第七章 第二十話 悲しき悪霊の最期
この度もお読み頂きまして誠にありがとうございます。
二十話を越してしましましたよ?どうしましょう。ぐだぐだしたくないのにめっちゃ長くなりつつあります。
もう少しで七章を終えることができそうなので、どうかお付き合いください。
本日もどうぞよろしくお願いいたします。
「鐵さんが、華さん……いえ、悪霊を折檻するんですか」
ネクラの言葉に鐵が頷く。言葉の意味と状況が分からないネクラが困惑しながら死神の方を見やる。
すると死神は明らかに困った表情を浮かべて言った。
「んー、その説明をしてあげたいのは山々なんだけど、まずは悪霊の折檻が先。申し訳ないけど、手っ取り早く鐵に折檻してもらってもいいかな。ああ、大丈夫。ネクラちゃんも虚無くんのここまで頑張ってくれているから、それぞれにちゃんとポイントは入るよ」
死神が言う様に、死神補佐や死神候補にはそれぞれポイントが入る。ネクラには自ら命を絶ったと言う罪を償うための徳で転生に必要な『輪廻ポイント』、虚無には死神になるための『死神ポイント』が仕事の難易度やこなす量によってそれぞれ与えられる。
なお、このふざけたネーミングは死神が勝手にそう呼んでいるだけで、他の死神はこのような呼び方はしないとカトレアが言っていた。
「い、いえ。ポイントの事を気にしているのではなく……、どうして鐵さんが折檻をする必要があるのかなって、死神さんじゃダメなんですか」
「ダメな事はないけど、鐵の申し出だしね。その辺の説明は後でするから。で、悪霊の事、鐵に任せてもいいね」
死神はこれで最後と言わんばかりに圧がかかった口調で言う。ネクラは全く状況が理解できなかったが、理解を示すしか道はないと悟り、ぎこちなく首を縦に振った。
「一応聞くけど、虚無くんもいいね」
「俺は別に構わない」
虚無は死神とは目線を合わせずに素っ気なく答えた。部下2人から了承を得た死神は指で丸を作り、鐵に笑顔を向けた。
「おっけー。鐵、よろしく頼むよ」
「ああ、任された」
鐵は手に大鎌を携え、暴れ狂う悪霊の元へと歩みを進めた。
「華さん……」
悪霊の元へためらいもなく向かう鐵を見ながら、ネクラは華の事を思っていた。
死神はあの輝夜は華の生まれ変わりだと言い切った。あれほど来世に焦がれ、死神補佐として努力し続け、転生できたと言うのに、どうしてこんな事になってしまったのか。ネクラの心の中はそんな思いでいっぱいだった。
状況はまだわからないが、華の事を思うと悲しくて苦しくて、とにかく訳が分からなかった。全身が何かに締め付けられる様に痺れ、吐き気に襲われた。
ネクラが色んな思いを抱えて震えていると肩に優しく手が置かれる。ネクラがふと隣を見れば虚無が無表情の肩に手を置きネクラを見つめていた。ネクラも不安を隠しきれない表情で虚無を見つめ返す。
「辛いかもしれないが、見届けろ」
「……」
淡々とした口調でそう言われ、ネクラは虚無から視線を逸らし、固く唇を噛む。ネクラの心がまた暗い気持ちに支配され始める。しかし、虚無は続けた。
「だが、それがどうしても辛いなら、見ないと言う選択肢があっても俺は良いと思う」
「え……」
予想外の虚無の言葉にネクラは瞳を潤ませながら再び虚無を見る。虚無はそれ以上は何も言わず、黙ってネクラを見つめ続けていた。
恐らく、ネクラの選択を待っているのだろう。それを感じ取ったネクラはスッと息を吸い、悪慮の方を見る。
既に鐵が悪霊の元へと辿り着いており、悪霊も鐵の存在に気が付いたのか無作為に暴れる事をやめ、鐵の方を見据えていた。まさに臨戦態勢だ。
ネクラは鐵の戦っている姿を見た事はないが、元部下だった華が悪霊と化した姿を見ても一切の動揺を見せず、悪霊として折檻しようとしているとことを見ると、きちんと割り切る事が出きる手練れだと言う事が分かる。
それに加え、鐵の雰囲気も先ほどまでの紳士的で柔らかいものから、空気が重くなるほど冷たいものへと変わっている。その殺気を感じ取ったため、悪霊も鐵を見据えたまま動かないのかもしれない。その異様な雰囲気だからこそ、わかるのだ。この戦は一瞬で終わると。
ネクラは視線を死神に移し、瞳が合った死神はにこりと笑い、そして虚無に視線を戻せば彼は未だに真剣にネクラの答えを待つ。
一瞬だけ、華と共に仕事をこなした時のが頭を過る。短気で怖いところもあったが、面倒見がよく、どんなにネクラが鈍くトロくても、決してネクラを置いてけぼりにする事なく行動してくれた華。
ネクラの胸には未だに戸惑いと悲しみが燻ぶっていたが、それを振り払う様に頭を左右に振り、力強く虚無に決断した。
「見届けるよ。ちゃんと、華さん……ううん。輝夜さんの最期を見届ける。目の前の事から目を背けるなんて、朔夜さんにも悪いもん」
「……。そうか」
その表情を見て、けして無理や強がりではないと判断したのか、虚無は微笑みを返した。
「話はついたかな。あっちもそろそろ決着がつくよ」
ネクラと虚無のやり取りを黙って見守っていた死神が2人に呼びかける。その言葉に反応し、ネクラと虚無は鐵の方に視線を移す。
「やあ、久しいね。華、いや今は輝夜さんだったかな」
「アアァァアァァァッ」
