第八章 第十二話 転生の扉の前で : 別れの言葉 カトレアと鐵の場合
この度もお読み頂きまして誠にありがとうございます。
ああ、また話がまとまらない気配がして参りました。あれもこれもと詰め込み過ぎるのは私の悪い癖です……。
お話はもう少し続きますのでお付き合いください。明日は最近投稿し始めた新作の方を投稿予定ですので、十三話は明後日投稿予定です。
本日もどうぞよろしくお願いいたします。
「さぁて、おもしろ……じゃなくて、淡い恋模様も見れた事だし、次にネクラちゃんにお別れを言うのは誰かな」
『希望者は手ぇ上げて』と言う死神の言葉に反応し、優雅に手を挙げたのはカトレアだった。
「柴くんが良いもの見せてくれたし、今度は私が行かせてもらうわ」
「はい。じゃあ、カトレア。よろしく」
「ええ」
死神に名指しされ、カトレアがゆっくりとネクラに歩み寄った。優雅に、そして優しい笑みを浮かべながら真っすぐ自分の下へ歩いて来るカトレアの姿はとても美しく映り、ネクラは思わず見惚れてしまった。
「転生おめでとう。決断ができて良かったわね、納得のゆく結果になったかしら」
背の高いカトレアは緩やかに屈み、ネクラと視線を合わせる。妖艶で優しい笑みを浮かべるカトレアにネクラは照れながらもコクコクと頷いた。
「はい。まったく不安がないわけではないですが、転生を選んだ事については後悔していないつもりです。でも、決断してすぐにここへ来る羽目になるとは思っていませんでした」
苦笑いをするネクラにカトレアもクスクスと笑う。
「ふふ、そうね。あいつせっかちだから。あなたも振り回されて大変ね」
「いえ、もう慣れました」
微笑み合う2人の間に死神が不服そうに割って入る。
「ちょっと。俺の悪口を言う時間じゃないんだけど」
「うるさいわね。今は私の時間なんだから黙ってなさいよ」
「はあああ!?ムカつくっ」
地団太を踏む死神を無視し、カトレアはネクラに目線を合わせたまま続けた。
「あなたと知り合えてよかったわ。私、部下に対しては厳しく接してしまうのだけれど、他の死神の部下は別よ。しかも女の子ってかわいいんだもの。つい面倒を見ちゃうわ。人間で言うところの母性本能ってやつかしら」
「きっも……ってあぶなっ」
カトレアの言葉に死神が悪態をついたと同時にカトレアが死神に向かって何かを投げる。それは目にも止まらない速さで飛んで行ったが死神はそれを中指と人差し指で止めて見せた。
飛んで行ったものは銀色に輝く小型のナイフだった。刃物を投げられた死神は焦っていたが、しっかりと見切っているあたりさすがである。
「ちょっと黙ってなさい。じゃないと次は当てるわよ」
平然とナイフを投げるカトレアにネクラはやや恐怖を覚えたが、カトレア本人は涼しい顔で死神に注意を促した。
そして部下には厳しいと言う意外な言葉にネクラは驚いた。本人が言っているのだから事実なのだろうが、普段は比較的穏やかな印象のため、ネクラには信じがたい自己評価だった。
特に柴と共にいる時のカトレアは彼に甘い気がする。彼女の厳しい姿は死神を相手にする時ぐらいしか見た事がない。
ネクラがそう思っている事を察したのか、カトレアが笑顔で言う。
「ああ、柴くんは優秀だから厳しくする必要がないのよ。それに犬っぽいところがかわいいし」
犬っぽい、それは分かる気がする。何となく視線の先にいる柴を見ればそれに気が付いて元気よく手を振り返して来た。
話の流れのせいで、その姿が飼い主を見つけて喜ぶ犬の様に思えた。耳と尻尾の幻覚まで見える。
しかし、先ほどの柴からの熱烈アプローチが頭を過り、顔が熱くなり思わず目を逸らした。
視界の端でネクラに無視されたと感じた柴がしゅんとする姿が映り、罪悪感を覚えた。
カトレアはそんな2人を見て『あらら、うふふ』と口元を押さえて楽しそうに笑っていた。
「正直、ネクラちゃんがこんなに早く決断できるとは思っていなかったわ」
「うう、そうですよね。皆さんにアドバイスをもらったおかげだと思っています。私1人では決めきれなかったです」
苦笑いをするネクラにカトレアは凛として言った。
「でも最終判断をしたのはあなたなのだから。決断できた事への自信と、責任を持つ事は大切よ」
「自信と責任ですか……」
その言葉を心に刻む様にネクラは呟く。神妙な顔つきになったネクラを見てカトレアが軽い笑いながら言った。
「あはは。そんなに重く捉えなくてもいいのよ。ネクラちゃんは何があっても他人のせいにしない子って事は分かっているし。単純に行動する時には責任が伴うって事を伝えたかっただけ」
カトレアは軽口で言ったが、責任と言う言葉を重く捉えたネクラの表情が晴れる事はない。
ネクラが俯いているとカトレアがネクラの肩をポンポンと叩いたので、顔を上げればそこには穏やかな表情のカトレアの姿があった。
「あなたは確かに後ろ向きな子。でも、ちゃんと考えれば自分の考えに辿り着けるのよ。今回の事で分かってでしょ。だから、自信を持って」
「カトレアさん……」
