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死神補佐になりました : 来世のための少女の奮闘記  作者: 水無月 都
少女は偶像と出会い、その恋を見守る
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第三章 第八話 三条連の想いとは

「で、俺に話ってなに」

 

 連はそう言いなが会議室の椅子に腰を掛ける。ゆっくり話す気があると言う事だろうか。

 突然の呼び出しにも関わらずそれに応じ、文句の一つも言わずにこうして話を聞く姿勢を見せてくれるとは懐が深い人物だな。とネクラは感じた。


 連の第一印象は、爽やかで人当たりが良さそうな、碧の話を聞いてイメージした通りの好青年だった。

 

 切香は自分がいては邪魔だと判断したのか、はたまた余程仕事が立て込んでいるのか、連が会議室にやって来てからすぐに鍵を置いて、一言『私は失礼するわ』と告げて出て行ってしまった。

 それにより、会議室に残されたのは連、篠上(死神)、そして霊体であるネクラと碧となった。


「篠上さんが俺に話なんて珍しいね。どうしたの」


 座りなよ。と連は死神を促した。死神はそれに倣い連と2つ席を開けた場所に座る。

 そして、背後に立つネクラに視線を送る。これは恐らく、質問したい事を言えと言う事だ。

 ネクラは頷き、碧にも確認を取る。


「碧さん、まずはどうしてあなたのマネージャーを辞めてしまったのかを聞きますか」

「はい。お願いします」


 碧は緊張した面持ちで頷いた。

 いきなりこんな質問はおかしいと思うが仕方がなかった。

 切香が自分たちに与えられた時間はたった15分だった。時間になれば連を呼びに来ると彼女は言っていた。


 その限られた時間の中で知りたい事を適切に聞かなければならないのだ。確実に知りたい事はなるべく早めに聞いた方が良い。

 ネクラは死神にその質問を伝えると死神は連にはわからない様に小さく頷いた。


「俺さ、ずっと気になってた事があって」

「なんだ。もったいぶるなぁ」


 死神が話を切り出す。そのじれったい様子に連は苦笑いをしていた。

 しかし、次の死神の質問でその苦笑いが固まる。


「なんで、美空碧……蒼井美空の方が良いかな。なんで彼女のマネージャー早期に辞めたの。あれ、自分から辞めたんでしょ」

「なに、突然どうしたの。篠上さん」


 連は口調も優しく、微笑んでいたがそれはどこか張り付いた笑みに感じられ、わずかだが彼の動揺を表していた。


「裏方の仕事とかしてるとさ、マネージャー業に興味が出て来て。話聞きたなって思っただけ」


 死神が何でもない風に言うと、連はやはり優しい口調のまま続ける。


「篠上は本当に裏方の仕事が好きだな。別に話すのはいいけど、それと蒼井美空がどう関係してるんだ」


 連は蒼井美空の話をする事についてどこか渋っている様に見えた。話したくないのか、話せないのかその真意は窺い知れなかったが、彼が蒼井美空の話題を避けたいと思って言う事は分かった。

