第三章 第六話 相手の気持ちを知るために
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「嫌われたと言うのは、何かきっかけがあったんですか」
泣き出しそうな碧にあわあわとしながらネクラは聞く。
碧は目じりに溜まった雫を手の甲で拭い瞳を伏せながら言った。
「実際に本人が言ったわけでもないし、心当たりもないけど……」
「ならどうして」
ネクラが心配そうに碧をのぞき込む。碧は顔を上げることなく続ける。
「連くんが正式に私のマネージャーになって3年目の春。つまり今年の春ね。本当に最近なんだけど、突然私のマネージャーを辞めてしまったの」
碧はより一層身を屈め、声を掠れさせながら言う。
「しかも、私に何も言わないまま。本当に唐突に双子の妹の切香ちゃんからマネージャーの変更を知らされたの。今後は切香さんが務めるって。連くんはプロデュース業に専念するって」
「それで、それ以降連さんとはお会いできたんですか」
ネクラが尋ねると、碧はゆるゆると首を横に振る。
「ううん。まったく会えなくなっちゃった。私のプロデュースは継続してくれていたけど、全部切香さん伝えだったし、私が会社に顔を出しても会える気配すらなくて、避けられてるなって思ったの」
「なるほど、嫌われているとはそう言う事だったんですね」
ネクラの言葉に碧は少しだけ顔を上げて頷いた。
「ええ、最初は、いつかは伝えたいって思ってたんだけどね。アイドルが恋愛なんて、世間の印象は良くないから伝えづらいって理由もあったけど、嫌われてしまったのなら、もっと気持ちを伝えづらくなって……モヤモヤしてたら一生想いを伝えられない体になるなんて」
碧はまた涙を溢れさせた。
「トップアイドルになって、ファンの方に元気を貰えていた事も事実だし、世間の評価も嬉しかった。でも、同業者の人たちからの妬みや嫉みの感情を向けられていた事は痛いほど実感したし、世間の声も優しいものばかりではないわ。でも、でもね。彼が私に期待してくれていたから、傍にいてくれたから、私は辛くても立ち上がって来たの」
なのに、どうして。と碧は掠れ声で呟いた後に顔を手で覆いながら静かに泣き出す。
ネクラは困った。こういう場合どうすればいいのか、恋愛経験が全くない上に社交的ではない彼女には悲しみ、悩む碧にかける慰めの声もアドバイスも思い浮かばない。
こう思うのは不謹慎かもしれないが、ゲームにおける選択肢のなんと便利で心強い事か。
そう思いつつも己の不甲斐なさに情けなくなり、ネクラも碧と一緒になって黙りこくってしまう。
暫くの間、重たく暗い空気が流れそれを打ち破ったのは、それをうっとうしそうに振り払う死神の声だった。
「ねー。君たち暗すぎだよ。こう言う場合はさ、三条連本人に話を聞くのが一番だと思うよ。あっ、空気がウジウジしすぎてついアドバイスしちゃった」
死神がしまったと言う様子で自らの口を押えたが、ネクラは思った。そのアドバイスをされても即座に行動に移せる様な案件ではないと。
「死神さんのアドバイスは大変参考にしたいですが、連さんの方が碧さんを避けている以上、連さん本人にお話を聞くのは困難ですよ。今どこにいらっしゃるかもわからないのに」
ネクラが『どこにいるかわかるか』と言う意味合いで碧を見ると彼女は手で涙を拭ってから、首を横に振る。
「この今日は平日だし、通常であれば学校に行っているとは思うけど、連くんも妹の切香ちゃんも仕事の都合で学校公認で早退する事もあるし、正確な場所はわからないかな」
「ですよね……」
ネクラは誰を責めるでもない溜息をつく。
「私が生きていれば、切香ちゃんと連絡が取れたんだけど……ごめんなさい」
「碧さんが謝る必要なんてないですよ」
碧が申し訳なさそうに眉を下げ、それをまたネクラがフォローし、場の空気がまた沈み始めた時、死神が大きく溜息をついて言った。
「暗い暗い。空気が重いよ。ネクラちゃん、今までトロい割に頑張ってた気がするけど今回はいつも以上にウジウジしてるよ。何?俺がいるから甘えている系?だめだよ。もうアドバイスはしないから」
またこの死神は……と思いつつも確かに、今回は死神が目の前いるからなにかアドバイスが貰えるかもしれないと期待している自分はいた。
それを自覚しネクラは思い直す。
少しでも強くなろうと、足手まといにはならないと決めたではないか。
頼れる存在がいるとつい頼ってしまう癖から直して行こう。
ネクラはそう自分に誓い、暗く沈み始めた心と脳をフル回転させる。
確かに、死神の言う様に、こう言った人間同士の感情が関係するものについては、相手の気持ちを知る事は大切だ。
思い違いもあるかもしれないし、本当に嫌われているのであればその原因を探り、それを謝る事もできれば、原因が誤解から生じたものだとしたらそれを解く事もできる。
しかし、件の連の居場所がわからない。仮に今から地道に探して奇跡的に見つかる事ができたとしても、ネクラも碧も霊体で恐らく、連には姿が見えない。
考えれば考えるほど問題は山積みで、やはりネクラは頭を抱える羽目になる。
思い悩んでそして若干退屈そうにし始めた死神を見てネクラはひらめいた。
