第七章 第十一話 語られる学園の闇
この度もお読み頂き誠にありがとうございます。
優男で毒舌って好きなんですが自分で動かすと楽しいけど難しいですね。少しでも魅力的に書きたいです。
本日もどうぞよろしくお願いいたします。
学園の生徒が亡くなった事から始まった。それを皮切りにこの学園が抱える重々しい事情が朔夜の口から語られて行く。
「亡くなったのは高等部2年の女子生徒なんだけど、その理由がひどいいじめを受けていたそうなんだよ」
「それを示す明確な証拠はあるのか」
虚無が間髪入れずに朔夜に質問する。朔夜は虚無の方を向いてはっきりと答える。
「あるよ。これは学校側がきちんと公表した事だけど、彼女の携帯メモや寮の部屋にある日記からそれに関する恨みや心境が詳細に書かれていたらしいからね。事実と断言してもいいと思う」
「自ら命を絶つまでに追い詰められるいじめって、ひどいですよね」
ネクラは顔も知らない女子生徒に自分の過去を重ねながら涙目になって言った。朔夜も暗い表情で頷いた。
「そうだね。僕もそう思う。ひどい事をする人間もいるんだなって」
「あ……」
朔夜はまた儚げな表情を見せた。彼は事件の話をする度、そして亡くなった生徒の話になる度にこの表情をする。ひょっとして悪霊となってしまった人物と生前、何かしらの関りがあったのか。ネクラはそう思いながらも朔夜の話に耳を傾ける。
「その生徒は一般枠からこの学園に入学したんだ。この学園の生徒はエスカレーター式に学年が上がっていく仕組みなんだけど、途中編入も可能でね。彼女は高等部からの入学なんだ」
「その女子生徒さんが一般家庭の方とは聞いていたはいましたが、高等部からの入学だったんですね。そうであるなら、この学園で過ごした時間はあまりに短すぎます……」
どんなに学園内の施設が充実していても、どんなに寮の部屋が豪華でも肩身が狭い思いで過ごしたその女子生徒にとっては価値や意味がないものだったのだろう。そう思えば思うほどにネクラの気持ちは沈んでゆく。
「うん、僕も同じ事を思ったよ。しかも彼女は特待生の称号を手にしていたからね。一般家庭出身だったから学校のお金を全免除を狙って相当努力して入学したんだ。それが結果的に水の泡になってしまうなんて、悲しいよ」
朔夜は眉間に皺を寄せ、唇を強く噛んでスラックスを皺が行くほど強く握りしめる。女子高生の末路を本当に悔やんでいる様に思えた。
「いじめられた原因はやはり一般家庭だからなのでしょうか」
聞きにくい内容ではあったが、悪霊を理解するためにはなるべく生前を知らなければならない。
罪悪感を覚えながらもネクラは少しでも多くの情報を引き出すべく朔夜に尋ね、彼はそれに答える。
「僕は直接いじめた相手に話を聞いていないからわからないけど、恐らくそうだろうね。外から全く違う立場の人間が特別待遇で入ってくるわけだし、高校生なんてまだ精神が未熟なんだから、嫉妬して行き過ぎた行動に出てしまうのかもしれない」
「そう、ですね。それはなんとなく理解できます」
実際に『行き過ぎた行動』の被害者となった経験のあるネクラは掠れた声で俯きながら相槌を打つ。
ネクラの事情を知らない朔夜はそんなネクラを不思議そうに見つめていたが、深く追求する様な事はせず、話を続けた。
「いじめに耐えきれなくなったその学生は寮の地下にある洗濯場の掃除道具入れで亡くなった。箒をひっかける棒に紐を括り付けた形でね。人に見つかりにくいところで命を絶ったのは発見を送らせたかった可能性があるね」
どうやら虚無の推測は正しかったらしい。悪霊の気配が一番強く感じられると言っていたあの掃除道具入れが女子生徒が最期を迎えた場所だった。
