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死神補佐になりました : 来世のための少女の奮闘記  作者: 水無月 都
少女は偶像と出会い、その恋を見守る
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第三章 第四話 芸能所事務所と見知らぬチャラ男

 三条プロダクションへと戻って来たネクラは碧に案内されながらビルの中を歩いていた。

 もちろん碧はともかくネクラは通行証明書など持っていないし、事前にアポイントメントも取っていなかったが、霊体のためお馴染みのすり抜けで中に入った。

 碧も『通行証明書がいらないのって便利よね』と笑っていた。


 外から見た首を痛めそうな高さがあったビルの中は洗礼されており、広くて綺麗な仕事場で、主にスーツを着た人々が、男女問わずキビキビとパソコンに向かっていたり、電話をかけていたり、封筒を持って駆け回っていた。


「この階にあるのは宣伝部とマネージメント部よ。この部で働く人たちは基本的にはスーツ着用が義務付けられているの。どうしてもスーツが苦手な人は見た目がオフィスカジュアルな服装であれば許されているの」


 まるで職場見学の様にネクラはその現場を歩き回る。生粋の一般人であるネクラにとっては全てが目新しく、感嘆の声を出しながら辺りを見回す。


「へぇ。芸能事務所ってもっと殺伐としたイメージがありましたけど、皆さんテキパキと行動されていて動きに無駄がないですね」

「んんー。多くの事務所はウチみたいに細かく部署分けされていないから、忙しいかもしれないわね」


 碧が苦笑いをしながら分析をする。芸能事務所はおろか普通の企業の知識すらないネクラはさらに疑問を持つ。


「細かく部署分けって、どういう事ですか」

「ウチの事務所は私が言うのもなんだけど、とにかく大手でね。お金もあるの。だから、芸能部以外でもたくさんの社員が雇えて、たくさんの部署を作って担当者を分散する事で効率よく芸能部に所属する人たちに仕事が回せるのよ」

「つまり、働いている1人1人の負担が少ないと言う事ですね」


 ネクラが言うと碧は笑顔で頷いた。


「そうね。でも、他の事務所と比べると負担は少ないかもしれないけど、決して忙しくないわけでもないと思うの。特に芸能人の一番近くにいるマネージャーさんはね」


 マネージャー、その言葉を口にした時ほんの一瞬、碧は悲しそうな顔をした。

 そして小さな声で『今日はいないのね……』と呟いた気がしてその言葉と表情が気になったネクラが彼女を見る。

 しかしすぐにネクラに笑顔を向けて来たため、見間違いかと思ったその時、背後から能天気な声が響く。


「やほー。ネクラちゃん」


 振り向くとそこにはモデル並みに長身の20代ぐらいのイケメンが緩いウェーブがかかっている茶髪を揺らしながらネクラの名を呼びながら近づいてきた。

 第一印象はチャラ男、そしてパリピ(推定)。白の緩めのシャツにジーパンを着こなすスタイルはイケメンだからできる事。

 

 しかし、残念ながらネクラに生前も死後もチャラ男の知り合いはいない。スーツ姿が義務のこの階の部署の社員にしては服装がカジュアルすぎる。

 

 テレビ等では見た事がないが新人の芸能人だろうか、どちらにせよ身に覚えはないのでネクラは正直な言葉を口にする。


「どちら様でしょうかっ」

篠上(しのかみ)さん!」


 ネクラと碧の驚きの声が重なる。しかし、同じ驚きの声でも内容は全く違ったもので、2人は顔を見合わせた。


「「えっ」」


 ネクラはこのチャラ男を知っているのか。碧の方は名前を呼ばれたのだから知り合いではないのか。と言った表情が見て取れる。


 すると、周りの視線がこちらに突き刺さっている事に気が付いた。

 そうだ、ネクラも碧も霊体であるはずだから人間に認識されるはずがないのだ。

 なんでチャラ男はネクラに声をかける事ができたのか。ネクラは疑問を持った。

 そして気が付く、周りの視線は自分と碧ではなく、このチャラ男に向いている事に。


「あ、やばっ。周りには見えてないんだった」


 視線に気付いたチャラ男が小さく呟く。そしてネクラたちに顔を寄せて言った。


「場所、変えようか」


 ネクラと碧は再び顔を見合わせ、そして若干迷いを見せたが後2人とも首を縦に振った。



 チャラ男について行く事数分。ネクラたちは地下の非常階段付近にやって来た。この男は危険人物かもしれないが体は生身つまりは人間。

 自分たちは霊体だし、非常事態は万が一もないだろうと思ってここまでついて来たが、相手は男性。やはり怖いものは怖い。

 この非常階段は人気はなさ過ぎてそれがさらに恐怖を煽る。


「さてっと。ここは滅多に人は通らないし、ここなら俺の正体、現してもいいよね」


 チャラ男が自分の頭を掻き上げる仕草をすると、髪色や顔立ちが一瞬で変わり、よく見知った顔になる。

 ネクラは驚きのあまり先ほどまでチャラ男だった人物に指を差して口を開ける。


「し、死神さん!?」

「そう。死神さんです」


 服装は先ほどのチャラ男のままだったが、それも死神が指を鳴らすといつもの黒フードスタイルに戻る。


「うん。これで俺も視えなくなったし、遠慮なくお話しようか」

「死神さん、どうしてここに」


 自然に話を進めようとする死神に向かって、ネクラが率直な感想を口にすると彼は平然として答える。


「俺、ここでバイトしてるって言ったでしょ。ネクラちゃんを見送った後にバイトが入って、マネージメント部に資料届けに来た先でかわいーい部下を見つけたから声をかけただけ。悪い?」


