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死神補佐になりました : 来世のための少女の奮闘記  作者: 水無月 都
少女は相棒を得て小さな魂と向き合う
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第二章 第六話 死神の義務

「て、手遅れ……そんな、じゃあ光くんはどうなるんですか」


 ネクラの責める様な問いかけに対して、虚無はただひたすらに無言を貫いていた。


「虚無さんっ」


 反応を示さない虚無にネクラが強く呼びかけた、その時、地面が大きく揺れたかと思うと同時に男たちの悲鳴が響く。


「うわあああ!なんだっ。あいつ俺たちを襲ってきやがったぞ!」

「母親を恨んでたんじゃないのかっ」

「ひいいい。携帯がぁっ」


 その声に驚いたネクラが男たちの方を見て、そして目を見開いた。

 男たちがいた場所が大きな鉄球が落ちて来たかの様に抉れているのだ。その大きく穴の開いた目の前で男たちが、先ほどまでの余裕を失い、へたり込んでいる。

 それぞれが構えていた携帯は粉々になり、見るも無残な姿になっていた。


 慌てて光の方を見るとそこには体は幼子のままだが、身に纏うモヤの一部を鞭の様に変形させ、それをしならせ、振りまわす姿が見えた。

 ネクラは確信するあの地面を破壊したのは光なのだ。その姿と現状をみたネクラは虚無の手遅れと言う言葉が真実である事を認めざるを得なかった。


 突然、空中に現れた子供が黒い鞭を使い暴れ始めたためか、辺りはますます騒然となる。

 しかし、光は周りに構うことなく男たちに向かって鞭を振りまわす。男たちもそれに当たってはたまらないとそれぞれがバラバラに逃げ惑うため、中々命中せず光の鞭は触れるもの全てを手当たり次第破壊してゆく。


そして、光が触れたものが壊れた先から霧になって行く様子が確認できた。

さらに物が霧になる度に光の力が強まっている事がわかる。

優妃の時と全く同じだ。悪霊は触れた物を消し去り、吸収するのだ。


「光くん、やめて!こんな事しても何にもならないよ!」


 ネクラが必死で訴えるも光が攻撃の手を緩める事はない。

 今まで騒ぎを聞きつけ集まっていた野次馬も身の危険を感じたのかほとんどが逃げ出しており、その場に残されているのは、暴走を続ける光、未だパニック状態で蹲った状態から動こうとしない母親、光のターゲットとなった3人の男たち、そしてネクラと虚無の 

7人だけだった。


「光くんも心配ですが、このままだとこの辺り一体もめちゃめちゃになってしまいます。どうしましょう」


 これ以上、光に罪を重ねさせたくない。ネクラはその一心でこの状況を静観している虚無に呼びかけた。

 すると、虚無がゆっくりと口を開いた。


「ああ。この状況を招いてしまったのは俺が未熟だったせいだ。必ず、なんとかして見せる」


 そう言って虚無はパチンと指を鳴らした。

 すると、辺りの景色がゆっくりと溶けて行き、真っ白な世界に包まれる。

突然の事態にパニック状況に陥っていた男たちの姿も、錯乱しながらで蹲っていた光の母親の姿も見当たらない。

 ネクラはこの景色に既視感を覚えた。


「ここ、死神空間!?」


ネクラはワープホールを通る前の虚無との会話を思い出す。

死神空間それは、ネクラが最初に訪れた場所で亡くなった魂を留めるための空間のはずだ。

その空間が目の前に広がっている。ネクラは動揺した。


「ど、どうしてこんなところに、さっきまで町中だったはず」


 ネクラがキョロキョロと辺りを見回すと、隣に立っていた虚無が言った。


「いや。ここは俺たちが存在しているあの死神空間とは少し違う。死神が張る結界だ」

「結界……?」


 思考が中々追いつかないネクラに虚無が説明を続ける。


「ああ。死神は悪霊が町中や人通りが多い場所に現れ暴れた時に、現世の被害を最小限にするために結界を張る事ができる。人や町が悪霊に傷付けられない様にする事も死神の義務だからな」

