第四章 第十話 狂気との対決(前編)
この度もお読みいただきまして誠にありがとうございます。
章ごとに10話を目標に投稿して参りましたが、今回は少し長くなりそうです。
文字数的には前章と変わらないかもしれませんが(汗)
第四章にもう少しだけお付き合い願います。
虚無言葉と那美の発言にネクラの瞳が見開かれる。
その直後薄暗い部屋に涼やかな少年の声が響く。
「やっぱり、君だったんだね」
それと同時にその場に死神のマントを脱いだ臨弥と死神が2人同時に現れる。
臨弥の姿を認識した那美は狂気に満ちた笑みのまま、うっとりと嬉しそうに言った。
「ああ。臨弥くん。やっぱりこいつらと一緒にいたのね。どうしてずっと私のところに来てくれなかったの。ずっと探していたのよ」
臨弥の隣に立つ死神になど目もくれず、那美は視線を臨也のみに向けている。
「凪元さん、出て来ちゃダメです」
ここにいては危ないそう思いネクラが必死で叫ぶが臨弥は極めて冷静だった。
「君たちから彼女の名前を聞いてからすごく引っかかる事がって、その違和感を正体をずっと考えていました。そして、なんとか呼び起こした記憶で確信しました」
臨弥は瞳を閉じ、小さく深呼吸をしてから瞳を開け、那美を鋭い眼差しで見据えた。
「黒いフード越しに見えた顔。それは逢沢那美さん、君だった」
「そう、そうよ!臨弥くん。やっと気がついてくれたのね」
臨也に鋭い視線を送られているにも係わらず、那美は手を祈る様に指を組み合わせうっとりとした表情で正体を突き止められた事を喜んでいた。
「ま、まさか凪元さんがここへ行きたいって言ったのは犯人が那美さんだって気が付いたから……」
ネクラが聞くと臨弥は申し訳ないと言う表情に切なさを交えて返答した。
「はい。確信はなかったので、君たちには黙っていたんです。姿を現さずとも確認ができればお伝えしようと思っていたのですが……」
こんな事態になるとはと臨弥は部屋を見回し、那美を見た。
そんな臨弥を見みつめながら、彼女は嬉しそうに言った。
「こいつらから君の気配がしたから捕まえて問いただそうとしてんだけど、まさか連れて来てくれていたなんて思いもよらなかったわ。そこは感謝しないとだめね」
ふふ。と微笑んだ那美の異常性がどんどん増してゆく。ネクラは動かない体を必死で動かそうと体を捩る。隣で虚無も何とか術を解こうと前回と同じく集中力を高めている様だが、術が解ける様子は全くと言っていいほどない。
姿を現した死神も同じく術をかけられているのか、表情を変えぬまま全く動こうとしない。
なんとかこの場を切り抜けねばならないと、すっかり陶酔している那美に問いかける。
「那美さん、どうして、どうして殺人なんか」
那美はその問いに当然の事の様に笑いながら答えた。
「だって、臨弥くんが私を見てくれないんですもの」
「な、なにそれ」
異様な雰囲気を醸し出す那美に恐怖を感じ、冷や汗をかきながらネクラが言うと彼女は抑揚のない声で続けた。
「私ね、臨弥くんに一目惚れしたの。優しくて文武両道で、皆の人気者で、しかも容姿端麗。好きになって当然じゃない。人を好きになるのはいけない事ではないでしょう?」
悪びれない様子で那美はネクラにそう問いかける。
確かに、誰かを好きになる事は悪い事ではない。一目惚れも罪ではない。だが、それと人の命を殺める事がどう関係するのか、ネクラには理解ができなかった。
那美は自分の心の内を淡々と語り始めた。
「私ね、自分が陰陽師だって事に誇りを持ってた。仕事も苦じゃなかったわ。この町を困らせる霊を祓いたいって気持ちも本当」
その言葉を発した時だけ異様な雰囲気が弱まる。ネクラが那美の精神の不安定さに恐怖を覚え始めた時、那美の声色が怒りを孕んだものに変わる。
