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死神補佐になりました : 来世のための少女の奮闘記  作者: 水無月 都
少女は偶像と出会い、その恋を見守る
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第三章 第十話 偶像の歌声は永久に想い人に響く

第三章十話はこれで終了となります。

物語はまだまだ続きますので、よろしければお付き合い願います。

それではどうぞよろしくお願いいたします。

 ステージに立つ人物を見て確信した連がふらりとそこに向かって足を踏み出す。ステージ以外は暗闇だったはずの劇場の電気が次々と点灯し始める。

 碧は閉じていた瞳をゆっくりと開き、連をまっすぐ見据えて言った。


「連くん。私の最期の歌、聞いてね」


 碧に優しく微笑まれた連の動きが止まる。

 今から碧の一世一代の告白、そして最期のライブが始まるのだ。

 ネクラと死神はその様子を舞台袖で見守っていた。


「連さん、来てくれましたね」


 その必要はないのだがネクラはカーテンに身を隠しながら死神に言った。

 死神はそれに答える。


「うん。あとはあの子が頑張るだけだね」




 あの非常階段付近での作戦会議の際、死神が自慢げに微笑みながら詳細を語った。


『まずは、俺の力で美空碧、君を彼に視える様にしてあげる。もちろん声も届くよ。今日の仕事終わり、彼を呼び出そう』 

『呼び出すってどうやって』

『こうやって』


 ネクラが質問すると死神は空中で人差し指を振った。

すると空中からカバンが現れる。それは死神には似合わない薄いピンクでハートのチャームが付いたファンシーな鞄だった。


『それ私の鞄です。どうしてこんなところに』

『えっ、碧さんの鞄?』


 碧とネクラが驚いていると死神はさらりとチートとも言える発言をした。


『死神は魂が亡くなった時の所持品をコピーできるんだよ。ま、所詮はコピーだし持ち主が消えるとこれも消えちゃうけどね。この中にペンとメモ帳あるみたいだし、君の字で呼び出しの文章を書けば、いたずらだとは思われにくいでしょ』

 

 所持品のコピーができるなんて初めて聞いたとネクラは思った。そう言えば自分は身一つだったなと気付き、その事実を今知るのは当たり前かと納得した。

 ネクラがどうでもいい事を考えている内に話は進んで行く。


『落ち合う場所は……A劇場に来てもらおう』

『なるほど、確かにあそこは普段はあまり使われませんからね』


 この中で唯一業界人ではないネクラは2人の話についていけず、事の運びを黙って見ていた。


『でも、鍵はどうしましょう。連くんの仕事終わりは恐らく深夜です。そんな時間にバイトである篠上さんが借りる事は難しいのではないでしょうか。あと劇場内は真っ暗ですよ。危なくないですか』


 元事務所人間での内部事情をよく知る碧が次々と指摘をするも、死神は問題ないと笑う。


『鍵なんて内側から開ければいいの。そこはネクラちゃんに任せようか。すり抜けピッキング。劇場内の機械の操作は俺に任せなよ。一応ここの裏方やってるし、そう言う知識はばっちりだからさ』

『そうですか……では、ばっちりついでにもう一つお願いが』

 

笑顔で親指を立てる死神に碧がおずおずと言った。その行動が予想外だったのか死神も珍しく目を丸くして返答する。


『ん、どうしたの』

『実はですね……』


 