そしてそのまま死神に確認をする。
「死神さん。ご確認したい事があります」
「ん。なぁに」
死神はネクラに笑顔を向けて返答する。
「死神さんは連さんの妹さんである切香さんにスカウトされて、それを断って裏方の仕事のなさっているんですよね。では、切香さんの連絡先とかわかりますか。わからなくても、会う予定とかはないですかね」
真剣に自分を見て喋るネクラの姿を死神は面白そうに見た後、マントから白色の携帯端末を取り出してそれをネクラに見せながら言った。
「バイトに入って欲しい時は連絡するって言われて、彼女から業務用の携帯は持たされているし、こっちからは連絡はできるよ」
「なるほど。では、問題ないですね」
ネクラは自分の考えが上手くいくかもしれないと言う希望を持ち頷いた。
そしてダメもとで死神に願い出る。
「死神さん、お願いがあるんです。聞いてくれますか」
「言ってみなよ。ネクラちゃんが自分で考えた事なら、協力してあげなくもないよ」
死神の回りくどい言い方に、ほんの一瞬言葉を引っ込めそうになったが、ネクラは言葉を絞り出した。
「篠上黒人さんになって、なんとかして切香さんから連さんの居場所を聞き出してもらいたいんです。ご兄弟ならお互いの行動を把握している可能性もあると思うんです。それで、上手く切香さんから情報を聞き出す事ができれば、そのまま連さんに会って碧さんの事を聞いて欲しい、と思いまして」
後半のネクラの言葉はとても自信がなさそうだった。
しかし、何とか言い切れた事が自信に変わったのか、緊張の色を出しながらもネクラは強い瞳で死神を見つめる。
「君はどうするの。まさか俺に仕事を押し付けるつもりかな」
死神は顔に笑みを浮かべつつも、決して笑顔とは言えない張り付いた表情でネクラを見つめながら言った。
返答によっては協力しないと言う圧を感じたが、ネクラはその圧に負けじと言う。
「私は人の前に姿を現す事が出できないので、それを利用して死神さんの後について行きます。もちろん、碧さんも」
「私も?」
暗い表情だった碧が驚いて顔を上げ、ネクラを見る。
ネクラは頷き、そんな彼女を見ながら死神が言った。
「俺がネクラちゃんを皆に視える様にしてあげて、君がさっき言って事を自分でするって言うのはナシ?」
「それも考えたのですが、以前の様に学校で生徒のフリは自分が学生だったので何とかなりましたが、さすがに社会人のフリは厳しいです。怪しまれてしまうと連さんから遠のいてしまいそうなので、この会社と少しでも関わりのある死神さんにこの役目をお願いしたいのです」
お願いします。とネクラは頭を下げる。
死神はただ無表情で頭を下げたままのネクラを見つめ、一向に頭を上げる気がないと察したのか、渋々と言った様子で仕方ないなぁと呟いた。
「いいよ。君の言う通りにしてあげる。まったく……死神補佐に使われるなんて俺、死神史上初の経験だよ。感謝してよね」
「ありがとうございます。死神さん」
ネクラは頭を上げて死神に御礼の言葉を述べた。そして話がどんどん進んで行き、すっかり置いてけぼりとなった碧に向き直る。
「碧さん、一緒に言って連さんの気持ちを確かめましょう」
「で、でも、やっぱりちょっと怖いかもしれない」
いざ話が進み、連の気持ちを知る事が段々と怖くなってきたのか、身を抱きながら弱気な発言をする碧をネクラは励ます。
「相手の気持ちを知るのが怖いのは分かります。でも、いつまでも未練を残しちゃ、現世から離れられませんよ。頑張って未練を断ち切って輪廻転生を目指しましょう」
「未練、か……。ねぇ、ネクラさん。未練を持ち続けてこの世に留まり続けてたらどうなるの」
「えっ」
突然の後ろ向きな質問ネクラが驚いて目を丸くし、声を上げながら碧を見る。
その視線を受けた碧はおどおど自信がない様子で言った。
「確かに、命を失ってしまって気持ちを伝えられないのは悔しいし、悲しい。でも幽霊のまま傍にいて見守るのも悪くないかなって最近思う様になって」
碧は言う。実は霊体になってからちょくちょく連の傍でその仕事ぶりを見守る事があるのだと。プライベートに踏み込みすぎるのは良くないと思い、常日頃からついて回る事はないが、見えなくとも連の仕事ぶりを近くで見ているだけでも十分幸せだと。
自分の存在が現世にとって害ではないのであれば、このまま彼が人生を全うするまで見届ける事はできないのだろうかと。
不意にそんな質問をされ、ネクラは返答に困る。
どうなる、と言われても死神補佐兼新人のネクラには分からないし、見当もつかない。
チラリと死神の方を見ると、『あー。はいはい』と頭を掻きながら体制を整えて言った。
「亡くなった魂は現世に存在し続ける事は許されない。現世は死者のいる場所ではないからね。それは悪霊でもそうでなくても共通事項。すでに亡くなっている身で誰かを見守りたいなんてわがままは許されない」
死神に断言され、霊体のまま見届けると言う案をあっさりと却下された碧が残念ですと肩を落とす。
「では、碧さんの様に中々未練が断ち切れない魂はどうなるのですか」
ネクラが聞くと死神は真顔で言った。
「未練を奪うんだよ」