「そうなんですね。死神って万能なんだ……」


 ネクラは感心した。死神とは亡くなった魂だけでなく、生きている魂もしっかりと守るのだなと。


「この空間は完全に外の世界からは断絶されている。生きている魂は除外されるから悪霊に狙われる事はない」

「では、さっきの人たちは取り敢えずは無事なのですね」


ネクラはホッと胸を撫で下ろした。

あの人たちに対して、心から救われて欲しいとは思わない。


だが、悪霊化してもあれは光なのだ。あんなに無垢に笑って、母親の幸せを願っていた子供に例え相手が救い様のない人物であっても人の命を奪って欲しくない。


ネクラも恐らく虚無もそう思っていた。


「因みに、時間の流れも影響しない。ここでの1時間は現実世界では1分にも満たない」

「そこは死神空間と同じなんですね」

「ああ。だから、とっとと片付けて帰るぞ」


とっとと片付けて帰る。果たしてそんな事ができるのだろうか。

相手は光なのだ。自分は戦う事などできない身ではないが、仮に戦う力があったとしても、きっとためらってしまう。


虚無はどうなのだろう。弟と光の姿を重ねていた彼は悪霊と成り果てた光とと戦う事はできるのだろうか。


 ネクラがそんな思いに駆られていると、辺りに地響きに近い絶叫が響きわたった。



「ああああああああああああああ!どこだ!ドコダ!ドコダ!おかあサンを、いじめるヤツは、ドコダあぁぁぁ」


 体から出る黒い鞭を振りまわしながら、子供とは思えない地を這う様な恐ろしく低い声で叫ぶその姿はもう既に光とは完全にかけ離れたものだった。

 幼い魂は己が持つ恨みに飲み込まれ完全に悪霊と化したのだ。


「光くん……」


 母親の笑顔を願っていた姿、天国に行けると喜んでいた姿、しかし天国には行けないと悲しんだ姿、地獄を恐れて悲しんだ姿、自分たちがしかるべき場所に一緒に行くと嬉しそうに微笑んだ姿、光の様々な姿がフラッシュバックする。 


そして、すっかりその面影がなくなってしまった光の姿を見て、ネクラは悲しくて、切なくてたまらなくなり、彼の名前を呟いた。


 するとその声に反応して、光だったモノがネクラと虚無を見つめる。


「オマエらが、かくしたノカ」


光が、悪霊が瞳を赤くギラつかせながら2人を睨み付ける。

子供の形をしていたはずの悪霊は黒い塊へと姿を変え、その姿のまま体中から無数の鞭を生やして蠢く姿はまさに異形だった。


「光くん、どうして」


ネクラが茫然としていると、鞭がネクラに向かって容赦なく振るわれる。


「オかあサンを、マもるんダぁぁぁぁっ!!」

「きゃあっ!!」


猛スピードで迫っているはずの鞭がなぜかスローモーションに見える。だが逃げられない。


ネクラは意味がないとわかっていても思わず目を閉じ、衝撃に耐えるため頭を守る姿勢をとる。


あの鞭に当たってしまうと自分は吸収され、消滅されてしまう。


運動神経にも恵まれず、なんの力を持たない自分では、成す術がない。ネクラは半ば諦めた心地で己に訪れるであろう衝撃に備えた。


すると途端に体がふわりと浮かぶ感覚に囚われる。

それに何時まで経っても攻撃が当たる気配がない。

ネクラは心に恐怖を残しながらもゆっくりと目を開けた。


「え、わ、わああっ」


ネクラは恐怖の感情から一変、驚きの声を上げた。

自分は今、虚無に横抱きにされている。そう、お姫様抱っこをされているのだ。

 虚無の整った顔が間近にあり、男性耐性とイケメン耐性がないネクラはつい間抜けな声を上げてしまった。

 驚きと衝撃と照れから叫びながら暴れてしまい、抱かれたまま思わずバランスを崩しそうになり、自分から虚無の首にしがみついてしまう。


「ひえ、ごめんなさいぃぃぃ」


 自分の行動に自分で照れて、驚いて、ネクラは赤面しながら謝罪の言葉を口にした。

 今はそれどころかではないとわかっていても、胸が高鳴った。


「死神サンから聞いてたけど、お前本当に戦闘能力ないのな」


間近がで呆れた表情と声で聞こえたが、虚無が言葉を発する度にネクラの顔に息がかかり、さらに緊張が増してしまう。


「あああ、あの。すごく、近いです」


動揺し過ぎたネクラは今の状況をそのまま伝えてしまう。


「何だ、せっかく助けてやったのに最初に言う言葉がそれか」


不服そうに言われ、ネクラはその態度の意図に気が付き、それに慌てて応える。


「あ、ありがとうございます」


でも、下ろしてください。ネクラは消え入りそうな声で言った。


虚無はそんなネクラを悪霊から離れた位置に下ろす。


「ここにいろよ。後は俺がやるから」


それはとても真剣で覚悟を決め堅い声だった。

その雰囲気を感じ取ったネクラにも光に向けていた悲しい感情が蘇る。


「本当に、戦うんですか」


ネクラが悲壮な表情で虚無を見つめる。


「ああ。それが死神見習いである俺の役目だ」


虚無が悪霊に向かって歩みを進める。


「虚無さん……」


ネクラは祈る様に虚無の背中を見送った。


覚悟を踏みしめる様にゆっくりと歩みを進め、そして悪霊の目の前に辿り着いた。


「オかアさん、オカあサん……」


悪霊が母親を求めながらグネグネと蠢く。

その様子を虚無は無表情で真っ直ぐ見上げていた。

そして、思いを巡らせ瞳を閉じる。


『僕、地獄って怖いところって聞いたから、行きたくなかったんだ』

『約束だよ!お兄ちゃん』


光の笑顔とお互いに絡めた小指の感覚が虚無の脳裏を掠める。


その思い出に虚無の決意が僅かに揺らぎそうになったが彼はその思いに蓋をした。

そして、小さく呟いた。


「約束、守れなくてごめんな。光」


それは彼の最後のためらいだった。


「おカあさン。こわイよ。タスケテ……」


虚無の殺気を感じたのか、悪霊が恐怖を露にし、捻れる様に暴れ始める。


虚無が空中に手を翳すと、その手に死神の代名詞である大鎌が現れる。


「大丈夫だ、光。俺がしっかり折檻して黄泉の国に送ってやるよ」


虚無は寂しくも優しい表情と声で宣言し、目の前の悪霊に向かって鎌を構えた。

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