第七章 第十二話 帝兄妹の過去
この度もお読み頂きまして誠にありがとうございます。
二度寝したい毎日(もちろん休日のみ)ですが、冬の二度寝って寒いですよね。起きて動いた方が
絶対暖かいと思う今日この頃です。
本日もどうぞよろしくお願いいたします。
「い、妹さん!?本当ですかっ」
突然明かされた真実にネクラも虚無も瞳を大きく開いて反応した。声を大きくして確認するネクラに朔夜は微笑んで答えた。
「本当だよ。嘘なんてつかない。僕は君たちが探している悪霊の親族なんだ」
そう言って朔夜はネクラたちが持つタブレットを自分の手元に戻し、スイスイと画面を触る。
「ほら、この子。かわいいでしょ。自慢の妹だったんだ」
朔夜は穏やかな表情を浮かべてタブレットの画面をネクラと虚無に見せる。そこには朔夜とある少女が2人で仲睦まじげに映っていた。
写真に写る少女は薄茶色の髪の肩までのミディアムヘアで、朔夜の肩に寄りかかり、左腕を大きく上げてピースサインをしている。笑顔も眩しく、写真を見る限りではとても活発そうな印象を受けた。
2人の背景には手入れされた綺麗な薔薇が映りこんでおり、その手前にはティーカップが2つ乗ったティーカップがあり、お茶会の最中だったと考えられる。
「あ、でも……」
写真をみたネクラは少しだけ違和感を覚えた。確かに2人の顔は似ているところがある。兄妹と言われても納得ができる。
朔夜の方は今と変わらず、優雅で穏やかな佇まいだった。青と緑のタータンチェックのベストは写真越しでも高価であると言う事が分かるが、共に映る少女の服装は朔夜に比べて『普通』なのだ。
オレンジ色のハイネックシャツに白いカーディガン上半身しか映っていないためボトムは何かわからなかったが『朔夜の実の妹』と言う割にはとにかく全てが普通なのだ。
ネクラは写真を見ながらモヤモヤとしていた。違和感の正体を突き止めたいが聞いて良いものかと迷いが生じている状態だった。
しかし、そんなネクラとは違い虚無は仕事をスムーズにこなすためか、ネクラが聞きにくいと思っていた事をあっさりと口に出した。
「兄妹にしては身なりに差があるな」
「ちょ、虚無くん!?」
死神さん並みに配慮がないよと言おうとしてネクラはその言葉を飲み込んだ。朔夜の前で死神の存在を口する事をためらったためだ。
フォローを入れた方が良いのかとネクラが朔夜の様子を窺うと、怒っている様子はなく、寧ろ写真を見ながらとても悲しげな顔をして、虚無の質問に答えた。
「両親が俺たちが幼い時に離婚したんだよ。俺は帝家の跡取りとして父方に、妹の輝夜は母親に引き取られたんだ」
「跡取りって事は帝さんたちご兄妹は裕福な家庭で生まれたんですね」
ネクラの言葉に朔夜はすぐさま頷いた。
「うん。自慢するわけじゃないけど、親の会社は結構名の知れた会社だよ。『帝コーポレーション』死神の君たちには無縁かもしれないけど」
「帝コーポレーションって、あっ!あれだ。時計の会社ですよね。CMを何度か拝見した事があります」
帝コーポレーションは時計のオーダーメイドを中心に、自社制作の時計の販売、他者製品でも部品交換・修理を承る事で有名で、都心に大きな本社ビルを持ち、支店も何十店舗も持つ大企業だ。
和をモチーフとしたアジアンテイストなデザインと、月夜中、湖を黒髪の美しい女性が歩き、満月に手を伸ばした瞬間腕時計が現れると言う、幻想的で印象的を思い出したネクラは嬉しそうにはしゃぐ。
一方、ネクラに『生前』があると言う事実を知らない朔夜は不思議そうに言った。
「死神でもCMを見る機会があるんだ」
「あ、いえ、はい。仕事中とかに目に入る事があると言いますか」
しまった、と思いながらもネクラはこれ以上深く追求されてはなるまいと、しどろもどろになりながらなんとか肯定した。
「……ばか」
隣で座る虚無が小声で言われ、ネクラは自分の軽率さに情けなくなり、ちょっぴり泣きそうになった。
朔夜はネクラを深く追求する事はなく、話を続けて行く。
「父は代々続く帝コーポレーションの現社長。紛れもないお金持ちだ。方や母は一般人。時計好きで趣味時計展に訪れた時、たまたま視察に来ていた父と出会い、そこからお互い恋に落ち、結婚に至ったってところだね」
「そして帝さんたちが生まれたんですね」
ネクラが言うと、朔夜はゆっくりと頷く。
「父は俺が生まれた時、跡取りができたって凄く喜んでくれたらしいけど、妹が生まれた時も相当喜んでいたんだよ。僕は喜ぶ父を近くで見ていたから印象に残っているんだ。父は決して、子供を蔑ろにする様な人間ではなかった」
朔夜はキッパリと言い切った。父親の事を心から信頼しているんだとネクラは思った。否、信頼と言うよりも『家族の事が好き』なのかもしれない。
「写真で見る限りでは、妹さんとも仲が良かったんですね」
「うん、年が近かったって事もあるけれど。兄妹だからか、趣味も合っていたし、一緒に買い物のも行く事も多かったから、よく恋人に間違われたなぁ」
朔夜は輝夜と映る写真を見つめ、それを優しく撫でて懐かしそうに瞳を細めた。
その後、両親の心がすれ違ってしまった末、仲の良かった兄妹はそれぞれに引き取られる事になったが、目立ったいざこざはなく、円満に別れる事が出来たと朔夜は言った。