 死神は簡単には本心を見せる気がない連に対し、落ち着いた様子で連に対応する。


「別に他意はないよ。だだあんなに熱入れてたわりにあっさり美空のマネ辞めたから、マネージャーって頻繁にかわるもんなの。かなって思っただけだよ」

「人によるんじゃないかな。会社異動命令とかもあるし、頻繁かどうかはわからないけど、ずっと同じ人の担当マネでいる事はほぼ不可能だと思うよ」


 そう言って連は死神に微笑む。しかし、本来に質問の答えにはなっていない。明らかに話を逸らし、切り上げ様としている。

 ネクラは慌てて死神に耳打ちする。


「し、死神さん。話を逸らされる前にもうちょっと追及してくださいっ」


 死神は瞳だけをネクラの方へ動かし、頷く。


「やだなぁ。レンさん、話が逸れてるよ。俺はなんで自主的に美空のマネ辞めたか聞きたいんだよ。会社からレンさんにそんな命令なかったって聞いたよ」

「……。プロデュース業に力を入れたかったんだよ。だから美空には悪いけどマネージャーを降りさせてもらったんだこれでいい?」


 連はあっさりと理由を口にしたが、あれほど言葉にする事を渋るほどの理由ではない。彼は本心を言っていないし、何かを隠しているとネクラは怪しんだ。

 ネクラは死神に次の質問を耳打ちし、死神がそれを言葉にする。


「美空のマネを辞めたのに彼女のプロデュース業を続けるのはなんで」

「だから、プロデュース業をメインに活動したかったんだよ。マネージャーを辞めたからって彼女をプロデュース業しちゃダメって事はないだろう」


 連の声色が落ち着きの中に苛立ちを含んだものに変わる。

 死神もそれがわかったが、構わず質問を続ける。


「でもさ。レンさん、今は美空のプロデュースしかしてないよね」

「えっ」


 声を上げたのは碧だった。どうやら連が自分専属でプロデュースしていた事を知らなった様子だった。

 その死神の言葉に明らかに動揺を見せたのは連も同じで、彼は言葉を選ぶ様に瞳を泳がせながら数秒間固まっていた。

 そんな連に死神はネクラが頼んでもいないのに追い打ちをかける。


「彼女のマネージャーは辞めたのに、専属でプロデュースをするなんて変だなって思っただけだよ。まるで距離を置いても彼女の事を見守りたいみたい」


 死神は意地悪そうにそう言い放つ。

 その態度を見たネクラは思う。死神は連の真意に気が付いていると。


「あいつは、とっくに遠い存在だったんだ。俺が関わる事自体が間違っていた」


 連が一言だけ呟く。しかし、黙り込んだままその場で動かなくなった。ネクラがじれったさを感じていると、会議室にノックの音が響き、続いて切香の声がした。

「そろそろ時間よ。入るわね」


 切香が丁寧にドアをキビキビと死神と連の元へと歩みを進める。

 連は助かったと言う表情で溜息をつき、ネクラはもう15分経ったのかと焦りを覚えた。結局確信的な事は何一つ聞けていないのだ。


「時間みたいだ。ごめんね、篠上さん。また今度ゆっくり話そうよ」


 恐らく、ゆっくり話す気などない。連は定型通りの愛想がたっぷり込められた挨拶をしながら椅子から立ち上がる。

 そして用事は終わりと言わんばかりにまっすぐドアの方まで歩き始める。

 いけない、このままでは収穫がゼロだ。そうネクラが思った時、碧が叫ぶ。


「待って!連くん。どうして、どうして私のために作った曲を他の人に使ったの」

「えっ」


 それは涙を必死で我慢した掠れて震えてしまった絶叫だったが、ネクラはその言葉に驚いて目を見開いてしまった。

 もちろんその絶叫は死神にも聞こえており、死神は左手を挙げその言葉を代弁した。


「レンさん。最後の質問。なんで美空のために作った曲、他の人にあげたの」


 背を向けていた連の歩みが止まり、何故かその言葉を聞いた切香も動きが止まる。

 切香も何か知っているのか。ネクラがそう思った時、連はこちらを振り返らず、一言だけ言った。


「作った曲が勿体ないだろ。それだけだよ」


 そして連は振り返る事なく会議室から姿を消した。

 連の言葉を聞いた後、碧は『そんな……』と呟いた後、その場にへたり込む。

 先ほどの言葉が余程ショックだったのか、涙すらでない様子で放心状態だった。


 『私のために作った曲を他の人に使ったの』その言葉の意味がきになったネクラが碧に話を聞こうとしたその時、まだ部屋に残っていた切香が口を開いた。


「篠上くんあの曲の事、知っていたのね」


 そう言われた死神が自分をチラリと流し見たのでネクラは彼に向って言った。