 そこまでネクラが思い返した時、連が座席の5列目辺りまで辿り着いた。

 それを見計らい、死神がどう見ても扱いが複雑な機械を迷いなく操作すると、劇場内に曲が流れが始める。


 それはあのビル広告から流れていたもので碧と連の思い出の曲だ。

 流れ出た曲を聞いた連の動きがピタリと止まる。そして切なそうに碧を見つめた。


 あの時碧が死神にお願いした事、それは『2人の思い出の歌を歌って想いを伝えたい』と言うものだった。

 CD音源については、後で返却するためこれは窃盗ではないと自らに言い聞かせながらネクラがすり抜け忍び込みでとある場所から拝借した。


 碧はすっ吐息を吸い、涼やかに歌い始める。歌詞を初めて聞いたネクラはこの歌が恋の歌だと言う事を初めて知った。


 バラードに乗せて、恋とは楽しくて、嬉しくて、泣きたくて、切ないものだと言う事を奥手な人間が一生懸命に想いを伝えているそんな歌詞だった。

 ネクラに恋愛経験はなく共感もできるはずがないのだが、思わず聞き入ってしまう。

 それは、碧の『伝えたい』と言う想いが成せる業なのだろうか。


 時間にして3分程度。曲が終わり、碧が頭を下げたと同時に唖然としていた連が我に返ってステージに上がる。


「連くん。ステージに上がったら駄目だよ」

「おまえ、本当に、碧か……?」


 碧が微笑みながら注意するも連はその言葉に構うことなく彼女に触れようとする。が、霊体である彼女に正者である連が触れるはずもなく、彼の手は碧の体をすり抜ける。

 連がびくりと肩を震わせて己の手を見て、そして碧を見る。

 碧はやはり微笑んだ。


「ごめんね。私、死んじゃってるから触れないみたい」

「碧、お前なんでここにっ」


 碧の言葉を遮る様に連が強めの口調で問い止める。


「えへへ。未練があってね。成仏できなかったみたい」

「未練、ってまさか俺のせいか……。俺が、お前を事故からもスキャンダルからも守ってやれなかったからっ」

「違うよ」


 自らを責め立てる様に拳を握り、俯いて叫ぶ連に、碧はキッパリと告げた。

 控えめで自信のない態度が多かった碧の毅然とした態度に連は驚き、戸惑いながら視線を碧に戻す。

 そこにはとても愛おしい者を見る様な瞳の碧がいた。


「連くんが未練って言うのは本当。でもね、私は連くんを恨んでいたんじゃないよ。連くんに、ずっと言いたかった事があったから」

「言いたかった事……?」


 碧は一呼吸置き、そして連をまっすぐ見据えて伝えたかった想いを口にした。


「私は、美空碧はあなたに出会った時からずっと、あなたの事が大好きでした」

「……っ」


 儚く微笑む碧を目の前に、連が息を飲む。

 そして、また拳を握りしめ葛藤を露わにしながら俯く。沈黙が続く事数分、連はようやく顔を上げた。

 そして、彼もまた碧をまっすぐ見据えて言った。


「俺も、俺もお前の事が好きだったよ」

「……!連くん、本当?」

「ああ。俺の勝手な申し出に一生懸命にも文句も言わず応えてくれて、大好きな歌と向かい合って、いつも笑顔で俺に元気をくれた。そんなお前が俺も好きだよ」


 同じ思いだった事を知り、碧の瞳が潤む。連も自分の想いを碧に伝え、今にも泣きだしそうな彼女に向かって微笑んでいた。


「最初はただ純粋にお前の歌に惹かれた。その才能を活かして欲しいと思って子供ながらにスカウトした。マネージメントもプロデューも自分で引き受けて、お前をトップに立たせてやりたいと思った。そこに下心なんて一切なかった」

「うん。知ってる。連くんは真面目だもん」


 気持ちを伝えて吹っ切れたのか、連は自らの想いを碧に伝え始める。碧も自分の手で涙を拭きながらその言葉に耳を傾ける。


「だが、お前に友愛以上の感情が芽生え始めていたのは事実だ。正直自覚はなかったんだが、お前と曲を共同作成して、一緒にいる時間が今まで以上に長くなって、今まで以上に距離も近くなった気がして……気を抜いて、写真を撮られた」


 連が悔しそうに声を震わせて言う。碧はそんな彼を気遣って首を横に振る。


「ううん。連くんだけのせいじゃないよ。私も、同じ。好きな人と共同作業ができて、しかも送ってくれるって言ってくれたんだもん。浮かれちゃった」


 そう言いながらお互い照れくさそうに笑い合った。

 そして、連は申し訳なさそうに碧を見つめる。


「でも、俺はアイドルとしてのお前の人生も守りたかった。お前といたところを週刊誌に撮られた時、罪悪感しか芽生えなかった。好き勝手書かれてお前のファンが減ったり、叩かれたりするのは、耐えられなかった。お前は俺が思った以上に世間から注目されていて、遠い存在で、俺みたいな業界人の端くれが関わるのは良くないと感じた。だから、これ以上迷惑をかけたくなくて、お前と距離を置いたんだ」


好きな人と一緒にいない方が守られる場合もある。そんな切ない事があるのかと、様子を見つめるネクラは胸が締め付けられる。



「突然距離を置かれた時は寂しかったけど、理由が知れたからよかった。嫌われたかと思ってたんだよ」


 碧が眉を下げて苦笑いをする。連もそれに苦笑いで返す。


「ごめん。でも俺にはそうする事しかできなかった。お前のプロデュース業は続けたけどな」

「それは嬉しかった、ありがとう。でも、私は誰に何を言われても、どんな記事を書かれても平気だったんだよ。連くんが隣にてくれるだけで頑張れたの」

「碧……」


 碧は何も言えずただ彼女の名前を呼ぶ事しかできない連に向かってまた言葉を向ける。


「本当は一番の元気の源はファンって言いたいところだけど、私の元気の源はアイドルになる前からずっと、連くんだったから。だから私もアイドルとして連くんの気持ちに応えて支えになれたらって思いながらスポットライトを浴び続けた。ふふ、知らなかったでしょう?」


