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死神補佐になりました : 来世のための少女の奮闘記  作者: 水無月 都
少女は相棒を得て小さな魂と向き合う
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第二章 第五話 光の恨みの根源そして……

 虚無に生前弟がいた。その言葉を聞いたネクラは瞳を丸くした。そして納得もした。


「弟さんがいたんですね。光への対応がお兄さんっぽいなって思いました」

「そうでもない」


 虚無の返事はやはり素っ気なかった。


「弟さん、お元気にしているといいですね」


 ネクラが何気なく言うと虚無は首を横に振った。


「いや。その心配はない。弟はもうこの世にはいないからな」

「えっ」


 あまりにも簡潔、簡単に紡がれたその言葉にネクラは言葉を失う。

 そして、何も知らなかったとは言え自分の無神経さに恥ずかしさと申し訳ない気持ちでいっぱいになり、頭を下げる。


「ご、ごめんなさい。私、無神経な事言いました」

「いい。別に謝らなくても」

「で、でもっ」


 ネクラがゆるりと頭を上げて虚無を見上げると、虚無は全く表情を変えることなくその場に立っていた。

 それでも本当に申し訳なさそうに自分を見つめるネクラに対して、だんまりを決め込む気持ちが折れたのか、ため息をついた後虚無は簡単に語った。


「弟とはよく遊んだ記憶がある。俺を慕ってくれる姿を見て、俺もそれに応えたいと思っていた。だが弟は病気で俺より先に亡くなった。それは俺が17歳の時で、俺はその後に色々あって自ら命を絶った。それだけだ。この事実は変わらないし、お前が謝る事は何一つない」


 あまりにもキッパリと言われてしまい、ネクラはそれ以上謝罪ができなくなってしまった。


「弟は俺と違って病死だからな。輪廻転生の資格は与えられている。きっとどこかで生まれ変わっているはずだ」

「そうですね。きっとそうですよ」


 虚無は最後に弟を慈しむ様な優しい声色でそう付け加えたので、ネクラもそれに同意した。

 虚無は弟を大切にしていた。言葉は少ないが彼の態度や口調からそれが伝わってくる。光に優しい態度を見せたのも、おらく自分の弟の面影を見ていたのだろう。

 光を悪霊にしたくないと言う想いは、もしかするとネクラよりも強いのかもしれない。

 ネクラがそう思ったその時だった。


 2人が話している公園まで響くほど大きなヒステリックな声が辺りに響いた。


「いい加減にしなさいよぉっ!私は悪くない!悪くないわ!あの子が勝手に落ちたのよ」

「えー。でもぉ、子供が部屋に1人でいるのにベランダに鍵はかけてなかったんでしょお?それはあれだよ。監督不行き届き?てヤツでしょ。そこんとこどう思いますかぁ」

「そうですよぉ。みーんな、あんたのお話聞きたいって」

「あ、ライブ配信なんで巻きでお願いしまぁーす」


 2人が声のした方をみると派手な格好の女性が、公園に面する歩道で自撮り棒を付けた携帯を片手持った数人の男性たちに追い回されていた。

 あの女性は、光の母親だ。携帯を持つ集団は恐らくネットで自分たちの動画を配信している一般人と見られる。


 喚く母親に臆することなく、面白おかしく彼女を追い掛け回すその姿は情緒を取り乱している光の母親よりも異常で下品に見え、ネクラは思わず顔をしかめる。

周りを歩いている人々はその光景を遠くで観察している者もいれば、我関せずと言った風に通り過ぎて行く者もいた。


 そんな中、彼らの異常な行動はなおも続いていた。


「日常的に虐待していたとの事ですが、そこんとこどうっスか」

「弱いものいじめは快感ですかぁ」

「お、生コメント来ました!『下品そうな母親ww』だそうですが、これに対するコメントは?」


 報道陣気取りで次々と調子よく繰り出される悪意ある質問に、限界が来たのか光の母親が立ち止まり絶叫した。


「うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。私は虐待なんてしていないっ。あれは教育なの!グズでノロマな子供を叱って何が悪いのよ!私は!親としてあの子を叱っただけよ!」


