第八章 第十三話 転生の扉の前で : 別れの言葉 虚無の場合
この度もお読み頂きまして誠にありがとうございます。
恐れ入りますが、ラストまでもう少しお付き合いください。
あと、お話が完結したあともやっぱりちょこっと番外編も書こうと思います(小声)
その後のお話と言うか、未来のお話?を考えております。
本日もどうぞよろしくお願いいたします。
鐵がネクラの前から離れ、死神たちが並び立つ方へと戻る。それを見計らってに死神が軽いノリで言う。
「よぅし!トリは俺だから、強制的に次は虚無くんだね!はいどうぞ」
無言で佇む虚無の背中をぐいぐいと押して死神は穏やかな表情をしつつも早く行けと言いたげに急かす。
虚無は盛大に溜息をつきながらもネクラに向かって真っすぐ歩みを進めた。
ゆっくりと近づいた虚無はネクラの前でピタリと止まり、そしてネクラを見下ろす形で口を開いた。
「こうしてお前を送り出す事になるなんて感慨深いな」
「う、うん。そうだね」
自分の前に来るまで無表情だった虚無が突然優しい笑みを向けた来たため、ネクラは頬を染めて頷いた。
「むっ」
「こらこら、妬かないの」
その様子を見た柴が眉間に皺を寄せて唸り、カトレアがその肩を押さえながら宥めた。
「お前が俺の初めての相棒だと知った時は正直、不安でしかなかったがな」
「うう、それについてはごめんなさい」
溜息交じりに言った虚無にネクラはしょんぼりと肩を落とし、体を小さくした。
しかしすぐに顔を上げ、虚無を見ながら言い訳をした。
「あの時は緊張してたんだもん。ただでさえ他人と行動するのが苦手なのに突然バディとか言われて、色々戸惑ってたの」
「そうだな。無駄に質問して来たしな」
意地悪な声で蒸し返され、ネクラの頬が今度は羞恥に染まる。
「だ、だって気まずくなるの嫌だったから……それに、虚無くんが不愛想すぎるのも良くなかったよ。もうちょっと雰囲気が柔らかかったら緊張もしなかった、と思う」
もにょもにょと反論するネクラを見て虚無はふっと噴き出した。肩が震えている。虚無が笑うのは珍しいが、恐らく自分の事で笑っていると察したネクラは彼に詰め寄った。
「わ、笑う事ないでしょ」
「いや、あの時のお前の姿を思い出したら面白くてな。表情がくるくる変わるし、考えてる事は丸わかり出だし」
「そ、そんなにわかりやすいかな」
やっぱり自分は顔に出やすいんだと頬を引っ張った後に、もにゅもにゅと揉んだ。ただ柔らかかっただけだった。
うむむと唸るネクラを見ながら虚無は懐かしむ様に続ける。
「わかりやすいだけなら面白いだけなんだが、後ろ向きでお人好しって言うクセのある性格だから、相棒としては正直不安要素しかなかったが今ではお前と出会えてよかったと思っているよ」
「虚無くん……」
虚無にしては暖かで優しい視線を向けられ、ネクラは胸の奥がむず痒くなると同時に切なさもこみ上げてくる。
「まあ、相棒って言っても一緒に仕事をした事は数えるぐらいしかないがな。俺は見ての通り不愛想だし、1人が好きだから別行動も多い。だから、対して相棒らしい事をしてやれなくて悪かった。本当にすまない」
そう言われてネクラは勢いよく首を振ってそれを否定する。
「ううん。私、いっぱい虚無くんにお世話になったよ。何度もピンチから救ってもらった。虚無くんがいなかったら私、消滅していたかもしれない。虚無くんには感謝してもしきれないよ」
「そうか、そう言ってもらえると嬉しい」
虚無は静かに喜びの言葉を述べ、ネクラはそれに微笑み返した後、視線を下へと向けてもじもじとする。
「それに、謝るのは私の方だよ。ずっと助けてもらってたし、基本的には役立たずだし。迷惑をかけてばっかりでごめんね」
バツが悪そうな表情でゆっくりと頭を下げたネクラの頭を虚無がポンポンと叩く。ネクラがふと顔を上げれば彼は首をゆるゆると横に振った。
「迷惑だなんて思ってない。後輩をフォローするのは先を行くものとして当然の事だ」
真顔できっぱりとそう述べられ、小さく笑いながら頭を上げた。
「ふふ。虚無くん、すごく男前だ」
「そうでもない」
ネクラの誉め言葉を虚無は冷静に否定した。そう言うところも虚無らしいなとネクラは思った。
のほほんとした空気が流れた後、虚無が口を開き、ゆっくりと言う。
「……。俺は死神見習いだし、お前と似たような立場の未熟者だ。お前を勇気づける様な言葉を送る事は出来ないと思うし、そんな資格はないのかもしれないが、お前が望むのなら。俺なりに考えた言葉を贈ろう」
「うん」
