第四章 第四話 死神と陰陽師
この度もこの物語を読んで下さってありがとうございます。新たにブックマークがついている事、また★評価をつけて下さってた方も2人に増えていて驚きです。
趣味程度に投稿した作品を評価して頂けてとても光栄です。
誠にありがとうございます。
本日もどうぞよろしくお願いいたします。
あの後も那美に死神の事がもっと聞きたいとせがまれたが、何とかそれを振り切り、逃げる様に公園を後にした。
その際にまた『縁があったら会いましょうね』と名残惜しそうに叫ばれ、ネクラも虚無もそんな縁などなければいいと心から思った。
まだ魂の捜索すら始めていないと言うのに、とてつもない疲労感が2人にのしかかっていた。
げんなりとしながらネクラと虚無は公園から随分と離れた商店街を並んで歩く。
先ほどの公園での那美の発言から推測するに、平日の午前中のためか人通りは少ない。
「中々パワフルな人だったね。那美さん」
「ああ、二度と関わり合いになりたくない、とは思ったがそう言うわけにもいかないかもな」
「え、どういう事?」
渋い顔をする虚無の顔をネクラがのぞき込むと彼は眉間に皺を寄せながら言った。
「あの娘は、凪元臨弥の魂を探していると言った。なら俺たちと目標は同じだ。その内に鉢合わせる可能性はあるだろう」
「うう、言われてみたらそうだね」
その時はまた死神の話をして欲しいとせがまれるのだろうか。そしてまた逃げる事になるのか。
「そう言えば、虚無くん、随分那美さんの事、警戒してたよね。私たちの素性とか、名前とか、目的とか。詳しく言おうとはしなかったし」
虚無は明らかに那美に警戒心を露わにしていた。
確かに、突然自分たちを束縛した挙句に陰陽師宣言からの死神に興味も持っている発言には圧倒されたが、彼女本人からは嫌な気配は感じなかった。
ネクラの失言で目的こそばれてしまったものの、名前を聞かれた時は偽名まで使った。そこまで彼女を警戒する必要があるのだろうか。そう思いネクラは虚無に聞いたのだ。
虚無はそれに淡々と答える。
「一応、念のためだ。あいつは自らを陰陽師と言った。霊力や霊感から判断するにそれは嘘ではないだろう。だからこそ、力あるものに必要以上に介入しないでおこうと判断した」
「偽名を使ったのは?」
ネクラが首を傾げると、虚無が神妙な面持ちで言う。
「力ある者に容易く名前を教えてはいけない。俺たちの様な仮初の名であってもな」
「そうなの?」
「ああ。仮の前であっても今現在『ネクラ』も『虚無』も俺たちの魂に結びついているからな。名前を取られて下僕にされる、と言う可能性もあるかもしれない」
「げ、下僕!?」
名前を知られただけで無理やり那美の手下にされると言うのか。
ネクラの顔が真っ青なるが、虚無は平静を保ったままネクラに注意を促す。
「なんであれ、用心するに越したことはない。お前はその辺りは疎いんだから、今後あの娘に会うような事があれば注意しろよ。何か1つでも情報が洩れると何をされるかわからないからな……すでに1つ漏れたが」
ジトリとした痛い視線を送られ、先ほどうっかり凪元臨弥の魂の捜索をしている事を那美に伝えてしまった事を責められている事が分かり、ネクラは体を小さくした。
「伝わってしまった事は仕方がない。今後、お互いに行動や発言には注意をしていこう」
「うん、そうする…あ、でも、基本的には私たちがここから去ると私たちの記憶は現世の人たちから消されるんでしょう?そんなに心配する必要あるのかな」
仕事が終わり現世を去る時、関わった人間の記憶から自分の記憶は消えると死神が言っていた気がする。
いくら那美が力のある陰陽師であれど、生者である限りはその理は適応するのではないかと思い、ネクラは虚無に意見する。
