第三章 第五話 意中の相手はマネージャー
読んでくださっている皆様、ありがとうございます。
私は芸能界内部についてあまり詳しくありません。この度の章で取り扱う芸能事務所事情についてはあくまで想像です。
フィクションですのでどうか悪しからず……。
「ま、マネージャーさん!?」
ネクラの瞳が大きく見開かれる。アイドルの恋愛を否定する気も非難する気も毛頭ないが、そのあまりの禁断とも言える恋にファンであるネクラは衝撃を受けた。
「ええ。元マネージャーで、私の幼馴染。私をここまで連れて来てくれた人」
碧は顔を赤らめて、とても大切な思い出を振り返える様に言って瞳を閉じた。
恐らく、そのマネージャーの事を思っているのだとネクラは思った。
そして、彼女が発した言葉に疑問を持つ。
「ん。三条?幼馴染?」
ネクラがそれを口に出すとなぜか死神が説明する。
「三条連は三条プロダクション社長の息子。マネージャー業に専念する傍ら、最近では所属タレントのプロデュース業も兼任している」
「なんでそんな事知ってるんです」
即座にネクラが聞くも、死神は自慢げに話を続けた。
「俺はバイトとは言えこの業界で働いているんだよ。因みに双子の妹の三条切香もマネージャー業をしているんだ。俺をスカウトしたのもその子」
流石、裏方とは言え業界で働く事はある……じゃなくて。とネクラは気持ちを持ち直す。
そして不服と不満が入り混じる視線を彼に向けて言った。
「死神さん、毎回情報を小出しにしすぎですよ。知ってる事全部私に話してから送り出してくれませんか」
「ええー?そんな事したらネクラちゃんの仕事なくなっちゃうでしょ。輪廻ポイント少なくなるよ。下手したらゼロだよ。補佐は困難をこなす数が多いほど得なんだから」
「くぅぅぅっ」
ポイントのためと言われると、それを貯めるために奮闘しているネクラは何も言い返せない。
ネクラが悔しさを噛みしめていると、死神が無言で目線のみで指示を出している事がわかった。碧を見ている事から『ほら、情報を聞き出すチャンスだよ』と言われている気がした。
「あの、碧さん。連さんがここの会社の息子さんである事と、元マネージャーさんである事はわかりました。それで、幼馴染と言うのは」
別に自分は死神に指示されたから質問されたのではない。本当に自分が気になったから聞いたんだ。と強く己に言い聞かせて碧に聞く。
碧は暫く黙っていたが小さく息を吸った後、口を開いた。
「私はね、アイドルになる前はすごく地味だったの。目立つ事も苦手だし、クラスではいつも隅の方にいた」
碧がポツポツと語り始めた時、死神がネクラに耳を寄せて言った。
「なんか、君に似てるね。地味子ちゃんで根暗ちゃん」
「うるさい。黙っててください」
話を遮るなと言う気持ちとちょっと自分でそう思ったと言う気持ちが入り混じりながらネクラは死神に注意を促す。
「でもね、私、歌が好きでコーラス部に入っていたの。……そこでも恥ずかしくて隅の方にいたけど、ある放課後私が1人で自主練している時にね。連くんと出会ったの。それが小学校5年生の時だった」
「同級生だったんですか」
「ええ。そうよ。同い年で同じ学校。クラスは違ったけどね」
ネクラには異性はおろか同性の幼馴染すらいないため、その様な存在がいると言うのは少しうらやましく思った。
「それで、そこからどうなったんですか」
ネクラには恋愛の経験はないが恋愛系のゲームなら、声優目当てで人一倍プレイした記憶があるため、彼女は何となくわかっていた。これは間違いなくほのかな恋の予感がすると。
死神は既にその事情を知っているのか、階段の手すりにもたれ掛かりながら笑顔で半ば聞き流す気満々でネクラたちを見ていた。
「それでね、歌を褒めてくれたの。すごくきれいな声だって。もっと皆にそれを伝えなきゃ勿体ないって。今から皆に証明しようって興奮気味に両手を握られて、びっくりしたわ」
碧は顔を赤らめながら答えた。その表情を見たネクラは自分の体験ではないはずなのになぜか心がキュンとして、同じく頬を染めていた。
他人に青春時代を話す事が恥ずかしいのか、思い出に照れているのか、碧は言葉に詰まりながらも語る。
「最初は皆の前でわざわざ披露する事じゃないし、そんなの恥ずかしいから嫌だって言ったんだけど。才能を埋もれさせるのは自分も嫌だって聞かなくて、そのまま職員室に連行されてそこにいる先生たちの前で小さな発表会みたいな事させられて」
その時の状況を思い浮かべたのか、碧は困り顔で笑っていた。先ほどまで朱に染まっていた頬が冷めるほど恥ずかしい出来事だったと言う事がわかる。
しかしネクラは思った。小5と言う幼い年齢ながら、芸能事務所社長の息子が興奮気味に褒めるほどの歌唱力を碧は持ち合わせており、彼女の歌の才能は天性のものだったと。
「連くんの熱意に負けて歌っちゃったけど、すごく恥ずかしかった。多分、歌っている時はずっと目を閉じていたと思う。でもね、歌い終わった後はすごく達成感があったし、先生たちが拍手をくれた時はうれしかったし、頑張って歌ってよかったって思った」
