第四章 第三話 逢沢那美に要注意
いつまでも首に鎌を当てているわけにはいかないため、もう自分たちを襲わない事を条件に那美を開放した。
那美は先ほどまで鎌を当てられていたとは思えないキラキラとした表情で興奮気味に言った。
「どうして死神がこんなところにいるの?誰かの魂を奪いに来たとか?」
その前のめり且つ興奮冷めやらぬ那美の様子にネクラと虚無は戸惑いの感情しか持つ事ができなかった。
不意打ちで挑発的に攻撃を仕掛けて来たか思えば、一転して友好的な態度になった那美。
現状では彼女が何を考えているかがまったく見当もつかない。
「何故、そんな事を聞く」
虚無が警戒心を露わにしながら那美に問いかけると、那美はけろりとして答えた。
「興味があるからに決まってるじゃない」
「ただの人間なのにか」
その虚無の言葉に那美は頬を膨らませ、少し拗ねた様な顔をして言った。
「私の口上聞いてなかったの?せっかく格好良く登場したのにぃ」
「口上って……あ、陰陽師がどうとか言う」
思わずネクラが思っていた事を独り言のつもりで口にすると、那美はにっこりと笑ってネクラに詰め寄る。
「そう!聞いていてくれたのね。でもそっちの男の子は聞いてなかったみたいだし、もう一回言うわね」
無表情の虚無を横目で見た後。んんっ。と那美は咳払いをして、自身の胸に手を当てて意気揚々と言った。
「改めて、私の名前は逢沢那美。高校生陰陽師をやっているの。よろしくね」
最後に軽くウィンクをした。その全てにおいて余裕の態度から、那美は相当自分に自信があると言う事が感じられる。
不意打ちとは言え、人間の身でありながら、ネクラはともかく死神見習いである虚無をも一時的に拘束したのだ。自信に伴う実力は備わっていると言っても過言ではなかった。
「高校生陰陽師ってなんですか」
聞いた事がない単語だったため、疑問に思ったネクラがそれを口にする。
「そのまんまの意味よ。高校生の身分で陰陽師をやっているから高校生陰陽師。単純でしょう」
ああ。高校生探偵とか高校生社長と似たようなものか。とネクラは納得しかけたが、勝手に新しい言葉を作るなよと心の中で軽いツッコミをした。
そもそも高校生探偵ですら現実にないから。二次元だから格好良く聞こえるから。
「高校生陰陽師、ふん。珍妙だな」
胸を張る那美を虚無が毒を吐きながら鼻で笑う。しかし那美はそれに対して怒る様子もなく、寧ろ誇らしげに言った。
「あら、これでも私はたくさんの悪霊を祓ってきたのよ。この町の皆の信頼もあるわ。今日だって平日だし、本来は学校に行かなきゃいけないけど依頼が入ったから、学校に正式に許可を取って午前の授業を休ませてもらったのよ。その帰りにあなた達を見つけて現在に至るってとこ」
なるほど今日は平日なのか。『死神空間』にいるせいで日付や時間の感覚がさっぱりわからなくなったネクラにとっては彼女の発言は良い情報源となった。
「何故、俺たちを襲撃した」
「さっきも言ったでしょ。仕事帰りにこの公園で霊らしき気配がしたからよ。祓わないとって思うのは当然じゃない。霊じゃなくて死神だったけど」
虚無の問いかけに那美は平然として答える。
ネクラのはそんな彼女に遠慮がちに聞く。
「あ、あの。この町の信頼があるって事は、逢沢さんの」
「那美で良いわよ」
ネクラの言葉を遮って笑顔の那美は笑顔でそう言った。
「な、那美さんの活躍が町内に浸透するほどこの町には霊的なものがいると言う事ですか」
「日常茶飯事とまではいかないけど、まあそこそこ。人間の霊でも動物の霊でも誰かに憑りついている霊を主に祓うのが私の仕事。一応、私の家が神社でそう言う家系だからね。町の皆が頼るのも当然じゃない?」
陰陽師が霊を祓う、その場合その霊はどうなるのか。と言うか死神と仕事が被っている様な気がする。
ネクラは隣に立つ虚無の裾を引く。虚無が横目でネクラを見ると、彼女が小さく手招きをしていたため、腰を屈めて耳を彼女に近づける。
虚無が那美への警戒を解く気配がないため、死神の詳細についてはあまり彼女に聞かせない方が良いと判断したネクラは小声で言う。
