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死神補佐になりました : 来世のための少女の奮闘記  作者: 水無月 都
少女は偶像と出会い、その恋を見守る
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第三章 第七話 冷静沈着、三条切香

「未練を奪うってどういう事ですか」


 ネクラの質問に死神は淡々と答えた。


「そのまんまの意味。悪霊化する様な恨みの感情は魂に根付いてしまうから、俺たち死神の力を以てしても恨みから魂を開放する事はできない。でも、恨み……と言うか負の感情全般かな」

「魂に根付く……」


 ネクラが死神の言葉を繰り返すと死神は頷いた。


「でも今回の未練は恋心、そう言うのは魂には根付かない。他者を想う清らかな感情は恨みや執着とは程遠いものだからね。だから魂から剝がしやすい」


 そう言って死神は碧の胸当たりを指さす。

 突然名指しされた碧は驚いて肩をビクリと震わせた。


「恋心じゃなくても、残して来た者への心配もそう。負の感情を根源としない未練の場合でそれを持つものが、個人的な理由でどうしても未練を断ち切れない場合は死神が強制的に未練を魂から剥がす。まあ、想いを奪うって表現の方が君たちにはわかりやすいかな」

「想いを奪われてしまった魂はどうなるのですか」


 ネクラがさらに質問を重ねると死神は困惑する碧を見ながら残酷に淡々と続ける。


「この子の場合、想いを奪われたら三条連への恋心はきれいさっぱりなかった事になる。あとは極単純。事故死だし、未練もなくなってめでたく輪廻転生にご案内だよ」

「連くんへの想いが、なかった事になる……」


 碧が震えながら呟くと、死神は笑いを含んだ声で言った。


「心配しなくてもいいよ。すぐに奪おうってわけじゃない。死神としても魂の想いはなるべく尊重してやりたいし。でも、君が未練を断ち切る事を戸惑い続け、現世に残り続ける様であれば、俺は君の未練を奪うつもりだよ」


 死神は笑みを浮かべていたがその真面目な声色と口調に本気で実行する気である事がわかる。


「碧さん……」


 ネクラがかける言葉が見つからず、心配そうに碧を見つめていると彼女は決意したのか、弱気で不安な表情はすっかり消え失せ、強い光を宿した瞳をネクラと死神に向けた。


「見ているだけで良いなんて思っていた私が馬鹿でした。私、頑張ります。まだ少し怖いし、モヤモヤも不安もありますけど、でもこのままウジウジして連くんへの想いをなかった事にされるのは、もっと怖いし嫌ですから」


