第四章 第十三話 感謝と尊敬をするのは悔しいです
本日もお読みいただいて誠にありがとうございます。
第四章の本編はこれにて終了。明日、小噺を投稿しようと思っています。五章本編は明後日ぐらいに投稿できればいいかなと考えております。
それでは、本日もお楽しみいただけると幸いです。
臨弥の未練を断ち切り、仕事を終えたネクラたちは『死神空間』に戻って来た。
死神がソファーに腰を掛けながら言う。
「いやー。ご苦労様だね。まさか悪霊ではなく人間に追い詰められるなんて思いもしなかったよね」
あっはっはっ。と死神は高らかに笑う。
そんな死神をネクラと虚無は軽く睨みつけて言った。
「嘘ばっかり、死神さん超余裕だったじゃないですか」
「これだから、死神サンと仕事するの嫌なんだ」
不機嫌な2人の部下を目の前にしても死神は笑みを崩す事はなく、ヘラヘラとした態度で言う。
「前にも言ったでしょ。苦労が多い方がポイントも貯まるって。今回だって俺が最初から手を貸せば秒で解決だったけど、君たちの自主性をギリギリまで尊重してあげたんだよ。おかけで君たち、今回すごくポイントが加算されたんだからね」
またポイント。この死神は事あるごとにそればかりだ。余程自分の実力に自信があるのか本当に危ない局面にならないと絶対に手を貸さないスタンスには毎回やきもきさせられてしまう。
「虚無くん、死神さんってスパルタが過ぎるよね」
ネクラが虚無に体を寄せ、小声で言うと虚無はにこにことする死神を見ながらうんざりとした様子同じく小声で同意した。
「そうだな。だが、死神サンの下に来た補佐や見習いは、そのスパルタで最速でポイントを貯めてそれぞれの巣立って行った様だから、方法としては間違っていないのかもしれない」
「それは、早く転生したい人や一人前の死神になりたい人にとっては良いって事?」
ネクラが不満げに言うと、虚無は瞳を閉じて頷いた。
「そうなるな。それに死神サンは自分の下に来た魂にスパルタしながらもしっかり守り抜いているし、ある意味理想の上司かもな」
「理想の上司……死神さんが?」
それは雨と鞭的な意味合いでだろうか。確かに、毎度助けてくれるのは有難いし、感謝もしているが、それならそれで最初から言ってもらえないだろうか。
そんな事を思いながらネクラがついムスッとしていると死神が言った。
「最初から言っちゃうと期待しちゃうでしょ」
「え、私、声に出してましたか」
ネクラが口を押えて言うと、死神はへらっと笑って言った。
「ネクラちゃんは顔に出やすいんだよ」
「顔……」
ネクラがむにっと自分の頬を引っ張っていると死神が言葉を続ける。
「どうせ助けてもらえる、俺が何とかしてくれる。そんな事を頼りにして、それで本当に仕事が務まると思う?俺たちが扱うのは魂なんだよ。現世みたいに機械や紙に向かっているんじゃない。もちろん接客業も同じ。失敗してもある程度はフォローはできるからね。失敗して学ぶと言う言葉も頷けるよ」
「はい」
突然真剣に喋り出した死神に思わずネクラは姿勢を正して頷いた。虚無も腕組みをしながらも耳を傾けている。
「でも、死神の仕事は違う。補佐の仕事を自分の来世の為の通過点みたいに扱って適当に流されて、失敗されては困るんだよ。悪霊を逃せば現世に被害が及ぶし、彷徨う魂を放置すれば穢れなくてもいい魂が穢れてしまう可能性もある」
死神が真顔で話を続ける。ネクラも虚無も何も言わずに死神の言葉を聞き続ける。心なしか場の空気も張り詰めている気がした。
「生者命も、死者の行く末も全て死神にかかっている。それなのに補佐や見習いがポイントを貯めるためだけにと、魂をぞんざいに扱わない様に俺は自分の下に来る死神補佐や見習いには厳しい状況下でたくさん苦労をしてもらって、命と向き合ってもらう様にしてる」
そこまで言うと死神は雰囲気を柔らかくし、いつものへらっとした顔と雰囲気で言った。
「それなりにサポートしてる死神もいるみたいだけど『ギリギリまで助けない』それが俺のやり方。でも、かなり頑張りに繋がるからポイントもガンガン貯まるし、結果オーライだよね」
死神が笑顔で同意を求めて来たため、微妙に納得ができないネクラはぎこちなく頷き、虚無は瞳を閉じたまま頷かなかった。
「まあ、今回のあの陰陽師の子は予想外で肝が冷えたけどね。あの町で彷徨う霊の数と、死神が扱うはずだった魂の数が一致しなかったのはあの子のせいだったんだね」
