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死神補佐になりました : 来世のための少女の奮闘記  作者: 水無月 都
少女は来世を願って奮闘する
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第十話 初仕事を終えて……ってネクラって呼ばないで!!

 全てが終わり、ネクラと死神は再び、訪れた時と同じく校門前に立っていた。 

 死神があの場でワープをしようとしたが、ネクラが最後にもう一度だけ学校を校門から見たいと申し出たため、死神はそれを承諾した。


 ネクラは何をするわけでもなく、ただぼんやりとかつて通っていた学校を見上げていた。


「どう、そろそろ満足した?」


 校門についてから長らく無言のネクラに死神が声をかけるがネクラはそれに反応する事なく、やはり視線を学校に向けていた。

 そこか悲しんでいる様な、または落ち込んでいる様な空気を纏う彼女に死神が言う。


「改めて、お仕事お疲れ様。初仕事なのに1日で仕事を終わらせるなんて優秀だよ。正直、君のちょっとだけ見くびってた。そこは謝るよ。ごめん。あと、褒めてあげる」


 そう言いながら無反応を貫くネクラの頭を小動物を相手にするか様によしよしと撫でる。


「いえ、死神さんが来てくれなかったら、あのまま一目さんに取り込まれていましたから」


 ネクラはようやく言葉を口にした。しかし、それはとても弱々しく、淡々とした声だった。


「何言ってんの。俺が君に与えた仕事は悪霊を見つける事だったでしょう。ちゃんと任務達成してるじゃない。ちゃんと輪廻ポイントも溜まってるよ。しかも初日なのに超大量。これは君が頑張った証じゃないか。転生に向けて一歩前進だね」


 珍しく励ますように言う死神をネクラはチラリと見やり、そしてポツリと言った。


「死んでからわかる事って、あるのですね」


 それから数分間が空いたが死神は彼女の言葉の続きを黙って待っていた。

 死神は話を聞いてくれるつもりなのか。そう感じたネクラは静かに語り出した。


「死神さん、さっき言ってましたよね。自分の弱さに負けて、勝手に自分が不幸と思い込む奴なんて現世で最も馬鹿な存在だって、あれ、本当にそうだなって思いました。私、自分の事しか考えていなかったのかもしれません」


 ネクラは拳を握り締め、溢れ出る強い感情を抑える様に口を固く結んだ。


「ふうん。どうして今更そう思ったの」


 死神が問うと、ネクラは一拍してから続けた。


「まず、思ったのは私が命を絶たなければ一目さんはあんな末路を辿る事はなかったのかもしれないと言う事です」


 そうですよね、とネクラが死神を見る。

死神が今度は落ち込んでいるネクラの空気を読む事なくあっさりと頷く。


「そうだね。少なくとも君が命を絶たなければ、彼女は君が原因で死ぬ事はなかっただろうし、悪霊化もしなかったかもしれない」


 その言葉にネクラはやっぱりかと言った様子で瞳を揺らす。

 そして、声を震わせながらも懸命に話を続ける。


「私、死神さんが最初に言った通り外面も内面も根暗で、自分に構って欲しくない、放っておいて欲しいって思う反面、構って欲しい、助けて欲しいって思っていて、でもそれを口には出せなかった。いえ、出さなかった。だから、友達もいないし、1人だった」

「うん」


 死神が短く頷き、ネクラは語る。


「自分で行動していないくせに、勝手に周りに期待して、勝手に絶望して、なんだか自分勝手な人間だなぁって、我ながら思いました」


 ネクラの瞳の揺らぎが強さを増す。


「墨園さんと出会った時、思いました。話してみないと為人(ひととなり)は分からないものなんだって。初めて会った時は絵に描いたように真面目で、融通が利かなさそうな人で苦手だなって言う印象だったんですけど、ちゃんと話してみると、親身に答えてくれるし、また話そうねって笑ってくれました。すごく、いい人でした。お友達になりたいって思いました」

「墨園さんってあの三つ編みちゃんでしょ。知ってるよ。俺も君をポケットからずっと見ていたからわかる。君、奥手そうなのに割と積極的に話すんだなって思ったよ」


 その言葉を聞いて、ポケットにしまっていたキーホルダーに死神が潜んでいた事を思い出し、自らの言動も行動も全て筒抜けだった事を悟る。

 ネクラは苦笑いをした。


「もっと早くに墨園さんと出会って、話しかけていれば生きている間に友達になれたのかなって思うと、自分の殻に閉じこもってウジウジしていた自分が馬鹿らしくなって……自分で行動するってすごく勇気がいるし、難しい事だとは思うのですが、やっぱり行動しないとなにも得る事はできないって思いました」

