第七章 第十五話 大友美幸がいる場所へ
この度もお読み頂きまして誠にありがとうございます。
七章は長丁場になりそうですね……お付き合い頂けますと幸いです。
後、新作が本当に進まない。お話を考える時て始め方と終わり方が一番悩ましいんですよね。あくまで個人的な意見ですが……。
本日もどうぞよろしくお願いいたします。
ネクラたちは部屋へと出た。部屋の扉はオートロック式で扉が閉まると同時にガチャリと音を立てて閉まる。
そして歩き出そうとする朔夜にネクラはふと思い浮かんだ疑問をぶつける。
「帝さん、先生に寮で休むとお伝えしたのに出歩いて大丈夫なんですか」
「うーん。上手くいけば平気。と言うか上手くてもなんとかする」
朔夜のとても曖昧な返事にネクラの疑問がますます深まる。
「う、むむむっ?それはどう言う意味で」
首を傾げて混乱し、質問を重ねるネクラに朔夜は言った。
「今から会いに行こうとしている大友美幸くん、怪我の具合がひどかったから、今日は療養って事で、彼も寮に戻ってきているはずなんだよ。高等部2年男子の寮はこの寮から歩いて10分ぐらいのところだし、日中は見回りの先生も寮周辺には来る事はないから、僕が寮の外へ出ている事はバレないと思う」
「は、はあ」
スラスラと考えを述べる朔夜の言葉の意味を未だに理解できず、ネクラはとりあえず適当な相槌を打つ。
「寮を出るときは門をくぐる必要があるけど、守衛さんには買いものに行くって言っておけばいいしね」
「な、なるほど。それで、上手くいかない場合とはどういう状況ですか」
ネクラは朔夜の言葉の意味を理解しようと少しずつ噛み砕いて聞いて行く。
「そうだねぇ。例えば彼が寮にいなければ話は別。学園内を歩いて探さないと行けないから、寮で休んでいるはずの僕が学園中を歩き回っている姿を誰かに目撃されて僕の仮病がバレるかもしれない」
「ああ、それは大変ですね。帝さん、確か先生方からの評価が良いんですもんね」
品行方正で成績優秀、教員からも信頼がある。朔夜は自らをそう評価した。仮病を使っている事がバレれてしまえば内申点に関わるのではないか。そう思いネクラは心配そうに言ったのだが、当の本人はケロリとしていた。
「大丈夫。言ったでしょ。僕は優秀な生徒だから、先生を騙す手段はいくらでもある」
「だ、騙すって……」
もう少し言い方がある様な気がするが、稀に毒を吐く朔夜を見ていると自分と妹以外は格下だと思っているのか、信頼を置いていないのか。ネクラはそんな気がしてならなかった。
特に目立った会話もなく、虚無は始終無言だったが、ネクラと朔夜が軽い雑談をする程度に話しながら3人は高等部2年の男子寮へと辿り着いた。
朔夜は守衛に見回りに来たと学生手帳を提示する。彼が生徒会長と言う立場であるからなのか、特別な手続きや確認もなくほぼ顔パスで門を通過した。
もちろん、普通の人間には姿が視えないネクラと虚無は何もせずに入寮を許された朔夜の後に続いた。
寮内の構造は先ほどまでいた2年生のものと同じに見えた。朔夜は目的の人物である大友美幸の部屋を知っているのか、迷わずにどんどん歩みを進める。
「帝さん、大友さんのお部屋をご存じなんですか」
「うん、僕は生徒会長だからね。何かあった時のためにある程度の生徒の情報を頭に入れてるんだ」
「へえ……」
朔夜は平然と答えたが、ネクラはその言葉に正直引いてしまった。記憶力には自信があると言っていたが、記憶の域を超えていないか。寧ろ怖い。歩くコンピュータではないか。
恐ろしいまでの朔夜の能力に若干の恐怖を覚え始めたネクラを他所に、彼は寮の中を歩きなが寮内の事情を話す。
「この学園の寮はね。個人部屋と共同部屋を選べるんだ。共同部屋は最大で4人まで。あ、生徒会の人間は全員個人部屋ね。もちろん、共同部屋の方が月額も安いよ」
「へえ、そこは一般の学生寮と変わりはないんですね」
それでも値段は大幅に異なると思うけれど。とネクラは心の中で呟いた。
「お金持ちの方でも月額とか気になさるんですね」
この学園は全寮制。長い学生生活のなかでは家族とではない他人と過ごすよりもプライベート空間が確実に確保されている個人部屋の方が良いと思うのだが、お金持ちが集う月額が安いと言う理由で共同部屋を選ぶ人がいるのだろうか。そう思ったネクラは何気なくそう質問した。
