第六章 第十五話 生霊騒動の終息
本日もお読み頂きましてありがとうございます。
うわあああ(泣)十五話に収めたかった……。中途半端な長さになる為、一旦ここで切ります。六章は十六話で終了。エピローグからの第七章を予定しております。
あと、投稿時間ですが仕事の都合でお昼から夕方の投稿になりそうです……。もしこの物語を待ってくださっている方がいらっしゃるのならそれだけご報告したく……。
本日もどうぞよろしくお願いいたします
ネクラはカラスのキーホルダーに向かって強く祈る。するとカラスのキーホルダーが宙に浮き、黒い光を放つ。
ネクラと華、そして生霊である薫子がその様子を茫然と見上げ、死神と鐵が無表情でそれを見上げる。
キーホルダーはひとしきり黒い光を放ち、その光が勢いよく四方に広がった。
そして光を失ったキーホルダーは宙に浮く力を失い、そのまま落下して来たので、ネクラは慌ててそれを両手で包む様に受け止める。
「いやあああっ!」
突然薫子が瞳を見開いて絶叫する。頭を押さえて髪を搔きむしり、血を吐く様に掠れた叫び声を上げながら苦しみ出す。
「な、なに?」
「どうしたんでしょう」
異常な反応を見せる薫子を華とネクラが戸惑いながら見つめる。
「ネクラちゃんのお願いが届いたんだよ。結界の外で生霊の依り代である指輪が割れたんだろう」
死神がコピーの指輪を見せながら微笑んでいた。鐵が顎に手を当て、感心した声色でネクラに言う。
「君、中々面白い力を使うね。こいつの入れ知恵かな」
鐵が死神を見やると死神はにこりとして自慢げにピースサインをして見せた。
「ふふん。ネクラちゃんが戦闘で役に立ちたいって言うからね。俺が一生懸命に考えてた究極の打開策だよ。1日1回だけ使える力。これなら、戦闘能力のないネクラちゃんでも『役に立てる』でしょ」
「なるほど。中々面白い事をするじゃないか」
鐵は死神の言葉を聞き、にこやかな表情でネクラとキーホルダーを交互に見た。
華もネクラの手にあるキーホルダーを覗き込み、そしてネクラと瞳が合って信じられないと言いたげな表情で言った。
「さっきの、あなたがやったの」
「は、はい。あっ、私の力と言うよりは死神さんの力を借りた状態なんですけどっ」
「ふーん。そうなの」
眉を寄せる華の質問にぎこちなく頷き答えるネクラに、華は淡々と頷いた。
自分の力ではないと言うのに妙に注目されてしまい、居心地の悪さを感じていると弱々しい声が耳に届く。
「ああ、体が、体が消えて行く、力が失われていく……。信孝さん、信孝さんっ。生霊の私はあなたと共にある事は出来ないけれど、どうか、どうか私を愛してください」
消滅を悟った薫子は大粒の涙を流し、悲痛な叫びを上げ、最後に信孝への切ない願いを告げた。それと同時に愛の体から白いモヤの様なものが抜け出る。
「あれは……」
「なにかしら。あの白いモヤ」
ネクラが白いモヤは真っすぐ上へと昇り、霧の様にサアッと飛散した。その様子を茫然と見上げ呟いたネクラとその隣で同じく空中を見つめる華に向かって死神が言う。
「あれが源薫子の生霊だよ。消えた、と言うか本人のところに戻ったと言った方が正しいかもだけど。で、あれが悪霊本体」
死神がスッと指を示す先には倒れ伏した愛の体があった。それをみたネクラが驚き、動揺を見せる。
「ど、どうして。指輪は破壊したのに」
「指輪を破壊して消えるのは生霊である源薫子の魂だけだよ。生霊が消えたから、乗っ取られていた悪霊の魂も解放されたんだ」
冷たい視線を送りながら死神が投げやりに言う。それを聞いた華が焦った表情になった。
「ちょっと……まさか、今度はあの悪霊と戦うなんて話にはならないわよね」
「ああ。その辺りは心配はいらないよ。あの生霊にほとんど魂を吸いつくされたせいで残りカスも同然だろうからね」
そう言いながら鐵が憐れみの視線を送る。鐵の言葉を聞き、あの悪霊に危険はないとネクラと華は胸を撫で下ろした。
しかし、安堵したのも束の間、倒れ伏していた愛の体がピクリと動き、ネクラと華が同時に体をビクつかせる。同時に死神たち念のためと2人の前に出て大鎌を構えた。
「あ、ああ。源、信孝、私を裏切った男、許さない、ユルサナイ」
体を動かす事がやっとなのか、愛は起き上がる気配はなく弱々しく言葉を紡ぎながら虚空に手を伸ばしていた。恐らく、ネクラたちの事は見えていない。
「はあ。ホントについてない魂だよね。男に騙されて、追い詰められて、命を失い悪霊になって復讐しようと思ったら、生霊に支配されてしまうなんて」