 かわいいの部分になにか悪意を感じたが、ネクラは釈然としていなかった。死神の言葉が全て事実でこれ以上話す意味がないとわかっていても、どこか納得がいかなかった。

 部下を見送ったついでにバイトすなよ。と言う不満が大爆破寸前だった。

 そんな気持ちのネクラを他所に、碧は大きな瞳をさらに見開かせて言った。


「篠上さんが死神さんだったんですね。びっくりです」


 その言葉を聞いたネクラはそれだと言わんばかりに死神に詰め寄る。


「そうですよ。何ですかあの姿、なんですか篠上さんって」

「ここで働いている時は長身で茶髪って説明した気がするけど。ああ、篠上って名前については人間界で働く上で名前がいるでしょ。だから適当に名乗ってるの。人間界での俺の名前は篠上。篠上黒人(しのかみくろと)


 死神の平然として流暢な説明が続く。何故この人はツッコミどころ満載の事をいつも当然の事の様に話すのだ。

 ネクラは唐突に疲労感に襲われる。


「なんで篠上、なんで黒人」


 疲れ切ったネクラはほぼ単語で疑問をぶつける。

 死神はそれに対してけろっとして答える。


「篠上って音が死神に似てない?黒人は特に意味はないかな。しいて言うなら死神は黒ずくめだから、黒い人で黒人かな」


 似てねぇよ。全現世の篠上さんに謝れ。

と言うかまとも(?)な名前を考え付くではないか。なら自分の名前もネクラ以外あっただろう。とネクラは思った。

 彼女はもう色々ありすぎて不満爆発だった。


「戸籍とか履歴書はどうしたんです」


 死神はここでバイトをしていると言った。ここは大手芸能界な上にこんなにしっかりした会社だ。バイトでもそれぐらいのものは求めるだろう。そう思ったネクラは聞いた。

 しかしその答えはあまりにも期待外れであっさりとしたものだった。


「内緒。しいていうなら死神パワーかなっ」


 語尾をかわいくしてウィンクしても許さないぞ。とネクラは死神を睨みつけ、死神はその視線をを見ない振りをした。



「篠上さんすごく優秀な方だったんですよ。ほとんどが裏方、資料整理とか設営とかですが皆さん頼りにしていました」


 2人の会話を黙って聞いていた碧がのんびりとした口調で会話に入って来た。

 その癒しの声にネクラは冷静さを取り戻す。


「そうだ。碧さんは死神さんの事、ご存じだったんですよね」

「ええ。まさか死神さんだとは思わなかったけど。何度かお会いしましたよね」


 碧はこの状況に動揺する事なく死神に柔和に微笑んだ。

 死神も彼女に対して笑顔で頷く。


「そうだね。挨拶程度だけど。って言うか俺より君の方が有名人でしょ。俺はここではあくまでも一般人」

「私は芸能事務内では有名人でもなんでもないですよ。ただのタレントの1人です。篠上さん、ご存じですか?バイトで雇用されていますが、タレントとしてのスカウトも会社は諦めてないんですよ」

「うん。空気でわかる。でも、俺はバイトで十分なの。篠上黒人はチャラくてつかみどころがない存在さからね。周りを振りまわしてナンボなの」

「うふふ。篠上さんらしい」


 目の前でちょっと異常な世間話が繰り広げられる。死神は誰に対してもフランクなところがあるので、出会ったばかりの碧に対しても通常運手なのはわかる。だが、碧は死神を目の前にしているのにどうして一切の動揺を見せずにそんなにフランクにできるのか。


 死神が人間に紛れ込んで働いていたと言うのに『驚いた』の一言で片づけて笑っている。

 人間界で人として働く死神(篠上黒人)と面識があったためか、それとも素で天然なのか。

 2つの笑顔に挟まれて、ネクラはまた疲労感から長く深いため息をついた。


「そんなことより、碧さん。あなたが想いを伝えたかった人を教えてください」


 和やかムードが終わる気配がなかったため、ネクラは会話の急ハンドルを切る。

 それを聞いた碧の体が固まる。そして華やかな笑顔が消え去り、とても悲しみに満ちた表情をしていた。

 その様子を見たネクラも自分は下手な事を言ったのかと固まる。


「うわー。ネクラちゃん、空気読むの下手?」

「死神さんには言われたくないです」


 死神に指摘されたネクラは彼を睨みながら反論するも全く気にしていない様子でのんびりとした口調で言った。


「俺は、あえて空気は読まないの」

「こ、このっ」


 ネクラが死神のマントを掴んで詰め寄ろうとしたその時、碧がポツリと口を開く。


三条連(さんじょうれん)

「えっ」


 ネクラが振り向いた先には先ほどの悲しい表情から決意を込めた表情に変えた碧がいた。

 そして先ほどの言葉を繰り返す。


「三条連くん。私の元マネージャーよ」


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