 光の母親が狂ったように叫び出し、光に対して耳を疑う様な発言をする。この人は本当に正しいと思って光に暴力を振るっていたのだ。


「おお!本性キター!皆さん、我々はついに、この女の本性を暴きました!」


 携帯のカメラを回す男は光の母親が取り乱すその様子を興奮しながら携帯のカメラで撮影し、違う携帯のカメラに向かってピースサインをする。

 ネクラがその光景を見て愕然としていると、今度は子供の絶叫が辺りに響き渡る。


「お母さんを、いじめないでっ」


 それの声の主は、顔を真っ赤にさせながら、異様な雰囲気を放ちながら男たちを空中から睨みつける光だった。


「光くん!?」


 ネクラはただならぬ光の様子に不安を覚え、思わず彼の名前を呼んだ。

 光の姿を確認したネクラと虚無は即座に駆け出した。

 公園と歩道まではさほど距離はなかったため、あっと言う間に光が浮いている場所に辿り着き、ネクラが光に呼びかけようとした時、耳を疑う様な言葉が2人に届く。


「うわっ!なんだあれ!子供が宙に浮いてるぞっ」

「ほ、ホントだ、やべぇ」


 光の姿が、一般人に見えている。あの男たちに霊感があるのか。しかし、彼らは駆け付けたネクラと虚無には気が付いていない。


状況が飲み込めないネクラが光の母親に視線を移すと、彼女は空中を凝視しながら目を見開き、歯をガチガチとさせて怯えた様子で自分を抱く様に肩を震えさせていた。

 母親にも光の姿が見えているのだ。


 それどころか、光の母親が男たちにあれだけしつこく絡まれても素知らぬ振りを通していた人々も、ざわざわとしながら空中を見上げる。

 中には携帯のカメラで光を撮ろうとしている者もいたが。映らないと騒ぎ始める。


「どう言う事でしょうか。光くんの姿が、ここにいる人たちに見えているみたいです」

「光の念が怒りで強まったんだろう。意図的に姿を現す事ができる様になったんだ」


 戸惑いながらネクラが言うと虚無が真剣な面持ちでそう返した。

 念が怒りで強まった。それを聞いたネクラはハッとして言った。


「虚無さん。まさか、光くんの恨んでいた相手ってまさか……」


 ネクラの青ざめた顔を見て、同じ答えに辿り着いていた虚無は冷静に言った。


「ああ。自分の母親を批判するやつらだろうな」

「やっぱり……」


 ネクラは怒りを露わにする光、震える母親、そして携帯を構える男たちをそれぞれ見つめる。


 光が命を落とし、虚無の調べでは虐待の事実が露呈した母親は世間から相当なバッシングを受けていた様子だった。


 報道陣に取り囲まれる度、世間に暴言を吐かれる度に彼女の心は限界を迎え、今まで以上にヒステリックになり、心が壊れ始めていたのだろう。


 光は母親の笑顔を望んでいた。であればそれを妨げる存在は彼にとっては敵と言えるだろう。

 ネクラが事の重大さに気が付き息を飲んでいると、男たちの嬉々とした声が響く。


「ええー!あれ、幽霊じゃね!?」

「きっとあの母親に殺された子供だぜ!復讐に来たんだよ!」

「ああ!でもカメラに映らねぇ……。おーい坊主!カメラに写ってくれないかなぁ」


 この状況を面白がっている男たちにネクラは怒りと焦りを覚える。

 狙われているのは自分たちだと言うのに。彼らが言葉を発する度、光の怒りのボルテージは上がる。彼らの存在は光の怒りの起爆剤も同然だ。


「あああああっ。もうやめてぇぇぇ。やめてよぉぉぉぉっ」


 母親がこの状況に耐えきれず、頭を抱えて発狂した。


「おお!お母さん!ついに白状するか!?」

「子供に制裁される母親!でもまあ当然だよな」

「虐待した母親が殺した子供に制裁されるって最高じゃん。ああ。なんでカメラに映らねぇんだ」


 男たちが交互にカメラを向ける。そして、グイグイと光の母親に詰め寄った。


「謝った方がいいんじゃないんですかぁ。お母さん」

「今なら息子さんも許してくれますよ」

「さ、謝罪ターイム」


 『謝罪、謝罪』と男たちはリズムを取りながら光の母親に謝罪を要求する。


「いや、いや、いや。いやぁぁぁぁぁっ。もう、来ないで、来ないでよぉ」


 光の母親が頭を抱えてその場に蹲る。

『来ないで』言葉は男たちに向けられたものなのか。それとも光に向けられたものなのか。はたまた両方かはネクラたちにはわからなかったが、少なくとも光は男たちに向けたものと捉えた様だ。


「お母さんを、お母さんを、いじめるなぁぁぁぁぁぁっ」


 光の体から黒いモヤが溢れ出す。その光景にネクラは見覚えがあった。ネクラのクラスメイトで最初の仕事相手、一目優妃だ。

 光は怒りに支配され、悪霊になりつつある。コップの水が溢れてしまう。

 そう思いネクラは光に向かって必死で叫ぶ。


「光くんっ。だめだよ!自分に負けちゃダメっ。光くんっ」

「おかあさんヲ、かなしませル、ヤツは、ゆるさナイ」


 ネクラの必死の呼びかけも空しく、光の体から溢れるモヤは止まらない。


「ああ。光くんっ。ど、どうしましょう。虚無さんっ」


 自分ではどうする事もできない。ネクラはすがる様に虚無を見る。

 しかし、彼の光を見る瞳は諦めと、悲しみに染まっていた。その姿を見て、手遅れである事を悟る。


「虚無さん、もしかして、光くんはもう……」


 自分の思い違いであって欲しい。ネクラはそう願いながら虚無に問いかけるも、虚無は小さく頷いた。


「あの黒いモヤが体から溢れていると言う事は、体に抑えきれないほどに魂が穢れてしまったと言う証拠だ」

「それは、つまり……」


 ネクラは嫌な緊張感から生唾を飲み込む。

 そして、虚無はキッパリと言った。


「一度穢れた魂はもう二度と元には戻らない。つまり、手遅れだ」

「……っ!」


 手遅れ、その言葉にショックを受けたネクラの喉が、ヒュッと音を立てた。

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