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死神補佐になりました : 来世のための少女の奮闘記  作者: 水無月 都
少女は偶像と出会い、その恋を見守る
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第三章 第二話 死神さんのバイト先

 死神の現世でのバイト場所と言うパワーワードにツッコむ間もなく、ネクラと死神の2人は死神空間から現世へとワープした。


 そして、目の前に聳え立つ見上げれば即首を痛めそうなほどに大きなビルをみてネクラは驚いた。ふと横を見ると金色に輝く看板があり、そこには重厚な文字でこう刻まれていた。


『三条プロダクション』


「はっ、三条プロダクション!?」


 ネクラの目が大ききく見開かれる。そして看板と笑顔の死神を交互に見ながらパニック状態に陥った。


 三条プロダクションは、年若いネクラでも知っているほど有名な芸能プロダクションである。

 アイドルを中心に活動の場を広げており、テレビで売れているタレントは全て三条プロと言わしめるほど、飛ぶ鳥落とす勢いの大企業である。


「えっ、ここが仕事場所で死神さんのバイト場所で、んんん?」


 ネクラが様々な情報に対して、はてなマークを浮かべていると死神がそれを無視して仕事の詳細を語り出す。


「今回の仕事は楽な方だね。今回の仕事は、恨みはないけど未練を持っているが故にさ迷っている魂の未練を断ち切る事。悪霊化の可能性はないし、戦わずに済みそうだけど、未練がちょっと複雑かな」

「今回は戦いがないんですね」


 ネクラはホッと胸をなでおろす。死神や虚無の力になりたいと言う気持ちに偽りはないが、できる事なら怖い思いは回避したいと言うのが本心である。


 それにいくつか疑問はあるが1つ1つ潰していこう。でないと理解が追い付かない。そう思ったネクラは死神が話すままに任せ、その都度質問をする事にした。


「今回の迷える魂はどこの誰で、何が未練かは先に伝えておくから」

「えっ、じゃあ今回の私ができる事はないのでは」


 さ迷っている魂もわかっていて、未練も判明している。それでは自分の仕事が何もないではないのか。  

 現状、情報収集ぐらいしかできる事がないネクラは困惑した。


「いやいや。ちゃんとあるよ。魂は女の子で、その子の未練が『好きな人に想いを伝えたかった』だから、女の子同士なんだし説得してもらえないかなって。それが今回の君の仕事」

「う、頑張りますがちょっと厳しいかもです」


 ネクラは言葉を濁し、死神がその理由を即座に感じ取り、それを口にした。


「君が恋愛経験ゼロだとは知っていたけど、まさか人を好きになった事もない子かな」

「ご推察の通りです……」


 ネクラは素直にそれを認めた。

 死神は『ありゃー』と腹が立つ声をわざとらしく発した後言った。


「でも、さすがに気持ちはわかるでしょ。俺は死神だからよくわからないけど、人を想うもどかしさとか。そう言うのって、経験あるなしに性別に関わらず共感するもんじゃないの?」

「は、はい。全く分からないわけではないので、話を聞くぐらいならできるかもです」


 ぎこちないネクラを死神は疑わし気に見つめる。ネクラもその目線が痛すぎて思わず目を逸らしてしまう。


「ま、頑張ってよ。俺の経験上、愛とか恋とか言う未練が一番複雑で厄介だし」


 今までの経験を思い返したのか死神は本当にしんどそうな表情をしていた。


「そんなしんどそうな顔をするまで疲れる案件なんですかね」


 戦うよりはずっと楽だろうと思っていたネクラは死神にそう声をかけると死神はそれは違うと反論した。


「人間ってさ、愛とか恋って感情に弱いよね。伝えたいけど伝えられないって状況によく直面するけど、それが未だに理解できない」

「理解できないは言い過ぎでは。皆、勇気を持つのに一所懸命なんですよ」


 ネクラは恋愛経験も誰かを特別に想った事もないが、そう言う対象がいる人は素敵だと思うし、想いを伝えるまでに多少もどかしさがあっても良いと思っていた。

 告白する勇気もいるし、場合によっては残念な結果になる可能性がある訳で、不安もあるだろう。

 

 誰かを好きになる事は死神の言う様に複雑なのだ。それは恋愛経験のないネクラですら理解できる感情だった。

 しかし、死神は忌々しそうに続ける。


「それは、生きている人間の話でしょ。俺が言ってるのは既に亡くなっている魂。未練を残すのは百歩譲っていいよ。想いが強いのは人間だったものとして仕方のない事だ」

「は、はい」


 いつもとは違う死神の雰囲気にネクラは押され気味に答える。

 そして死神は怒りからなのか、体をわなわなと震わせて早口で語り続ける。


「愛や恋に未練を残すのはおかしくないか!?生きていたら照れや不安で二の足を踏むかもしれない。でも、亡くなっている身で成功も失敗もないだろう。こっちが協力してやるって言ってもいつまでたってもウジウジと……。それで失敗したらそれがまた新たな未練になるんだよ。ああ、嫌だっ」


