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死神補佐になりました : 来世のための少女の奮闘記  作者: 水無月 都
少女は現れた陰陽師の力を知る
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第四章 第十二話 狂気との対決(後編)

やっと後編!ですが……申し訳ございません。この章はあと1話(小噺を入れると2話)続きます。もう少し、もう少しだけお付き合いください。

ぐだぐだしたくなかったのですが、思いのほか長くなってしまって情けない(泣)

どうぞよろしくお願いいたします。

「強い力を持つ者と対峙する時、念を入れるのは陰陽師として当然じゃない」


 那美は意地悪く笑った。


「私ね、最初にクロくんに術を破られた時に学んだの。死神には普通の霊とは違う術式を組まないとすぐに解かれてしまうって」


 那美は虚無を見る。虚無は悔しそうに唇を噛む。


「だからあの時、クロくんが私の術から逃れるために一瞬だけ解放した死神の波動を読み取ってそれを参考に術式を組み直したのよ。そう簡単に逃れられるはずがないでしょう」


 そして那美は一呼吸置き、虚無の隣で固まるネクラに視線を移す。


「意外だったのはチビちゃん。君も力をそれなりに力を持っていたなんてね。動けなくても術が使えるなんて中々やるじゃない」


 那美はターゲットにしていた死神の前を通り過ぎ、臨弥にすら目もくれず鎌を片手にゆっくりとネクラに向かって歩を進める。


「結界を解いたのはあっぱれだけど、大事な媒介を壊されたのは腹立たしいしわ。どんな力を使ったかは知らないけど君、邪魔ね。先に始末しちゃおうかしら」

「わ、私は一応死神よ。そんな鎌で斬られても死なないわ」


 自分は死神ではなく補佐であるし、内心はすごく恐ろしかったが、精一杯の強がりでネクラはそう威嚇した。

 しかし、那美は怯まず可笑しそうに笑う。


「うふふふふ。元々死んでる人間をどう殺すって言うの。面白い子ね。あなたを子の結界の媒介にするのよ」

「えっ」


 ネクラの口から掠れた切望の声が漏れる。那美は嬉々として言葉を続ける。


「消滅されたら媒介にならないもの。特殊な術を施したこの鎌を胸に突き刺して、死神の存在事ここに縛り付けるわ。臨弥くんとの時間を邪魔されたくないから意志は封印させてもらうけどね」


 ふふふ。と口元に手を当てて那美は上品に笑う。

 その様子にネクラの顔が引きつり、未だ彼女の腕を掴んだままの状態で動けない虚無の顔にも同様の色が浮かぶ。


「やめろっ」


 虚無腕を掴んだまま叫び、何とか術を解こうと何度目かのもがきを見せる。

 ネクラを守れる距離に守れない。そのもどかしさが虚無の焦りを一層と駆り立てる。


「今まではその辺の霊を適当に捕まえて適当に媒介にしていたんだけど、どれも力が弱くてね。悪霊ですら役に立たないなんて、ショックだわ」


 那美はふう、と小さく息を吐く。その言葉にネクラと虚無、そして死神の顔色が変わる。彼女は今までも霊を捕まえてそれを媒介にしていたのか。

 悪霊までも己の力の糧にする。その身勝手さと能力の高さにその場の空気が再び凍り付く。


「死神を媒介にすればこの空間は何よりも強固なものになる。しかも死神が3体も!まさに最強の結界の出来上がりよ」


 あははははは。と那美は美しい顔を歪ませ、大きな口を開けて笑う。


「やめるんだ、逢沢さん。わかった!僕は僕の意志でここに留まるから。だからこの人たちを開放してあげてくれ」


 今までのやり取りを傍観していた臨弥が那美に向かって叫んだ。

 那美の動きが止まり、壊れた機械の様にぎこちなく、ゆっくりと彼女の瞳が臨弥に向けられる。


「本当?傍にいてくれるのね。約束してくれる?」

「あ、ああ。約束する。だから、その人たちを……」


 解放してあげて欲しい、と言おうとした臨弥の言葉を那美が狂気を孕んだ大きな声で遮った。


「嬉しいわ、嬉しいわ、嬉しいわ、嬉しいわ!でもやっぱり2人きりの世界を創るには結界がいるの。生贄がいるの。臨弥くんが了承してくれた今、遠慮なくこいつらを生贄にできるわ」

