第三章 第九話 決意と告白と大問題
「スキャンダル!?」
驚いたネクラが碧の方を見ると彼女は覚えがないと首を横に振る。
その必死な様子に彼女が嘘をついていないと言う事がわかる。
ネクラも生前、なんどか彼女のスキャンダル記事を見かけたがフェイクと判断できるものが多く、大手の事務所で碧が売れっ子アイドルと言う事もあり、修正が入る事も早かった。
そもそもスキャンダルとは真実であろうとなかろうと芸能界ではよくある事。何故連が碧と距離を置く必要があるのか。その疑問を死神に耳打ちする。
「レンさんはスキャンダルに頭を悩ませて、美空と距離を置いたの?」
「そうね。確かに碧は人気があるからこそ、そう言う記事は多かった。でもね、連が悩んでいたのはスキャンダル多さじゃない。たった1つの記事だったの」
そう言って切香は携帯を操作し、とある記事を見せる。
「本記事は既に消してあるけどね。これはスクショしたもの。裁判とかその他もろもろのためにこの手の記事は一応、保存してあるの」
差し出された画像をネクラ、死神、そして碧がのぞき込む。
画面にはどこかの建物を背に、恐らく夜のため暗く認識しづらかったが、2人の男女らしき影が寄り添っている様に見える写真が写っていた。
画面に広がる木々がこの写真が隠し撮りである事を物語る。
その写真を見た碧がハッとした顔で青ざめた。
ネクラには碧が青ざめた理由が分からなかったが、写真の下の見出しを見ると、太く大きな文字で記されてあった。
『スクープ!蒼井美空、事務所内人間と熱愛か!?』
ネクラが驚いてよく記事を読んでみると詳細が書かれていた。
『本記者は、人気アイドル蒼井美空が自身の事務所からある男性と2人で出て来たのを目撃、スクープした』
『その後、2人はなにやら楽しそうに笑い合いながら蒼井美空が住むマンションに到着。
部屋へと消えて行った』
そん内容が続き、まさにスキャンダル記事だった。
写真写りがあまり良くないため、写真の人物が碧だとは認識しづらいが、真っ青になっている碧の反応を見るに恐らく本人で間違いないだろう。
ネクラが碧に確認しようとした時、先に切香が口を開く。
「これね、碧と連なの。本人たちに確認したけど、部屋に入ってないって。でも、仲が良くて当然よね。2人は幼馴染なんだし」
写真を忌々しそうに睨んだ後、切香は携帯をしまう。
「碧のスキャンダル記事はこれまでにもたくさん出たし、この記事も嘘が多かったからすぐに火消はしたけれど。碧はトップアイドルですもの。記事が出る度に話題にはなるわよね」
疲労感溢れる表情で切香は肩を落とした。その時の事を思い出したのか、碧も表情も何度目かの暗い表情になる。
「さすがの連も焦ったみたい。もし、マスコミが自分たちが幼馴染である事に気付いてしまう様な事があれば関係を疑われてしまう。不用意に碧を自宅まで送ったせいで写真を撮られた。自分のせいでまた碧が世間から叩かれてしまうって悩んでいた」
碧もその話を聞いて頷き、切香の言葉を補足する。
「私、安全性を考慮して事務所が経営するマンションに住んでいたの。ありがたい事に仕事が忙しくて、滅多に事務所に行く事はないけど、あの日は事務所に用事があって……。そこに居合わせた連くんが送ってくれる事になったの」
碧は自分こそ不用意だったと呟いて、そのまま俯いた。
切香の話は続く。
「それで、色々考えた連が出した答えが碧のマネージャーを辞めて極力彼女から距離を置く事だったの。女性である私だったら一緒にいても少なくともスクープされないと思って私に役目を任せたんでしょうね」
徐々に連の思惑が見えて来る。彼は自分と碧がスクープをされた事をきっかけに、これ以上2人の関係をマスコミに詮索されない様に距離を置いたのだ。