「でも、君はいじめの相談を親や教員に相談したんだろう?自分で行動したのにどうして命を絶とうと思ったんだい」


 淡々と語るネクラに死神が質問をする。

 ネクラはその質問を受け、しばらく迷い、悩み、そして答えた。


「多分ですが、私は周りに何とかしてもらおうと頼りすぎたのかもしれません」

「へぇ。それはどういう意味かな」


 死神が質問を重ね、ネクラは自分の胸の内を語る。


「相談したら満足、と言うか。相談をしたから何とかなる。事態が好転するって思っていました。よく考えたら、いじめられました。あんな事をされました、こんな事をされましたって『報告』はした記憶はありますが、一言も『助けて』って言いませんでした。それぐらい、現状を見たらわかってもらえると思って。でも、私の心の限界は伝わっていなかった。私は、どんなにお願いしても変わらない現状にじれったさを感じて、腹が立って、絶望して、だから屋上から身を投げた」


 そう言ってネクラはうなだれる。


「なるほどねぇ」


 死神は慰めるわけでもなく、ただ納得していた。


「一目さんの事もそうです。私、少し自分勝手でした。最初に彼女を見た時、すごく不良っぽい人だな、関わり合いになりたくないなって思って遊びに誘われた時、すごくそっけなく断ってしまったのを思い出したんです。校則違反をしたくないって気持ちはありましたが、やっぱり一目さんを拒否する気持ちの方が強かった。だから、その気持ちが伝わって彼女も気を悪くしたのかもしれない。断るにしても、もっと違う断り方をしていれば、結果は変わったかもしれない」


 『全部、身から出た錆でした』その言葉は涙に震え、掠れて消え入る様な音だったが、死神の耳にはしっかりと届いていた。

 涙を零し、しゃくりあげるネクラに死神が言う。


「そうやって自分を反省できるのはいい事だと思うよ」

「え」


 ネクラが涙を零しながら死神を見る。


「俺は君の人格や生前の人生を否定しているわけじゃないからね。確かに、君がいじめられたのは君の行動に問題があったのかもしれないし、君が周りに対してもう少し積極的だったら友人もできて相談相手になり得たかもしれない。でもな、それは死神である俺ですらわからない『かもしれない』事だ」

「かもしれない、事」


 ネクラが死神の言葉を繰り返すと、死神は続けて言った。


「だってそうだろう。様々な価値があって性格がある現世の中で、最善の行動が常に選べるなんてありえない。どこかで躓くし、傷付け合う事もあるだろう。俺が察するに、君と一目優妃は価値観が違っていた。そんな2人がどちらかが行動に気を付けるだけで、今回のいざこざを回避できたとは到底思えないね」

「そう、なのでしょうか」


 では、自分は彼女に出会った時点でどうあってもいじめられる運命だったとでも言うのか。

 ネクラは唇を嚙みしめた。


「でも、いくらそれが人間同士の価値観の相違から生まれた感情だとしても、一目優妃がした事は決して正しいとは言えない。もし、彼女が自ら命を絶たず寿命を迎えて亡くなっていたとしたら、彼女は死後、その悪行から報いを受け、輪廻転生では恐らく下位の存在に転生していただろうね。結果はあまり変わらなかったかも」


 ああ言う人間は人生で何度も人間を傷付け、貶める気がするしね。と死神は肩をすくめた。


「やっぱり、生きるって難しいな」

「いや、君もう生きてないじゃん」


 ネクラの独り言に死神が残酷なツッコミを入れる。


「違いますよ。命と向き合うのは難しいって思ったんです」


 ネクラが元気なく否定し、死神が厳しさを込めた声で言う。


「でも、君はこれから死神補佐として様々な生と死に出会い、向き合う事になるよ。初日から怖気づいたら今後、精神的に辛いと思うけど。覚悟はあるの」


 ネクラはまた数秒黙り込み、鼻の頭が赤くなるほど強く涙を拭い去って言った。


「やります。私は弱いのでまたすぐにしょげてしまうかもしれませんが、せっかく頑張ろうと思える事に出会えたんです。最後までやってみせます」

「そ、頑張って。俺もサポートするけど」


 死神は他人事の様にそっけなく、それでいてどこか嬉しそうに答えた。

 決意を新たに、小さくガッツポーズをするネクラだったが、ふと気にかかる事があり、ポツリと言った。


「墨園さんとはもう会えないのですか」


 その寂し気な問いかけに、死神はキッパリと答える。


「会えないよ。多分、二度と会う事はない。それに、もう君はここから去らないといけない」

「そうですよね」


 せっかく仲良くなれそうだったのに、また話をしようと約束をしたのに。

 ネクラが見るからにしょうんぼりとしているのを見て、死神はさらに残酷な現実を告げる。


「君がここから去った時、あの子の記憶から今日の君と記憶は消える。なかった事になる。あの子だけじゃない。今日君が話しかけた人間全員から君の姿も声も会話の内容も全て消える」

「え……」


 ネクラの表情が再び曇る。


「君はもうこの世にいない存在なんだよ。必要以上に正者に関わってはならない。これから仕事をする上でそれだけは理解しておいてね」

「はい……」


 ネクラは納得する様に瞳を閉じて頷いた。

志月から記憶が消えてもいい、でもお別れぐらいはしたかった。とネクラは思ったが、それは死者である自分が望んではならない事だと悟り、その思いを心の奥にそっと隠した。


「それじゃ、帰るよ」

「はい」


 死神がまた空中を横に切り払う仕草を見せた。するとまた一瞬で背景が書き換わり、2人はあの白い何もない空間へと戻って来た。


「うーん。これでホントに任務完了だね」


 ネクラに背を向け、大きな体で大きく体をほぐす様に伸びをしながら死神は言った。


「はい。良かったです。なんとかなりました。でも、なんだか疲れてしまいました」


 ネクラは笑って答えた。その笑顔は少し無理をしている様にも思えた。

 自ら命を絶ち目覚めた直後から、死神と名乗る存在に出会い、生まれ変わる事はできないと宣言され、死神補佐になり、死後に友人と言える人物ができ、自らをいじめていた人物が悪霊になっていた上に自分を憎んでいた。