「でもね、仕事を頑張れば学校へ行く時間も減るの。そうなるとね、私、独りぼっちになるのよ。テレビや噂話程度で私を知る人はいるけど、陰陽師じゃない私本人を見てくれる人も知ろうとする人は誰もいなかった。それは、とてもつらかった」
「で、でも那美さんは陰陽師としても生徒としても優秀で学校の中では憧れの的だって聞きました」
ネクラは少しでも那美の怒りの気持ちを落ち着かせようと、先ほど臨弥の従妹である輝から聞いた話を伝える。
だが那美はスッと感情を落とし、無表情で言った。
「知っているわ。そんな事」
「だったら、なんで」
何故、そんなに怒りを覚えているのか。とネクラが聞く前に那美が口を開く。
「尊敬と友愛は違うもの。皆、私を勝手に殿上人の様に扱って、話しかけてもくれなかったもの。言っておくけど、私は別に陰陽師である事を鼻にかけた事はなかったわよ。周りが人間が私から勝手に離れて言った。私は町の皆の為に働いていたのに!ホント、信じられないわ」
那美は陰陽師の仕事に力を入れていたが故に孤独を感じていたと言う。しかし、その話を聞いても何故、臨弥だけが命を奪われたかが分からない。
『自分を見てくれなかった』のは臨弥だけではないはずだ。
その場に沈黙が流れる。ネクラも虚無も臨弥も、そして死神も皆が各々の感情を乗せた視線を那美に送る。
那美は視線を浴びながら、上機嫌に狂気一人語りを始めた。
「でも、臨弥くんは違ったの。陰陽師の仕事を褒めてくれた。頑張ってねって笑いかけてくれて、ああ、この人は私を見てくれた。この人を自分だけモノにしたいって思ったの」
那美は不気味に笑い、開いた動向で虚空を見る。そんな彼女をみた臨弥は顔を引きつらせながら思わず後退る。
「私はね。もうずっと、ずっと、ずっと、ずっと、臨弥くんの事が、だぁいすきだったの」
糸が切れた人形の様にゆっくりと光のない瞳で臨弥をとらえる。
それを見た臨弥の顔が恐怖に染まる。
「だから、私頑張ったの。臨弥くんが応援してくれた陰陽師の仕事もそうだけど、臨弥くんにまた話しかけてもらうために、君の好みの女の子になるためにいっぱい努力した」
彼女が妖艶な声色と、おぼつかない足取りでゆっくりと臨弥に近づく。
「に、逃げてくださいっ、臨弥さん」
臨弥の身の危険を感じたネクラが叫ぶも、彼は顔を青くしたまま首を振る。
「無理だ。か、体が動かない」
那美はいつの間にか臨弥にも術をかけていたのだ。ネクラの心に最大級の焦りが生まれる。
「そんな……ど、どうしよう」
ネクラは虚無に助けを乞うが彼は未だにネクラの腕を掴んだまま固まっている。焦って涙目になっているネクラを見据えながら虚無は悔しそうに唯一動く首を横に振る。
「だめだ。解けない」
「し、死神さんっ」
最後の頼みの綱とばかりにネクラは死神を見るが、彼は表情やはり表情を変えないままその場から動こうとはしなかった。彼も虚無と同じ状況なのか、ネクラがそんな不安に駆られた時、那美が抑揚のない冷たい声で言う。
「無駄よ。この部屋にいる全員にこの前あなた達にかけた術よりも、もっと強力なものを施したから。それにこの部屋には私の目的の為にとても強い結界を何重にも施しているの。術者である私を倒す以外に逃れる道はないわ」
そう言いながら那美は歩みを進め、ネクラたちを通り過ぎ、臨弥の目の前まで迫り彼の頬に触れる。
「くっ……」
臨弥が少しでも那美の手から離れようと顔を背けると、那美の声が妖艶なものから不機嫌なものに変わる。
「そう、そうなのよ。君はそうして私を否定する。あの時は私を見てくれたのに」
「否定?」
臨弥が言うと那美は抑揚のない声で早口に捲し立てた。