例えただの幼馴染であっても、それ以上の関係に見える様に写真や文章で上手く印象付ければ信じる人も出てくるだろう。
連はそれを避けたかったからに違いない。ネクラは確信した。
「遠方の仕事なら車で送っていたのだけれど、たまにある事務所の仕事では基本的に碧は1人で帰る様になったの。夜遅い日は私が付き添っていたけどあの日、私はたまたま事務所にいなくてね。碧は1人で帰ったの。それで……事故に遭った」
切香が途中言葉を詰まらせる。彼女はとても辛そうで、申し訳なさそうな表情をしていた。
「連は彼女の事故の知らせを聞いてすごくショックを受けて……。暫く仕事が手につかなかったの。私も同じ。あの時どうして自分は事務所にいなかったのかって後悔ばかりよ。
一緒に帰ってさえいれば……」
切香の瞳に光るものが見えた後、彼女はそれを自身のハンカチで拭う。
「連くん、切香ちゃん……」
碧も泣きそうになりながらかつて苦楽を共にしたであろう2人の名を呼ぶ。
ネクラは色々な感情で足元がおぼつかない碧を支えて言った。
「よかったですね、碧さん。連さんは碧さんを嫌ってなんかいませんでしたよ。あなたが大切だったから、距離を置いたんです」
結果、その真意を知る事なく碧は命を落としてしまった上に未練を残す事になってしまったが、遠回りになったがこうして連の心の内を知る事ができたのだ。
碧はネクラの言葉に涙を流しながら頷いた。
そんな碧を黙って見守るネクラは視線を感じた。その方向を見ると死神がこちらを見ているのだ。
その眼力から『もういいのか。早く指示しろ』と言う圧が伝わって来たため、ネクラは碧にも他に聞きたい事がないか確認した後、腕で大きく丸を作った。
「ありがと。キリカさん。色々と知れてよかったよ」
死神は席から立ち上がり、微笑みながらお礼の言葉を述べた。
胸の内を話し、すっきりしたのか切香も微笑みながら答える。
「何を考えているのかわからないけど、お役に立てたのならよかったわ」
そして、鋭い眼光で死神に付け加える。
「でも、これ以上碧の事で連を追い詰めないでね」
それは大切な存在を失って落ち込む兄を想う妹からの牽制だった。
しかし死神はやはり笑顔で答えた。
「そんな事しないよ。じゃーね。また仕事の連絡頂戴」
軽い言葉と背を向けながら死神はヒラヒラと右手を振って部屋を後にした。もちろんネクラと碧もそれに続いた。
切香と別れた後、ネクラたちは人が来ないと言う理由で地下の非常階段付近へと戻った。
ついでに死神も篠上から死神の姿に戻った。
そして碧の一言からそして作戦会議が開かれる。
「私、連くんに想いを伝えます」
力強く宣言する碧に死神が面白そうに言う。
「お、すごいねぇ。あんなに後ろ向きだったのにどう言う心境の変化?」
「死神さん、デリカシーないです」
ネクラが死神を肘で小突こうとしたが、華麗に交わされてネクラの肘は空を切った。
ネクラは悔しさで死神を睨んだが、知らんぷりをされた。
碧はそんな二人に構わず胸の内を語る。
「私、連くんに嫌われているのであれば、死神さんが言った様に未練を奪われてもいいかなって思ったんです」
「碧さん!?」
ネクラが驚きの声を上げて碧を見る。
負の感情を根源としない未練でそれを断ち切れない場合は死神が強制的に未練を魂から剥がす。未練を剝がされた魂はその想いが一切消え失せる。
死神はそう言っていた。連への想いが消えるのは嫌だと碧は立ち上がったと思ったが、場合によってはそれすら選択肢に入れていたとは思わなかった。
目を見開いて自分を見るネクラに碧は寂しそうに笑って見せる。