「共同部屋を使うのは一般枠の生徒が多いよ。その子たちはここに入学できている時点で寮に支払うお金も免除だけど、同じ立場の者同士で集まって心を休めたいって言うのもあるみたいだね。まあ、一般枠の生徒数はそれほど多くはないけど」
「ああ、なるほど……。そう言う理由もありますね」
ネクラは納得した。これほど豪勢な造りでお金持ちが集まる場所で『一般家庭』と言う立場は形見が狭いだろう。亡くなった朔夜の妹である輝夜ほどではないかもしれないが、一般枠で入学した学生はそれなりにつらい思いをしていたのかもしれない。
同じ立場の者同士、話をして友達になって、学園で疲れた心を癒したかったのだろう。ネクラは少しだけ、心がモヤモヤとした。
「共同部屋って言っても個々の部屋を作れるスペースは十分あるし、プライベートは守られていると思うよ。共同なのは実質キッチンとお手洗いぐらいじゃないかな。それに、学年が上がるごとに個人か共同かの切り替えもできるし、どの学生も部屋の仕様についてはあんまり気にしてないと思うよ」
「はは。そうですか」
その朔夜の言葉にネクラの心のモヤつきが晴れる。
前言撤回。一般の学生寮とは全く違う。スケールが違いすぎる。ネクラは乾いた笑いで朔夜に相槌を打った。
「あ、ここだ。大友美幸くんの部屋」
廊下を歩き、エレベーターに乗り、12階にある部屋の扉の前で朔夜は立ち止まった。そこには銀色のプレートがかかっており、黒い文字で『大友美幸』と記されていた。
それ以外のプレートが見当たらない事を考えると、どうやら大友美幸は1人部屋の様だ。
朔夜は躊躇なくチャイムを押す。その何の前触れもない突然の行動にネクラは驚いて朔夜に言う。
「み、帝さん!?いきなりチャイムを押しちゃうんですか」
「ん?だってそのために来たんでしょう」
「うう。そうですけど……」
平然とした態度を崩さない朔夜に反論する事も出来ずネクラはずごすごと引き下がる。チャイムを鳴らして数分、部屋からの応答はない。
「応答なしだな」
寮に入ってから始終無言だった虚無がようやく口を開く。朔夜は眉を下げて困り果てた表情を浮かべる。
「うーん。部屋の中にはいないのかな。人の気配がしたと思ったんだけど」
「居留守を使われていると言う事ですか」
「多分」
唸る朔夜にネクラが尋ね、朔夜はそれに答えてどうするべきかとまた唸った。この状況にネクラも同じく困っていた。
部屋を開けてもらわなければ話もできない。何も始まらない。どうするべきかとネクラが必死で考えていると、虚無が扉に向かって歩みを進める。
「虚無くん。何をするつもりなの」
虚無が動いた意味が解らずネクラが聞くと、彼は歩みを止めぬまま淡々として言った。
「霊体の俺たちに鍵は無意味だ。すり抜けて入る」
「あ、そっか」
虚無の言葉を聞いてネクラは自分が霊体ですり抜けが可能である事を思い出す。さらに虚無は朔夜に視線を移す。
「だが、問題はそいつだ」
「僕は生身だもんね」
朔夜はすぐさま虚無の言葉を理解し、苦笑いでそれを口にした。ネクラもそれを理解した時、虚無がとんでもない事を平然と言ってのけた。
「ああ。だが、お前を連れて行く約束だからな。だから俺が内側から鍵を開ける。お前はそれで入ってこい」
「ええっ、それって不法侵入……」
常識外れな虚無の提案にネクラが戸惑いっていると、朔夜はにっこりと笑って言った。
「いいね、それ。お願いするよ」
「帝さん、何故そんなノリノリなんです!?」
ネクラと虚無は現世のものでないため、例え無断でどこに侵入しようと現世のルールには縛られる事はないし、罪にも問われる事がない。
方や朔夜は人間だ。現世を生きている。無断で鍵を開けて他人の部屋に侵入した事実をどう説明するつもりなのか。
「平気平気。適当に理由を付けてしまえばいいんだよ」
「ええ……」
危機感がない朔夜にネクラはすっかり脱力した。
「よし、じゃあ鍵を開けて来る」
朔夜に抵抗がない事が分かると虚無は扉をすり抜けて行ってしまった。数秒後、カチャンと言う音がして鍵が開いた事が分かっいた。
朔夜はそっと扉を開け、念のため周りに誰もいない事を確認しながら入室し、注意深く扉を閉めた。
大理石でできた土間には男性もののスニーカーや学校指定のロファーが並べられていた。高校生男子が1人で使っている割には綺麗だなと言う印象をネクラが持ったその時、奥の部屋から男性の悲鳴が聞こえた。
「わあああああああ!もうやめてくれぇっ」
ネクラと虚無、そして朔夜は同時に見つめ合い、そして弾かれるように悲鳴が聞こえた部屋へと走った。