「言ったでしょう。君好みの女の子になるために努力したって。どんなに仕事に疲れていても、笑顔と明るさは絶やさなかった。臨弥くんが明るい子がタイプって言ったから。家庭的な子が好きって聞いたから、お料理もたくさん練習した。臨弥くんは何でもできるから、傍にいて恥ずかしくない人間である様に私も運動も勉強も頑張って学年トップまで登りつめた」
そこまで言い那美は臨弥の頬から手を放し、その場でガクンと腰を折り自らの頭を抱える。
「なのに、なのに、なのに、なのに、なのに、なのに、なのに、なのにっ!!」
那美は綺麗な紫の長い髪を掻きむしり、ガバッと顔を上げて言った。
「君は二度と私に話しかける事はなかった。だから、私から気持ちを伝えたのに、断った」
那美に鬼の形相で睨まれた臨弥がたじろぎながらも必死に強い口調で言う。
「す、好きじゃない人にお情けで付き合う方が失礼だろう。俺はきっちり断った。君が俺に告白した事は誰にも口外していない。俺の何が君を傷付けた!」
「断ったこと自体が悪いのよっ!!」
那美が目を見開いて血を吐くように叫ぶ。
「君のためにたくさん頑張ったのに、『好きじゃないから』断るなんてひどいわ。私の努力を認めて付き合ってくれてもいいじゃない。褒めてくれてもいいじゃないっ!」
「まさか、自分に好意を向けてくれなかったから、凪元さんを手にかけたんですか」
ネクラが恐ろしい事実に気付き、震えながら聞くと那美は静かに、簡潔に認めた。
「そうよ」
「それは、凪元さんが憎くなったかから?」
ネクラが続けて聞くと那美は今度は否定の言葉を口にした。
「いいえ。腹が立ったけれど、憎かったわけではないわ。私に関心を持って欲しかっただけ」
そう言いながら那美は名残惜しそうに臨弥から離れ、そして上機嫌に神棚に向かい神棚に祭っていた血に濡れたナイフを手に取る。
そして頬を染め、それを愛おしそうに抱きしめて再び熱を帯びた視線を臨弥に送る。
「このナイフでせっかくわざと顔が見える様に襲ったのに、私のところへ来てくれないなんてひどいわ」
「わざと……?」
「顔が見える様に……」
那美の言葉の後に臨弥とネクラが戸惑いながらそれぞれ言葉を紡ぐ。2人はその言葉を聞いてもピンとくるものがなかった様だが、虚無と死神にはその意味が分かったらしく、嫌悪感を露わにしていた。
「なぁるほどね。恨みでもなんでもいいから自分に執着して欲しかったわけだ」
死神がこの部屋に入ってから初めて口を開いた。那美は死神の方を見て楽しそうに頷いた。
「あら、察しが良いのね。そうよ、私は臨弥くんに関心を持って欲しかった。ほら、恨みとか未練があれば霊は成仏できないでしょう。顔を見せて殺しておけば、私の元へ恨みを晴らしに来ると思ったのに、来ないんだもの。臨弥くんはいい人だし、恨みなんて持たないで成仏しちゃったのかと思ってた」
那美は本当に残念そうに肩を落とすが、すぐに背筋を伸ばし、臨弥を見る。
「でも、私はあきらめなかった。希望を持って臨弥くんを探し続けた。もし、臨弥くんと会えた時、もっと私に関心を向けてもらえる様に邪魔者を排除しながら」
「邪魔者?」
那美があまりにも憎々しい様子で邪魔者と口にしたため、ネクラが疑問を口にすると那美よりも先に虚無が口を開く。
「悪霊の気配がないのにこいつに呪いがかかっているなんておかしいと思っていたんだ。こいつは呪いをかけられていたんじゃない。自分がかけた呪いが自分に返ってきていたんだ」
「那美さんがかけた呪い?」
ネクラが眉を顰めると、那美は余裕の態度を崩すことなく、寧ろ自分の行いを披露するかの様に両手を大きく広げて言った。
「うふふ。そうよ、私と臨弥くんの邪魔になる人間を呪ってやったの」