「なっ、それは違うよ。逢沢さんっ」


 臨弥が叫ぶも、彼女の視線はネクラへと向いていた。


「臨弥くんからもお許しが出た事だし、とっとと生贄の儀を済ませましょう。チビちゃん」


 那美は妖艶に笑いながら、持っていた鎌をネクラに向かって振り上げた。

 もうだめだ、ネクラが反射的に瞳を固く瞑った瞬間、高い金属音と余裕じみた死神の声が響いた。


「はいはーい。そこまで」


 気付いた時には死神が大鎌の刃でネクラと那美を隔てる様にして立っていた。大鎌には那美の鎌が刺さっている。

 ここまで余裕の笑みを見せていた那美が初めて目を剥き、動揺を見せる。


「な、なんで動けるのよ。お前」


 死神の鎌を目の前に、身の危険を感じたのか那美は鎌を慌てて抜きながら数歩下がり、ネクラたちから距離を取る。

 死神は呆れた様子で言った。 


「最初から効いてないよ。君の術なんて」

「えっ、最初から!?」


 ネクラが死神を見ると彼は笑顔で頷いた。ネクラは訳が分からずその場で呆ける。虚無も、臨弥も驚愕の表情を示している。

 それは那美も同じだったようで、死神を睨みつける。


「嘘よ。お前、この部屋に入ってからずっと同じ場所から動けずにいたじゃない」

「動けないんじゃなくて、動かなかったの。虚無くんとネクラちゃんがどこまで自分でやれるか、上司として見極めてたんだよ」


 死神は面倒くさそうに頭を掻きながら言った。その言葉を聞いたネクラと虚無がそれそれの反応を見せる。


「え、うそっ」

「……冗談がきついな」


 分かりやすく驚き、脱力する部下2人を横目に死神は言った。


「犯人におびき寄せられたのは減点。でも、結界を解く術を見つけてそれを成し遂げたのは上出来。褒めてあげる」


 余裕の態度を見せつける死神を睨みつかながら那美が言った。


「私の術は完璧だったはずよ。そこの死神も緊縛されたじゃない」


必死な様子で虚無とネクラに指を差している。死神はやれやれと言った様子で那美に返答する。


「俺を嘗めないでもらえる?ネクラちゃんと虚無くんは魂の在り方が曖昧で霊体と言う分類になるけど、俺は違うんだよ」

 

