第八章 第三話 戸惑う心、柴の気持ち
この度もお読み頂きまして誠にありがとうございます。
きちんと設定をまとめてなかったせいで各キャラの過去とか発言に矛盾がある様な気がしてきました……。一応、各章を読み返してはいるんですが……。もし矛盾があれば見逃して頂ければ(オイ)
本日もどうぞよろしくお願いいたします。
「へえ、カトレアさんがそんな事を言ったんスか」
ネクラの目の前の席には柴が座っており、真剣な表情でネクラの話を聞いていた。
先ほどまで席を共にしていたカトレアは暫くネクラの相談に乗った後、中々帰って来ない死神に痺れを切らし、死神が持つ端末から連絡を入れた。
電話に出た死神はカトレアに居場所を伝えたのか、カトレアは眉間に皺を寄せた後、面倒くさそうに立ち上がったかと思うと不機嫌な表情から一変、申し訳なさそうな表情をネクラに向けた。
「ごめんなさい。あいつに用事があったのに、逆に呼び出せてしまったわ。ホント、何様なのかしらね」
カトレアは端末を忌々しそうに睨みながら舌打ちをした。ネクラは苦笑いを浮かべてカトレアに言う。
「あはは……。私は大丈夫ですので、早く死神さんの所へ行ってあげて下さい。あの人、待たされるの嫌いみたいですし」
「そうね、じゃあ中途半端な話になって申し訳ないけれど、失礼するわ。じゃあね、ネクラちゃん。こんど会う時はあなたの心が晴れやかになっている事を祈っているわ」
カトレアはふわりと微笑み、小さく手を振りながら静かに扉から出て行った。
そしてカトレアと入れ替わる様に入室して来たのが柴だった。柴はネクラと同じ死神補佐でカトレアの下で活動する少年だ。
とある仕事をきっかけに親しくなり、ちょくちょくこの拠点に訪れる。なので、今回の様な突然の訪問も珍しい事ではないため、ネクラは柴の訪問を自然に受け入れた。
なお、彼はネクラを先輩と呼び、後輩を装い慕っているが実際はネクラよりも年上で、補佐としての経験も活動期間もネクラよりも長いと思われるが、本人はそれをはぐらかし続けている。
そんな柴もネクラの元気がない事に気が付き、その理由を尋ねて来た。同じ死神補佐と言う立場の柴に今の自分の胸の内を明かすのはためらわれたが、少しでも多くの意見を聞きたいと思ったネクラは抱える不安と悩みを柴に話した。
死神の言葉、カトレアの言葉、これまで受け止めた全ての事を柴に打ち明けると柴は瞳を丸くして冒頭の言葉を述べた。
「そう言えば、柴くんは補佐だけど死神見習いと同じ訓練を受けているんだよね。どう?訓練ってやっぱりハードなのかな」
柴はある事情から死神補佐でありながら、本人の希望で死神見習いと同じ戦闘訓練を受けていた。
元々霊感と霊力が備わっていた柴はある霊への復讐心も相まってめきめきと力をつけ、今ではよほど強大力を持つ悪霊でなければ十分な戦闘要員となっていると聞く。
そして戦闘訓練を受けるきっかけとなった復讐と言う目的を果たした今でも訓練と続けていると言う。
転生するか、死神見習いとなるか、悩んでいるネクラだったが参考までにと柴に質問をした。
それを受けた柴は『うーん』と首を捻り数秒回答を考えてから言った。
「血反吐を吐くってああいう事かなぁ。と思った記憶があるッス」
「ち、血反吐……」
あっさりと恐ろしい事を言われてネクラは顔を引きつらせた。小刻みに震えるネクラを見て柴も苦笑いで続けた。
「はは、やっぱり普通の人間が死神になるにはそれなりの努力がいるんだなぁって実感したッスよ。俺の担当であるカトレアさんが戦闘訓練をつけてくれるんスけど、女性と侮ることなかれ。もうめっちゃスパルタなんス!それは今も変わらないッスねぇ……」
柴は訓練の事を思い出しているのか遠い目をして黄昏ていた。一体どんな訓練を受けているのだろう。ネクラはその内容を聞いてみたい気もするが、同時に聞く事が恐ろしい気もしていた。
「霊体だから肉体的に疲れたりする事はないんスけど、こう精神的にしんどいのと……あ、コレ2回目の死を迎えるんじゃないかなって言う気持ちになるレベルにはハードッスかねぇ」
「じゃあ、私が死神見習いを目指すとしたら、難しいと思う?」
自信がなさげに聞くネクラに柴は彼女を気遣ってか、回答に困った表情をして遠慮勝ちに返した。
「うーん、確かにネクラ先輩には厳しいかも……」
「それは私に霊感も霊力もないから?」
ネクラがしょんぼりとして聞くと、柴はうーんと唸った後に言った。
「それもあるッスけど……。特に先輩の担当はあの死神さんだし、カトレアさんよりも容赦がなさそうなイメージがあるッス。って言うか容赦なかったッス」
柴は何かを思い出したのか自分の身を抱いて震えていた。ネクラはその様子を不思議そうに眺めていた。
「死神さん戦闘訓練をした事があるの?」
「あるッス。一度だけッスけど。あれはきつかったッス。カトレアさんはまだ優しい方でした」
「そ、そんなに……?」
青ざめてカタカタと小刻みに震える柴を見ていると、どれほど苦労して死神の訓練を耐え抜いて来たかがものすごく伝わり、見てもいないしそれを体験して事もないネクラでさえ寒気を覚えた。
「この話やめましょう。俺の心が恐怖で凍る」
「う、うん。ごめんね」
青ざめた表情のまま提案され、ネクラはぎこちなく頷いた。
暫く間が空いたが、ネクラはポツリと別の質問を柴に投げかけた。