ネクラは緊張しながらもゆっくり頷いた。虚無はこくりと頷き返し、そして言った。
「お前の本質は人のために悲んで、悩むころができる優しい人間だ。俺はそれがお前の長所だと思う。自分の短所と向き合う事も大事だが、長所を見つけてそれを自分で伸ばしてゆく事も良くる上では大切だ。まずは自分を認めるために前向きになれ」
「あはは。私にとってはすごく難しい事だね」
頭を掻きながらネクラは苦笑いをした。虚無はそれに微笑んで返した。
「まあ、できる様に努力するんだな。転生先ではなるべく頑張れ。応援してやるから」
「うん、頑張りたいな」
ネクラがぎこちなく頷いた後、2人の間に暫しの間沈黙が流れる。
気まずい様な、照れくさい様な、むず痒い様な何とも言えない沈黙の中、先にそれを破ったのは虚無だった。
「あまり長く話していても名残惜しくなるだけだな」
「うん……」
虚無が話を切り上げようとしている事を察し、ネクラの気持ちが沈む。自然と声にも元気がなくなり、視線も下に向いてしまう。
「そんな顔するなよ。俺が悪い事をしているみたいじゃないか」
虚無がぐりぐりと少し強めにネクラの頭を撫でる。それすらもネクラに取っては悲しくなる行動で、しかし泣くわけには行かないとギュッと瞳をつぶった後、無理やりに笑顔を作った。
「ふふ。虚無くんって本当にお兄ちゃん気質だなぁ」
涙を我慢しているためか、ネクラの声は震えていたがその思いを汲み取った虚無はそれに気が付かない振りをした。
「じゃあな。俺の初めての相棒。転生先でも元気でいろよ」
虚無が切なげに微笑みながら左手を差し出した。
ネクラは少し驚いて数秒その手を見つめ、そしてすぐに右手を出してその手に触れる。
「ありがとう。虚無くん。立派な死神になってね」
「ああ」
2人は互いの手をしっかりと握り合って微笑んだ。
そしてどちらからともなく手を離し、虚無はネクラに背を向けて死神たちが待つ方へと戻って行った。
「本当にありがとう。虚無くん」
ネクラは零れそうになる涙に耐えながら、小さな声で呟いてその背を見つめていた。
「なぁんか負けた気がするッスぅ」
「こう言うのは勝ち負けじゃないだろう」
戻って来た虚無を恨めしそうに睨みながら柴は頬を膨らませ、不満全開で言ったが、虚無はそれを軽くあしらう。
そんな虚無の態度に柴はますます頬に空気を入れ、むーぅと唸ってから言った。
「そぉかもしれないッスけど、虚無先輩の方がネクラ先輩と絆を築いてる気がしてなんか嫉妬しちゃうッス」
「嫉妬ってお前……」
虚無が呆れた表情で柴を見やるが、柴は構う事なく不満の言葉をぶつけて行く。
「俺は勇気を出して告白したのに、告白してない虚無先輩の方が良い雰囲気になるのは気に食わないッス。納得できないッス!」
プンプンとご機嫌斜めな柴に死神がケラケラと笑って言った。
「あはは。それは仕方ないよ。虚無くんは君より長くネクラちゃんと仕事をしているし、彼女の直属の先輩だもん。信頼度も高ければ距離も近いのは当たり前だよ」
その言葉を聞いた柴がぐぬぬと悔しそうに唇を噛み、クールな姿勢を崩さない虚無をもう一度睨んだ後に叫んだ。
「あー!もうっ!!もっと早くネクラ先輩と出会いたかったッス!!」
「よしよし。意地悪されて悔しいのは落ち着きなさい。柴くん」
自分の服の裾を掴みながら嘆く柴の頭をわしゃわしゃと撫でながらカトレアは柴を落ち着かせた。
「カトレアさぁーん」
涙目で自分を見つめて来る柴の頭を撫で続けながらカトレアは微笑みながら言った。
「柴くんはこれから頑張ればいいの。あなたは再びネクラちゃんに巡り逢いたいんでしょ。こんな事で嫉妬する様な器ではだめよ」
「うう……漢の器というヤツッスね。なんか納得いかないッスけど……俺、今は堪えるッス」
ぐっと拳を握りしめて決意を固める柴の頭をカトレアは『いい子、いい子』と撫でていた。
「……なんだこの茶番は」
目の前で起きている寸劇めいた状況に無視しきれなくなったのかネクラがツッコミを入れる。
「気にしたら終わりだよ。虚無くん」
恐らく虚無と同じ感情を抱いている鐵が彼の肩をポンポンと叩き労わった。
「はぁ……なんかもう、どうでもいい」
ネクラへの感情も相まって疲れぎみな虚無はひどくぐったりとしていたが、死神はその隣で満足そうと頷いた。
「うんうん。なんか話もまとまり始めたし、最後は俺だね」
死神はくるりと振り向き、ネクラを見て微笑んだ。
別れの挨拶が必要な人物は死神で最後だ。着実に別れの時が近付いている事を感じ、ネクラは動くはずのない心臓がドキリと高鳴るのを感じた。