「あの。死神と陰陽師ってやっていることが同じな気がするんだけど、なにか違いがあるのかな」
「さあな。俺も陰陽師とやらに会うのは初めてだ。死神サンなら知ってそうだが」
「そうなんですか。では後で連絡して聞いてみますか」
「ああ」
ボソボソとそんなやり取りをしていると、那美が怪訝な顔をして2人を見る。
「ねぇ、さっきからコソコソなにしてるの」
「な、なんでもないです。陰陽師さんとか珍しいねって話をしていました」
ぎこちなく笑うネクラに疑わしい視線を送りつつ彼女は言った。
「まあいいわ。そんな事より、私も名乗ったのよ。だからあなた達も名乗るべきなんじゃない?」
「え、えっとぉ」
名乗れ、そう言われたネクラは困った表情で虚無を見る。彼は無言のまま小さく首を振る。これは名乗るなと言う意味だろう。
何故、虚無がそこまでして那美を警戒する理由がネクラにはわからなかったが、こう言う状況においては自分よりも経験が豊富な虚無に従う事にした。
しかし、2人が無言を貫いていると那美は不服そうに腕組みをして言った。
「無視はよくないと思うけど。私が名乗ったのにそっちは名乗らないとか失礼だと思わないの?死神ってそんな無礼な存在なのね。もう1回緊縛するわよ」
那美が不穏な事を言い出したのでネクラは焦る。かと言って虚無が名乗るなと態度で表している以上、ネクラが勝手な行動を取る事は許されない。
そう思って内心で頭を抱えていたその時、虚無が眉間に皺を寄せながら言った。
「クロ」
「えっ」
その発言に驚いたネクラは思わず彼を凝視する。さらにネクラを指さしながらしれっと続けた。
「こいつはチビ」
「はいぃぃ!?」
突然チビと己をディスられ、ネクラから疑問や怒りの感情を込めた叫びが飛び出す。
しかし、虚無から大げさに反応するなと言う視線を送られ、ネクラは納得のいかないままその感情を引っ込めた。
「クロとチビ?変な名前ね。動物みたい」
那美はもっともらしい意見を述べる。だが虚無は平然としてそれに答える。
「そもそも死神には名前がない。クロとチビ、それが俺たちのコードネームだ。どうしても名を呼びたければそう呼べ」
「ふぅん。変わっているわね、死神って」
死神には名前がない。それは嘘ではなかった。虚無がついた嘘は、今の自分たちに与えられた名前のみ。
嘘と真実が交じり合った発言だったため、信憑性が高まったのか那美はあっさり納得した。
「で、クロくんとチビちゃんはどうしてこんなところにいたの」
那美は余程死神と言うものに2人に踏み込もうと、ズカズカと質問を重ねる。
しかし、2人はやはり警戒心から質問をされても何も発する事はない。
「あ、答えないつもりね。守秘義務ってやつかしら。いいわ。予測する」
那美は2人を細目で見つめた後、顎に手を当てて唸り始めた。
「私のイメージする死神の役目ってやっぱり人間魂を奪ったり、回収したりって感じなのよね」
そう言えばさっきも瞳を輝かせながらそんな事を言っていたな。とネクラは思った。
実のところネクラも死神補佐になるまでは、死神の仕事について那美と同じ様な印象を受けていた。
実際は生者の魂には手を出さず、死者の魂を導くと言うもので若干驚きはしたが、今では違和感なくそれに従事する事ができる様になった。
死神補佐の仕事にも慣れて来たなぁ。ネクラがしみじみとしたその時、那美は指をパチンと鳴らして元気よく言った。
「わかった!ウチの学校の生徒の魂を回収しにきたのね」
「え、ウチの学校?」
ネクラが那美に疑問を返すと、彼女はキョトンとして言った。
「あら、違うの?最近ウチの学校の生徒が殺傷事件の被害者になって、命を落としたからその魂を回収に来たのかと思ったんだけど」
「!?」
殺傷事件で命を落とした生徒、その言葉を聞いたネクラと虚無の体が反応する。
それは自分たちが探そうとしている生徒の事ではないか。
そう言えば、那美が来ているブレザーに見覚えがあると思ったのは、死神が見せた画像被害者に写る被害者と同じ制服だったからか。
2人は同時に理解と納得をし、視線を合わせて頷いた。
「どうしてそう思うんですか」
