笑っているが殺伐とした雰囲気を放っていた。また言い合いが始まるかもしれない。
そうなってはまた話が脱線する。そう思ったネクラは死神に本筋から離れない話題を振った。
「死神さん、こっくりさんと戦った事があるんですか。と言うかこっくりさんって何回も現世に来ているんですか」
死神は視線をカトレアからネクラに移し、こっくりさんの事を思い出しながら、うんざりとしながら言った。
「こっくりは現世で最も軽々しく呼ばれてる霊だからね。現世に頻繁に現れるのはある意味人間の自業自得。そのせいで俺は毎回あいつと対峙させられてしんどい」
「毎回って、二度と悪さをしない様にする事はできないんですか」
今まで行動を共にして来たので死神の頭脳と戦闘能力の高さはよくわかっている。こっくりさんの戦闘能力は未知数だが、死神が遅れを取る様には思えない。そう感じたネクラの素直な疑問だった。
「消滅させるって事?無理かな。元々死神の鎌は命を奪ったり、消滅をさせるためのものじゃないからね。現世と魂の縁を断ち切るためのものだから、妖に対する殺傷能力はほぼゼロなんだよ」
「そうなんですね。初めて聞きました」
予想外の言葉にネクラは驚いた。大鎌というインパクトが強すぎて、勝手に攻撃力を期待していたが、思い返してみれば鎌で斬られた悪霊が消滅せずに黄泉の国へと送られる事も、縁と断ち切られているからと考えれば合点がゆく。
鎌を使って死神が相手を傷付ける攻撃をした事実は一度もない事に今更ながら気が付いた。
「でもまあ、倒せない事もないんだけど。その方法が面倒なんだよ」
「そうね、一番手っ取り早い方法があるけど、それが一番困難と言うか……」
カトレアがうんざりとして言った。一番手っとり早いのに困難だと言うその方法とは何なのか。ネクラがそれを聞こうと思った時、死神が面倒くさげに言った。
「それにこっくりに限らず妖って無数にいるから、1回ごとに倒すよりも黄泉の国に押し返した方が楽だし早いんだよね。今回のこっくりを倒したところでまた新たなこっくりが生まれるだけだよ」
「その黄泉の国に押し返すって言うのがまた一苦労なんだけど」
溜息混じりな死神同士の真剣な会話の中に能天気な声が加わった。
「新たなこっくりさんってなんスか」
柴が興味ありげにひょっこりと話に入ってくる。虚無も仕事に関係があるならと思っているのか、全ての話に耳を傾けている。
柴の質問にはカトレアが答える。
「こっくりって一種の動物霊なのよ。主に狐が多いんだけど。黄泉の国には動物霊もたくさんいて、その中で一番霊力の強い魂が人間たちに『こっくりさん』として呼ばれて、現世の魂を吸い強い妖へと進化して行くの」
「そ、つまり何度倒そうとも人間たちがこっくりさんを望む限り、何度でも新しいこっくりさんが生まれるんだよ。だから倒すよりか黄泉の国に帰して毎回同じこっくりを相手にする方が楽なんだよね。相手の性格とか力量や性格、力量もわかっているわけだし」
カトレアの後に死神がつけたした。
つまりはこっくりさんは人間が望んで生み出した妖と言う事になる。
「人間の自業自得の始末を死神がやるって言うのも嫌な話よね。とにかく。これで話は成立。今回は共闘と言う事で」
カトレアは悪態をつきながら死神に手を差し出す。死神もその手を握り返し、そして笑顔で言った。
「こっちもよろしく。じゃ、ネクラちゃんと虚無くんも連れて行っていい?」
死神がネクラと虚無を指さしながら、さらりと言うとカトレアは予想外の発言だったのか手を振り払ってものすごい剣幕で言った。
「ちょっ、それじゃあ荷物が倍になるじゃないっ」
荷物、今カトレアは明らかにネクラの方を見て荷物と言った。確かに自分は戦闘能力を持たない役立たずである。
しかし、それを本人の前で口にするあたり、カトレアも死神の性質を持っているんだなとネクラはしみじみと思うと同時に、仕事を始める前か荷物認識されている自分に少し空しくなった。
「いいじゃん。2人にも経験になると思うんだよね。ポイントは取り合うものじゃないし、問題ないだろ」
「ポイントって、徳の事かしら。ふざけた名称で呼んでるのね。ってか問題は大ありよ。こっくり相手に死神補佐が2人ってどういう事かわかってるの」
カトレアが苛立ちながら死神を睨むと死神はへらりと言った。
「大丈夫だよ。優秀な死神見習いの虚無くんもいるし、自分の部下は自分で面倒見るから」
「……。わかったわ。その言葉、忘れないでね」
やっぱりこんな奴に頼むんじゃなかったとカトレアはぶつぶつと言いながら爪を噛み始めた。
死神はそんな彼女に構うことなく言った。
「じゃ、話もまとまったことだし、行こうか。こっくりが支配する小学校へ」