第五章 第一話 新たな死神と死神補佐、現る
本日もお読みいただいて誠にありがとうございます。
第五話本編開幕です。登場キャラが多くなると扱いに困るのは分かっているのですが、どうしても(自分の好みのキャラを)出したくなってしまうのは悪い癖。
それではどうぞお楽しみくださいませ。
「失礼するわよ」
今は死神に仕事の依頼が入っていないため、ネクラが椅子に座りのんびりと本棚に並べられていた漫画を読んでいると、突然扉が乱暴に開かれた。
ネクラが驚いて扉の方へ目を向けるとそこには、スパンコールが輝く深い紫色のマーメイドラインのドレスに黒いマントを纏った胸元までの長さのウェーブがかった赤髪の女性が立っていた。
紫のピンヒールを履いているがそれを除いても身長は173cmはあると思われる。ドレスの胸元は豊満な胸が溢れるのではないかと思うほどに揺れ、くびれもヒップラインも美しくドレスにフィットしている。
「あわわわ」
大人の女性を目の当たりにし、美形耐性ゼロのネクラが思わず顔を真っ赤にして震えていると、その女性がこちらを見た。
右下の泣きボクロと赤い口紅が女性の色気を引き立て、ネクラは体の熱を上げる。
「あら、あなた……まさかあいつが新しく担当してる子?中々かわいいじゃない」
「びゃっ」
女性にのぞき込まれ、ネクラは漫画を自分の顔面に押し付け、変な声を上げて椅子の上で仰け反る。
「あなた、反応が素直で面白いわね」
女性は笑いながら顔をネクラから離す。そして彼女は自分の背後に向かって呼びかけた。
「あなたと同い年なんじゃないの」
「えっ」
後ろに誰かいるのか。そう思ったネクラが女性の背後に注目すると、小柄な影がひょっこりと現れた。
「こんにちわッス。俺、柴って言います。一応、16歳ッス。死神補佐やってまっす」
「は、えっ、えっ」
敬礼のポーズで現れたのは身長160cm台と推測できる小柄な少年だった。髪は茶色で毛質はふわふわしていた。くせ毛なのか、両サイドの毛がピョンと立っており、まるで動物の耳の様に見える。
学ランの下に赤いパーカー、足元はスニーカー。16歳とは思えないほどの愛らしいベビーフェイスで人懐っこい印象を受ける。
突然現れた人懐っこさにチャラさをプラスした様な人物に、ネクラが女性に抱いていた緊張は少年への戸惑いに変わり、ネクラに混乱を招く。
「君の名前も教えて下さいッス」
「ちょっ、近い近い!」
少年は馴れ馴れしく。ぐいぐいとネクラに詰め寄る。大きなどんぐり目をキラキラと輝かせながら詰め寄るその様はご主人に遊びや散歩をねだる犬を思わせた。
パーソナルスペースが広いネクラにとってこの様な犬系の人種は大いに苦手であるため、何とか距離を取ろうと必死で少年を押し返す。
「ネクラちゃん、話が……ってなんだ。もう来てたの」
再び扉が開かれ、今度は死神と虚無が部屋に入って来た。ネクラが助かったと言う表情で彼らを見つめると、女性が死神に向かって声をかけた。
「もう来てたの、じゃないわよ。直ぐにそっちに行くって連絡したでしょう」
「早すぎるよ。着く前にもう一回連絡してよ。非常識だな」
腰に手を当て、女性は不満そうに死神を睨む。死神も文句を言いながら女性の前を通り過ぎ、未だ瞳を輝かせてネクラに詰め寄る少年の首根っこを掴む。
「うわっ」
少年の叫び声と共に彼の体が死神によって軽々と持ち上げられ、小柄な体が宙に浮く。
「はいはい。その子はコミュ障らしいから、もうちょっと距離を置いてあげてね。じゃないとプチパニック起こして話が進まないから」
「あ、そうなんです?それは失礼しました。ゴメンナサイ」
少年は体を中に浮かせながら、手を合わせてネクラに謝罪のポーズを向ける。
「ううん。いいんです。ちょっとびっくりして。こっちもごめんなさい」
