第二話 失われたもの
「はい。それで、死神補佐にはどうすればなれるのでしょうか」
少女は力強く、やや前のめりで尋ねた。
「なれるもなにも、俺の下に訪れた時点でその条件は満たしているよ。だから君は今この瞬間から、死神補佐。嬉しいかい?」
死神は柔和な声色で、やや上から目線で言った。
「え、そんな簡単になれるんですか」
「なれるとも。ざっくり言うと死神補佐になれる条件はただ1つ。『決められた寿命を待たずして命をおとし、且つ現世に未練を持っていない魂である事』これさえクリアしてれば、年齢も性別も関係なく、誰でも死神補佐の資格を与えられる」
「誰でも……」
少女が驚いていると死神がその詳細を語りだす。
「さっき言ったけど、自ら命を絶った者と、正しく定められた寿命を迎えず命を落とした者は例えどんな理由があろうとも、輪廻転生の理から外れることになる」
「正しく定められた寿命を迎えず死んだ者とはどういった方なのでしょう。自ら命を絶った方とは違うのですか」
せっかく始まった話の腰を折ってしまう様な気がしたが、疑問に思った少女はそれをぶつけた。
すると死神は、やはり話の腰を折られたことを少し不快に思ったらしく、ため息をつきながら説明をした。
「正しく定められた寿命を迎えず死んだ者とは、そうだな……君らの世界で言う過労死とかいうやつが多いかもな」
「過労死は不可抗力にはならないのですか。だって、その、私と違って死のうと思って亡くなったわけではないですよね。無理してしまった方が、悲しい結果を迎えただけだと思うのですが」
テレビのニュースで見た過労死の現状として、働きすぎや過度業務の押しつけが原因であるイメージがある。
自ら進んで死のうと思っていたわけでもない人間にも、生まれ変わる資格がないと言うのは少し理不尽ではないだろうか。
そう思った少女は不満を口にした。
「私だって、本当は死にたくなかったですけど……でも、私はともかく、頑張ったのに過労死して、それで生まれ変われませんって、ひどいです」
「それは仕方のない事だよ」
死神の毅然とした声に、少女は思わずびくりと肩を震わせる。
「確かに、自分より立場も気も弱い人間や、頑張りすぎる人間に都合よく仕事を押し付けるバカな人間はいる。でも、その状況に耐えられる奴もいる事は事実だ。過労死する人間なんて自己管理不足とも言える。自分の命の管理もできないなんて、それは自ら命を絶つのと同じ事だよ」
「そ、そんな。頑張っている人にそんな事、ひどいです」
少女は死神に恐怖を抑えつつ、冷酷な言葉を続ける死神に抗議する。
それに対して死神も、文句を言われたことが癇に障ったのか苛立たしそうに答える。
「大体さ。君みたいな自分の命を粗末にした人間に、命の説教をされる筋合いはないんだよね」
「そ、粗末にした事は事実かもしれません、でも、本当に辛かったんです。そんな気持ちあなたにわかるわけないでしょう。私、本当に、辛かったんです、楽になりたかったんです。それなのに、死んでもそんなひどい事いわれるなんて、こんなのっ」
少女は涙で体と声を震わせて悲痛な思いで叫ぶ。
「死んだ意味がない、とでも言いたい様子だね」
冷たい声色で、自分が思っていた言葉を代弁され、少女はギクリとし、同時に自身の体が冷たくなる感覚に襲われた。
恐る恐る死神を見ると、冷たく見下した視線が己に突き刺さるのが分かった。
「勝手に死んでおいてそれは勝手だなぁ。だいたい死んだら楽になれるなんて、誰が決めたんだっつーの。それは人間が勝手に思っている事だろう。自分の命を粗末にする人間は、それだけで罪なんだよ」
厳しい言葉にくじけそうになりながらも、少女はそれでも懸命に言葉を続けた。
それは、とても消え入りそうな声だった。
「それは、そうかもしれませんけど、でも、辛さに耐えている人を、頑張っている人をないがしろにする様な言い方は、良くないと思うのです。理不尽だと思うのです」
覇気のない少女の態度と声色に、死神はため息をついた後に声を荒げる事なく言った。
「ああ、そうだよね。確かに理不尽だと思うし、哀れだとも思うよ。弱者をいじめる人間も、それに屈してしまう人間もね。そこで、俺たち死神の登場ってわけだ」