「だって、私の未練は想いを伝えたい事。それなのに好きな人に嫌われている上に告白して、面と向かって否定されるのは辛いわ。もしそうだったら気持ちを伝えずに奪ってもらった方が気が楽かなって思ったの」
「……」
ネクラが気まずそうに瞳を逸らし、無言になったため、碧は慌てて取り繕う。
「想いを伝え様としたのは本当よ。あくまでも最悪の結果だった時を想定してだから。未練を断ち切るための最終手段みたいなもの」
「はい……」
釈然としないのかネクラは元気のない返答をし、碧は困った笑顔で話を続ける。
「でも、連くんは少なくとも私を嫌ってはいない様だし、切香ちゃんの話が本当なら、全て私のためを思っての行動だったみたいだし……友愛かもしれないけど、でも想いは伝えてみようかなって」
静かに、そして前向きに意気込む碧を見てネクラもモヤモヤとした気持ちを捨てて決意する。
「碧さん。死神補佐として私もお手伝いします。一緒に頑張りましょう」
「ありがとう。ネクラさん」
しかし、笑い合う少女2人の柔らかく暖かい雰囲気を死神が呆れた声色と言葉でバッサリと斬る。
「告白するのはいいけど、問題は山済みだからね。君たち、それ理解した上でやる気エンジン入れてる?」
「「問題?」」
2人の少女の言葉が重なり、死神はやっぱりかと溜息をついた。そして碧を指さして言いう。
「君は霊体。正者であり、霊感もない彼には君の姿が見えないどころか声も聞こえない。仮にそれが可能になったとして、どこでどう告白するの」
「あっ」
「そ、そう言われると……」
2人ともが何も考えていませんでしたと言う反応だっため、死神はまた大きな溜息をついた。
「まあいいよ。ここまでネクラちゃんなりに頑張ってたし、ターゲットに未練を断ち切らせる覚悟もさせたしね。俺が手伝ってあげる。感謝しなよ」
死神は仕方がないと言う様子で言った。そんな彼を碧は不思議そうに、ネクラは悔しそうに見つめた。
その種類の異なる2つの視線を受けた死神は自慢げに言った。
「俺に不可能な事なんて、ほとんどないからね」
時間は夜の12時近く。誰もいない三条プロダクションの簡易な劇場に、このプロダクションの社長の息子であり、社員でもある三条連は1人で訪れた。
この劇場は所属する芸能人に実際に舞台に立つと言う体験をさせるために建設されたもので、ある程度レッスンを終え実力が認められた者はここに立ち、実際にその芸を披露する事ができるのだ。
何故、そんなところに連がやって来たのかと言うと、不可解なメッセージカードが自分のデスクの上に置いてあったのだ。
緑色の紙の右下に濃い緑色をした四葉のクローバーが描かれたメモ帳。それは以前、自分が担当していたアイドルで幼馴染である美空碧が愛用していたもので、連は一瞬だけ動揺を見せた。
そしていまだ動揺を引きずり、小さく速く脈打つ心臓に耐えながら、メモの内容に目を通した。そこには可愛らしい小さな丸文字で一言書いてあった。
『事務所が閉まる前で構いません。A劇場に来てください』
その文字はどう見ても碧のもので、疑心と期待で連の鼓動はさらに熱く、速くなった。その後、何度もメモを確認してしまうほどの動揺を見せながら、彼はこの劇場へと足を運んだ。
通常は鍵がかかっているはずの扉が開いていたのにも関わらず、電気はついておらず劇場の中は闇が広がり静まり返っていた。
「誰かいるのか」
連が闇に向けて声を出すも返事はなく、やはりいたずらかと踵を返したその時、舞台がライトで照らされた。
驚いて振り返ると舞台の中心に人が立っているのが見えた青色の衣装に身を包み、マイクを両手で抱きしめる様に立ち、下向き加減で瞳を閉じているその人物の姿を見た時、連の瞳が見開かれる。
驚きのあまり体が固まり、声すら出せなかった連だがやっとの事で絞り出す。
「あ、お、い……」