第二章 第十話 そう言う事はもう少し早く言ってください
数秒間フリーズした後我に返って慌てた様子でネクラは死神に言った。
「だ、だって本人が17歳だって言ってましたよ」
「それは彼が亡くなった時の年齢でしょ。もう亡くなってるわけなんだから年なんて取らないんだし、彼の見た目が17歳なだけ。虚無くんが亡くなったのはネクラちゃんより数年ほど前だったはずだよ」
「ええええっ」
死神の言葉を聞いたネクラの顔が焦りから青くなる。
そして思い返す、彼に年齢を聞いた時にわざわざ『享年』と付け加えていた事、そして年齢に関する事には全てあいまいに答えていた事に。
『ああ。今ならそうなるだろうな』※今思えば言葉に含みがあった
『……。ああ』※間を空けての肯定
ネクラの記憶の違和感パズルが面白いほどにはまって行き、ネクラの頭と背中が足先からどんどん冷たくなる。
そしてネクラは自分にとって最大の恐怖とも言える質問を死神にした。
「あの、死神さん」
「なぁに」
「この空間に時間と言うものが存在していないのは理解できています。でも、その……虚無さんの実年齢、わかりますか」
せめて自分の年齢と近くあってくれ、学生同士であってくれと強く願ったネクラだったが、それはあっさりと打ち砕かれた。
「ええ~。めんどくさいなぁ。ここに来てからの時間を人間の時間で計算すると……そうだな。20歳かそこらじゃない?」
「うぎゃあっ」
成人していらっしゃる。自分は成人男性にため口を聞いていいか確認していたと言うのか。とネクラの焦りと恥の感情が加速し、それが彼女の全思考を埋め尽くす。
「わ、私、なんて失礼な事をっ。て、訂正しないと。敬語に戻さないとっ!ああ、でもまずは謝罪ですかね。どうしましょう死神さん」
ネクラは意味もなく死神に答えを求める。ネクラは既にべそをかいていた。
「いや知らないよ。本人が許可したんならそれでいいんじゃないの。ネクラちゃん細かい事気にしすぎだよ」
「でも、やっぱり大人の人に敬語は、ましてや『くん付け』は絶対にダメな気がします。私、虚無くん、いえ虚無さんのところに行ってきます」
ネクラが勢い勇んで扉に手を掛けると死神がそれを止める。
「やめときなよ。君、あの白い空間の扱い方とかわかってないでしょ。1人で行動しないでよ。迷惑だから。それに虚無くんの自主トレを邪魔する方が彼にとって失礼でしょ」
「うう。返す言葉もありません」
死神に尤もらしい指摘を受け、ネクラは半泣きでその場にへたり込む。
「ここは時間に支配されない空間だよ。年齢とかどうでもいいじゃない。なんでそんな事気にするかな」
「うう、なんでと言われましても」
自分は細かい事を気にしすぎだろうか。ならば改善しなければ今後ここにいる間は永遠と色々な事に動揺して慌てて、そしてうるさくしてしまいそうだ。
「そんなんだからネクラちゃんなんだよ」
「うぐっ」
痛いところを死神に突かれ、ネクラはその場で胸を抑える。
この死神はいつも本当の事をズバズバと言う。たまには気を遣って欲しいネクラは切に思った。
だが負けてはならない。これからもこの死神と虚無と付き合って行かねばならないのだ。
それがどれほどの期間かはわからないが、こんなことでくじけてはいけない。
頑張れ、自分。心の中でそう言い聞かせ、ネクラは立ち上がった。
「お。ウワサをすればだよ。どうしたの。忘れ物かな」
「はい?うわっ」
ネクラが死神の視線に従い振り返るとそこには先ほど出て行ったばかりの虚無が立っていた。その手に白い小さな箱を持って。
「虚無く……さん。びっくりさせないでください」
「気配を消していたつもりはない」
虚無は無愛想に言いながら、手に持っていた箱をネクラに差し出した。
「え、くれるんですか?」
「ああ。これを渡しに戻って来た」
ネクラが受け取った箱を開けるとそこにはピンクと黄色のヒヨコの小さなケーキが入っていた。
「わ。かわいいケーキ!あ、でも私の体でも食べられるんですか」
この体になってから空腹はないし、自分は霊体のため食べると言う行為はできないと思っていた。
貰っておいて食べられませんでは虚無に悪いと思いネクラは死神に確認する。
「食べられるよ。問題ない。ってか死後の世界にできない事あんまりないから」
死神がゆるっと返答したのでネクラは素直に受け取る事にした。
「ありがとうございます。虚無さん」
「敬語、やめるんじゃなかったのか」
「あ、いや。虚無さんが厳密に言うと年上って知って」
言葉遣いを指摘されたネクラは小さくなって答える。
そんなネクラを見て虚無は短く言った。
「いい。敬語じゃなくて」
「でも」
「いい」
短い言葉で重ねて言われ、ネクラは観念した。
「うん。ありがとう。虚無くん」
「ああ。じゃあ、俺は自主トレに戻るから」
それだけ言って虚無はまた扉の向こうに消えて行った。
ネクラは手渡されたケーキを見つめる。わざわざこれを渡しに戻って来たのか。
「ね。細かい事だったでしょ」
死神に言われ、ネクラは思った。もう少し力を抜いてみよう。
そしてケーキを見て微笑みながら答えた。
「はい」