「えっ」
言葉の前半部分はシリアスな口調だったが、後半の死神うんぬん辺りから、突然言葉尻が明るくなった事に少女は戸惑った。
しかし、死神はお構いなしに饒舌に話を続ける。
「人間は生まれながらにして、寿命が定められる。これは人によって違うし、自分の行動によってそれが大きく変動する場合もある」
「寿命が、変動するんですか」
寿命が変動するなんて、聞いたことがない。驚きを隠せない少女を他所に死神は頷く。
「そう。現世に生きる人間の多くは自分の行動一つで寿命は変動する。例えば言葉遣いや行動に注意しなければ、逆恨みされて命を奪われるとかね」
少女は今まで見たニュースを思い返す。
逆恨み、確かに、身勝手な理由で他人の命を奪う人は多かった気がするし、逆恨みで命を奪われてしまった人も多かった印象がある。
「そんな感じて、寿命の変動で事件や事故に巻き込まれてしまったとか、そんな意図せぬ死を迎えた魂も含めて、正しく寿命を全うした魂は、死神の世話になる事はない。亡くなったその日にそのまま輪廻転生の波に乗って生まれ変わることができるんだ」
「でも、私みたいに自ら命を終わらせた人は違うと言うのですね」
少女は確認する様に問うと、死神は首を縦に振る。
「そう。でも、悲観する事はない。人間が自ら命を絶つ理不尽さに関してはこちらの世界も、それなりに理解はある。故に、救済措置が用意されている。君たちの様な、ある意味理不尽な立場の人間にはチャンスがある。それが死神補佐だ」
「はい、それは先ほども聞きました。それで、その。死神補佐とは具体的にどの様な存在なのですか」
少女がじれったそうに問うと死神はようやく少女が一番聞きたかった事を語りだした。
「ごめんごめん、それが本題だったね。まずは死神の仕事について説明しておくよ。俺たちの仕事は君たちの様な寿命を待たずして亡くなった魂の面倒をみる事。後は現世に執着する魂を導く事と悪霊折檻。まぁ、後半の2件については、また後で説明するから」
「は、はい」
執着、悪霊折檻と不穏な言葉が聞こえた様な気がしたが、とりあえず少女はコクリと頷いた。
「決められた寿命を待たずして亡くなった魂は余程強い未練がない限り、必ず死神の元へと辿り着く。それが今の君の状態で、君は輪廻転生の理から外れたが、生まれ変わる事を望んでいるという状況だ」
コクコクと少女は首を縦に振る。
「輪廻転生の理から外れた者がその軸に戻るためには、自ら命を絶った『罪』を償うために死神、つまりは俺の下で補佐として働き、輪廻転生のための徳を積む必要があるんだ」
「死神さんのお手伝いでをすると言う事ですか」
少女はとてつもなく嫌な予感がしていた。
しかし死神は、拒否権はないと言うかの様に話を続ける。
「そう言う事。人間にも稀に霊感とか、霊力とかある子がいるけれど、残念ながら君にはなさそうだね。でも大丈夫。寧ろそういう子の方が多いし、霊感や霊力がなくてもちゃんと務まる役割を与えるから」
だから安心してねと、どこか胡散臭く微笑む死神に少女は言う。
「そういう子が多い、って事は私の他にも死神補佐がいるんですね」
「いるともさ。俺の担当は君を入れて2人だけど、一人で数十人を受け持つ死神もいるし」
「え、死神ってたくさん存在しているのですか」
少女は目を丸くした。すると死神は当たり前だと言うように言葉を続ける。
「そうだとも。人間界がある様に死神界だってある。大体、現世にどれだけの魂が溢れていると思っているの。死神が1人だと魂の回収が大変じゃないか」
死神はわかってないなと言わんばかりに首を横に振る。
「はぁ、すみません」
少女は意味もなく謝罪の言葉を口にした。
「とは言え死神の数なんて、俺も把握していないけどね。死神は同族の交流を嫌うや奴も多いし、ぶっちゃけ、俺自身も他の死神の事なんてどうでもいいし」
死神はそうボヤいた。
そして、そんな自分を訝しげに見つめる少女に話を続ける。
「てなわけで、数ある死神の所へとランダムに辿り着いた魂には担当がついて、その担当死神の下で働き、俺は輪廻ポイントって言ってるんだけど、要は徳を積む必要があるわけ」
「輪廻ポイント……」
なんだろう。ポイントとか言うとすごく安っぽい感じがする。