 両足で踏ん張り、小さく拳を握りしめて意気込む碧を見て、ネクラはやっぱりこの人は自分と似た過去を持つにも関わらず、強い人だなと思い、少し寂しい気持ちに襲われた。


「じゃ、決まり。今から三条切香に連絡するから」


 死神は言うや否や業務用に渡されていたと言う白い携帯端末をタップして電話をかけ始める。


「え、ちょっ」


 ネクラが突然すぎる、と抗議しようとした時、死神が『ちょっと黙って』と行動で示した。無言で掌をネクラの顔の前で止め、電話の向こうにいる相手と会話を始めたのだ。

 そんな事をされては反射的に声を引っ込めてしまう。ネクラは恨めしそうにギリィッと唇を噛んだ。


「あ、キリカさん。お疲れー。ちょっとお願いがあるんだけど、今から会えない?」


 死神は電話の相手、連の双子の妹である切香と親し気に話を始める。心なしかいつもよりチャラい口調なのは『篠上黒人』のキャラなのだろうか。


 ネクラがジトリとした瞳でしゃあしゃあと電話を続ける死神を見つめていると、彼は視線をネクラへと向け、ウィンクした後に親指を立てた。


「ありがとー。キリカさん、ちょー愛してる。え?くだらない冗談を言うな?つれないなぁ。はいはい、じゃね」


 テンプレの軟派男のセリフを吐いて死神は電話を切る。

 先ほどの言葉にとんでもなく違和感と寒気を感じたネクラは死神に言った。


「死神さん、やっぱり篠上黒人はチャラ男設定なんですね。めっちゃサムイです」

「どうキャラを作ろうと俺の勝手でしょ。根暗よりマシだよ」

「私のはキャラじゃないんですけど。元々の性格なんですけど」

「あはは。なおさら最悪じゃん」


 流れる様にディスられ、ネクラはイライラが止まらなかった。顔の神経がピクピクしていた。よく怒りをブチ切れると表現するが、今のネクラにはそれがよくわかった。

 なぜならば怒りで今にも神経が切れそうだからだ。


 しかし今は仕事中そして憧れだったアイドル、碧の前である。変な姿は見せられない。

 ネクラはぐっと怒りを飲み込み、その様子を察した碧は仲がいいのか悪いのかわからない2人をおろおろとしながら交互に見つめていた。


「よぅし!じゃあ、さっそく行こうか。三条切香のとこ」


 滞留する色々な空気をぶった切るかの如く死神はのんびりと言った。

 それに対してネクラは渋々、碧は戸惑い気味に頷いた。



 そして、3人は地下非常階段付近から離れ切香との約束の場所に向かっていた。

 死神は篠上黒人に姿を変え、霊体の2人がその後に続く。

 廊下を歩きながらネクラは死神が出したとある条件を思い返す。


『俺が三条切香に兄である三条連に会わせて欲しいと頼むのは構わない。でも、もし三条連と話をする事が可能になった時、彼に対する質問を考えるのはネクラちゃん、君だよ』

『私ですか!?でも、どうやって』

『そうだな。突然姿を現すわけにもいかないし、君が俺に聞きたい事を耳打ちしてよ。そしたらその質問を彼にそのまま伝えるからさ。まぁ、業界内部の事は俺の方が詳しいし、適当にフォローしてあげるから』


 ネクラは思った。責任重大すぎる。

 誰かに質問するなど初めての経験であるし、突然訪ねて来たチャラ男こと篠上黒人が同じく突然碧の事を聞くなど怪しさ全開すぎる。


 もし、何かの表示に連の機嫌を損ねてしまったら、ろくに質問ができないまま強制対象だってあり得る。

 多分死神の事だから連に対してもフランクな態度は崩さないだろうし、態度でも言動でも相手の神経を逆なでる可能性は十分にある。


 碧の話を聞き限りは気難しい人間ではなさそうだが、碧にが聞きたいと思う事を参考にしつつ、質問の内容には気を付けようとネクラは思った。


「切香ちゃん、やっぱり今日は学校を早退したんですね」


 ネクラがこれからの事にド緊張して無言になっていると碧が死神に問いかけ、死神もそれに答える。


「うん。なんかここ最近仕事が忙しいんだって。用があるなら手早く済ませって。第2会議室にいるから来いってさ」


 そう言いながら死神はコンコンコンと茶色のドアを叩いた。まるで『ここだよ』と示すかの様に肩の横に拳を掲げて後ろ向きにノックした。


「入ってください」


 ドアの向こうからキビキビとした印象の女性の声が聞こえる。

 ネクラと碧は息を飲み、死神は戸惑いもなくドアを開けた。


「やほー。キリカさん。直接会うのは久々じゃない?」


 死神が部屋の中にいた人物に軽々しく声をかけながら、室内に足を踏み入れる。

 ネクラと碧もその後に続く。もちろん2人の姿は見えていない。


「相変わらず軽々しい態度ね」

「うわ、美人……」


 思わずネクラは声を出してしまい、相手に聞こえないとわかっていてもしまったと言う様子で自らの口を塞ぐ。

 何故ならば呆れた様に死神を見る女性、三条切香はとんでもなく美人だった。

 碧の話では三条連とは同級生で彼女は双子の妹。と言う事は3人は同い年で18歳と言う事になる。もっと言えばネクラとは一つ違いだ。

 