死神が目を細めて言った。その言葉を聞いてネクラは目を伏せる。死神の話によると、那美によって結界の媒介にされてしまった魂たちは彼女の結界の糧にされ消滅してしまったらしい。
消滅、文字通りきれいさっぱりこの世から消え去ったのだ。悪霊も浮遊霊の様な害のない霊も、那美に捕まった霊は皆、消滅させられたのだ。
大半は負のを持つ悪霊だったが、中には死神補佐になるはずだった霊も、未練を断ち切れば輪廻転生ができた霊もいたらしい。
彼女は陰陽師の仕事を悪用し、臨弥やその周りの人間だけでなく、関係のない死後の魂すらも粗雑に扱った。その事については珍しく死神も怒りを露わにしていた。
「結構優秀な陰陽師の素質があったのに、あんな結果になって残念だよ」
死神は肩をすくめてやれやれと首を横に振る。それを聞いたネクラは那美の事を思い出し、気になっていた事を聞いた。
「私たちが現世から去った後、那美さんからは私たちの記憶は消えたのですか」
「消えたね。そう言う決まりだし。でも、凪元臨弥に関する記憶は残っているから、彼への執着心は消えてないと思うよ。彼女は既に現世に存在しない魂を探し求める事になるんじゃないかな」
死神がそう言い、ネクラは彼女の臨弥への狂気の執着心を思い返して身を震わせた。
「た、確かに、那美さんが凪元さんへ向ける感情は常軌を逸していましたね」
「だねー。俺もドン引き。黄泉の国の扉を開いて死者を呼びよせるとか言う術も現世にはある見たいだけど、彼女の力は全部俺が奪ったから、それも叶わないだろうけど」
死神は那美の事などどうでもいいのか、肩まである髪の毛先を人差し指でくるくると回して遊んでいた。
「と言う事は那美さんは、自分の力がなくなったと言う自覚はないと」
「ないんじゃない?その内に気が付くだろうけど」
ふあ。と死神はあくびをした。やばい、死神が話に飽き始めている。そう感じたネクラは死神が話を切り上げる前に畳みかけた。
「仮に、力を失った事や凪元さんがいなくなった事に絶望して自ら命を絶った場合、那美さんが死神補佐になる可能性は……」
「彼女に未練がなければ可能性はあるんじゃないかな」
「え」
あっさりとした肯定にネクラが固まる。それを見た死神は面白そうに笑った。
「ふふ。ネクラちゃん、やっぱり顔に出てるよ。そんな怖がらなくても大丈夫。ああ言う類の人間は絶対に未練を残すし、悪霊化するし。それに仮に補佐になったとしても、素行が悪い補佐はそれなりに罰があるしね」
「罰……?」
会話に興味が戻って来たのか、死神は饒舌になった。
「あれ、最初に言わなかったかな。目に余る補佐は強制的に黄泉送りだよ。性格とか根性って死んでも治らないし、転生後も前世の記憶はなくとも魂の性質そのままだから。どうせろくでもない魂なら黄泉の国に送っても問題ないよねって話」
「聞いてないです」
ネクラは顔を青ざめながら首をブンブンと勢いよく左右に振った。那美の様な人間でも死神補佐になれる資格がある事も驚きだが、補佐でも黄泉の国へと送られる可能性があるなんて、恐ろしすぎる。
ネクラが不安でブルブル震えていると死神が何度目の笑いの声を上げる。
「あはは。何で君が不安になってるの。君には何の問題はないんだから心配する必要ないよ」
少なくとも今のところは、と言いながら死神は笑いながらソファーから立ち上がり、何かをネクラに差し出した。ネクラが手を広げてそれを受け取ると、カラスのキーホルダーがコロンと掌の上で転がった。
「あ、いつの間に」
ネクラが死神を見上げると彼はにこりと笑って言った。
「力、チャージしておいたから。次回も頑張って。今度はもう少し上手く使いなよ」
意地悪くネクラに言った後、今度は虚無を見つめてこれもまた意地悪く笑って言った。
「虚無くんも。実力は確かだし、君は強いよ。個人プレーの実績は最高だけど、誰かを守りながら戦うって難しいでしょ。でも一人前の死神になりたいなら、荷物の一つや二つはフォローできないとねぇ」
虚無は眉間に皺を寄せた後に死神から視線を反らし、荷物とは自分の事だろうと思ったネクラが反論しようとしたその時、死神の懐からバイブ音が鳴る。彼の端末が鳴っていたのだ。
「およ。あいつから連絡とかめずらしいな。もしもしー」
死神はネクラと虚無に背を向けて会話を始めた。そんな死神の姿を見て、文句を言い損ねたネクラは頬を膨らませる。
「なんか、感謝とか尊敬するのは悔しいんだよね」
「奇遇だな。俺もだ」
端末の向こうの相手と何やらもめる死神の背中を見ながら、ネクラと虚無は同時に溜息をついた。