「男と言うだけで僕が跡取り候補になって、女性と言うだけで輝夜が跡取り候補から遠ざかってしまったのはどうしてだろうって今でも思うよ。もし、立場が逆だったら、輝夜の欠点が『一般家庭出身』であるとするならば、『帝家の跡取り』としてこの学園に入学したなら、彼女は優秀で明るいから、いじめられて自ら命を絶つ事もなかったのかもしれないと思うとなんともやりきれなくて」
切なさと悔しさが混じった声で告げられた言葉にネクラはきゅっと胸が締め付けられた。家庭の事情は人それぞれ。それを幸か不幸かを判断するのは本人たちのため、同情するのはだと思うためしないが、抱える事情を他人が聞いていいかは別な話だ。
言いたくない事を言わせてしまっただろうか。ネクラがそんな事を思いながらあまりに神妙な顔をしていたためか、朔夜は笑みを作って穏やかな口調で言う。
「離婚したって言っても、家族としての関係は今でも良好だよ。母や輝夜が帝家の敷地に入る事は許されているし、決まった日には必ず会う様にしているし、連絡を取る事も許されている。父が圧力をかけているのか、それについて文句を言う身内は1人もいない」
「そうですか……良いお父様ですね」
極めて義務的な言葉になってしまったが、ネクラに返せる言葉はそれしか見当たらなかった。
「うん、それは認める。尊敬もしているし、父の様な経営者になりたいとも思うよ。母から突き付けられた離婚の理由が仕事に向き合いすぎて家族と過ごす時間が全くと言っていいほどなかったからだって聞いたから、僕は将来気を付けようと思うけど」
朔夜が冗談めかしながら言うがさすがに笑えず、ネクラは反応に困る。何気なく隣の虚無を見るが、彼はいつもの通り瞳を閉じて無言で座っていた。
2人の反応が薄い事に気が付き、朔夜は流石に軽い態度を取りすぎたと思ったのか、苦笑いを浮かべていた。
「そうそう。この写真は一番最近のものなんだ。定期的に開催している家族でのお茶会の時に取ったものなんだ。うちの庭だよ。薔薇が綺麗でしょ」
朔夜は気まずくなった空気を取り繕おうと、明るい口調で話を付け足すも重い空気は変わらない。
しかし、このまま話を途切れさせたくないと思ったネクラは不躾な質問だとは思いながらも気まずいついでに気になっている事を尋ねる。
「妹さんとは苗字が同じままなんですね」
先ほど朔夜は輝夜の事を『帝輝夜』と呼んだ。通常、家族として道が分かたれた場合、それに伴い苗字が変わる事が一般的だ。特に輝夜の場合は母方に親権がある。その様な場合は母方の姓を名乗る場合が多いのではないだろうか。
父方の姓のままの場合でもおかしくはないし、もちろん悪いとは思わないがネクラにとっては珍しいと感じたのだ。
それに加え、朔夜の家は紛れもないお金持ちの家系。勝手なイメージだが、そう言う人たちは立場や名前を大切にしていそうな気がする。
例え元は家族であっても一般家庭に戻った者がその名を名乗り続ける事など許されるのだろうか。
そう言えば先ほど朔夜は父親が別れた家族と会うために親戚に圧力をかけて文句を言わせない様にしていると言っていた。それに関係して来るのだろうか。
朔夜から返答があるまで、ネクラは悶々とそんな事を考えていた。
「別れた時は母方の姓を名乗っていたよ。輝夜がこの学園への入学が決まった際に父が帝の名を名乗る事を許可したんだよ。父は実力がある人間と努力を惜しまない人間にはとことん手を伸ばしてチャンスをくれるからね」
朔夜の父親は余程の人格者らしい。頑張るものには手を差し伸べる。それはまさに経営らしい考え方だ。
朔夜が信頼し、尊敬する理由も何となくわかる気がする。
「さて、僕が知る悪霊とやらの手がかりはこんなものかな」
朔夜は紅茶を飲んで一息つく。紅茶とお菓子の存在を忘れていたネクラもここで初めて紅茶を口にする。少し冷めてしまっていたが、茶葉の香が鼻孔をくすぐり、喉を爽やかにさせるおいしい紅茶だった。
「そうか。なら、もうここにいる必要はないな。世話になった。情報提供、感謝する」
虚無が紅茶には手を付けず、礼だけを述べてそのまま立ち上がろうとした時、朔夜が思い出したようにそれを止める。
「あ、待った。僕、君たちにとってとても重要なアイテムを持っているのを忘れてたよ」
もう少し待ってて。と言い残し、朔夜はティーカップを置いて席を外す。虚無は仕方がないと溜息をついて浮かせた腰をソファーに戻し、また瞳を閉じて大人しく待つ。
ネクラも紅茶を飲みながら添えられた花の形のクッキーを遠慮がちに小さくかじる。薔薇の形のクッキーっからは本当に薔薇の風味がした。おしゃれなお菓子もあるなぁ。とネクラは感心しながらまた紅茶を一口飲んだ。
「お待たせしてごめんね」
数分後、朔夜が片手に本の様なものを持って戻って来た。ネクラが不思議そうにその本に視線を移すと、朔夜はソファーに腰かけて言った。
「僕は親族だからね。これ、警察に返してもらえたんだよ」
「これは、日記ですか」
朔夜が差し出したのは金メッキで縁取りされているピンク地の鍵付きのノートだった。ノートの真ん中には金の文字で『diary』と記されいている。
「そう、輝夜が恨みや悩みを描いた日記帳。これ、君たちにとっては重要な手がかりなんじゃないの」