謝罪の言葉を受け、ネクラも名乗ってもらったのにも係わらず、驚きで何も言葉にできなかった事を謝罪した。
そんなネクラに少年は、にかっと幼い笑みを返してくれた。
「よし。場も落ち着いた事だし、本題に入ろう。皆、好きな場所に座りなよ」
死神の言葉にそれぞれが動く。応接間の革製の椅子に女性と少年が隣り合って座り、机を挟んだ正面にネクラと虚無が腰かける。
死神は少し離れた場所にある、立派な木製の大きな机と黒い革製でキャスター付きの椅子に座った。その様は探偵事務所風の作りのこの空間ではまさに死神が探偵だと錯覚させるほどに似合っていた。
「まずは、自己紹介からね。はい、そっちからどうぞ」
死神が女性と少年に掌を向けて促す。女性は死神を睨んでいたが仕方ないと言った様子で口を開いた。
「私はそこの奴と同じ。死神よ。他の死神と呼称を区別するため、カトレアと名乗っているから、そう呼んで頂戴。で、こっちは私が今面倒を見ている子の1人」
女性死神、カトレアは少年を見る。少年はその言葉を受けた後、勢いよく立ち上がる。
ネクラはその唐突な動きに動揺を見せたが、ネクラ以外の全員はピクリとも反応しなかった。
「改めまして、死神補佐の柴って言います!16歳っス。よろしくッス」
柴と名乗る少年は先ほどと類似した挨拶をまったく同じテンションで言った。
「はい。ありがとー。次はこっちね」
死神は柴のテンションに飲まれる事なく、今度は掌をネクラと虚無に向けた。
柴は自己紹介に満足したのか、興奮しながらも着席した。
「わ、私はネクラと言います。じ、17歳で死神補佐です」
年齢は必要だろうかと迷ったネクラだったが、相手が年齢を言ったのでこちらも言うべきかと判断したネクラは素直に年齢を口にした。
しかし、隣に座る虚無は極めて簡単な言葉を放つ。
「虚無だ」
「えっ、それだけ!?」
ネクラは思わず虚無を見るが彼は無表情で言った。
「それ以外に言う事なんてないだろ」
「ええっ」
なんと素っ気ない、と思ったがネクラは虚無は元々こういう性格だったと言う事を思い出す。最近は割と会話をしてくれるため、認識が薄れていたが彼は本来は口数が少ない不愛想な人間、いや死神気習いだった。
しかし、相手は気を悪くしていないだろうか。そう思いカトレアと柴を見ると、柴が瞳を輝かせて虚無を見ていた。
「虚無さん!知ってますよ。死神見習いの中でもトップクラスの実力をもつ方ッスよね!?名前は聞いた事あるッスけど、本物は初めてみました。かっけー」
柴は机に乗り出して虚無を見ていたが、カトレアに首根っこを掴まれて椅子に引き戻され、改めて着席させられる。
「虚無くんって、実は有名人なの」
「しらん」
ネクラが虚無に言うと虚無は短く返答した。するとカトレアが代りに口を開く。
「死神同士で業務連絡みたいなのをする必要があるのよ。特に将来死神になるかもしれない見習いの子たちの情報はね。候補になる子たちの数が少ないって言うのもあるけど、そこの虚無くんは今いる見習いたちの中では飛びぬけて優秀で、死神たちの中では話題になっているの」
凄い事じゃないか、とネクラが虚無を見るが、当の本人は興味がなさげに黙って座っていた。
話が途切れたのを見計らい、死神が頬杖をついてにこにこと笑いながら言った。
「最後は俺の番だね。俺は『死神さん』よろしくね」
その言葉にかカトレアが眉間に皺を寄せ、死神を睨んで言った。
「あんた、まだ自分の名前考えてないわけ」
「うるさいな。別に俺たちに名前は必要ないだろ。適当に呼ばせておけばいいんだよ」
カトレアの言葉を受けた死神も不機嫌そうに返す。それに気を悪くしたのか、カトレアが切れ長の瞳をキッと釣り上げ、そこから怒涛の言い合いが始まった。
「その割に人間界では変な名前つけて遊んでいる様じゃない。だったら死神の時も名乗りなさいよ」