 碧が微笑んだその時、先ほどまではっきりと姿を現していた彼女の体が透け始める。

 碧と連が驚き、舞台袖で2人の様子を見守っていたネクラも慌てて死神を見る。


「し、死神さん。碧さんの体がっ」


 しかし、死神はその場にいる中で唯一の冷静だった。


「未練が断ち切れたんだろうね。彼女の魂が現世から消え始めている」

「そ、そんな」


 ネクラは握っていたカーテンを思わず握りしめる。

 碧の想いが連に伝わり、連もその想いに応えた。だが、お互いに想いは通じ合っていても最愛の人とは寄り添う事はできないのだ。


 その事実を目の当たりにして、ネクラはとても悲しくなった。

 しかし、消えゆく碧はとても満足そうに笑っていた。


「本当に、お別れみたい」

「碧っ」


 消えゆく碧に連が必死で手を伸ばすがやはり2人が触れ合う事はなく、勢いよく手を伸ばした連の体は碧をすり抜けてよろめく。

 慌てて連が振り向くとそこには体がどんどん薄くなってゆく碧がいた。

 碧も振り返り、自分をすり抜けて言った連を見る。

 

 最愛の人との別れを悟り、悲しみと絶望の色を映してその姿を見つめる連とは対照的に碧はとても晴れやかな表情をしていた。


「連くん、私と出会ってくれてありがとう。歌を褒めてくれてありがとう。自信のなかった私を、ここまで導いてくれてありがとう」


 碧は涙を浮かべながら連に感謝の言葉を述べる。

 彼女の言葉をしっかり聞こうとしているのか、口を噤む連の体は震えていた。


「共に見たトップアイドルの夢をこんなにも早く潰えさせてごめんなさい」


 消えゆく体で碧は頭を下げ、そんな彼女にそっと連が触れる。

 否、実際は触れていないのだが碧の体がある辺りを手で覆っているのだ。まるで碧を抱きしめる様に。


 碧がそれに気が付き、連の方を見ると彼は瞳を潤ませながら悲しく、優しく微笑んだ。


「謝る必要はないよ。俺も何も言わずに距離を置いて悪かった。お前を悩ませて、事故に遭わせて、守ってやれなくて……ごめん」

「ううん。ちゃんと守ろうとしてくれたよ。ありがとう、連くん。本当に、本当に人生で一番、誰よりも……連くんが好きだよ」

 

 ついに碧の瞳から大粒の涙が溢れ出る。

 碧の手が連の背中に回される。もちろんその感覚や彼女の温もりが連に伝わる事はない。

 しかし、連にはそれが伝わったのか、碧を覆う腕に力が込められた。


 決して互いの温もりや感覚が伝わる事のない抱擁だが、お互いの肩口に顔を埋める様にして、幸せそうに微笑む。


「俺もお前の歌が、笑顔が、碧の全てが、人生で誰よりも好きだよ」


 連がそう伝えると、碧は彼から体を話し、その顔を見つめた。

 碧の体はほぼ認識ができないほどに薄くなっていた。

 それを見て、行かないで欲しいと言う気持ちが連の表情に出ていたのか碧は諭す様に微笑んだ。


「そんな顔しないで。お願い、笑顔で私を見送って欲しい」


 そして彼女は涙を流しながらも精一杯の笑顔を見せる。

 連も悲しみで顔を歪ませたが、なんとか笑顔を作る。


「ありがとう。さようなら、連くん。幸せになってね」


 それは、アイドル蒼井美空ではなく、普通の少女、美空碧としての笑顔に思えた。


「ああ」


 連も薄く涙を流しながら、彼女に微笑む。

 その答えを彼女は『約束だよ』と告げた後、最後は小さな光となって消えた。


「碧さん、連さん……」


 舞台袖で一部始終を見ていたネクラがステージ上にただ一人残り、静かに肩を震わせる連を見つめる。


「終わったね。彼女の魂も輪廻転生の波に乗れたみたいだ。現世で言う成仏だね」

「はい……」


 死神が簡潔に述べ、ネクラはただ頷いた。


「じゃ、仕事も終わったし、帰ろうか」

「え、でも連さんは」


 ネクラが言うと死神は首を横に振る。


「ここから先は俺たちには関係ない事。三条連が乗り越えるべき問題だ」

「そう、ですよね」


 同意しながらも連を気にしてステージに瞳を向けるネクラに死神は言った。


「美空碧の歌と想いが彼に届いて、三条連の想いも彼女に届いた。それ以上に素晴らしい結末があると思う?」


 その言葉を聞いて、やはり悲しく、切ない気持ちも残っていたがネクラはステージを振り返る事なく返事をした。


「はい」


 連さんの気持ちの整理がついてこの劇場から出られた時、抱える想いは悲しみではなく愛しさであります様に。

 そう祈りながら、ネクラは死神と共に文字通りその場から姿を消した。

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