「詳しく話を聞いて下さいっ」

「うん。ちょっと小耳に挟んでね。あ、キリカさん詳しい感じ?」


 死神は少しだけ面倒くさそうにしたが、ネクラの言うとおりにした。

 切香は少し迷いを見せたのち、また携帯とスケジュール帳を取り出し、何かを確認してそれらをしまう。


「私の時間とこの会議室の時間を確保したわ。あなたの質問に答えてあげる」


 そう言って切香は周りに誰もいない事を確認して会議室のドアを閉める。

 そして疲れた様子で椅子に腰かける。死神はまだ一度も席から立っていないので先ほどの位置に座っていた。

 碧もなんとか気持ちを持ち直し、ネクラに支えられながらその様子を見つめていた。


「あなたが連と話したかった事ってまさか美空の事だったの」


 切香がそう話を切り出すと、死神は笑顔で頷いた。


「うん。まーね」

「はぁ……」


 のらりくらりとする死神に切香は頭を抱えていた。ネクラは彼女の心情がものすごく理解できた。


「さっきの話ね。美空のために作った曲、他の人にあげたって話」


 切香がそう話を切り出し、ネクラと碧は息を飲む。


「別に連は他人にあげたつもりはないと思うわ。あの曲は今でも美空のものだって彼は言っていたから」

「で、でも、女優さんのイメージソングとしてビルの広告で流れていたし……」


 切香の言葉に、聞こえるはずもない反論を碧がする。

 ビルの広告と聞き、ネクラには思い当たる事があった。

 初めて碧と出会った時に彼女がぼんやりと眺めていた広告。しっとりとしたバラードに合わせて美しい女優が映っていた。


 あの時、碧はあの映像を見てぼんやりしていたのではなく絶望していたのか。

 ハッとして碧を見ると彼女は表情をより一層曇らせていた。


「その割にはビルの広告で流れていたみたいだけど」


 死神が碧の言葉を代弁すると切香は俯き加減で言った。


「あれは、美空いいえ碧に対する連なりの想いよ」

「連くんの、想い……」


 碧が不安を滲ませながら切香を見る。

 そんな彼女を目の前に、死神はただ冷静に質問をする。


「ふーん、どんな意図があったの」

「本人から直接聞いたわけではないけれど、あの曲をお蔵入りにしたくなかったんだと思う。碧の死後、連はどうしてもあの曲を世に出したいって奮闘してたもの。ただこれは碧の曲だから、他の歌手に歌って欲しくないって言い張って、歌詞を取り下げて曲だけ提供したの。その妥協案があのビル広告。女優のイメージソングね。連はそれすら嫌がっていたけど」


 切香が寂しさを抑える様に静かに言う。

 死神が黙って切香を見ていると、彼女はポツポツと語り出す。


「あの曲はね。連と碧の思い出の曲なのよ。2人が協力して作った曲。あとは碧の歌を入れれば完成だった歌。でも、彼女は事故で……」


 切香は美空ではなく本名の碧と呼び、瞳を潤ませた。それにつられる様に碧の瞳にも涙が光る。

 そう言えば切香は連の後任で碧のマネージャーを務めていたのだ。この2人にも恋心とは違う絆や想いが少なからずあるのだろう。

 

「初の単独ツアーライブがクリスマスに決定していてね。それに向けてファンのために2人で曲作りをしていたの。碧は作詞も作曲も未経験だったし、連はどちらも得意だし。碧のマネージャーを辞めた今年の春ぐらいまでは一緒に作業していたのを知っているわ。でも連はレコーディングを前に彼女と距離を置いたけれど」


 ネクラが碧を見ると彼女はコクリと頷いた。どうやら切香が言っている事は事実の様だ。

 切香はその光景を思い出す様に瞳を閉じ、そして優しく微笑んで言った。


「だからね。あの曲は連にとっても碧にとっても大切な曲なの。それは私が保証する。だから、他の人にあげたなんて言わないであげて。きっと碧が生きた証を世に出したかったんじゃないかしら」


 それが事実であれば碧は連に嫌われていると言う可能性は低くなる。

 碧も切香の言葉に戸惑っている様子だった。

 ネクラは死神に核心に迫る耳打ちをする。


「ねぇ。キリカさん。レンさんがなんで美空と距離を置いたか心当たりはある?」

「ああ。そうね、それなら心当たりがあるわ。本人から相談を受けていたし」

「ふーん。相談って何、教えてよ」


 死神が言うと切香は迷いながら言葉を詰まらせたが、覚悟を決めたのか息を吸い神妙な面持ち言った。


「スキャンダルよ」

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