悪霊が起き上がれない事を確認した死神は憐れみの言葉を吐きながら悪霊に向かってゆっくりと歩を進めた。
「死神さん……?」
冷たい雰囲気を纏う死神をネクラが呼び止めようとするが彼が足を止める事はなかった。ゆっくり真っすぐと進み、死神はついに悪霊の前へと辿り着いた。
「君の事は哀れだと思うよ。だけど、悪霊化してまで誰かを恨み、魂が穢れてしまった事は事実。だから、情けはかけない。同情もしない。俺は死神として君を折檻するよ」
死神は手を伸ばしている愛を見下ろしながら淡々とそう言い、大鎌を振り上げそれを躊躇なく振り下ろした。
「あ、ああああああっ」
大鎌は愛の体を貫通し、愛はくぐもった断末魔を上げて黒い霧となってその場で飛散した。
血が出るわけではないとわかっていながらも、ネクラは愛の悲痛な最期を直視する事はできなかった。隣にいた華も顔を背けてつらそうな表情を浮かべていた。
死神はくるりと後ろを振り返る。
「さて、終わり終わり。生霊も悪慮もいなくなった事だし、帰ろっか。ああ、このコピーも必要ないよね」
死神は手に持っていたコピーの指輪をくるくるといじり、それを握りしめる。すると指輪は死神の手からふっと消えてしまった。
これで本当に一連の騒ぎが終わったのか。ネクラの体から力が抜けると同時に死神がパチンと指を鳴らした。
結界が消え去り、景色は倉庫へと姿を戻す。ネクラたちの目の前には顔を床に突っ伏して震える信孝の姿があった。その傍には粉々に砕け散った指輪の破片がキラキラと光を放ち砕け散っていた。
自分にとりついていた愛の否、薫子の生霊の気配が消えた事に気が付いたのか、信孝はおそるおる顔を上げ、辺りを見回す。
「き、消えたのか」
信孝は表情を硬くして立ち上がり、挙動不審に辺りを見回す。そして足元で砕け散った指輪の存在に気が付き、青白い表情になった。
そしてすぐさまズボンのポケットから携帯電話を取り出し、どこかへ電話をかけ始めた。以上なまでに慌てているその様子をネクラたちは黙って眺めていた。
相手はなかなか電話にでない様で、信孝は血の気のない顔で携帯電話を耳に当てその場で右往左往していた。
数分後、信孝の表情が明るくなり、相手が電話に出た事が分かる。
「ああ。薫子か。よかった、無事で……」
信孝は安心した様な声で電話の相手を気遣った。
「薫子さん!?」
その様子を眺めていたネクラは思わず驚きの声を上げる。先ほど生霊として戦った人物の本体が応答したと言う事に違和感を持ってしまう。
「へぇ、妻に電話か。浮気男がどう言う心境の変化かねぇ……鐵」
興味深そうに死神が呟き鐵に呼びかける。呼びかけられた鐵は死神の言葉の真意をさとってか、とても渋い否、迷惑そうな顔をしていた。
「人間のプライベートに踏み込むのは感心しないな」
「いいじゃん。少なくとも俺たちはこいつの取り巻く環境に関わってしまったわけだし。結末を見届ける義務はあると思うけど」
辺然と言ってのける死神に軽く睨みを利かせたのち鐵はふぅと短く息を吐いた。そして肩を落とし、ボソリと言った。
「まったく……仕方がないな」
鐵がトントンと大鎌の柄で地面を叩くと、黒い波動が広がり、一瞬だけだが倉庫がぐにゃりと歪んだ。
本当にわずかな間だったのと、電話に夢中になっている信孝がその変化に気付く様子はなかった。
鐵は何をしたのかとネクラが思った瞬間、女性の声が耳に届く。
『いきなり電話してくるなんて……信孝さん、どうしたの』
「この声……薫子さんの」
その声は先ほどまで対峙していた薫子のものと判断できた。ネクラが鐵の方を見やれば簡潔な回答が返って来る。
「時空を少しいじらせてもらった」
「空間をいじる……」
簡潔すぎて意味が良く分からないネクラに死神が補足をする。
「鐵はね。空間とか時空をいじるのが得意なんだよ。別時空同士を映像で繋いだり、今みたいに普通では届かない範囲の音の領域を広げたりね」
「つまり、携帯のスピーカー機能みたいなものね」
華が分かりやすい表現に変換して確認すると、死神はにかっと笑って頷いた。
「そうそう。それと似てるね」
「なるほど、でも他人の電話の内容を盗み聞くのは少し気が引けますね……」
鐵の力はなんとなく理解できたが、モラルに反する行為の様な気がしてネクラは若干、いやものすごくきが引けていた。
しかし死神は毅然として言った。
「さっきも言ったでしょ。この騒動に関わった者として、見届けようじゃないか」