しかし、虚無は突然立ち止まる。不思議に思い立ち止まり彼をのぞき込むと、彼は眉間に深く皺を刻みネクラを見つめて言った。
「あほ。去る前に何かされたらどうするんだよ」
「びゃっ」
虚無はネクラのおでこを指で弾く。突然の痛烈な衝撃にネクラは珍妙な声を出しながらのけ反った。
一瞬、おでこがなくなったかと錯覚するほどの痛みで、ネクラは涙目でおでこを抑える。その部分がほんのり赤みを帯びていた。
「痛い!すごく痛いよ!?何するの、虚無くんっ」
おでこを抑えたら抑えたでその部分から痛みを感じ、そのままの格好で抗議すると虚無はそれを無視してポケットから端末を取り出した。
そしてネクラを一瞥もせずにそれを操作する。
「まさかの無視!?」
そう言うところは死神(上司)に似ているぞ虚無くん!と思いながらネクラは虚無を無言で睨んだ。
「あ、死神サン。今ちょっといい?」
「え、死神さん?」
ネクラが怒りの表情からキョトンとしたものに変わる。今度は彼女の事を見た虚無が、また携帯を操作すると端末から呑気な死神の声がした。
『やっほー。虚無くん、どうしたの。もう魂を見つけたの』
どうやらネクラにも会話が聞こえる様にスピーカーモードにしたらしい。そしてネクラは虚無への感謝より先に、死神の端末はスピーカー機能も搭載しているのかと。
それと同時に町中でこう言う事ができるのは姿が見えない特権だなと余計な事を思っていた。
「いや、それについてはまだ。それよりも言っておきたいがあるんだけど」
そう言って虚無は先ほどであった那美の事を話した。出会いがしらに拘束された事、やたら死神に興味を持つ事、彼女が陰陽師である事、ともかく全てを報告する。
『ふーん。陰陽師ねぇ、そう言えばあったね。現世にそんな職業』
どうやら死神は陰陽師の存在を認知していたらしく、全てを聞いても驚くそぶりを一切見せず、そんな事を言った。
「あの、死神さん。そもそも死神と陰陽師の違いって何なのですか。那美さんの話を聞く限り、すごく死神の仕事と類似している様な気がして」
自分より遥かに背の高い虚無が持つ携帯を覗き込み、背伸びをしながらネクラは死神に聞く。
『基本的には同じだよ。もっと言うと、俺たち死神からすると昔の陰陽師は死神補佐や見習いみたいなものだったし』
「ええっ!そうなんですか」
驚くネクラに死神はヘラヘラと笑って続ける。
『まあ、協力関係ではなかったけど。お互いに存在は知っていたけど、現世に残る魂をどうにかできればそれでいいって感じのドライな関係だったかな。死神としては自分の仕事が減ってラッキーって感じだった。もちろん顔も合わせた事ないよ』
「陰陽師に祓われた魂はどうなるのでしょう」
那美は霊を祓う事が自分の仕事と言っていた。ネクラの勝手なイメージだが『祓う』 と言う言葉は霊にとってマイナスな事の様に思える。存在自体を消されそうなイメージだ。
『どうなるって言われても……辿る末路は同じだよ。害のない霊ならそのまま輪廻転生するし、悪霊なら黄泉の国へと送られる』
「そうですか。なんだか安心しました」
よかった、存在自体が無理やり消されるわけではないのか。とネクラは胸を撫で下ろした。
『ああでも、それができるのってよっぽど霊力がある人間じゃないと難しいかもね。現世の留まる霊を相手にするわけだから、霊の持つ念に打ち勝たないとダメなわけだし、中途半端な力の持ち主なら祓うと言うよりは遠ざけるって言う表現が近いかな?』
「遠ざける?」
完全に質問をネクラに任せたのか、虚無は無言で端末を彼女が背伸びをしなくても良い位置に持って来ていた。
『そうそう。中途半端な力で霊を無理やりその場所から遠ざけているだけ。一時的な浄化でしかない。だから祓った霊が負の未練を持っていたなら、霊から恨まれる事もあるかもしれないねぇ』