すごくスーパーとかでもらえそう。
この死神、ほんとに胡散臭いしなんだか死神にしてはノリが軽すぎる気がする。と少女は思ったが言葉にはしなかった。
「輪廻ポイントは自動で貯まるよ。可視化はできないけどちゃんと君の中に徳として溜まってゆく。ポイント数は死神が把握しているから、気になったら聞いてね。どう?これってすごく光栄なことだと思わない?」
「光栄、ってどういうところがですか」
つまりは生まれ変わるためには働けと言う事だろう。
死んだ上で働く羽目になる事のどこが光栄な事か。
そう思った少女の思いを察してか、死神が言う。
「君、輪廻転生ってどんなものかわかるかい?」
「ええっと、死んだら生まれ変わる事、ですよね」
少女が自信なさげに言うと、死神は残念でしたと言わんばかりに言う。
「確かに生まれ変わる事ができると言う事実は間違ってない。でも、必ず人間に生まれ変わると言う保証はないんだ」
「え、そうなんですか」
知らなかった、と言うように少女が目を見開く。
「生まれてから死ぬまでについた業の重さにもよるけれど、俺の経験上、寿命を迎えて亡くなった者で来世も人間に生まれ変わる事が出来た者はごくわずかだ」
「業の重さ?」
少女は小首を傾げる。
「業って言うのは、前世の善悪の行為で受ける報いみたいなもんだよ。大概の人間は善行よりも、大小関わらずに悪行を重ねてしまう存在だから、全くの善人なんて現世ではありえないと思うし、言ってしまえば長く生きるほど、悪の業が溜まる場合もあると言う事だね」
「はぁ」
わかった様な、やっぱりわからない様なそう言った相槌を少女は打った。
「まぁ、簡単に言うと普通に人生を全うすると人間に生まれ変わる確率は少ない。でも、死神補佐になって輪廻ポイントを重ねると、人間に転生できるまでポイントを貯める事ができるのさ。因みに、人間が嫌ならお好きなポイント数で来世を選べるから。貯めるのもありだし、補佐の仕事に疲れたら即ポイント使用で虫とかに生まれ変わるのはありだよ。人間になるためには相当ポイントが必要だし」
さらに、『虫とか動物は寿命も短いし、人間よりかは悪い業に囚われないから、寿命を迎えても、次に転生する時に人間になれる可能が上がるかもね』と死神は爽やかな笑顔で言った。
「な、なるほど」
確かに、それを聞いてしまうと、今の状況は光栄なのかもしれない。
業の重さで生まれ変わる対象が何かわからないよりかは、その輪廻ポイントとやらを貯めて来世を選べるのであればそれは本当に光栄だ。
そう言った意味合いでは本当にポイントカードだな、と少女は思った。
「じゃ、説明はここまで。もう一人の子も紹介したいけど、今仕事中だからねまた今度」
「仕事中って、あれ、一人で行動されているんですか。補佐なのに」
少女が純粋な疑問を投げかけると死神はさらりと言った。
「ああ。あの子は君とはちょーっと立場が違うからね。いいの。そんな事より、死神補佐について理解できたならさっそく初仕事だよ」
「は、はい」
急かす様に言われた少女は、思わず背筋を伸ばした。
「そうだ、まずは呼び名からだよね」
「名前?」
予期せぬ言葉に少女が首を傾げる。
死神は何の気なしに続ける。
「名前がなかったら、仕事の時、呼びかけに困るでしょう。主に俺が」
そう言われてしまい、少女は困惑してしまった。
しかし、死神はグイグイと少女に詰め寄る。
「何がいい?君、外面も内面も結構暗そうだよね。根暗ちゃんとかどうかな」
死神が嬉々として少女に言う。
根暗、そう言われて少女は少しムッとした。
確かに、自分は決して明るい方ではない。肩までの黒髪は死神の様にサラサラしていないし、むしろもっさりしているし、愛用している眼鏡でもおしゃれ眼鏡ではなく、視力が変わっていないと言う理由から古いタイプの黒ブチ眼鏡を使っているが、会ったばかりの死神に、根暗などと呼び名で呼ばれたくない。
死神の発言を不服に感じた少女はに死神を睨みつけながら言った。
「私は、ちゃんとした名前があります。私は……」
そこまで言うと少女の動きが止まった。
死神が真顔で少女を見つめる。
「なまえが、わからない」
少女の瞳に絶望の色が広がった。