第八章 第十一話 転生の扉の前で : 別れの言葉 柴の場合
この度もお読み頂きまして誠にありがとうございます。
もう少しだけ続きます。調子に乗って番外編とかも書こうかなと思ってみたりしてる……かも?
1話が長くなるよりも読みやすさを優先して話数を分ける事にしました。それでも40000字近いですが(汗)
本日もどうぞよろしくお願いいたします。
追記 : 新作と同時進行で書いているため、1日おきの投稿になるかもしれません……
ネクラが訪れたのは転生の門の前。これを目にするのは二度目だ。一度目は転生する華を見送った時である。
ポツリと浮かぶ白銀の扉の前には緊張した面持ちのネクラが、そしてその背後には、担当にして見届け人の死神の他に虚無、カトレア、柴、鐵が佇んでおり、それぞれが優しい眼差しをネクラに送っていた。
ネクラは涙目になりながら深々と頭を下げて言った。
「皆さん、私のわがままにお付き合い頂いてごめんなさい。本当にありがとうございます」
ネクラはあの時、死神にダメ元で申し出をした。可能であれば転生をする時は思い悩む自分を導いてくれた虚無たちに送り出してもらいたいと。
今すぐ転生をしなければならないと言われてしまうと、固めたはずの決心が今にも崩れそうになる。
だから、見知った顔に背中を押されたい。そうすればきっと勇気が出る気がするのだと伝えた。
最初は鳩が豆鉄砲を食らったような表情をして瞳を瞬かせていた死神だったが、数秒思案した後に素早く端末を取り出し、素早く画面をタップし始めた。
言葉で明確な回答をされていないネクラはその行動を見て、これは承諾されたと言う事なのかと期待と不安を抱きつつも死神の言葉を待つ。
そしてすぐさま端末からピコピコと数回音が鳴ったかと思えば死神が画面から目を離して満面の笑みをネクラに向けた。
「皆に連絡したら、今なら全員都合がつくってさ。よかったね」
その言葉を聞いた時、ネクラは緊張が解け、不安が和らぎ、心に光が差すのを感じた。瞳を輝かせ、見るからに嬉しそうなネクラを見て、死神も感慨深そうにうんうんと頷いた。
「嬉しいよねぇ。1日の仕事の量が比較的少ない虚無くんや柴くんはともかく、カトレアと鐵の都合がついたのは奇跡だよ。ネクラちゃん、最後最後で運がいいね」
死神は若干引っかかる言い方をしたが、それが気にならないほどネクラの心は晴れやかだった。
「はい。とっても嬉しいです」
素直な気持ちを今までで一番輝いた笑みを浮かべて述べるネクラを死神は、いつもの胡散臭い笑みではなく、心からの優しい微笑みで見つめていた。
その後、ネクラは死神の瞬間移動能力で転生の扉の前へとやって来たのだった。
ネクラが到着した時には既に連絡を受けた面々が揃っており、本当に自分のお願いを聞いてくれたのだとネクラは心の中が温かくなったと同時に、別れも実感し鼻の奥がツンとした。
そして、ネクラは先ほど心からの礼を述べ、現在に至るのだ。
既に死神は扉を開ける準備を済ませており、あとはネクラがドアノブをひねって扉をくぐればすべてが終わり、そして始まる。
ネクラは運命が決まる扉の前で期待と緊張、そして不安と名残惜しさで体がガチガチになっていた。
転生すると決断したものの、いざその時を迎えるとやはり恐怖や不安が押し寄せて来る。華はよく躊躇いもなくこれを開ける事ができたなとネクラは今更ながら感心した。
そんなネクラを見兼ねた死神が両手をパンっと合わせて明るい声で言った。
「よし。みんなー!最後にネクラちゃんに何か言葉を送ってあげて。なるべく優しいやつね」
「え、そんな!そこまでしてもらわなくても」
ネクラはあたふたとしながら両手と首を横に振ったが、死神はニコニコとしながら慌てふためくネクラの肩をポンポンと叩いた。
「まあまあ、良いじゃない。せっかく集まってもらったんだよ。黙って見送られるだけなんて寂しいでしょ」
「それは、そうですけど」
ネクラはごにょごにょと言葉を濁す。緊急で集まってもらえただけでもありがたいのに送別会の様な流れになっている事が申し訳ないのだ。
「はーい!俺っ!俺から行かせてくださいッス!」
申し訳なさが吹き飛ぶ明るい声がしてネクラがそちらに視線を向ける。ネクラの瞳に映ったのは満面の笑みで手を挙げながら小柄な体でぴょんぴょんと元気よく跳ねる柴の姿だった。
「はい、じゃあ柴くんから行ってみよう!ほかの皆も準備しておいてね」
死神場を仕切りだし、やる気満々な柴を指名した。
「はいッス!」
元気よく返事をした柴はちょこちょこと小走りでネクラの目の前までやって来て、そしていつもの様に人懐っこい笑みを浮かべて言った。
「まずは転生、おめでとうございます。随分と悩んでいたみたいッスけど、ふっきれたみたいでよかったッス」
「うん。柴くんが相談に乗ってくれたおかげだよ。ありがとう。原点に返るって言葉、とっても的確だったよ。ちゃんと答えに辿り着けた」
ネクラは笑顔で返すと、柴の顔からスッと笑みが消え、大きな瞳が揺れ始めた。