 それにしては信じられないほど大人っぽい雰囲気を切香は持っていた。落ち着いた態度と声色。胸元までありそうな茶色の髪を束ねてそれを肩にかける様に前に持ってきている。

 170cmはある身長にさらに黒のパンプスを履き、胸元が花の様にひらひらとしている白いブラウスと黒のマーメイドスカートを着こなす姿はとても十代には見えない。


 さらにスレンダーな体、そして豊満すぎる胸。

 同姓であるネクラですら視線を向けてしまうほどの大きさだった。無意識だが小さく『小玉めろん……?』と呟いていた。

 碧も自らの胸を抑えつつ、『ねぇ。すごいよねぇ』と無表情で同意した。

 この見た目でマネージャーと言うのは驚きである。モデルと言われた方がまだ信じる事が出来た。


「それで、なんの用事かしら」


 どこか冷たい印象の声色で切香は言った。

 死神はそんな態度に臆することなく平然と要件を言う。


「電話でも言ったけどちょっとお願いがあって、キリカさんのお兄さんに会わせて。もしくは居場所を教えて欲しいなって」


 にこにこと言う死神、否、篠上黒人を切香は訝し気に見つめた後、簡潔で当然とも言える言葉を放つ。


「なに。突然」


 ですよねー。とネクラは思った。いくら死神がこの会社でバイトをしていると言えど、突然に会わせてくれと言う奴に二つ返事で了承してくれるはずがない。

 やはり妹経由で兄に会うのは無理があったか。そう思ったネクラだったが、死神は未だに平然としながら会話を続ける。


「仕事の事でお話ししたい事があるんだよ。レンさんに」

「仕事……?あなたはバイトだけど、私の管轄よ。仕事についての話なら私に言えばいいじゃない」


 切香は毅然とした態度で的確に冷静に返す。


「キリカさんに言いたくない案件だから、レンさんに話したいって言ってるの。なに、ここの会社は人のプライベートでデリケートな事を踏みにじりたいわけ」


 死神はお得意の笑顔に圧を乗せると言う技を使い、毅然な態度に対して強気の態度で返す。

 しかし、切香はその圧に一瞬も動揺を見せず、ひるむ事もなかったが、数秒間を置いて大きく溜息をついた。


「はぁ。あなたが何を考えているかわからないのはいつもの事だもの。深くは聞かない。どうせ私が首を縦に振るまで聞かないんでしょ」


 仕方ないと言った様子で、彼女は黒い革製のシステム手帳と赤いカバーのついた携帯電話を取り出して何かを確認し始める。


 切香がひどくうんざりしており、諦めモードであった事から、死神を見ながらどれだけこの人に迷惑をかけて来たんだろうとネクラは思った。

 死神はネクラに見られている事に気が付き、成功の合図であろう小さくピースサインをしてきた。

 ネクラはなんだか無性に苛立たしさを覚えて死神から目線を逸らした。


「今からなら、少しだけだけど連のスケジュールが空いているわ。会社に近い場所にいるし、この会議室へ来てもらう。それでいいかしら」


 手帳と携帯電話をほぼ同時に触りながら切香は忙しなく言う。


「おっけー。ありがとう。キリカさん」

「心にもない事は言わなくていいのよ……もしもし、連?」


 切香はにこにこと礼を述べる死神を冷たくあしらいながら連に電話をかけていた。簡単に要件を伝え、すぐに電話を切る。


「20分ぐらいでここに来るみたいよ。くれぐれも連に迷惑かけないでよね」

 ただでさえ精神的な疲労を抱えているんだから。と切香は小さく呟いた。



 きっかり20分後、閉ざされていた会議室のドアが開かれる。


「ごめん、待たせたかな」

「いいえ。時間通りよ」


 爽やかな声に冷静な声で切香が返す。

 そこには綺麗に整えられた茶色の髪と170cmほどある細身の身長で、藍色のスーツをピシっと着こなす、頭から靴まで全て磨き上げられた、清潔感溢れる爽やかな好青年が立っていた。


 目元が切香にそっくりだったため、ネクラはまさかと思い碧を見る。

 碧は愛しさと不安が入り混じった表情を見せ、震える声で言った。


「連くん……」


 その人物は碧の未練の根源で愛しの人物、三条連だった。



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