鐵は優しい口調で悪霊に話しかけるも、理性も感情もない悪霊はただ絶叫を繰り返すだけだった。
それを見た鐵は一瞬だけ切なそうな表情を見せたが、すぐさま表情を引き締め、大鎌を悪霊に向けた。
「やれやれ、前世の記憶がないにしても、やはり元部下を折檻するのは心苦しいね」
そんな事をぼやきながら、鐵はトンと地面を軽く蹴る。本当に軽く蹴っただけの様に見えたが、すごい跳躍力と速さを見せ、あっと言う間に悪霊と距離を縮めその懐に忍び込む。
悪霊も鐵の速さに驚いたのか、体をくねらせながら触手を振り乱し、なんとか鐵を遠ざけ様と暴れまわるがそんなものは鐵にとってはまったく無意味な行動だった。
「理性なき者がこの私に勝てるわけがないだろう。さあ、悪霊よ。折檻の時間だ」
鐵は乱発された触手を全て避けきり、そのまま大鎌を横一閃に振う。黒い塊だった悪霊の体はいとも簡単に真っ二つに割れた。まさに、秒殺と言ってもいいだろう。
「アアアあああああ、わたしハただ、しあワせニ、なりたかったダけなノに」
悪霊は最後に消え入る様に人の言葉を喋り、霧となって空間に溶けていった。
ネクラはその様子を悲しそうな表情で見ていた。悪霊が消えたのは良い事だ。これでもう誰も被害に遭う事はないし、悪霊自身も罪を重ねる事がなくなる。一方で、あの悪霊が華の転生した姿で、その末路を目の当たりにしてしまい切なさと悲しみが抑えられない。
元々気が強く、努力家だった華は幸せになるため、そして自分の実力を他者に認めてもらうため限界を超えて仕事をこなし、そして自分でも気づかぬ内に過労死した。
自分の意志とは関係なく、誰にも認められずに亡くなった華は『転生した先では華やかな人生を送りたい』と言う理由で通常の死神補佐よりも多く仕事をこなしていた。その結果、努力は実り彼女は見事転生の資格を手に入れた。
だが、転生した結果、彼女はまた辛い人生を強いられ、それでも努力し続けたと言うのに悪霊になると言う結末を迎えてしまった。
悪霊になり、死神に折檻されると言う事は、もう二度と転生できないと言う事を意味する。あれだけ幸せを求めていた華は、もうそれを手に入れる事は叶わなくなったのだ。ネクラはその事実がとても悲しかった。
ネクラが瞳を潤ませ、なんとか涙を堪えていると悪霊を倒し終えた鐵が戻って来た。死神が笑顔で声をかける。
「ご苦労様。滞りなく終わったみたいだね」
「ああ、少しやりきれない思いはあるがね」
鐵は苦笑いで死神に応え、死神はそんな彼の言葉を聞いて瞳を丸くした。
「へぇ。珍しいね。元死神補佐が悪霊になるなんて、特段珍しい事でもないでしょ」
「華は一番最近に送り出した魂だからな。記憶に新しいと言うのもあるのかもしれん」
静かに語る鐵に死神は『ふーん』と興味がなさそうに相槌を打っていた。
「転生した方が悪霊化するのは、よくある事なんですか」
ネクラが胸に手を置き、無意識にきゅっと手を握りしめながら悲しそうに死神に質問をする。虚無は黙ってその様子を見ていた。
「ん。『よく』ではないけど、特殊な事でもないかな。大体、転生したら必ず幸せが手に入る保証なんてどこにもないし」
「え」
死神の突き放す様な言葉にネクラの心がざわつく。ネクラが自分の動揺した事を察した死神がさらにネクラの心を抉る様な発言を続ける。
「まさかネクラちゃん、転生したら自分が望む未来を手に入れられると思っていたの?そんな都合のいい事がある訳ないでしょ。死神が面倒を見るのは補佐としての期間だけ。その先は一切介入しないよ」
「そ、そんな……」
自らの胸を握りしめるネクラの手に力が籠る。死神の一切の気遣いもない冷たい言葉に動揺し、頭が痺れて真っ白になり、ネクラは何も言い返す事ができずにその場で黙り込み下を向いてしまう。
「前にも言ったよね。転生しても魂の性質は変わらないって。例えばネクラちゃんみたいに根暗な子は転生しても根暗なんだ。何度死を迎えて転生し様とも、魂の素質が変わる事はない。だから、根暗な性格が原因でまたいじめられる可能性は十分にある。今回の悪霊もそうだね。努力家だけど、幸せに執着する性質が災いして悪霊になると言う末路を迎えた」
「……」
厳しい言葉が続き、ネクラの心は色々な感情に支配されてぐしゃぐしゃになり、涙がこみあげて来る。
「お前、もう少し言い方を考えたらどうだ」
ネクラの心情を察した鐵が呆れた様に死神に注意するが、死神はムッとした表情で反論した。
「俺は事実を言っただけ。ネクラちゃんだっていつかは転生するんだ。余計な期待を持たせるよりも事実を伝えておいた方が良いじゃん」
「記憶の持ち越しはできないんだから、伝えても意味がないんじゃないのか」
死神は苛立ちを含んだ声で、鐵は呆れた様子で、小さな言い合いを始める。自分のせいで2人の死神が喧嘩を始めたと思ったネクラは顔を上げてオロオロとその様子を見つめる。
「大体、転生の真実を知る意味がないかどうかを決めるのはネクラちゃんだから」
そう言って死神はネクラに視線を向ける。いつもヘラヘラとしている死神が珍しく真剣な表情で見つめて来たため、ネクラはドキリとした。
「わ、私は……」
ネクラが戸惑いで瞳を揺らす。まだ複雑な心境のネクラには、死神の言葉に返す言葉など見つからなかった。