 死神はそう言って大鎌を持ち直し、トンと柄で地面を叩く。それと同時にネクラたちは先ほどまで固まっていた体が軽くなった気がした。

 緊縛術をかけられていた全員の体が自由に動かせる。死神がいとも簡単に術を解いたのだ。


 その事実に気が付いた那美の表情に憎らしさと悔しさが滲む。

 死神は冷たい表情で那美を見つめ、そして黒いマントをはためかせる。


「俺は死を司る神、死神だ。人間ごときが神に勝てると思うか。お前が今まで身勝手に消した魂の分も俺が仕置きしてやる」


 言うや否や死神は、地面を蹴り那美との距離を一気に詰めて大鎌を横一閃に振るった。

 それはまさに疾風迅雷。目にも止まらぬスピードで、一瞬の出来事だった。


「きゃあああっ」


 那美も死神の動きが見切る事ができなかった様でなにも抵抗ができぬまま一閃を体で受け止め悲鳴を上げてその場に倒れこむ。

 そして、そのままピクリとも動かなくなった。そんな彼女を黙って見降ろす死神に、体が自由になったネクラたちが近付く。


「那美さん、どうなったんですか」


 ネクラが地面に突っ伏したままの那美を見て死神に言う。

 死神の鎌は生者は斬る事ができないはずだ。実際、那美から血が流れ出る様子はない。物理的な攻撃は効果がないはずだが、確かに鎌は那美を捕らえ、彼女は動かなくなった。


 この奇妙な状況には疑問しかなかった。虚無も臨弥も同じことを思っているのか、警戒心が混じった怪訝な顔で動かない那美を見つめている。


「ん、どうなったって……アレだよ。お仕置き」

「お仕置き?」


 死神が何の気なしに言い、ネクラが眉をひそめた瞬間、那美の体がもそりと動く。

 その動きにネクラが体をびくつかせ、虚無がネクラと臨弥を己の背後に誘導し、自分は大鎌を出して戦闘態勢を取る。


 那美は意識が朦朧としているのか、頭を抑えながら左右に振り、ゆっくりと瞳を開けて真っすぐネクラたちの方を見て信じられない言葉を口にした。


「いない……、逃げられた!?」


 彼女はガバッと立ち上がり、ネクラたちが目の前にいるのにも係わらず鬼の形相で部屋中を探し回る。


「逃げられた、逃げられた、逃げられた!探さないと、見つけないと!」


 自分たちの前を何度も通り過ぎる那美を見て、死神以外の全員が呆気に取られていた。

 死神は眼差しで那美を見ながら全員に呼びかけた。


「ここから出るよ」

「は、はい」

「わかりました」


 少し圧が込められた呼びかけにネクラと臨弥が答え、虚無も無言で頷いた。ネクラが再び那美の方に視線を向ければ彼女はまだ自分たちを探しながら発狂していた。


「皆、部屋から出たね。じゃあ、仕上げ」


 死神がトントンと鎌の柄で床を叩くと部屋の障子が全て閉まり、那美が部屋の中に閉じ込められる形となった。

 彼女の様子は障子に映る影と声でしか見る事ができなくなってしまったが、慌てているのは障子越しからでもよくわかった。


「なに、なんで勝手に閉まったの!?あ、開かないっ!?どうして!?」


 那美が乱暴に障子を叩くが紙が破れたり、壊れたりする様子はない。通常、強度としては弱いはずの障子は那美がどんなに暴れようとも岩の様にびくともしない。

 ネクラたちがその様子を凝視していると、死神が笑顔で言った。


「暫く大人しくしてもらおうと思って閉じ込めちゃった。大丈夫、全てが終わったら開く仕組みだから」


 その言葉が聞こえていたのかいないのか、那美の発狂が響き渡る。


「いやぁっ!!私は臨弥くんを探しに行かなきゃならないの。出してっ、ここから出してぇぇぇ」 


 自分が閉じ込められたことではなく、未だなお臨弥を求めて狂い続ける彼女にネクラが恐怖していると死神はそれを気に留める事なく踵を返した。


「行くよ。特別にワープで外に出してあげる」


 そう言って死神が指を鳴らすと、一瞬で周りの風景が変わる。そこはどこかの高台だった。遠くには赤い鳥居が見え、あれが自分たちが先ほどまで恐怖体験をして場所かとネクラは思った。


 空はすっかり茜雲で、夜を迎える前のその空気が物悲しさを感じさせる。その場にいる皆が空を見ながらそれぞれの想いに浸っていると、死神が呑気に言った。


「ここなら、あの神社からも離れているし、町全体が見渡せて景色は綺麗だし、皆の精神的にも優しいでしょ」


 その言葉にぼんやりとしていた意識を取り戻したネクラは、抱えていた疑問を死神にぶつける。


「那美さん、私たちが見えていないみたいですが、何かしたんですか」

「彼女が持つ霊感と霊力を奪ったんだ」

「霊力と、霊感を?」


 しれっと言い放った死神にネクラが再度問いかけると彼は言った。


「俺たち死神は生者には手を出す事はできない。でもそれは命に関する事だけ。人間でありながら強い力に恵まれているにも係わらず、それを悪用する輩からその力を奪う権限はあるんだよ」

「力を奪われた那美さんはこれからどうなるんですか」


 ネクラが不安と心配を込めた表情で聞くと死神は真顔で言った。


「ただの人間になるだけだよ。彼女はもう二度と霊を視る事も祓う事も出来ない。陰陽師の仕事も畳む事になるだろうね」

「あの、法的には……」


 臨弥を気にしながらネクラが言う。瞳が合うと臨弥は微笑んだ。


「さあ、どうだろうね。さっきの結界も俺たちがここから去れば解ける仕組みにしておいたし、あの部屋からは直に解放される。その後は……唯一の証拠品のナイフは結界を解くためにネクラちゃんが破壊しちゃったし。その後の怪我人が出た事件も根源は呪いだから。仮に彼女が自首しても立件は難しいだろうなぁ」

「そんな……」


 那美に不幸になれとは思わないが、人の命を奪った人間が何の咎めもなしにこれからも平然と生きていく可能性があると言うのか。


 たった一度、優しく声をかけただけで好意を向けられ、それがひどく歪んだものであったが故に、彼女の勝手な理想の為に命を奪われてしまった臨弥の事を考えると、ネクラはとても悲しい思いに駆られた。


「いいんです。僕も軽率でした」

「えっ」


 静かで涼やかな声でそう言った臨弥をネクラは瞳を潤ませながら見つめる。

『殺された理由が知りたい』と言う未練が断ち切れた彼の体は薄くなっていた。


「何となく声をかけて、それがたまたま歪んだ感情を向けられて命を奪われた。きっかけを作ったのは自分です。仕方がないと思わないと死んでも死に切れません」


 臨弥は困り顔で笑っていた。本来であれば相手を恨んでも仕方がない様な殺害理由であるはずだが、臨弥は理由を知っても那美に負の感情を向ける事はなかった。


 それは彼が持つ優しさがそうさせているのかもしれない。

 ネクラは何も言えずに消えゆく臨弥を見ていると彼は照れくさそうに言った。


「本来ならあんなに熱烈な愛情を向けられるのは男として光栄なんですけどね。命を奪われたり、周りに危害を加えられては、想いに応えられませんよね」


 これは今から現世と別れる彼の寂しさと強がりから出た言葉だ。本当はもっと生きていたかっただろうに、彼はその思いに耐えている。そう感じたネクラは息を吸い、そして言った。


「来世では素敵な人と出会って、今生以上に素敵な人生を送ってください」


 それはとても偽善で他力本願な願いかもしれない。だが、この想いに嘘はない。ネクラはそう伝えた。

 臨弥は少し目を見開いて、そして穏やかに笑った。


「ありがとう。そうなると僕も嬉しい」


 その言葉を最後に、彼の体は光となって空へと消えて言った。


「うん。無事に輪廻転生できそうだね」


 死神が空を見上げて言った。

 ネクラも虚無も、光が登って行った方をただ黙って見つめていた。

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