実際にその現場を見ていたネクラの瞳が悲しみで揺らぐ。
「あんな暗くて狭い場所で、1人で亡くなる事を選ぶなんて、悲しいです……」
「ああ、もうその場所は見て来たんだね」
先に女子寮を探索していた事を伝えていなかったため、ネクラが掃除道具入れの形状を知っている事に朔夜は少し驚いていた。
その反応にネクラはハッとし、勢いよく立ち上がった後、慌てて取り繕う。
「ち、違うんです。悪霊の事を調べるために入っただけで、変な事は一切してません。共通施設には入りましたが、生徒の部屋にも入っていません!ね、虚無くんっ」
ネクラは両手をパタパタと振りながら先ほどからほとんどの質問をネクラに任せ、黙っている虚無に話を振る。
「そんな態度だと逆に不振に思われるぞ。俺たちはやましい事は何もしていない。事実だけ認めて堂々としていればいいだろう」
「う、そうかもしれないけど。なんか無断で入った罪悪感とがあるし」
自分たちは悪い事はしていないとはっきり言ってのける虚無にネクラはもにょもにょと言い訳を返す。
「あはは、仲が良いんだねぇ。君たち」
「う、ううう」
重々しい空気を少しでも和らげ様としているのか、ネクラと虚無のやり取りを見て朔夜は冗談めかしながら笑った。
どんな形であれ笑われてしまった事に気恥ずかしさを覚えたネクラは羞恥で頬を染め、身を小さくしながらソファーへと座り直す。
「おい、話が逸れているぞ」
今だに微笑まし気げな視線をネクラに送る朔夜に虚無は早く話を続けろと促す。朔夜は虚無に対しても微笑みながら言った。
「ごめんごめん。重ねて言うけど、女子生徒が亡くなったのは確実に悪質ないじめが原因。そして、その女子生徒が亡くなった後に彼女の日記に名指しされていた生徒たちが次々と被害に遭っている。そのほとんどが高等部2年生が中心だ」
「確か、被害者の中には亡くなられた方もいらっしゃるんですよね」
ネクラが悲しげな表情で聞くと朔夜は神妙な面持ちで頷いた。
「うん。僕の知る限りだと、死者5人、重傷者3人、軽傷者10人ってとこかな。ほとんどが女子生徒だよ」
「どの様にして被害に遭ったかはご存じですか」
ネクラの重ねての質問に朔夜はちょっと待ってねと言い、タブレットを取り出した。それを素早く操作し、画面をネクラと虚無に見せる。
「僕は生徒会長だから。この学園に関する事は善悪に関係なくタブレットにまとめているんだ。手に取って読んでもらって構わないよ」
そう言われたのでネクラと虚無はタブレットを手に取り、画面の内容を確認する。そこにはここ最近、この学園で起こった事件についてのネット記事と新聞記事がデータ化され保存されていた。
「亡くなった5人の方は皆首を掻きむしって亡くなっているみたいだね。圧痕があるから、首を絞められたって警察は見てるらしいけど、ものすごい力で絞められてるから人の手では無理って判断みたいだけど、紐とかで絞めた様にも見えないから、凶器の特定に難航してるって書いてある」
ネクラは記事を瞳で追いながら虚無に話しかける様に言った。それを受けて虚無も記事の内容を確認しながらネクラに言う。
「重症者の内1人は学園内での事故か。女子生徒が園内バスの前に飛び出したとあるな。飛び出した本人はそんなつもりはなかったと証言しているのか」
「残りの重傷者2人はどちらも水泳部みたい。別々の日だけど、2人とも部活中にプールで溺れて意識不明に陥り病院に搬送されてるよ。やっぱりこの人たちも女子生徒だ」
ネクラと虚無は状況を飲み込みながらゆっくりとページをスクロールして行く。新聞に書いていない細かいところは朔夜が補足する。