ネクラは真剣に彼女の語りを聞いていた。途中、視界の端に『こう言うところは君と違うね』と言いたそうな死神の笑顔が見え、彼女は何も言わずギッと一睨みした後また碧の話に耳を傾ける。
死神は肩を『おー怖っ』と言うジェスチャーをして肩をすくめていた。
「その後も連君や先生の推薦で学校の発表会でたまにソロパートを任せてもらったりしたんだけど、中学校に上がる前だったかな。連くんにスカウトされたの。『俺の父さんの会社で色んなレッスンを受けてそこで正式に歌手デビューする気はないか』って」
「それで、アイドルの道に進んだんですね」
ネクラが納得して頷くと、碧は少しだけ照れくさそうに言った。
「最初は歌手デビューって聞いてたから、歌も好きだしやってみようかなって思っていたんだけど、フタを開けてみたらまさかアイドルなんて、ホントに驚きよ」
歌手とアイドル。確かに似て非なる存在だ。
歌うと言う点は共通しているし、歌手の中でも踊りながら歌う人もいる。
親しみやすさが若干、アイドルの方に感じるか……。
そもそもアイドルとは偶像と言う意味なのだから、崇拝の対象として特別輝いている存在だろうとネクラは結論付けた。
「アイドルって皆に元気と夢を与える存在だと思っていたから、ただ歌が好きなだけの私には無理だし、荷が重すぎるって言ったんだけど、連君がまた一所懸命に気持ちを伝えて来るから、押し切られて……。頑張ってアイドル主体のレッスンを受ける様になったの」
「連さんって熱意がある方なんですね」
ネクラが言うと碧は頬を赤らめ、嬉しそうに微笑んだ。
「そうなの。連くん自分がこうだって思った事はとことん貫き通すし、熱意を持ってそれを叶え様とするのよ」
『素敵よね』とまるで自分の事の様に碧は言った。
碧は本当に連の事が好きなのだとネクラは感じた。
碧の愛おしくも寂しそうな語りは続く。
「お互いに中学生になって、私がアイドルのレッスンを受け始めた時、連くんが『俺がお前をプロデュースしてやる。絶対にトップに導いてやるから、俺を信じてアイドルになれ』って言ってくれたのを今でも忘れない。あの言葉が嬉しかったから、私はアイドルになる決意を固める事ができた」
「中学生で、そんな事を」
思春期の中学生男子とはもっと初心なのではないのか。
三条連とはどれほど情熱的でまっすぐな人物なのだと、自信を陰キャと自負するネクラは連と言う人物にそこはかとない陽キャな気配を感じて戦慄した。
しかし碧はそんなネクラの様子に気付く事無く話を続ける。
「そう言って約束してくれたのは中学1年生の時。私のデビューはその翌年だったけど、その時から連くんは地味な私をイメチェンさせてくれたり、アイドルとしての路線を考えてくれたりはてくれていたの。正式に私のマネージメントを始めたのは高校入学と同時からよ」
「お互いに若すぎませんか!?」
若くして芸能活動を始める人はいるが、中学校を卒業したばかりの人間にマネージメント業なんて果たしてできるものなのか。いや、許されるものなのか。
ネクラが驚きすぎて瞳を丸くして固まっていると、碧が補足する。
「連くんは長男だし、元々この会社の跡継ぎ候補だったから、ご両親も積極的に芸能界の仕事に携わらせていたみたいね。15歳になった事を機にきちんとお給料を貰って働く事になったみたい。もちろんお互い高校にも通ってね」
「へ、へぇ。そうなんですね」
補足されてもいまいち理解できず、ネクラがぎこちなく返事をすると、そんな彼女の脳内を理解した死神が呆れた様に言う。
「人間界では満15歳になってから最初の3月31日が終了すれば働けるんだよ。芸能人とかなら別だけどね。そんな事も知らないの」
「うう、無知ですみません」
死神に馬鹿にされて少し腹が立ったが、自分が生きていた場所の知識を知らなかった事は事実であるため、ネクラは素直に謝った。
しかし、自分の無知は別として、高校に通いながらアイドルのマネージメントをし、実際に碧を短期間でトップまで導いている連の手腕は確かなものだとネクラは思った。
「つまり、連さんは小学校からずっと碧さんの傍にいた幼馴染で、碧さんをスカウトしてマネージャーになってまで、ずっと碧さんを支えて存在なんですね」
ネクラがまとめると碧は頷く。
「そうよ。そんな感じでずっと一緒にいたからなのか、いつの間にか好きになってた。いつからかは分からないけど、でもいつも私が自信を無くす度、頑張れって励ましてくれたところが一番好き、かもしれない……」
好きと口に出したせいか、碧は顔を赤面させ、後半とても恥ずかしそうにモジモジ、ゴニョゴニョとしていた。
「本当に大切に思っていたんですね。連さんの事」
ネクラにそう言われ、碧はボシュッと顔から煙が出そうなほどに顔を赤くして固まった。
そして自分の頬に手を当て小さくなった後、突然寂しそうにポツリと言った。
「でも、伝えられなくなっちゃった」
「それは、その……事故に遭われたから」
ネクラがおずおずと聞くと碧は首を横に振る。
彼女の言葉を待ったが、言葉が紡がれる事がなかったため、ネクラが尋ねる。
「事故以外に何か理由があるんですか」
碧は頷いた。そして今度は涙を堪えて鼻を赤くし、震えた声で言った。
「私、連くんに嫌われちゃったから……」