口数が少ない虚無に代り、ネクラが心情を悟られない様に注意しながら那美に聞く。彼女は複雑な表情で答えた。
「最近この町であった大きな事件ってそれぐらいだし、私の推測通り死神の役割が魂を回収する事であれば、事件の被害者の魂を回収しに来たのかなって思っただけよ。事件が起きたのは少し前の事だけど、ほら……未練とか恨みがある魂はこの世を彷徨うって言うじゃない。その子、ひどい死に方をしたし、成仏してないんじゃないかって」
彼女の話によると那美はの家系は由緒正しい陰陽師の流れをくむため、死後の事情についてもそれなりに詳しいと言う。
幼い頃から一人前の陰陽師になるべく、術式を始めとするこの世ならざるものの様々な知識を叩きこまれ、修行を積んできたらしい。
「と言うか、私もその子の魂を探しているのよね。凪元臨弥くん。一応、クラスメイトだったし、陰陽師として成仏させてあげたくて」
那美は困った様子で浅く溜息をつく。クラスメイトと言う言葉を聞き逃さなかったネクラが食いつく。
「クラスメイトだったんですね。その……凪元さんが生前よく訪れていた場所とかご存じですか」
凪元臨弥についてなにか情報が得られるかもしれない。そう思ったネクラが何気なく那美に質問すると突如、彼女の顔がパッと明るくなり、反対に虚無は右手で頭を押さえてうんざりとした表情を見せた。
その対照的な態度の意味が理解できず、ネクラが2人を交互に見つめていると、那美が上機嫌に言った。
「やっぱり!凪元くんを探しに来たのね」
「え、あっ」
那美の輝く笑顔を見てネクラは自分の過ちに気が付く。凪元臨弥の話題が出た上で彼の居場所を確認するなど、目的を言っている様なものだ。
「ばか」
虚無が小声でそんな事を言い、ネクラは海よりも深く反省して言った。
「すみません、つい……」
落ち込むネクラの心を踏み抜く様な明るい声で那美がネクラたちにとっては遠慮したい提案を持ちかけた。
「目的が同じなら、協力しましょうよ。その方がお互いに都合がいいわ」
ね。と那美が満面の笑みでネクラに詰め寄る。ネクラはその笑顔の圧に何故か恐怖を感じて後退る。
「お断りだ」
黙っていた虚無がきっぱりと否定の言葉を口にしたため、ネクラと那美が彼を見る。
ネクラは助かったと言う表情で、那美は不満そうに虚無を見る。
「どうして?死神のお仕事として、凪元くんの情報欲しいでしょ。いくらでも教えるわよ」
「自分たちの仕事は自分たちでやる。人間の力は借りない。それに、互いに協力したとして、凪元臨弥の魂を見つけた時はどうするつもりだ」
「ど、どうするつもりって言われても……」
虚無は不機嫌になった那美に強い口調で言う。虚無の言葉を聞いた彼女は初めて言い淀んだ。しかし、すぐに答えを出す。
「さっき言ったでしょ。成仏させてあげるのよ」
「俺たちも彼の魂を導くと言う仕事がある。お前に仕事を取られるわけにはいかない。だから、お断りだ」
再度断りの言葉を受け、那美は残念そうに肩を落とす。
「はぁ。協力すれば凪元君を見つけられると思ったのに」
「ご、ごめなさい。そう言う事なので」
不愛想な虚無のせめてものフォローでネクラは謝罪の言葉を口にする。
すると彼女は首を横に振り、落ち込んだ表情から一変、笑顔になった。
「いいのいいの。気にしないで。私も唐突すぎたし。死神を初めてみたから興奮しちゃったみたい。こっちもごめんね」
那美が手と手を前に合わせて謝罪の言葉を述べた時、ネクラはある事に気が付く。
「あれ、那美さん。左手ケガしてたんですね。どうされたんですか」
ネクラはふと那美の左手の甲を見る。先ほどまでは色々ありすぎて気が付かなかったが、彼女は左手の甲が隠れるほどの大きさの絆創膏をしていた。
それを指摘された那美はそれをチラリと見て、そして何でもないと言う風に笑った。
「ただの擦り傷よ。最近、怪我が多いのよ。何もないところで転んだり、火傷したり……困っちゃうわ」
「そうですか」
那美が恥ずかしそうに左手を後ろに隠す。
ただ何気なく聞いただけのネクラはそれ以上は追及する事はなかった。
虚無は黙って照れくさそうに笑う那美を見つめていた。