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死神補佐になりました : 来世のための少女の奮闘記  作者: 水無月 都
少女は転生を強く願う新たな補佐と出会う
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第六章 第十三話 生霊が語るもの

「源さんの奥さん!?」


 瞳を見開いて驚きの声をあげたと同時に、防御壁を攻撃し続けていた愛の動きがピタリと止まる。そして死神の方を見据えて静かな声で言った。


「どうして、わかったの」


 その言葉に死神の『生霊は源信孝の妻』と言う言葉が思い違いではない事を確信する。


「悪霊とそのターゲットの事を調べるのは基本だからね。一応、君の事もマークしていたんだよ。源薫子さん」


 名前まで言い当てられたせいか、愛の、否、六条薫子の表情に動揺の色が浮かび、ヒステリックな雰囲気が消え失せ、すっかり大人しくなる。


「調べてたって……私、何も聞いていませんけど!」


 聞き捨てならない言葉にネクラが死神を問い詰めると、死神は至って平然としていた。


「だって、ネクラちゃんが調査しているのと同時進行で俺も動いてたもん。ネクラちゃんも良く調べてくれたけど、悪霊である六条愛の事が中心だったから、真相に辿り着くのが遅れたんだねぇ」

「でも、私、調査報告しましたよね。同時進行で調べていたんなら、その時に私に教えてくれてもよかったのでは」


 確かに、ネクラは悪霊の実態を調べる事ばかりに集中し、狙われている信孝事にまで気をまわしていなかった。

 しかし、それを影で補ってくれていたと言うのなら、その情報を伝えるべきではないか。募る不満が大爆発する前に死神に詰め寄ると、死神はへらりと笑った。


「やだなぁ。俺だって全ての事が分かっている訳じゃないし、確信がない事を部下に伝えるなんて上司としてはできないよ。それに必要以上に手助けをしない俺の指導方針は君もよくわかっているはずでしょ。実際に君たちは真実に辿り着いたわけだし、結果オーライじゃん」

悪びれる様子のない死神に不満を抱きながらも、ネクラは思った。そうだった、この死神は基本的に危険が迫るギリギリまで傍観するスタンスだったと。


 死神のそう言うスタンスが分かっていても毎回、ひどく脱力感と不満を覚えるのは死神の態度のせいだろうが。

 モヤモヤを抱えながら、ネクラやり場のない怒りを視線で死神にぶつけたが、へらへらとした笑顔が返って来るだけで、不満を払拭する事は出来なかった。むしろ不満が限界突破しそうだった。


 そんなやり取りをする横で、状況を理解した華は2人には目もくれずになるほどと頷いていた。


「あの男は既婚者だけど相当な浮気性だったみたいだし、1番傷ついていたのは奥さんの方なのかもね。それなら、あの男をこんなに求めているのもわかるわ。それほどあの浮気男を愛していると言う事ね」


 薫子の気持ちを思ってか、華は切なげな表情を見せていた。ネクラも信孝の姿が見えなくなっただけで錯乱していた姿を思い出し、


 死神はヘラヘラした表情を正し、真剣な面持ちで大人しくなった薫子に向かい問いかける。


「ねぇ、君。どうして生霊なんてなっちゃったの」


 その問いかけに薫子は答えなかったが、死神がもう一度問いかける。


「黙秘はやめて欲しいなぁ。悪霊なら容赦なく折檻するところだけど、君は哀れな事情を抱えた生霊。消滅させる前に話を聞いてあげるって言ってるのに」


 死神の張り付いた笑みと、消滅と聞いた薫子がビクリと体を震わせる。恨めし気に死神を睨み、観念した様子で渋々と話し始める。


「私がいつ生まれたのかはわからないわ。ずっと前から存在していたのかもしれない。最初は意識や存在がふわふわしていた気がするけど、生霊としての自我を持ったのは最近よ」

「君が生まれた原因は源信孝だね」


 死神が確信をつくと生霊は唇を強く噛み、ぎこちなく頷く。

そして瞳を伏せ、悲しそうで消え入りそうな声で話し始めた。


「……。私は信孝さんが好きだった、今も好きよ。信孝さんが気が多いのは知っていたわ。でもね、それでも信孝さんの事が大好きで、あの人の唯一になりたくて、だから頑張ってアタックして結婚できたのに……。私はあの人の唯一にはなれなかった」