「これで、本当にお別れなんスね……泣いちゃダメだって思って来たんスけど、やっぱダメッス。俺、泣く」
柴は宣言した後にズズッと鼻を鳴らしてその場で大粒の涙を流す。声は出さなかったが直立したまましゃくりあげる様にして泣いていた。
俯き加減で何度も服の裾で顔を拭く柴の姿を見ているとこちらも悲しくなってくる。ネクラは柴の肩に優しく触れ、瞳を潤ませながら言った。
「泣かないで、柴くん。私も泣いちゃうよ」
言葉にした時にはもう遅く、ネクラの瞳からも涙が止めどなく溢れ出す。
そんなネクラの姿を見て、柴は顔を真っ赤にさせながら鼻をすすり、乱暴に涙を拭って思いの丈をぶつける。
「ぐすっ、ネクラ先輩が全然気付いてくれないまま転生しそうなんで、ぶっちゃけますけど……俺、先輩の事が本当に好きだったんスよ。もちろん、恋愛的な意味で」
スンスンと鼻を鳴らしながらそう言った柴をネクラは瞳を大きく開いて凝視する。その拍子にネクラの頬がさらに涙で濡れる。
「え、そっそうなの?わ、私、全然気が付かなかった……」
涙を流しながらもネクラは頬を染め、泣き続ける柴を見つめ返す。その表情にはかすかに照れが窺えた。
「こんなかっこ悪い告白、正直不本意ッスけど……でも、今しかチャンスがないッスから。格好が悪くても、皆の前でも、どうしても伝えたかったッス」
「皆の前……」
はたと気が付いたネクラが周りを見れば、面白そうな笑みを浮かべる死神、瞳を閉じながら気配を消している虚無、よくやったと呟きながら頷くカトレア、そして微笑まし気に2人を見つめる鐵の姿があった。
ネクラは涙が引っ込んでしまうほどの羞恥に見まわれ、むず痒い気持ちに囚われながらも視線を泳がせる。
「ご、ごめんね。柴くん。あっ、ごめんて言うのは断ってるんじゃなくて、柴くんの気持ちに気が付かなくてごめんって意味で。ああっ、でも今すぐ返事をしろって言われても難しいっていうか」
溢れ出る照れや恥ずかしさを誤魔化すためか、しどろもどろになっているネクラを見ながら柴は瞳に涙を浮かべながらも笑った。
「あはは。先輩動揺しすぎッス。別にいいッスよ。今返事をしなくても」
「で、でも」
せっかく告白してもらえたのに、返事をしないのは失礼ではないだろうか。それにこの扉をくぐれば少なくとも『ネクラ』と言う魂は、柴とはもう会えなくなる。
柴の気持ちに応えるのは今しかない。そうは思うのだが、生前も含め初めての告白に動揺しているネクラはどう言う行動を取る事が正解なのか見当もつかない。
ときめいたり、悩んだりと百面相をするネクラとは対照的に、柴はとても晴れやかな顔をしていた。
「本当に返事はいらないんです。自分の気持ちを伝える事が出来ただけで十分満足ッスから。それに!」
「わっ」
柴は突然ネクラの両手を自分の両手で包み、熱がこもった真っすぐな視線で言った。
「俺、先輩が転生した後からすぐに死に物狂いで補佐の仕事を頑張って、転生の資格を手に入れてみせるッス。絶対先輩と同じ時代と世界に転生してもう一度告白します」
「えっ、ええっ」
ネクラの顔が戸惑いと羞恥で真っ赤になる。視線を外せば死神たちの視線があり、ネクラの羞恥心が倍増する。
「柴くん、皆見てるからっ」
顔を真っ赤にしてあわあわとするネクラに構う事なく、柴はネクラの手を包む力を強める。
「ひゃっ」
あまりの恥ずかしさでパニックになっているネクラから悲鳴が漏れるが、柴は追い打ちをかける様に淡く熱い思いを伝える。
「絶対転生先でも先輩を好きになって見せますから。その時にちゃんと返事してください」
最後に柴は『約束ですよ』と悪戯っぽく微笑んだ。柴の瞳と頬には涙の痕が残っていたが、何か吹っ切れたのかとても晴れやかだった。
こ、小悪魔っ。それがネクラのシンプルな感想だった。
自分は何故こんなにも動揺しているのか。初めての告白で戸惑っているのかもしれない。ネクラはそう思いながらも、目の前で自分の手を包んだまま微笑む柴を見つめた。
果たして柴の事が好きなのか、ただの同僚だと思っているのか。それすらも検討が付かなかったが、ぎこちなく頷いた。
「う、わ、わかった……って言っておけばいいのかな」
肯定の言葉を貰えた事が嬉しかったのか、柴は小悪魔から子供の様にパッと表情を明るくさせ、とても幸せで嬉しそうな反応をした。
「やった。嬉しいッス」
ピョンピョン飛び跳ねた後、柴はハッとして後ろを振り返る。
そして申し訳なさそうにして死神に言った。
「スミマセン。時間を取り過ぎたッス。名残惜しいけど、俺はこれで十分ッス」
頭を下げる柴に死神はにこやかに返す。
「いいよ。気にしないで。ここに時間の制約はないし、せっかくネクラちゃんを送り出すための集まりなんだ。柴くんに限らず、後悔のない様にしないとね」
柴は死神に笑顔で頷き、そしてその手がネクラから離れて行く。
先ほどまで恥ずかしいと思っていたはずの感触がなくなり、ネクラは少し寂しさを感じたのかぼんやりと自分の掌を見つめていた。