「柴くんは死神見習いと同じ訓練を受けているけど、死神になるつもりはないんだよね」
「ん、ああ。そうッスね。俺は転生を望んでます。死神になるつもりは一切ないッス」
柴は迷うことなくきっぱりと言い切った。自分とは違い、迷いのないその解答にネクラは尊敬と驚きを感じた。
「どうしてそんなにはっきり言えるの。せっかく死神の訓練をしているなら、死神になる道も選べるのに」
ネクラと柴の違いはそこにある。霊力もあり、戦闘能力も備わっている柴は死神見習いを目指す素質は十分にある。
しかし彼は転生する事しか考えていない様で、疑問に思ったネクラはそれを問うが柴は即答した。
「あー、それはカトレアさんにも言われたッスね。でも、理由はただ1つ。大好きな両親が与えてくれた大切な命を無駄にしてしまったので、今度こそきちんと人生を全うしたいと思ったんス。かつての両親への罪滅ぼし、と言ってもいいかもしれないッスね」
柴が寂しそうな笑みを浮かべていた。その表情と言葉を聞いてネクラの心が切なさで締め付けられる。
「でも、でもね。転生をしたらここでの記憶も経験も、感情ですら消えちゃうんだよ。今の柴くんはそう言う思いかもしれないけど、転生したら何があるかわからないんだよ。悪霊になってもう二度と転生できない未来もあるんだよ」
ネクラは柴の意見を素晴らしいと思う反面、自分が抱える不安にも理解して欲しいためか、燻ぶり続ける不安を言葉にし、柴にぶつける。
せめてほんの一瞬でも共感してもらえば自分は安心ができる。そう思いながら柴の返事を待ったが、柴からの返答はやはり彼の迷いなき強い言葉だった。
「確かに、次の俺が何を感じてどう行動するかはわかんねぇッス。でも、やっぱり俺は人生を生き抜く事が意味があると思うんです。だから、次では人生を全うできる人間である様に祈るだけッスね。悪霊化は、うん。避けたいッスけど、そうなってしまったら俺の魂は元より弱かったって事の証明になってしまいそうでなんかい嫌ッスね」
彼の転生への強い意志にネクラは返す言葉もなく、口を噤んだ。
同じ死神補佐であるにも関わらず、柴は転生への恐怖も迷いも欠片も見当たらない。かといって来世に過度な期待やあこがれも抱いているわけでもない。
冷静に来世と言うものを捕えている柴と自分を比較し、性格が違えばこうも物事の捉え方が変わるものかとネクラは劣等感を覚え、より一層不安を大きくした。
心が沈み始めたネクラの雰囲気を察して、柴は先のカトレアと同じく優しい口調で言う。
「俺も、最終判断を決めるのはネクラ先輩自身だと思います。その華さんと言う人の件で転生が怖くなった気持はわかりますが、それだけで迷っているのであれば、もう一度原点に返ってみたらどうッスか」
「原点?」
ネクラが不安と疑問を交えた視線で彼を見ると彼はにこりと笑った。
「はいッス。ネクラ先輩、最初は転生したかったから、迷わず死神補佐と言う立場を受け入れたんスよね。それは現世が嫌いなわけではなかったって事ッス」
「う、うん。そうだね。そうかもしれない」
柴の言葉にネクラはぎこちなく頷いた。確かに、ネクラは自ら命を絶ったが世界そのものが嫌いだったわけではない。自分を取り巻く環境に嘆いた末にその選択をした。
みじめでつらい人生を終わらせて、新たな人生を始めたい。当初はそう思っていた。それは華の考えに近いのかもしれない。
しかし、それを自覚したところで迷いが晴れる事はない。表情を曇らせ続けるネクラに柴は言った。
「原点に返って、自分と向き合えば答えは見つかるし、覚悟も決まるかもしれねぇッスよ。どうして先輩は転生したかったのか。それを思い返してみて下さい」
「どうして、転生したかったのか……」
ネクラはじっくりと柴の言葉を繰り返した。その表情には曇りはなく、柴の言葉を飲み込んで思案している様子だった。
そんなネクラに柴が話を切り替え、明るい声で言った。
「でも、俺より先にネクラ先輩が転生するのは何か寂しいッスね」
「えっ」
ネクラが思考を止め、キョトンとして柴を見る。彼からはいつもの人懐っこさは消え、真剣な表情で続ける。
「でも、こう言う立場上、別れは必然ッスから。寂しいけど仕方ないッスよね。だから俺、先輩が転生を選ぶなら頑張って先輩の後を追いかけます」
「あ、あの、柴くん?」
ネクラをまっすぐに見据える柴に気恥ずかしさを覚え、ネクラは思わず赤面してしまう。恥ずかしくて視線を逸らしたいが、柴の視線があまりにも真摯で誠実なものであるため、彼から視線を外す事は叶わなかった。
「だから、先輩。転生するならその先で俺を待っていて下さい。そして俺と同じ時を過ごして下さい」
「う、えっ、えええっ」
まるで告白の様な空気と言葉にネクラの体温が一気に上昇する。なんと返答するのが正解なのか。そもそもこれは告白なのか、ただ自分を慕っているだけなのか。
突然の出来事に思考が追い付かないネクラの口から出たのは、ムードのかけらもない言葉だった。
「も、もし、私が死神を目指すから転生しないって選択をしたら……?」
予想外の言葉だったのか、柴は瞳を瞬かせた後、寂しそうに微笑んだ。
「その時はいつか転生する俺を見送って下さい。多分、泣いちゃいそうッスけど」
柴があまりに寂しそうにその言葉を口にしたため、ネクラは自分の発言を後悔して、今度は柴から気まずそうに視線を逸らした。