 死神が珍しく感情を露わに取り乱している。

 この死神は人間の恋愛関係の未練にどれだけ苦労してきたのだ。


「し、死神さんが苦労して来たのは分かりました。では、とりあえず今回は私がその女の子の相談相手になるとして、その方はなんと言う方なんですか。


 ネクラが話を切り替えると、死神は嘘の様に機嫌を直し、いつもの笑顔をキープしながら言った。


「名前は美空碧(みそらあおい)。その子、恨みとかの強い負の念がないから浮遊霊になってて、彷徨ってるみたいだから、探して来てね」 


「あの。探すのは良いですが、私、その方のお顔わかりませんが」


 ネクラが小さく手を上げると死神は『あっ。ごめーん』と言いながら端末を操作する。


「そうだよねぇ。町には色んな霊体が溢れているわけだもんね。基本1体ごとに死神と死神補佐がついてるはずだから大丈夫だと思うけど、はい。この子」


 一瞬、町には色んな霊体が溢れていると言うとんでもない言葉が聞こえたような気がしたが、ネクラはそれを聞き流し死神が差し出して来た端末をのぞき込む。


「わ。かわいい女の子ですね」


 そこには腰までの栗色の長髪に、それと同じ色をした丸くて愛らしいどんぐり瞳の少女が写し出されていた。

 雰囲気は少し地味だが、地味なのにどこかオーラがあると言うか、なんと言うかネクラは既視感を覚えた。

 すごくどこかで見た顔な気がする。そう思いながらネクラが写真とにらめっこをしていると死神がものすごく怪訝な顔で彼女を見つめる。


「なに、どうしたの」

「いや、この写真の女の子……どこかで見た気がしまして」


 むむむ。と唸りながら未だに写真を見るネクラに死神は合点がいったのか言った。


「ああ、なーんだ。そんな事か。そりゃそうだよ。この子はかつて世間の脚光を浴びていたトップアイドル蒼井美空(あおいみく)だからね。丁度生きていた時期もネクラちゃんと重なるし、あれだけ有名だったんだから知ってて当たり前だよ」

「あおっ!?あおいみく!?あの、美空ちゃんですかっ」


 死神は何の気なしに答えたが、ネクラは驚いて大声を上げる。そして慌てて自ら口を塞ぎ思った。自分の姿や声が普通の人間に認識されない体でよかったと。

 本人がそう思ってしまうほど彼女は大絶叫していた。


「ネクラちゃん。驚いて大声だす癖、やめてね。鼓膜破れそう」


 冷静なトーンで死神に言われてネクラは体を小さくして反省した。

 実際、霊体と同一の存在である死神の鼓膜が破れる事はないと思うが、ようするに遠回しに『うるさい』と言いたい事がわかったのでネクラはもう大声は出すまいと誓った。

 そして動揺しながらも、なるべく普通のトーンで言った。


「蒼井美空ちゃんってこの、三条プロダクションのトップアイドルだった、あの……」

「俺、さっきそう言わなかった?本名、美空碧18歳」


 目の前の三条プロダクションのビルを指さしながら再確認するネクラをちゃんと話を聞いていたのかと言わんばかりに死神が睨む。

 

 蒼井美空。それはネクラが生きていた頃から絶大な人気を誇っていた三条プロ所属のアイドルで、かわいい笑顔と天然発言もさることながら、歌唱力が抜群で、お茶の間どころかスタジオにいる人間全てを虜にするその歌声はエンジェルボイスと言わしめるほどの実力だった。


 彼女自身、素直で性格に嫌味がないことから老若男女から好かれていたが、もちろん芸能界にいる以上スキャンダルやゴシップはつきもので、アンチから叩かれるという場面も目立っていた。


 ネクラ蒼井美空のファンで、CDも買い揃えていた。

 自分と年齢の変わらない少女が完璧に歌って、踊って多くの国民から慕われている姿にとても惹かれていたのだ。


 だが、今回の仕事対象はその蒼井美空だと言う事を思い出したネクラの気持ちが驚きから一転、徐々に沈み始める。


「今回の仕事の対象が美空ちゃんって事は、彼女は……」


 もう、現世にいるべき存在ではないと言う事。その事実に気付いてしまう。

 ネットニュースによると彼女はアンチファンの嫌がらせに相当心を病んでいたと書かれていた。まさか、それを苦に……。


 嫌な思いがネクラの中でグルグルと回る。するとそれを察した死神が言った。


「この子は事故死だから、この度の未練を断ち切れば輪廻転生できるよ」

「え、事故?」

「うん。つい先日、仕事帰りに車に轢かれたんだよ」

「そうですか、事故で……」


 あっさりと告げられた事実にネクラは目を伏せる。

 心を病んで自ら命を絶ったわけではない。それは良かったとネクラは思ったが、彼女は不幸にも事故に遭って命を落としたと知り、それが最近の出来事と言う事もあってか、やはり悲しさは拭えなかった。


「はい。ある程度情報は与えたし、そろそろ彼女を探しに行って来て。行動範囲はこの辺だから」


 またネクラがウジウジとし始める気配を感じた死神が、早く行けと言わんばかりにグイグイと彼女の背中を押す。

押し出されそうになったネクラは1番聞きたかった事をこれが最後の質問とばかりに死神に必死で呼びかけた。


「死神さん、聞いて!これだけ聞かせてくださいっ」

「もー。なに」


 死神がイライラしながらもネクラの背を押す事をやめ、返事をする。

 その様子をみたネクラが手早く質問をしてしまおうと、簡潔に言った。


「その……死神さんがやっているバイトってなんですか」

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