「恨まれるって、それ危険なんじゃないですか」
ネクラの那美を心配する様な発言に、死神がやれやれと言った様子で言う。
『ネクラちゃんはお人好しだよね。危険は危険だけど、その都度なんとかできるんじゃない?自称陰陽師なんでしょ』
「そ、そんな他人事みたいに」
冷たい物言いに戸惑うネクラだったが、死神がさらにバッサリと切り捨てる様に言う。
『いや、他人事だし。でも、祓える力があるだけでもすごい事だよ。特殊な力を持つ人間は時代が経つにつれて減ってきているし、陰陽師の血縁も途絶える一方って聞くし。実際、近年では死後の魂を導く役目は全て死神の仕事になりつつあるしね』
死神が疲れたような溜息混じりの声で言った後、少し興味を示す声色で続けた。
『だから陰陽師の流れをくむ者が居ただけでも驚きだよ。そんな人間にここ数百年、少なくとも俺は会った事がない』
「す、数百年!?え、死神さん長生き……」
「死神だからねー。長生きって表現はおかしいかなぁ」
色々な情報が流れ込み、ネクラが混乱していると、話が脱線しかける空気を感じたのか、黙っていた虚無が割って入る。
「俺たちがそいつに何かされる可能性はあると思うか」
その問いかけに死神は少し間を置いて言った。
『君たちの存在はそこら辺の霊と違って特殊だからね。一度現世から離れているわけだし、祓われる事はないと思うけど、用心した方が良いかもね』
先ほどまでののんびりとした口調ではなく、真面目な口調で死神が言った。死神がこの様な態度を取る時は本当に気を付けるべき事項なのだ。
長らく死神と行動を共にしているネクラにはそれがわかり、突如緊張に襲われる。
『具体的に何をされるか予想はつかないけど、ネクラちゃんはともかく虚無くんの動きも止める事ができるなんて、相当の実力者だと思うから』
「ううう、やっぱり用心しないとダメなんだ」
死神の言葉を聞き、ネクラはますます自分が那美に情報を与えてしまった事を後悔した。
『でも、追っている魂が同じ以上、全く接触しないのは困難だと思うし、ネクラちゃんが今回の仕事の目的を話すと言うポカをしたんなら、死神に興味津々な向こうは君たちを積極的に探すだろうね』
「本当に申し訳ございません」
ネクラは人間に姿が見えないのをいい事にその場で華麗に土下座をした。生前でも一度もした事のない行動だったが、自分の行動によってリスクが生まれたと言う事実から、申し訳なさに耐えられなくなり体が勝手に動いた。
「死神サン。ネクラが土下座してる。あまりいじめてやるな」
『あっははは。何それ見たいなぁ。写真撮ってよ』
虚無が事実を告げ、死神が端末の向こう側で大爆笑しているのがネクラには伝わった。
ひたすら死神の笑い声が聞こえそれが治まった後、満足したのか彼は真面目な口調で言った。
『ついでに言っておくと、もし彼女が今回のターゲットである凪元臨弥を祓って成仏させちゃったら、ネクラちゃんも虚無くんもポイントゼロだからね。その辺は心得ておくように。まあ、ライバルが出て来たと思って頑張りなよ。その子よりも先に魂を見つけて、仕事を済まして帰ろう』
「ああ」
「はい」
死神の言葉に虚無は頷き、ネクラは体を掃いながらヨロヨロと立ち上がった。
『じゃ、俺も捜索続けるから。ふぁいとー』
緩い応援の後、端末口から電源が落とされた音がした。
「死神と陰陽師ってそれなりに関係性があったんだね」
「ああ。あの娘が纏う気についても合点がいった」
ネクラとは違う視点で死神の話で納得をした虚無が言った。
ネクラは首を傾げる。
「あの娘って、那美さんの事だよね。なにか気になった事があったの」
「やはり、お前は分からなかったか」
ふぅ。と虚無は溜息をつき、そして簡潔に述べた。
「あの娘、呪いがかかっている。それも相当強力なものだ」