「因みに、バスの前に飛び出した学生は飛び出す前までの記憶がないらしいよ。水泳部の2人は大会選抜に毎回名前を連ねて優勝経験もある生徒。そう簡単に溺れるはずがないって、当初は学生の間でも先生たちの間でも話題になったんだよ」
朔夜の補足を聞きつつ、ネクラと虚無はタブレットに記録されている記事を全て読み終えた。
朔夜が言っていた軽傷者についてはどの新聞やネットニュースにも載っていなかった。先の2件と比較して規模が小さく、事件性も薄いのかもしれない。ネクラはそう思ったが、念のため朔夜に聞く。
「軽傷者についての記事がないですね。帝さんは把握していますか」
「もちろん把握してるよ。軽傷者10人の中には男子生徒もチラホラいた気がするな。軽傷って言うけど、一歩間違えれば大けがってものが多かったよ」
そう言いながら朔夜は指を折りながら軽傷者の詳細を話してゆく。
「まずは上から植木鉢が落下。寸前でかわすもその拍子に転倒して捻挫。学園にある空中庭園で散歩中、階段から落下しそうになったけど何とか踏ん張って奇跡的に擦り傷で済む。本人曰く、誰かが押た……」
よほど記憶力が良いのか、朔夜はつらつらと10件分の詳細を丁寧に語った。簡潔で分かりやすい説明にネクラは感心していた。
思わず呆けながら朔夜を見つめていると、視線に気が付いて朔夜が微笑んできたため、見つめていた事が恥ずかしくなり視線を逸らした。
「帝さんの話を聞いた感じだと人によって被害の大きさが違うね。対象への恨みの大きさが比例しているのかな」
「ああ。そうだろうな。まあ、話を聞く限りでは軽傷者もあわよくば命を奪ってやろうと思っている気がしないでもないが」
ネクラの推測に虚無は物騒な考えを付け加えたのでネクラは少し震えた。
何にせよ、悪霊は自分をいじめた相手を心の底から恨んでいる事だけはわかる。はやく悪霊を見つけて被害を最小限に抑えなければならない。
「今回の悪霊はかなり学園内を動き回っているな。命を絶った寮に縛られていると思ったが、襲った人間の魂を取り込んで力をつけたかもしれない」
「魂を取り込んで悪霊として進化してるって事?」
虚無の冷静な分析にネクラが不安げに尋ね、虚無はそれに対して無言で頷いた。ネクラの顔がサァッと青くなる。
そんなネクラに追い打ちをかける様に虚無は己の分析を語る。
「極めつけは全寮制で必要な施設が揃っているこの学園からはほとんどの生徒が外に出ないだろうし、この土地に憑りつく悪霊の力も作用しやすいのだろうな」
悪霊が力をつけ、自由に動きまわれるのであれば被害者が増える一方だ。ネクラの中に焦りが生まれる。
「せめて、悪霊になってしまった女子生徒をいじめた人が把握できればいいんだけど」
ネクラはボソリと呟いた。
悪霊が拠点としている女子寮には悪霊の姿はなかった。誰かに憑りついてまた復讐をしようとしている可能性が高い。
それを防ぐ対処法として一番良いのは悪霊がターゲットにしそうな人物を見張る事だとは思うのだが、こうして新聞の記事に目を通して見ても被害に遭った人物は悪霊となった女子生徒と同じ高等部2年と言う事と悪霊が行動できるのは学園内だと言う以外に共通点がない。
ただでさえこの学園は広いと言うのに、悪霊の行動範囲すらも把握できないのでは行動のしようがない。
ネクラが唸り、虚無が厳しい表情で考え込んでいると朔夜が静かな声で言った。
「正直、君たちが話している悪霊とやらには見当がついているんだ」
「えっ!本当ですか」
「……」
平然と言ってのけた朔夜にネクラは驚いて丸い瞳で、虚無は眉をひそめて注目する。視線を浴びた朔夜は自嘲気味にフッと笑って言った。
「悪霊のいや、亡くなった女子生徒の名前は帝輝夜(みかどかぐや)。俺の実の妹だよ」