「俺は良く気まぐれで姿を変えるし、その度に名前を変えるのは面倒なの。だから特定の名前なんて名乗らない」
「はあ!?名前なんてそのままでいいじゃない」
「容姿にふさわしい名前ってもんがあるんだよ。外見が異国で名前が太郎とか、ちぐはぐだろ。俺のこだわりなの」
「なに、そのくだらないこだわり。バカみたい」
珍しく感情を露わにする死神と、落ち着いた大人の女性だと思っていたカトレアが乱雑な言葉のキャッチボールを始めたため、ネクラは2人が言葉を紡ぐたび、ボールを追う様に交互に表情を見ていた。
「まあまあ、お二人さん。話が脱線してるッスよ」
荒れる2人に呑気に割って入ったのは柴だった。死神とカトレアの動きがピタリと止まる。
「柴くん。『今』の君の名前は誰がつけたの」
張り付いた笑顔で死神が言い、柴はキョトンとした顔をした後、にっこりと笑って言った。
「カトレアさんッス。俺の髪の毛と性格が柴犬みたいだから柴ッス」
ああ。それで、わかる。犬っぽいのはすごくわかる。柴の行動に時折、耳と尻尾が見えていたネクラは内心で頷いた。
しかし、柴の言葉を皮切りに再び死神同士の言い争いが始まる。
「はっ。部下を犬扱いとか何様。自分は花の名前のくせに」
「別にこの子を下に見ているつもりはないわ。かわいいじゃない柴犬。それに私はカトレアの花言葉が好きなの。どっちの名前にもケチつけないでもらえるかしら」
そしてネクラと虚無に目線を送った後、再び死神を睨む。
「と言うか、あんたも私の事言えないじゃない。ネクラと虚無って仮にしても失礼な名前よね。あんたがつけたんでしょう」
「見たままを呼んでるだけだし。彼女たちも文句は言ってないから、君にとやかく言われる筋合いはないね」
いや、文句は言ったよ。最近ネクラって名前を受け入れ始めた自分にビックリだよ。とネクラは思った。
それはともかくとして、死神とカトレアの争いが止まらない。自分は2人の勢いが怖くて止められないし、虚無はうんざりとしているが自分が止めようと言う気配はない。
困ったネクラが何気なく柴の方に視線を向けると、柴は大きな瞳をぱちくりさせた後に親指を立てて来た。
任せておけ、と言う事なのか。しかし彼はさっき一瞬止めに入った時に失敗していた様な気がする。とネクラが不安を抱いていると、柴が動く。
「カトレアさん。俺、怖いカトレアさんは好きじゃないッス。落ち着いてください」
そう言いながら柴は興奮して立ち上がっていたカトレアに抱き着いた。小柄な体で背伸びをし、己の頬を彼女の胸に押し付け甘える様に顔を擦り付ける。
そのとんでもない行動に思わずネクラは赤面する。同時にカトレアの口の動きが止まり、辺りが静寂に包まれる。
そして自らに縋りつく柴の頭を犬を可愛がるかの様に撫でる。
「ごめんなさい。柴くん。ちょっとはしたなかったわね」
急激に落ち着きを取り戻したカトレアは椅子に座り直してコホンと咳ばらいをした。そして興奮で乱れた髪とドレス正しながらネクラたちに向き直った。
「本題に入るわ。何故、私と柴がここに来たのか。何故、こいつに頼らなければならなかったのか」
カトレアは死神を睨みつけたが死神はそれを無視した。何故この2人はこんなに仲が悪いのだと疑問に思いつつも、ネクラと虚無は彼女の話に耳を傾けた。
「これは私に届いた死神の仕事よ。本来なら柴と2人で取り掛かろうと思ったけど、相手の危険度が高すぎて力を借りようと思って来たの」
「危険度が高い、と言うのは相当強い怨霊が相手とかですか」
ネクラが言うとカトレアは首を横に振る。
「悪霊程度なら何とかなるわ。柴を守りながらでも楽勝。でも今回はちょっと面倒なのよ」
「面倒?」
不安を胸にネクラが聞くとカトレアはキッパリと言い放った。
「今回の相手は特級の妖『こっくり』よ」