 薫子の瞳は潤んでいた。苦し気で切なげなその様子は、愛する夫に裏切られた悲しみを語る妻そのもので、恐ろしい気配も表情も消えていた。

 蛇の様にうねっていた黒髪も、今はすっかり落ち着いており、動く気配すらない普通の黒髪に戻っている。


「結婚してもあの人が私を1番に見てくれる事はなくて、それが悔しくて、悲しくて、気が付いたら『私』がいた」


 薫子の語りにネクラたちは妙な緊張感を感じながらも耳を傾ける。

 彼女は自分の手を眺めながら淡々と続けた。


「この女と浮気をしていたのは知っていたわ。でも、私は別にこの女を恨んではいなかった。他の女とちがって謝ってくれたし、何より本当に信孝さんが既婚者だとしらなかったみたいだったし。それに彼の浮気には慣れっこだったしね」

「そ、そんなものに慣れちゃだめですよ」


 とても儚げに語る薫子に居たたまれなくなったネクラは相手が先ほどまで戦っていた相手だと理解していながらも、声をかけられずにはいられなかったネクラが叫ぶように薫子の言葉を遮ると、彼女はゆっくりネクラの方を見て無表情になり、冷たい声で淡々と言った。


「どうして?彼はどんなにお願いしても反省はしても浮気をやめる事はなかった。でも、私は彼を愛しているの。妻と言う立場を手に入れた以上、別れたくないの。手放したくないの!だったら、彼の浮気癖を受け入れて、慣れるしかないわよね?」


 無表情で大きく瞳を見開き、彼女はカクンと機械仕掛けの人形の様に首を傾げた。彼女が時折見せる精神の不安定さに恐怖を感じたネクラが息を飲む。


「……あなた、相当な偽善者ね。変な情けとあなたの中の正論をぶつけるんじゃないわよ。黙って聞いてなさい」


 隣に立っていた華がネクラに冷たい視線を送りながら悪態をつく。


「せ、正論だなんて思ってませんっ」


 偽善者と言う華の言葉が聞き捨てならず、ネクラは思わず反論する。しかし、華は冷たい表情で言った。


「そうかしら。さっきのあなたの発言はあの生霊の価値観を否定する様なものとしか聞こえなかったけど」

「価値観?」


 何の事かと眉をひそめて疑問を返したネクラに華が刺々しく答えた。


「浮気男に慣れようとするあの生霊を可哀そうだと思うのはあなたの価値観。あの生霊は傷つきながらも慣れる事を良しとして生きて来た。慣れちゃダメなんて言葉はあの生霊にとって自分の価値観を否定された様なものだわ。一般論で他人に情けをかけるのはやめなさい」

「そ、そんな」


 厳しい華の言葉にネクラはその身を小さくして戸惑い、返す言葉もなかった。

 華はこうして時たま、刺々しく、厳しい態度を取る事がある。一緒に行動して分かったが、彼女には優しく、面倒見が良い部分も見受けられる。

 

 なのに何故、こうも厳しくなる瞬間があるのか。もしかして、彼女の生前の出来事が何か影響しているのか。そんな事を思いながら、ネクラは冷たい視線で睨みつけて来る華をオドオドと見つめていた。


「はいはい。喧嘩は後で。話の続きを聞こうじゃないか」


 ギスギスする2人の間に死神が割って入り、不穏な空気を止める。


「ふん。その子が余計な事いうからよ」


 華はネクラに謝罪するつもりはないらしく、ふいっと顔を背けた。ネクラもしょんぼりと肩を落とす。

 死神と鐵はそんな2人の態度を見てやれやれと肩を落とし、そして薫子に向き直る。


「ごめん、話の途中で。次の質問、なんで六条愛の魂を取り込んだの」


 その質問を聞いた薫子がピクリと反応する。『六条愛』と言う名前に反応した様だった。

 薫子は浮気相手である愛を恨んではいないと言っていたが、何か思うところはあった様で、忌々しい表情をしながら暫く黙りこくったあと、口を開いた。


「だって、信孝さんに憑りついたんだもの」


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