優しい言葉をかけられた事でネクラの心と瞳が揺れる。
カトレアはネクラの両肩に手を置いて顔を覗き込む。そしてカトレアは小さく息を吸い、そしてゆっくりと口を開いた。
「私はあなたの担当ではないし、あなたと過ごした時間もごくわずかだから、気の利いた言葉もあなたの心に響く言葉も持ち合わせていない。だから、簡単にお別れの言葉を言わせてもらうわね」
カトレアから優しく、そして真剣な表情を向けられネクラの背筋が伸びる。
「転生先でもあなたがこうして前向きになれる事を祈っているわ。そうすればきっと道は開けるはずよ。大丈夫。あなたは自分で決断ができる強さを持っているんだから。頑張ってね、ネクラちゃん」
「はい」
ネクラはしっかりと頷き、カトレアは満足そうに笑って『じゃあね』と手を振りネクラ背を向けて死神たちの方へと戻って行った。
「意外と早いね、もういいの?」
「ええ、こう言うのは長々と話し込むものではないから」
あっさりとネクラの元を離れたカトレアに死神が問えば彼女はキッパリと言った。その態度にネクラは少しだけ寂しさを感じたが、彼女の言葉も正しい。
ネクラの場合、別れを惜しみすぎれば決心が揺らぐ。カトレアはそれを見抜いているのかもしれない。
そう思えば少し寂しさはあれど、満足だった。
「よし、次は誰。立候補する人~。あ、因みに担当である俺はトリを飾らせてもらうからそのつもりで」
別れの場で呑気に言う死神の言葉に対し、次に手を挙げたのは鐵だった。
「それじゃあ、私が行こう。虚無くんは彼女の先輩だから伝えたい事もたくさんあるだろうし、最後に近い方がいいだろう」
「……別に」
気遣う様な鐵の言葉に虚無は素っ気なく返した。
「はい、じゃあ鐵。よろしく~」
死神の緩い指名の後、鐵がネクラに歩み寄る。鐵とは付き合いも浅く、また外見の年齢が離れている事からどうしても他の死神たちよりも緊張を覚えてしまう。
寧ろこの別れの場に姿を現してくれたこと自体に驚きを隠せない。そう言えば転生についての相談に乗ってくれていたし、共に過ごした期間は短く少ないが、随分とお世話になった気さえする。
鐵はコツコツと靴音を鳴らしながら歩みを進め、ネクラの目の前で立ち止まる。そしてカトレアと動揺にネクラに目線を合わせるため、片膝をついて屈む。
上品で大人な雰囲気を纏う鐵にネクラは緊張と照れからぶるるっと体を震わせた。
「そんなに緊張しなくてもいい。気楽に私の言葉を聞いてきれるかい」
ゆっくりとした優しい声色で言われ、ネクラは一言も言葉を発せないままコクコクと頷いた。
「まずは、君と華を出合わせた事によって君に転生への恐怖を与えてしまった事、改めて深くお詫びする。すまなかった。この通りだ」
鐵はネクラに跪いた状態で頭を垂れた。それを見てネクラの緊張が一気に吹き飛び、ネクラは早口で言った。
「そ、それについては謝っていたばかりです!その時にいいましたよね、鐵さんのせいじゃないって。だからもう謝らないで下さい。頭を上げてください」
慌てふためくネクラの声を聞き、鐵は苦笑いを浮かべながら顔を上げた。
「ああ、すまない。君を困らせたいわけではなかったんだか」
「い、いいえ。私こそ、色々と大げさですみません」
モジモジとするネクラを見ながら鐵が言う。
「君は正直で面白い子だね。転生先でもその君の良さが活かせるといいんだが」
「お、面白い、ですか」
ここに来てから時おり『面白い』と評価される事が多かった事を自覚しているネクラは戸惑いながら首を傾げる。
生前は根暗、陰気、影が薄いなどと言ったマイナスな評価ばかりされたせいで、面白いと言う、どちらかと言えば明るい意味を持つ言葉で評価される事にネクラは慣れていないのだ。
「思った事が全て行動に出ていて、考えている事がよくわかる。そう言うところを面白いと私は思うが、それをうざったいと評価する者もいるだろうね」
「私、うざったいですか。そうですか……」
その言葉に肩を落としてしょげるネクラを焦った鐵がフォローする。
「あくまでそう言う評価もある。と言う話だよ。仮に100人の人間が君の前にいて、100人が君の評価を良いものにするとは限らないだろう。それと同じだよ」
そう言われても、良く思われたいと思ってしまうのが人間である。
自分は後ろ向きなのにプライドが高いのだろうか。とネクラは内心で落ち込んでいた。
「どんなに人に媚びて背伸びをしても君は君でしかない。転生しても他者の反応を気にして背伸びをするのではなく、自分で自分のいいところを見つけ、それを長所と認めて伸ばしてゆく努力ができる様になればいいね」
「……はい。そんな人間になれたらいいなと思います」
ネクラはゆっくり頷き同意した。鐵は最後にネクラの頭を大きな手で軽くなでる。その行動が幼い頃に祖父にしてもらった事と重なり、ネクラは鼻の奥がツンとしてまた泣きそうになった。
「じゃあね。ネクラさん」
鐵の手がネクラから離れて行く。ネクラは何とか涙を堪えて離れて行く鐵の背中を見送った。
ネクラの視界は少しだけ滲んでいた。