ネクラにとって、実に濃厚で目まぐるしく、考えさせられる事が多かった1日だったため、少し疲れていた。

霊体であるから疲れる事はないと言われたが、感覚的に『疲れた』と思っていた。

主に心が。

 その気持ちを察したのか死神が振り向いてが言った。


「本来は霊体である君が疲れる事はないはずだけど、君が疲れるのは生きていた時の名残かもね。あれだよ。心が覚えてるってやつ。きっとその内に慣れるよ」

「そうですか、なんだかすごく気だるくて……早く慣れればいいな」


 このモヤモヤは気持のいいものではない。ネクラはため息をついた。


「君は生前から色々と抱える傾向にあったみたいだから、しばらくはそう言う状態が続くと思うよ。改善をしたかったらもっと物事に前向きになるか無関心にならないと。もー。ホントに根暗なんだねぇ。ネクラちゃんは」

「はい……お恥ずかしい限りです」


 ネクラが死神の言葉を受けて小さくなっていると、なにやら変な視線を感じた。

 ふと顔を上げると、そこにはネクラを満面の笑みを浮かべながら見つめる死神がいた。

 いや、満面の笑みと言うよりかは、意地悪くにやにやしていると言った表現が近い。


「あ、あの。死神さん。私、なにかおかしいですか」


 自分は何か変な事を言っただろうか、それとも自分の態度がそんなに面白いのだろうか、そんな事を思いながら戸惑いながらネクラが死神を見つめ返すと、死神は嬉しそうに言った。


「ねぇ。君、俺がつけた名前、気に入ってくれたみたいだね」

「え、名前?」

「嬉しいよ。ネ・ク・ラちゃん」

 

 悪戯っぽく『ネクラちゃん』と呼ばれ、ネクラはハッとした。そうだ、自分はあれだけ不満に思っていた名前をいつの間にか受け入れている。

 そう自覚したネクラが慌てて否定の言葉を口にする。


「そ、そそそ、そんな事ないです。ネクラなんて名前、今でも不満ですよっ」


「でもあの三つ編みちゃんにはネクラって名乗ったよね」

「ふぐぅっ」

 

 俺、君のポッケで聞いてたよ。と言いながらネクラのスカートを指さす。

 そうだ。死神はキーホルダーの中にいたため、会話の全てを知っている。

 事実を突きつけられたネクラは思わず言葉に詰まり、そして呻いた。


「ち、違います。気に入っているとかではなく、墨園さんに名前を聞かれて、特に良い名前が思いつかなかったから仕方なく答えただけで」

「でも、あの一目優妃に名前を聞かれた時もネクラって名乗ってたよね。しかも絶叫して」

「あの時は、本当の名前を呼ばれて、めまいがして苦しかったからそう名乗っただけですっ」


 次々と死神が楽しそうにネクラを突き、ネクラはそれを否定する。


「それに、戦闘中に俺がネクラちゃんって呼んだ時も、さっき俺が呼びかけた時も拒否しなかったし、なんだったら返事してたじゃない」

「戦っている最中はそれどころでじゃなかったですし、返事なんてしてませんっ」


 多分、返事はした。しかしネクラはそれを認めたくないため、全力で否定をする。

 死神とネクラの攻防は続く。


「えー。別に照れなくてもいいじゃん。素直に気に入ったって言えばいいのに」

「だーかーらー。気に入ってません。嫌ですってば」


 ネクラは必死に死神に食いついたが、死神はどこ吹く風と聞き流す。


「はいはい。今日から君は輪廻ポイントが貯まって生まれ変わるその瞬間まで『ネクラちゃん』だよ。よろしくね。ネクラちゃん」


 改めて名前を呼ばれ、ネクラは返す言葉もなく絶句していた。

 死神はこれで話は終わりと言わんばかりにネクラに背を向ける。

 そしてブブブッとバイブレーションが鳴り響き、死神はマントから端末を取り出してそれを確認する。


「あ、次の仕事だ。ああ、あの子も帰って来たのか。じゃあ丁度いいかな」


 話を切り上げられ、このままこの件を流されそうになったネクラは慌てて死神の前に回り込む。


「だから、嫌ですってば。気に入ってないです。聞いてますか、死神さん」

「はいはい。聞いてる聞いてる」


 ムキになって主張するネクラに対し死神は生返事をした。

 その態度にネクラは悔しそうに唸り、その気持ちを声にした。


「もぉーっ。全然聞いてなぁーいっ!!」


 真っ白い空間にネクラの怒りの絶叫が響いた。


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